23.さらに曇った
ハッ、と気づくと体の痛みが消えていた。そして、暗がりの部屋から明るい日差しが差し込む部屋へと変わっている。
「……戻ってきた?」
どうやら、ちゃんと死んだようだ。服には血がついていないし、傷もない。あの日に――また死に戻ってきた。
「……ルティア様!」
すぐにルティアの存在を思い出す。顔を上げると、そこにはいつも通りのルティアが立っていた。
私は思わず駆け寄る。
「ルティア様、お怪我はありませんか!? 先ほどの剣、触れてませんよね!?」
剣は私の体を貫いた。だけど、四つん這いになって庇っていたせいで、剣がルティアの体に触れたかもしれない。それを思うと不安で仕方がない。
慌てて駆け寄って、見上げてみる。すると、ルティアと目が合った。
こっちを見ているのに、焦点があっていないような目。深い闇の中に落ちたように、どす黒く濁った目。そこに感情は感じられなかった。
ただ、私を見つめている。
「ル、ルティア様? 大丈夫ですか?」
心配になって、声をかける。すると、ピクリと手が動いた。その手は私の頬に添えられ、するりと撫でられる。
その時、ルティアが膝から力が抜けるように崩れた。
「ルティア様!?」
慌ててその体を支える。一体、どうしたのだろうか? 不思議に思っていると、ルティア様の両手が私の頬を包み込んだ。
「……生きてる」
「はい、死に戻ってきました。今はなんでもありませんよ」
ようやく声が聞こえた。不安を取り除くようににこやかに答える。
「ルティア様は大丈夫でしたか? 痛い思いをしませんでしたか?」
「私……私はっ……」
「今回はその……ルティア様が近くにいらっしゃったので、上手に守れませんでした。怖い思いをしていたら、ごめんなさい……」
きっと、暗殺者と近くで対峙したから怖い思いをしたのだろう。申し訳ない気持ちでルティアを見つめていると――その目から沢山の涙が零れた。
「もしかして、痛い思いを!?」
「……私のせい、私のせいで……マナがまた死ぬ思いをっ……。私、そんなつもりじゃ……マナを死なせるつもりはなかったのっ。マナを守りたくて、マナを……マナをっ……」
「……ルティア様?」
ゆっくりと首を横に振り、何かを拒絶しているようだ。一体、何がルティア様をそうさせるのだろうか?
ルティアは、私の頬を包んだまま、震えていた。指先が冷たい。けれど、その震えは寒さのせいではない。
「……私が、余計なことをしたから、未来を変えようなんて思い上がったことをしたから、あなたがあんな目に遭って、血まみれになって、それでも笑って、守れてよかったなんて言って、剣で貫かれても私を庇って……あんな、あんな姿を、また見せてしまったのは、全部、全部、私のせいなの……」
言葉が止まらない。溢れるように、崩れるように、吐き出されていく。私は、ただ目を瞬いた。
「ルティア様、落ち着いてください。私はちゃんと戻ってきましたし、ほら、どこも怪我は――」
「違うのっ!」
強く、遮られる。
「戻ってくるからいいなんて、そんな問題じゃないのよ……あなたが痛い思いをすること自体が嫌なの。あなたが苦しむ顔をすることが嫌なの。息ができなくなっていく姿を見るのが怖いの。あの瞬間、私はまた、また大切な人を失うんだって思って、頭が真っ白になって……!」
その瞳が、揺れる。暗く濁っていた奥に、今は感情が溢れている。後悔。そして、自己嫌悪。
「私は、あなたを守りたかっただけなのに、あなたを危険から遠ざけたかっただけなのにっ。気づけばあなたが私を庇って傷ついて、死んで、何度も、何度も……私の選択のせいで、あなたが命を削っていくなんて、そんなの……そんなの、守るどころか、私があなたを殺しているみたいじゃない……!」
「そんなことありません!」
思わず、声が強くなる。けれど、ルティアは首を振る。
「あるわ……だって、あなたは私のために死ぬと言ったでしょう。私が傷つくくらいなら自分が死ぬって言ったでしょう。そんなふうに思わせてしまったのは私よ。私があなたを縛っているのよ。あなたを私の側に置いて、私のために戦わせて、私のために命を差し出させて……それなのに私は、守ると言いながら、何もできなかった……!」
涙が、ぽろぽろと落ちる。こんなに取り乱すルティアを見るのは、初めてかもしれない。
戸惑う。だって私は、自分の意思でやっていることだ。守りたいから守っている。
死んでもやり直せるから、怖くない。……そう、思っていた。
「ルティア様、私は――」
「全部私のせい……!」
か細い声が、震える。
「あなたが動かなくなった瞬間、心臓が止まったみたいだったの。あなたの血が私の手に広がって、冷たくなっていく気がして、もう二度と笑ってくれないんじゃないかって思ったら、息ができなくなって……それでも私は、あなたを止められなかったっ」
その告白に、胸がきゅっと締めつけられる。
「私は、あなたに生きていてほしいの。私のために死んでほしいわけじゃないの。何度も死に戻ればいいなんて思っていないの。ただ、ただ隣で笑っていてほしいだけなのに……どうして私は、あなたを守るどころか、あなたを戦場に立たせているの……」
ルティアは私の体を強く抱きしめた。
「お願いだから、もう私のために死なないで……私のせいで、あなたが傷つくのは嫌なの……私は、あなたを失うくらいなら、王位も、未来も、全部いらない……。ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
私は、言葉を失った。今まで、守ることばかり考えていた。守られる側の気持ちなんて、ちゃんと考えたことがあっただろうか。
死ねばやり直せる。そう思っていたのは、私だけで。
ルティアにとっては――一度きりの、私の死。その重さを、私は本当に理解していたのだろうか。
「……ルティア様」
どう言えばいいのか、分からない。私は戸惑いながら、その震える手に自分の手を重ねた。
彼女を守りたい気持ちは、本物だ。でも。そのせいで、彼女をこんなにも追い詰めているのだとしたら――私は、どうすればいいのだろう。




