2.何度も死に戻る(1)
死に戻って、すぐに違和感に気づいた。
目を覚ました瞬間、立った時の安定感も、手の大きさも、確かにあの日のはずなのに――体が違う。
腕を握る。骨ばかりで頼りなかったはずのそれに、わずかだが張りがある。指を曲げると、筋がしっかりと動く感覚があった。
私がメイドになった日の体は、スラムで痩せ細った弱々しいものだった。肋骨が浮き、力を込めても震えるだけの体。
でも今は違う。これは、死んだ日の体だ。
鍛えて、走って、動き回って、それで積み上げてきた体。
「……どうして?」
死に戻ったはずだ。時間は巻き戻っている。なら体も、あの頃のままに戻るはずなのに。
なのに、戻っていない。もしかして、ただのやり直しじゃない?
これは、引き継ぎがあるタイプの死に戻り?
その可能性に思い至った瞬間、胸の奥から何かが溢れ出した。希望だ。よくある死に戻りは絶望だった。
守れなかった。間に合わなかった。目の前で失った。けれどもし、積み重ねが消えないのなら。努力がゼロに戻らないのなら。
鍛えた分だけ強くなり、経験した分だけ判断が早くなり、回数を重ねるごとに成功率が上がっていくのなら――それは負け戦じゃない。
「……いける」
小さく呟く。十歳の私でも。今はまだ未熟でも。一度目が駄目なら、二度目。二度目が駄目なら、三度目。
回数を重ねるたびに、私は強くなる。知識も、技術も、体も。失敗は消費じゃない。蓄積だ。
死に戻りは罰じゃない。これは、猶予だ。やり直すたびに勝率が上がるのなら、最後に勝つのは私だ。
ルティアを守れなかった未来は、確かにある。でもそれは、終わりじゃない。
続けていれば、いずれ届く。積み上げ続ければ、いずれ守れる。震えていたはずの指先が、今は静かに握り込める。――これは絶望じゃない。これは、勝ちに行ける戦いだ。
◇
そして、運命の日が訪れた。
空は静かに暮れ、屋敷は夜の帳に包まれている。最悪の結末を迎えた夜が始まった。
今日の側仕えは、私だ。本来なら別のメイドがいるはずだったこの夜番を、さりげなく自分へ変更させた。理由は体調不良の代役。誰にも怪しまれていない。
ルティアはもう休んでいる。天蓋付きの寝台からは規則正しい寝息が聞こえる。その穏やかな横顔を見つめると、胸の奥が締め付けられる。
今度こそ、守る。私は部屋の隅、灯りを落とした影の中に立つ。武器は隠してある。なんとか入手した一本のナイフ。これで、暗殺者を迎え撃つ。
次の瞬間――かちゃり。扉の取っ手が、静かに回った。来た、例の暗殺者だ。
ゆっくりと、扉が開く。その姿を見て、驚いて目を見開いた。フードを被ったメイド服を着た女性がそこに立っていた。もしかして、犯人はメイド?
いや、今はそんなことを気にしている間ではない。すぐさま、その暗殺者の前に立つ。
「悪いけど、この先にはいかせない」
ナイフを構えると、暗殺者は落ち着いた様子で同じくナイフを構える。暗殺者は一歩も引かなかった。
次の瞬間、床を滑るように踏み込んできた。速い。咄嗟にナイフで受ける。金属同士がぶつかり、甲高い音が夜を裂いた。
腕に衝撃が走る、重い。細身の刃なのに、振るう力が段違いだ。私は後ろへ弾かれ、かろうじて踏みとどまる。だが、間髪入れずに二撃目、三撃目。
横薙ぎ。逆手。低い突き。
「っ……!」
避けきれない。袖が裂け、腕に熱が走る。血がにじむ。浅い、だからまだ動ける。
私は低く踏み込み、足払いを狙う。だが、読まれていた。暗殺者は軽く跳び、逆に私の肩へ刃を滑らせる。深い傷に息が詰まる。
体格差。経験差。純粋な戦闘技術。圧倒的な差があっても、絶対に退かない。
背後には、ルティアがいる。私は再び踏み込む。今度は急所を狙う鋭い突き。だが、暗殺者は手首を弾き、刃を逸らし、肘で私の腹を打ち抜いた。
「ぐっ……!」
膝が揺らいだところへ容赦のない斬撃。体中が裂ける。血の匂いが濃くなる。それでも、生きている限り倒れる訳にはいかない。
そのとき――
「きゃあああっ!」
突然の悲鳴に私も暗殺者も顔を上げた。視線の先では、体を起き上がらせて、真っ青な顔をしているルティアがいた。
「マナ!?」
名前を呼ばれた瞬間、空気が変わった。暗殺者の動きが、一段階速くなる。
素早いナイフ捌きが容赦なく私を襲う。切られ、突かれ、抉られ。私の体は倒れるまで、そのナイフの餌食になった。
「やめてっ! マナをやめてぇっ! これ以上、戦わないでぇっ! それだと、あなたがっ……あなたがっ!」
ルティアの声が震える。その声に反応して暗殺者は、さらに踏み込む。邪魔な私を倒そうと、強引に攻撃してくる。
絶対に退かない。この痛みはルティアには味合わせない。絶対に、絶対に守り抜くんだ。
「……行かせない!」
一歩、大きく踏み込んでナイフを突き出す。だが、それすらも避けられて――暗殺者の刃が最後の軌道を描く。
首に一直線の斬撃が通り、目の前が真っ赤に染まる。
「いやぁぁぁっ!! マナァァァッ!! ダメぇぇぇっ!!」
ルティアの絶叫が聞こえる。必死に私の名を呼ぶ声。
大丈夫。ルティアは傷ついていない、傷ついたのは私だけ。ちゃんと、今回は守れたよ。ルティアが痛い思いをしなくて本当に良かった。
でも、次こそは絶対に救うから。私はルティアを救って見せるから。
◇
フッと意識が戻ってきた。目の前にはルティアがいて、また私は死に戻ってきた。
「……わ、わぁ! ……似合うわ、マナ!」
すると、ルティアが笑顔でそう言ってきた。あの日と同じセリフ? でも、なんか違うような……。
そう思っていると、強く抱きしめられた。
「とーっても素敵! 可愛らしいメイドだわ!」
そうして、優しい手で頭を撫でてくれる。その気持ちよさに身を委ねていると、その手が少し震えているのが分かった。
そして、その手でゆっくりと体を離される。手は私の頬を撫でて、するりと下に滑っていき――首を触る。
「……うん、マナ……だわ……」
その目に以前のような眩しい輝きはなかった。




