10.戸惑いの朝
明るい日差しがカーテンの隙間から差し込み、ゆっくりと瞼の裏を照らす。もう起きる時間らしい。ぼんやりと意識が浮かび上がり、私は静かに目を開けた。
視界に入ったのは、見慣れた部屋の壁。そして――自分の体に絡みつく、温かな腕の感触。
……ああ、そうだ。昨夜、ルティアが部屋を訪ねてきて。不安だと言って、一緒に眠ったのだった。
その腕は思ったよりもしっかりと私を抱いていて、逃げ場を塞ぐというより、何かを確かめるようにぴたりと密着している。不思議と苦しくはない。むしろ、安心感があった。
死に戻ってからというもの、眠りはずっと浅かった。物音一つで目が覚めるし、夢の中でも気が張っていた。けれど昨夜は違った。久しぶりに、深く沈むように眠れた気がする。
誰かの体温が、こんなにも効果があるなんて。
……でも。相手は王女だ。本来なら、気安く同じベッドで眠るなど許されない。昨夜は情に流されたけれど、今後はきちんと線を引くべきだろう。
うん。ちゃんと断ろう。固い意志を持とう。
まずはルティア様を起こして――そう思い、私はゆっくりと体を反対側へ向けた。
その瞬間。
――至近距離で、視線とぶつかった。
「……っ」
息が止まる。そこには、ぱっちりと開いた瞳。瞬き一つせず、じっと、じっと、じっと。まるで私が目を覚ます瞬間を、ずっと待っていたかのように。
距離が近すぎる。鼻先が触れそうなほど近い。逃げ場のない角度から、まっすぐに見つめられている。
「わっ……!?」
思わず声が漏れる。ルティアは、ほんのわずかに口元を緩めた。
「マナ、おはよう」
穏やかな声。優しい声音。けれど、その瞳の下には、うっすらと影が落ちている。
「い、いつから起きて……?」
「マナが寝ているのに、私が寝ている訳にはいかないわ」
くすり、と笑う。
「マナがいつ目覚めるか分からないから、ずっと起きてたわ」
「ど、どうしてそんなことに?」
「だって、いつマナが不安で起きるか分からないでしょう? その時、安心させてあげられるのは私だけ。だから、その時のために起きていたの」
そう言って微笑むルティアの目は、確かに私を見つめているのに、どこか焦点が定まっていないように暗く沈んでいる。目元には隠しきれない隈がうっすらと浮かんでおり、本当に一晩中まぶたを閉じなかったのだと嫌でも分からされた。
「マナの不安を取り除きたいの。ほんの少しの不安もなくして、マナには笑ってもらいたい。そのためだったら、どんなことでもするわ。一晩寝ずにいることだって……ううん。これから夜は寝ないで、マナの側で見守っていてあげるわ」
……いやいや、重い。朝から重い。というか、それ以前に駄目だ。
ルティアは王女だ。ただでさえ政務や公務、謁見や勉強で一日の予定はぎっしり詰まっている。その上で睡眠まで削ったら、どれだけ体に負荷がかかるか分からないはずがない。
「私は大丈夫ですから。ルティア様のためにも、ちゃんと寝てください」
できるだけ穏やかに、諭すように言う。けれどルティアは、首を横に振った。
「私のことなんてどうでもいいの」
その言葉は、あまりにも即答だった。
「私はマナを何度も殺した罪がある。それを許してほしいとは思わないわ。思わないけれど……せめて傍で、何かをしてあげたいの」
抱き締める腕が、わずかに強くなる。
「守れなかった。気づけなかった。何度も、何度も。マナが苦しんでいる間、私は何も知らずに笑っていたかもしれない。そんな自分が許せないの」
「それは違います」
思わず、強く否定していた。
「ルティア様のせいじゃありません。暗殺者が悪いんです。私は自分の意思で守ろうとしただけで――」
「でも、守らせていたのは私よ。マナは優しいから、自分で選んだって言うでしょう。でも、原因は私。標的は私。マナが死ぬ理由は、全部、私」
その瞳が、ぎゅっと細められる。
「だからせめて、今度は私が眠らない。マナが安心して眠れるなら、私は起きている。マナが怖い夢を見ないように、ずっと見ている。呼吸しているか、ちゃんと生きているか、何度でも確かめる」
微笑んでいるのに、目が笑っていない。ぞくり、とした。
その感情はなんていうのだろう……。どうして、そんな歪な感情になってしまったのだろう。こんな風にさせるつもりはなかったのに。
「ルティア様」
私はそっと、彼女の頬に手を伸ばした。
「私が安心して眠れたのは、ルティア様が起きていたからじゃありません。一緒に寝てくれたからです」
気づいて欲しくて、正直に伝える。
「隣で、温かくて、ちゃんと休んでいるルティア様がいる。それが安心なんです。無理をしているルティア様を見たら、私は逆に不安になります」
「……不安?」
「はい。だって、倒れてしまうかもしれないでしょう?」
私は少しだけ眉を寄せてみせる。
「もしルティア様が体を壊したら、私は自分を責めます。私のせいで眠らなかったって。そうなったら、きっと今よりもっと辛いです」
ルティアの腕の力が、ほんの少し緩んだ。
「私は、ルティア様に元気でいてほしい。笑っていてほしい。無理をしてほしいわけじゃないんです」
数秒の沈黙。これで思いが伝わったかな?
そう思っていると――ルティアの目からボロボロと涙が零れた。
「わ、私っ……また、マナに迷惑をかけていたのねっ。そんなつもりはなかったのっ。ただ、マナが安心して寝ていられるように、傍にいたかっただけなのっ。お願い、私を、嫌いにならないでっ。謝るから、謝るからっ」
「ル、ルティア様……」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。マナは優しいから責めないんだよね。そんな優しさに甘えて、またマナに迷惑をかけて……。許して、許して、許してっ」
ルティアを責めるつもりなんてなかったのに、どうしてこうなるの!? 少しでも楽になってくれたら、そう思って言ったのに!
その後、何度も謝るルティアを宥め続けた。




