19.王女の権限(1)
「お風呂、どうだった?」
「とても気持ち良かったです。色々とありがとうございます」
「なら良かった。もし、嫌な思いをさせてしまったら、どうしようかと思ったわ」
ルティアの私室に戻ると、すぐに椅子に座らされた。そして、渇いた髪をルティアの手で丁寧にブラッシングされる。
「ふふっ、いつもよりも綺麗になっているわ。この髪の触り心地は最高よ」
「ルティア様が使っているものを使わせてもらったので、具合がいいです」
「だったら、これからは一緒に入りましょう! マナには気持ちよく過ごしてもらいたいし、お世話をしてあげたいし。それがいいわね」
上機嫌そうそう言ったが、流石に毎日は申し訳ない気持ちになる。だけど、ここで断ればルティアは曇ってしまうし……。何かいい方法はないだろうか。
すると、ピタリと手が止まる。
「……マナ、もしかして嫌だった? 私なんかに世話をされるのは気持ち悪いって思った?」
「えっ、いや、それはないですよ!」
「でも、マナの気配が……。やっぱり、私なんかはダメよね……。マナに嫌な思いをさせることしかできない、ダメな王女よね……。でも、それでも傍にいたいの。私を嫌わないで……」
ルティアは曇ってから、少々の事で自虐的になってしまう。それだけ不安にさせてしまっているのだろうが、中々うまくいかない。やっぱり、曇らせたままではだめだ。ルティアを元に戻さなければ。
「だ、大丈夫です。ルティア様を嫌っていませんよ。ただ、まだ慣れていないだけなんです。こんなに優しくしてくれた人がいなかったから……」
スラムではこんなに優しくしてくれる人なんていなかった。だから、ルティアの優しさには救われている。
そう、素直な気持ちを吐き出すと、ルティアはハッと何かに気づいたような顔をした。それから、私の体を抱きしめてくれる。
「これからは私が傍にいるから、安心して。どんなことがあっても、マナを傷つけたりなんかしない。絶対に守って、マナが幸せに生きられるようにするから」
「そういってくれて、嬉しいです。ルティア様が傍にいてくれるお陰で、とても心強いです」
「もっと頼ってくれてもいいのよ。マナには何でもしてあげたいから、どんな要望でも言って。絶対に叶えるから」
その強い言葉を聞いて、自然と心が安心する。
「何か困っていることはない? 仕事が大変だとか、食事が質素だとか、服が着ずらいとか。どんな些細な事でもいいの。私はマナの力になりたいの」
「十分な物を与えてもらっていますよ」
「いえ、まだマナの顔が幸せじゃない。だから、まだ足りない。ねぇ、何でも言って。遠慮なんてしないで、もっと私を頼って……」
縋りつくような目で見つめてきて、私の手をギュッと握る。ここまで言われたら、何か言わないとルティアは引き下がってくれない。
「そ、それじゃあ……もう少し自分の時間が欲しいです」
「自分の時間?」
「はい。やりたいことがあるので」
「やりたい事って何?」
じっと強い眼差しでルティアが見てくる。その強い圧に押されるように、つい言葉をこぼす。
「体を鍛えたり、メイドさんたちに話を聞いたり」
「……メイドに話を聞く?」
その言葉にルティアが冷ややかな顔をした。表情は抜け落ちて、その目は絶望の闇に染まっている。
「なんで、どうして? 私がいるのに、どうして他人を頼ろうとするの? 私……いらなくなった? ねぇ、どうして。ねぇ、ねぇ、ねぇ」
そんな目を真っすぐ向けて、私の体を揺すってくる。その手は震えていて、ルティアの戸惑いが良く分かる。
すると、自然と涙が零れ落ちた。
「マナの力になれるのは私だけ……マナが頼りにする人も私だけ、だよね? 嫌いになったから、頼らなくなったの? 嫌わないで、お願い……。どんなことでもするから、マナのためならどんなことでもするからぁ……」
「お、落ち着いてください。ルティア様がいらなくなったっていうことじゃないんです」
「でも、マナの口から他人が出てきた。私がここにいるのに、他人の話題が出てきた。きっと、傍にいるのが嫌なんでしょ? 私の事、恨んでいるんでしょ? 恨んでもいい、恨んでもいいから……傍にいさせてっ」
どうして、こうも曇った会話しか出来ないんだ! 私はそんな辛い思いにさせたくないのに!
とにかく、ルティアを落ち着かせるためには事情を話さないと……。
「ルティア様が頼りないからじゃないんです。少し、調べたいことがあるんです」
「調べたいこと? ……私に教えられないこと?」
本当のことを伝えると、涙をためて首を傾げた。そのお願いの仕方にグッと心が揺れる。
「えっと……もしかしたら、メイドの中に暗殺者がいるかもしれないんです。だから、その人物を割り出したいんです」
「それは、本当なの? どうして、そう思ったの?」
「暗殺者の服装が体にピッタリ合っていたんです。ということは、衣装を盗んで着たわけじゃないと思うんです」
「……そうだったのね。私はてっきり盗んだものだと思っていたわ。でも、そうなのね……」
私の話を聞き、ルティアは落ち着いて考え始めた。顎に手を当てて、しばらく熟考する。
「それだったら、いい案があるわ」
「いい案、ですか?」
「えぇ。王女の権限を使うのよ」
そう言ってニッコリと微笑む。一体、何を考えているんだろうか?




