【最終話】不幸の果てに手にしたもの
「我々は領地に帰らず、しばらく王都のタウンハウスに滞在する。
男爵は捕らえられたが、売られた娘達を全て救い出さねば解決したとは言えない」
私を抱き寄せたお姉様が、白百合の騎士団の皆にそう告げると団員の皆様が頷いた。
ちょっと軟派なメアリさんだけでなく、この美しい方たち全員が男爵に商品として扱われていた被害者だったなんて…
なんて恐ろしい話なのかしら。
その酷い状態になっていた身体を完治させた上に性別まで変えてしまうお姉様の魔法って…それもある意味恐ろしいのだけれど。
「旦那さま、わたくしは一足先に邸に戻らせていただきます。
これよりわたくしは領地経営に専念したいと存じます」
黒い侍女の衣装を身に纏った黒髪の美しい女性が、お姉様と私の前に歩み寄り、そう告げると美しいカーテシーを披露した。
今さらなんだけど、この方は一体どなたなのかしら。
「ああ、ありがとう。
私のワガママにここまで付き合ってくれて…感謝しているよ。」
「いいえ、旦那さま。
ワガママを聞いていただいたのは、わたくしの方ですわ。
あなたを妻に迎えた事で、こうしてわたくしはわたくしの望む姿を手に入れたのですもの…感謝しかございません。」
黒髪の美しい女性はふふっと艶っぽく笑って再びカーテシーをし、辺境伯領のエンブレム付きの馬車に乗った。
その様子をぼんやり眺めていたけど、黒い侍女服の美しい黒髪の女性と白い騎士服を身に纏ったお姉様の並んだ姿に妙な既視感があって…まるで…
美しく咲く黒百合と白百合みたいな…
「ま、まさか、あの女性が辺境伯様!?」
思わず去り行く馬車を指さして、はしたなく大声を出してしまった。
「ああ、気付いたのかい?
彼女と私は婚姻関係にあるが、大丈夫だ。
彼女とは手を握った事も無いよ。安心したまえ」
大丈夫!?安心!?何に対する大丈夫と安心なの!?
私は、お姉様に肩を抱かれたまま辺境伯様の所有する王都のタウンハウスに連れて来られた。
これはもう…犯罪者として連行されたのに等しいのでは…お姉様が私に向ける気味が悪いほどの溺愛っぷりも、この先重い罰を与えるための前触れではないかと思える。
お邸は私の住んでいた家よりもかなり立派で、使用人も何人もいる。
みんなが私に優しく微笑み掛けるのが逆に怖い。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
「ただいま。
彼女が、今日よりこの邸に住む事になったアンナだ。
私の大事な人なんだ…よろしく頼む」
なんなの、恋人みたいなその説明は!
驚き過ぎて、お姉様が辺境伯様のお邸で旦那さまと呼ばれてるトコ軽く受け流しちゃったわ!
「左様でございますか」と頷きながら執事さんらしき人に温かい目で見られるのがいたたまれない!
豪華なリビングに連れて行かれ、お姉様に肩を抱かれたままふかふかのソファーに座らされた。
いつまで経っても緊張が解けず、ガチガチになったままの私を見たお姉様が、やっと肩から腕を離してくれた。
もう肩を抱かれているというよりは逃げられないように拘束されていると感じていた私は、拘束から解放されて僅かに力が抜けた。
「アンナ…君はこれから初めての、処刑されない人生を歩む事になる。
この先の人生にシナリオは無い。
その人生を幸せなものにするか、不幸なものにするかは君次第だ。」
「…やっぱり…お姉様も以前の人生の記憶があるのですわね…」
そうなのだろうと感じ始めてはいたわ。
ただ、私の運命は僅かな行動の差でより酷い目にあうようになったりするから、今までと同じ行動を無視して、お姉様に確認したり出来なかった。
お姉様はこの先の私の人生は処刑されないと言ったけど、私はまだそうなる可能性があるのじゃないかと思ってる。
「度重なる人生…アンナほどは経験していないよ。
私は『幸せな人生を全うする』運命にしばられていたからね。
何度も長生きして天寿を全うした」
私は約20年で人生を終え、処刑されては再び今の生を始めるというのを数え切れない程繰り返してきた。
私の行動で、ほんの少し人生が変わるのも気付いたけれど、ここまで大きく変わった人生は初めて経験する。
「やっと、過去を知る私とアンナの運命が重なった。
アンナを不幸にしたくないと思い始めてから…長かった…」
お姉様に正面から強く抱きしめられた。
お姉様が私に不幸な人生を歩ませたくないと思ってくれて、奔走してくれたのは何となく理解しましたけど
これはなんですの??どういう事ですの??
お姉様に憎まれたり恨まれたりなら理解出来ますけど。は?
「もう…諦めてるの…私は、投獄されて処刑される運命なのだと…
でも…せめて…生きてる間は幸せを感じたいと思っているの…
私を愛してくれる素敵な男性と恋をしてみたかったわ…
私も心から、その人を好きになって…僅かな間でも幸せな夫婦生活を……」
どこかで聞いたようなセリフが私を抱き締めるお姉様の口から私の耳もとで囁かれた。
バクン!と心臓が跳ね上がる。
「そ…それは…お姉様が辺境伯様に嫁がれる日に…」
「そう…今まで経験した事がない、初めて聞いたアンナの本音だった。
それを聞いた瞬間、私にも初めての感情が湧いてきた。
君を一人の女性として愛してるのだと…」
はい?いや、なぜ??━━
「いつか君を助ける、これ以上不幸にさせない…は幾度となく心に誓い、なんとか行動を起こしてきたが上手くいかなかった。
それは私の準備不足もあるが、アンナが私の話に耳を傾ける事のない普段通りのアンナであったからというのもある」
ああ、それは私も時々感じたわ…
何度も同じ人生を歩む中で、いつも通りの弱々しいお姉様と、ちょっと雰囲気の違うお姉様がいた。
さすがに、今回のお姉様は最初から「いつもと違い過ぎません!?」とは感じていたけど。
何しろフィジカルが強過ぎて。
「だから今回は、最初から君を助けるつもりではいたが…あの別れの日、この人生の君を絶対に不幸には出来ない、君を幸せにするのは私しか居ないと強く思ったんだ。
君と血縁関係に無い事はかなり前から知っていたからね。
私が君の夫となり君を愛し、君を幸せにすると決めた」
「どうして、そうなりますの!!??」
確かに素敵な男性と恋をしたいって言いましたけど!
そこでお姉様が「じゃ、自分が」なんて、なんで!?
「言い方は悪いが…アンナに拒否権は無いよ?
君の人生が幸せなものになるか不幸になるかはアンナ次第だと言ったけれど、この世界は私が幸せな人生を送る事を前提に作られた世界のようだからね。
私が君を失うなんて不幸を許すハズがない」
「絶対に手放さない」と小さく呟いて、眉間から左頬までの大きな傷痕を残したままの美しい青年となったお姉様がニッと意地悪く微笑んだ。
これはある意味、お姉様をいたぶり続けた私への復讐なのかしら。
「ッッッ…」
私の顔は今、青いのかしら赤いのかしら。
こんな事初めて過ぎて、どうしたら良いかわからない。
騎士団の団員の方々と、お邸の使用人の方々の遠巻きの視線が…生温か過ぎて居心地が悪いわ…。
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約一ヶ月後、男爵は断頭台に上がった。
私はその場には行かずにタウンハウスで、使用人の皆と静かにその時を過ごした。
後になってメアリ様がその時の様子を語ってくれた。
白百合の騎士団の皆は処刑の場に総勢20名全員が参列し、男爵の最期を見届けたそう。
貴族とは思えないほどボロボロの姿になった男爵の手には赤黒い包帯が巻かれており、聞いた話によると指を全て切り落とされていたとの事。
「ハハッザマァみろって思ったよね。
まぁ…俺たちが受けた非道の数々に比べたら全然足りないんだけどさぁ」
嘲笑を浮かべて語るメアリ様の気持ちはよく分かる。
私も、なぜ私ばかりが酷い目にあって男爵が罪を逃れているのかとずっと思っていたもの。
野次が飛び、石を投げられ、断頭台に上がってなお男爵は自分は無実だと喚いていたらしい。
悪いのはエリオだ、アンナだ、メアリだと━━
思い付く限りの他人の名を口にしながら首を飛ばされた。
その瞬間、大きな歓声があがったそう。
男爵の被害に遭った女性の何人かは助け出され、メアリ様や白百合の騎士団の団員のように傷を完治させて救われた人もいたそうけど、もう既に亡くなった方も何人も居たそうだから、その家族の悲しみを思うとやりきれない。
その後日、エリオの絞首刑が執行され、メアリ様の義父であった尋問官や男爵の顧客に名を連ねた貴族たちも処刑されていった。
皆、男爵の様に喚いたり命乞いをしたり「みっともない」最期だったとメアリ様は語ったけれど
エリオだけは毅然とした態度で「男を見る目が無かったわ」と嗤って刑に臨んだと聞いた。
男爵の悪行に関わる全てが解決し、お姉様は団員の皆を集めてこの先の人生の選択をさせた。
20名いた団員の半数は女性に戻り、元と同じ生活に戻る選択をした。
さらに半数の5人は女性に戻る事に恐怖を覚え、男性のままで団員をやめて家族の元へ帰った。
「女に戻っても騎士団員だった時に身に着けた技術は残ってるから、そこらのゴロツキ程度には負けないよ。」
と団員の方々が笑いながら話していた。
メアリ様をはじめ、男爵の婚約披露パーティーに乗り込んできた5人は、このまま男性の騎士団員として国のために働くそうだ。
まぁ…常に女性を侍らせているメアリ様を見ていれば、その方が彼女(彼?)らしい生き方なのだと思う。
「アンナ、君の両親の刑が決まった。
処刑はまぬがれたが、遠い地の監獄にて終身刑となった」
お姉様からそう告げられても、私は両親に対する憐憫の情など湧いて来なかった。
「そうですの」と小さく呟いて俯くに留まる。
自身の死や不幸な結末に慣れてしまった私は、人の不幸も軽く見えてしまうのかしら…
「アンナ…もう『こうでないといけない』なんて自分の本心を縛る必要は無いんだよ。
君が思うまま、感じたままに声を出せばいい」
お姉様の手の甲が私の頬に触れ、そう言って優しい目で私を見つめてくれたのを見た瞬間、私の目から大粒の涙が溢れた。
うっうっ…うぇっ…と嗚咽が止まらなくなり、お姉様が自分の胸にぐちゃぐちゃになった私の顔を押し当てて抱き締めた。
「お父様とお母様もっっ…私を可愛がってくれたけど…!もう、イヤなの…誰も不幸になって欲しくないの!
お姉様が理不尽な目にあってるのもイヤだった!女の人たちが男爵にひどい目にあわされているのもイヤだった!
私だって何度も痛くて苦しくてつらい目にあってきたけど…!理由もなく不幸な目にあわされている人を見るのが本当にイヤだったの!
でも私は弱くて…何も…何も出来なかった…!」
泣きじゃくる私を強く抱きしめるお姉様は、何度も何度も頷きながら私の頭を撫でてくれた。
「アンナは弱くないよ…君がここまで人を思いやれるようになったのは君が強くなったからだ。
君の本心は今、とても優しくキレイで強い。
君のその姿が私に君を幸せにする誓いを立てさせ、私をこんなにも強くした。
アンナ…結婚しよう」
━━━━え?━━━━
私の頭が真っ白になった。
ちょっと離れた場所で、メアリ様や団員様たちの求婚を冷やかす声や、お邸の使用人たちの祝福を述べる声が聞こえてるような気がしたけど…
その声が段々と遠ざかっていく気が…
「いくら血は繋がってないとは言え、なぜ、いきなり結婚ですの!?
お姉様はお姉様でしょう!?女性でしょう!
それにお姉様は辺境伯様とご夫婦でしょう!」
私が自身の思考をハッキリと取り戻した時、私は真っ白なウェディングドレスを身に纏って司祭様の前に立っていた。
「なんですのコレ!!!」
どうも結婚式の当日らしい。
━━なんでよ!そりゃ倒れたりはしなかったけど、
茫然自失状態の私を無視して事を進め、もうここまで逃げ場をなくさせたの!?
今の今まで思考を放棄していた私も悪いけど!━━
儀礼用騎士服より豪華な白い婚礼衣装に身を包んだお姉様は、急に話し出した私に特に慌てる様子も無く首を傾け微笑んだ。
「何度か説明したが、私は彼女と婚姻関係にある間に辺境伯領主の当主の権利を譲渡され、その後に離婚したよ。
今は私が辺境伯領主で、王都のタウンハウスを拠点としながら白百合の騎士団長をしている。
辺境伯領は元妻であり元夫の彼女が領地経営をしており、私は新しく君を辺境伯領主夫人として妻に迎えた。
これは元夫の辺境伯も、国王陛下も了承済みだ」
「何度も説明!?陛下も了承!?嘘でしょう!」
お姉様が顎先を動かし参列者席を見るように促し、私は恐る恐ると教会の参列者席を振り返った。
白い儀礼用騎士服に身を包んだ白百合の騎士団の皆と、元が辺境伯様だったという黒髪の美しい女性、たくさんの見知らぬ高位貴族の方々、果ては国王陛下と王妃殿下までがこの結婚式の参列者席においでた。
これ、もう絶対に逃げられないやつ!
「私はこの国随一の回復魔法の魔導師だからね。
私は何物にも代えがたい国の宝なんだよ。
その私が、君を妻に迎える事が最高の幸せだと言ったら…誰が反対なんかすると思う?
それにしても…いいタイミングで目覚めたねアンナ。
おかえり、愛しているよ」
お姉様が私の両腕を掴んで私の身体を引き寄せた。
そして、唇を重ねる。
どうも私は誓いのキスの直前に意識を取り戻したらしい。
━━お姉様とキス?う、ウソでしょおぉ!━━
「私が行う性別変換の魔法は見た目だけでは無く性別そのものを変える事が出来る。
だからアンナ…君と子を成す事も出来るんだよ。
今夜が楽しみだね…ふふっ…」
━━キスよりヤバいのが控えてる!━━
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あれから長い年月が経過…
私は初めて「老後」という人生を歩んでいる。
もうお姉様と呼ぶ事もなくなった夫のクラリスとの間に3人の子をもうけ、8人の孫に囲まれ幸せな人生を送ってきた。
夫のクラリスの愛は病的なくらいだったけど、私たちは本当に愛し合っていた。
クラリスが辺境伯様に嫁ぐ時に私が
「素敵な男性に囲まれてチヤホヤされたい」と言った事がどこで知られたのか、邸に出入りする騎士団員の方々も私に甘い態度を見せる様になったりして、クラリスが嫉妬したりもしたわね。
これは…後になってから聞いたのだけれど
辺境伯様は元々女性になりたくて、回復魔法を熱心に研究なさっている方だった。
理論上、回復魔法の強化の先に、欠損部位の復活、性別変換とあるらしいと分かっていたとしても、性別変換を習得する域に到達するには人の寿命では到底届かないものだったらしい。
お姉様は以前の魔法知識を持ったまま転生したから、転生のたびに知識を重ねて重ねて、やっとその域に到達出来たそう。
今回の人生では、初めてご自身の希望が叶った辺境伯様の姿を見たとクラリスが話していた。
あんなに喜んだ姿を見たのは初めてだったと。
それと、お姉様と辺境伯様とはどの人生においても一度も夫婦関係になった事が無かったそうだわ。
そして…
私が先に死んで一人残されたら不幸になるとクラリスが願ったからか…クラリスは先に旅立った。
私ももうじき、お迎えが来るわ。
家族に囲まれ初めて迎える穏やかな死…怖くはないわ。
でも不安なの。
今生で幸せを噛み締めた私が、また、あの不幸な人生に生まれ変わるのだとしたら………
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「クラリス、これが君が探していたアンナだよ。」
「父上、母上、ありがとうございます。」
目が覚めた私の前に居る幼い男の子が私の小さな頬に小さな手の甲を当て、私を見て微笑んでいる。
「私の遠い親戚筋にアンナという女の子が生まれていたなんて…クラリスはどうやってそれを知ったのだろうね…」
「クラリスは本当に不思議な子ですわね…
生まれた瞬間には女の子かと思ったのに、よく見たら男の子で…
でもきっとこの子は神様に愛されているのですわ。
自分で婚約者まで選んだのですもの。
2人とも幸せになりますわよ。」
最初っから、お姉様じゃなくお兄様なのね…
そして実の両親の死まで回避して、私をあの両親の元から奪った…相変わらずの怖いくらいの行動力だわ…
小さなクラリスは私の頬に手の甲を触れさせたまま囁く。
「アンナ…今度は、子どもも増やして…
もっと、もっと幸せになろうね。」
━━愛が重くてツラいですわよクラリス
またあなたに愛されるなんて…
幸せ過ぎて怖いくらいだわ━━
End




