17.こっそり修行
「さぁ、これで仕事が終わったわ!」
「じゃあ、ルティア様が戻ってくるまで自由ね」
「私、買い物に行ってこようかな」
ルティア様の私室の掃除が終わると、休憩時間になった。本来なら他の仕事もあるが、それは昨日に終わらせてしまいやることがない。
三人のメイドは長い休憩時間に目を輝かせている。
「マナはどうする?」
「私、体が弱いので、少し鍛えてきます」
「そう? 結構しっかりとしていると思うけど……」
「いえ、まだまだ足りません。それじゃあ、私は行きますね」
「分かったわ。ルティア様が戻ってこられるまで、帰ってくるのよ」
「はい」
会話をすると、私はルティア様の私室を飛び出した。そして、自分の部屋に行くと、隠していたナイフを手にする。
それから、人目が着かない中庭の隅っこへと移動した。
「誰も見てないよね?」
周囲を見渡して、人がいないか確認する。そうして、誰もいないことを確認すると、修行を始めた。
暗殺者を倒すには、まだ力不足だ。そのためには体を鍛え、魔力の扱いを極めなければならない。
前回の死に戻りで、私は知った。
魔力は魔法として外へ放つだけのものじゃない。自分の内側――血肉や神経、骨の軋みにまで染み込ませることで、身体そのものの機能を引き上げることができるのだと。
最初は上手くいかなかった。魔力が荒れて、逆に体が痺れたり、吐き気がしたりもした。でも、何度も何度も繰り返して、少しずつ流れを掴んだ。
いまでは、呼吸と同じくらい自然に魔力を巡らせられる。
「……集中」
目を閉じる。胸の奥に沈んでいる感覚。静かな湖のような、淡く揺れる力。それが私の魔力。
意識を沈め、すくい上げる。すると、ぬるりとした温もりが胸から広がった。
まずは心臓。鼓動に合わせて魔力を重ねる。血流を促進し、酸素を効率よく巡らせる。
次に肺。吸い込む空気がより深く、より速く循環するように。
そして筋肉。腕、脚、腹部、背中。繊維一本一本に魔力を染み込ませるイメージで、隙間なく。
神経。反射速度を上げるために、指先から脳へと走る回路を研ぎ澄ませる。
骨。折れないよう、軋まないよう、内部から補強する。
瞬時に、正確に、無駄なく。それが今の課題だ。
「……まだ、遅い」
魔力の巡りにわずかな淀みを感じる。左脚の付け根。ほんの一瞬、流れが滞った。
これでは駄目だ。暗殺者は、ほんの一瞬の隙を突いてくる。あの冷たい刃。無駄のない動き。殺意だけで研ぎ澄まされた目。思い出すだけで、背筋が冷える。
「でも……」
前回、私はあと一歩のところまで迫った。
力も、速度も、反応も。完全な圧倒ではなかった。互角――いや、ほんの少し届かなかっただけだ。
ならば。このまま鍛えれば、必ず超えられる。目を開ける。魔力を巡らせたまま、地面を蹴った。
それから、夢中で身体を動かし、修行を続けていった。
◇
「はぁはぁ……。つ、疲れた……」
中庭の草むらの上で仰向けになって寝転がる。激しく動き回ったせいで、疲労感が強い。それに汗を沢山かいてしまった。
「流石にこのまま戻るのはダメだよね。身体を拭いて、服を着替えなくっちゃ」
この状態でルティア様の前に出るのは止めた方がいい。絶対に匂うし、とても恥ずかしい。私は起き上がると、自室に向かった。
急いで廊下を進んでいると、廊下の先で私の自室の前にメイドのみんなが立っているのが見えた。
「あの、どうしたんですか?」
「あっ、マナ! 待っていたのよ! ルティア様が戻ってこられたわ!」
「えっ……。だって、まだ予定よりも二時間も早い……」
「それが、早めに終わらせて戻ってきたらしいの。それで、マナを呼んでいるわ。早くいきましょう」
「……ちょっと着替えてからじゃ」
「それは我慢して! さっ、行くわよ!」
そんな、こんな状態でルティア様の前に行かないといけないなんて……。絶対に匂って嫌な思いをさせちゃう!
内心、どうしようかと困惑しているのに、メイドたちは私の手を引いてルティア様の私室へと向かっていった。
そして、ノックをして私室へと入っていく。
「ルティア様、おかえりなさいませ」
揃って頭を下げた、その瞬間だった。とん、と軽い衝撃。
「マナ、会いたかったわ……!」
次の瞬間には、柔らかな腕にきつく抱きしめられていた。
「えっ、あの、ルティア様!? だ、だめです……!」
思わず声が裏返る。さっきまで中庭で鍛えていたせいで、体はまだ火照っているし、汗もかいている。こんな状態で密着なんて――恥ずかしすぎる。
慌てて離れようと身じろぐと、ぎゅっと腕に力がこもった。そして、すぐ近くから覗き込まれる。曇っている瞳が、揺れていた。
「……やっぱり。私が、離れていたから……嫌いになったのよね?」
「え?」
「だって、前はもう少し……嬉しそうにしてくれたもの。でも今は、すぐに逃げようとするし……」
唇を噛みしめ、視線を伏せる。
「ごめんなさい。私が悪いのよね。王族の務めだなんて言い訳して、マナを置いて行った罰だわ……」
そのまま、今にも崩れ落ちそうなほど肩を震わせる。胸が、ぎゅっと痛んだ。違う。そんな理由じゃない。
「ち、違います! 嫌いになんて、なるわけないじゃないですか!」
思わず強く言ってしまう。ルティア様が、はっと顔を上げた。
「本当に……?」
「はい。ただ、その……さっきまで少し動いていて、汗をかいてしまって……その、匂いとか、気になって……」
「……匂い?」
きょとんと首を傾げる。次の瞬間。再び、強く抱き寄せられた。
「る、ルティア様!?」
肩口に、やわらかな感触。ルティア様は私の胸元に顔を埋めて、ゆっくりと息を吸い込んだ。ぞわり、と背筋が震える。
「やっぱり、マナの匂いだわ」
「に、匂いますよね!? やっぱり!」
「ええ。とても、安心する匂い」
すり、と頬を寄せられる。
「汗の匂いも、全部。あなたがここにいる証みたいで……嬉しいの」
「そ、そんな……」
顔が熱くなる。他のメイドたちが気を利かせていつの間にか部屋を出て行っているのが、さらに恥ずかしい。けれど、ルティア様は離れない。むしろ、指先が背中を探るようにゆっくりと動く。
「ふふっ、こんなことでうろたえるなんて……マナ可愛い」
「……ルティア様」
なんだか、心がむずかゆくなる。何と言ったらいいか悩んでいると、ルティアが体を離して手を叩く。
「そうだわ! 一緒にお風呂に入って、汗を流しましょう!」
「一緒に……お風呂?」
「えぇ。マナのお世話は私がするわ。私に任せておいて!」
……一緒にお風呂?




