パーティー終宴
幾度となく投獄され、その都度処刑され生命を断たれて来た私。
こんな言い方はしたくないけど、私はもう死に慣れしてしまっている。
だけど尋問官からの拷問だけは、何度経験しても慣れる事など無かった。
与えられる苦痛は肉体だけに留まらず、心をも深く抉り取っていき、じわじわと私の魂そのものを苛む。
その耐え難い苦痛と絶望感から逃れたいがために、私は早い死を望むようになった。
反論は一切しない、罪を全て認める、地べたに顔を擦り付けて謝罪もする。
━━だからお願い!
早く刑を執行して私をこの地獄から解放して━━
尋問されるまでもなく罪を認め、刑がすぐに言い渡され、どんなに従順になろうとも、「お前に苦しめられた女たちの報いだ」と、この男からの暴力を受けないで済む人生など一度も無かった。
「あ…あぁ…あ………」
恐怖のあまり喉が詰まって叫び声さえ上げられない。
この場から走って逃げ出したい衝動に駆られるけれど足はガクガクに震え、立っているのもままならない。
膝から崩れ落ちそうになり、何かにしがみついてないと立ってさえいられなくなった私は、縋り付くようにお姉様に抱き着いた。
『私に優しいお姉様が理解出来なくて怖い』とか、そんな頭で考えた怖さなどではなくて
この男に対する恐怖は私の全身に刻み込まれており、私の存在を私自身が丸ごと否定し、生きている事を拒絶したくなるほどに恐ろしい。
━━なぜ!?なぜ、この男がここに居るの?
尋問官が男爵が主催のパーティーに?なぜ?
…もう…もう駄目…!消えたい!死にたい…!━━
「アンナ。もう大丈夫だから」
縋り付く私を、お姉様が抱き締め返した。
私を包むように抱くお姉様の体温を感じる事で、僅かに安堵した私はお姉様の胸に顔をくっつけたまま小さく頷く。
その時、お姉様に抱き着く私の真横をスッと白い影が横切った。
お姉様の後ろに控えていた騎士団の一人が前に進み出たようだ。
「随分と威勢がよろしい事で。
お久しぶりですねー父上。
貴方もこのパーティーにいらしていたんですね。
まぁ知ってましたけどね」
尋問官を父と呼ぶ声を聞き、ふっと尋問官に見せられた手首だけのオブジェとなった尋問官の娘さんの存在が頭に浮かんだ。
その女性の兄弟…かしら?
「だ、誰だ、お前は!私には息子などおらん!
私には娘だけ…!」
私はお姉様の胸から顔を離し、恐る恐る尋問官と白い騎士服の青年の方を見た。
ニコニコと嘘くさい笑顔を浮かべていた青年の表情がガラリと変わった。
「娘だと?フザケた事を抜かすなよオッサン。
てめぇに娘なんか居ない。
居たのは、てめぇの姪にあたる実兄の娘だけだ。
実兄夫婦を事故死に見せかけて殺し、強引に正当な相続人の娘の義父になったんだよな、てめぇは」
少し柄の悪い栗毛色の髪の青年は、威嚇するような激しい口調で尋問官に詰め寄り始めた。
「何を言っている!私が兄夫婦を殺しただと!?」
「義娘に『お父様と呼べ』とまくし立てながら絶え間なく暴力を振るい続けたよな。
殴る蹴るじゃ飽き足らず、嗜虐趣味のてめぇは息も絶えだえとなった義娘の泣き叫ぶ姿見たさに、両手首を斧で切り落とした。
…そして、死にかけてボロボロになった娘をそこの男爵に商品として売り飛ばした」
━━え…私が見せられた手首は…尋問官が切り落としたものだったの…?━━
尋問官は驚愕の表情をし、辺りを見回した。
パーティーの参列者からの冷ややかな視線に晒された尋問官は、自分を糾弾した若者に激昂する。
「変な言い掛かりをつけるな!
確かに私には義娘がいる!その子は今、行方不明なのだ!
兄から預かった大事な娘を探す為に、私は男爵様の協力を仰ごうと、このパーティーに出席した!
私は父として、娘となったあの子を愛してるのだ!」
「ああ、愛していただろうよ!
てめぇにとっちゃ若い娘は全て愛すべき玩具だからな!
証拠も証人も居ないと思っているのか!?
ここに居るよ、その娘本人がな!」
栗毛色の髪を搔き上げた青年は自身の胸に手を当て、尋問官に「自分の姿を良く見ろ」と睨みつけるような目で告げる。
その険しい表情に見覚えがあったのか、尋問官がたじろぎ始めた。
「そんな…そんな馬鹿な…お前がメアリであるハズが…そ、そうだ
お前がメアリであるハズなど無い!お前は私がメアリの両手首を切り落としたと言ったな!
お前には立派な両手があるではないか!」
自分をメアリと語る青年は、少しおどけた顔で両手をヒラヒラさせた。
「そりゃ男にして貰った時に、損傷の激しかった身体も全部治して貰ったからな。
まさか…失った身体の一部まで復活するとは思わなかったが」
メアリ青年は、そう言ってお姉様を見た。
その目には揺るぎない信頼と尊敬と深い感謝の気持ちがこもっているように見えた。
そう…お姉様は私の婚約パーティーに来る時、自身の顔の傷痕を綺麗に消してしまえるほどの回復魔法を既に習得している。
今回、顔の傷痕は残したままだから…回復魔法は習得出来なかったかわりに性転換魔法を習得したのかと。
いや、そんな魔法聞いたこと無いんだけどとか思っていたら、やっぱり回復魔法を習得していたのね。
「ガハハハ!そうか、ならばもう、私が罪人だと言う証拠などどこにも無いではないか!
激しくいたぶられ、傷付いて売られた娘などどこにも居ない!
何をもって証拠だと!?」
尋問官が声高らかに笑い出した。
耳をつんざく様なその笑い声は、私には大きな恐怖だ。
私は無意識に拠り所を求めて、もっと強くお姉様にしがみつく。
牢の中で尋問官の前に引き出されるのを拒み、石壁や格子にしがみついた過去を思い出した。
「アンナ…大丈夫…もう怯えないで…
私がいる…私が守るから。」
それはそれで『それも怖い!』と一瞬だけ思ってしまった。
「何をもって証拠?
オレ自身が証拠だって言っているだろう?
ああ確かに、今は悲惨な状態じゃないからな。
悲惨な状態の自分ならば、とっくに陛下の前で披露してきた。
ボロきれみたいになった身体と失った両手首を見せ、てめぇがオレにした仕打ちも、オレの両親の殺害を企てた事も全て暴露して来た。」
メアリ青年はハッと尋問官を嘲るように笑い顔を上げた。
そして、息を呑む様にメアリ青年と尋問官のやり取りを見入るパーティー参列者の女性群に向け、軽くウインクをした。
「きゃぁ~」と黄色い声が飛ぶ。
ひどい目にあった過去を持つらしいけど、今のこの人は遊び人なのかしら。
正直な所、この緊迫した場で一体何やってんの?と思った。
「なっ…!こ、国王陛下にだと!?
はは…馬鹿な。
下級貴族の小娘ごときが、陛下にお目通りが叶うワケが無い!」
「それは、辺境伯家当主である私が居れば問題無い。
いや…白百合の騎士団団長であり、我が国随一の回復魔導師である私であればな。」
お姉様はマントの内側に私の身体を抱き込む様にし、尋問官の目に私が触れないようにして前に出ると、そう答えた。
「グヌゥ」と歯を食いしばる尋問官の目が助け舟を求めて、スイと男爵の方に向けられた。
男爵は元居た場所からエリオを連れてかなり後ずさっており、出口付近に居た。
尋問官の目線に釣られた皆の視線が自身に集まったのに気付くと、男爵は慌てたように駆け出した。
即座に、お姉様の後ろに控えていた4人の白い騎士服の青年が駆け出し、それぞれが背後から腕を掴んで男爵とエリオを捕らえた。
「は、離せ!僕は貴族だ!無礼だぞ!」
「は、離して!」
男爵とエリオは見目麗しい4人の騎士に拘束された状態でお姉様の前に連れて来られた。
お姉様は顎先を少し上げ斜に構えた態度で、見下すように2人を見た。
「先ほどメアリが言ったが、お前達の悪行については陛下に全て話してある。
今日のパーティーの参加者の中に、お前達の顧客が揃って居る事も調査済みだ。
なので…城の兵士を20名ほどお借りした。
陛下より、本日一味を一網打尽にせよと命じられている。
抵抗すれば、その場で切り捨てても良いともな。」
邸の外から、ワァワァと騒然となった多くの人の声がし始めた。
男爵同様に我が身の危険を感じたのか、邸から逃走しようとした参加者たちが邸の外の兵士に何人も捕らえられたみたいだ。
逃げ場を失った男爵は青ざめた顔で歯をガチガチと鳴らし、何度も首を横に振る。
「僕は何もしていない!僕は無実だ…悪いのは…
悪いのは、この女だ!僕は、この女にそそのかされたんだ!」
男爵は騎士団の2人によって拘束された身体をよじって片腕の拘束を解き、エリオを指差した。
男爵に指を差されたエリオは「えっ」と一瞬だけ驚いた顔を見せたが、鬼女の様な激しい憎悪の表情になった。
「あんた…!アンナの代わりに私を生け贄にするつもりかい!?冗談じゃないよ!!
私は、あんたに命令されて女たちを拐う手伝いはしたけど!
拐った女たちを好事家の要望に合わせて楽しそうに造り変えたのはあんたじゃないか!」
エリオは2人の騎士に拘束されたまま、今にも男爵に飛び掛かりそうな程に暴れ出した。
「僕が女性にそんな事をするハズ無いだろう!?
そんな証拠がどこにある!?
僕をはめようとする下賤な女め!」
「このクズ男が!ぶっ殺してやる!」
「なんて恐ろしい女だ!
無実の僕に罪をなすり付けた上にぶっ殺すだなんて!
ああ騎士の方、どうか僕を陥れようとするこの女と、その一味から僕を守ってくれ!」
再び背後の騎士に拘束され動きを封じられた男爵は、激昂するエリオから身を引き、怯える仕草を見せた。
「…貴方が女性をいたぶった証拠なら…ここに」
男爵を捕らえた騎士の一人がそう呟くと、もう片方の騎士が頷いた。
エリオを捕らえた2人の騎士も同様に頷く。
男爵とエリオはハタと騒ぐのをやめ、「え?」と振り返り、拘束する騎士達の顔を見た。
「我々は4人とも、お前達に商品として扱われた女だ。」
「私の顔を覚えているだろう?
私は、お前に目を抉り取られて穴の開いた眼窩を陛下にお見せして来た。」
「お前は私の顔半分を焼いた。忘れてないよな?
陛下にしっかりとお見せして来た。」
「他の皆も悲惨な姿を陛下の前で既に披露済みだ。
我々は…お前達達をこの手で捕らえて処刑台に送る事が出来て……とても…嬉しいよ…。」
「ああ、処刑台に登る時は、どんな姿になっているのかも楽しみだしな。」
男爵とエリオを捕らえた4人の騎士は、獲物を追い詰めた獣の様に、興奮気味に恍惚とした笑みを浮かべた。
「そ…そんな…僕が…処刑…?この僕が…?」
お姉様は拘束された男爵とエリオの前に立ち、冷たく言い放つ。
「お前達にはまだ聞かねばならない事がたくさんある。
王城の拷問官は、そこに居る尋問官より苛烈だと聞く。
お前たちが忘れてしまった記憶をも呼び起こし、過去の悪行を全て吐かせてくれるだろう。」
「まって!!私は女なのよ!拷問なんてやめて!
女の私にまで、そんなひどい目に合わせる気なの!?」
拘束されたままエリオは、納得いかないとお姉様に訴えた。
お姉様はエリオに一瞥をくれてやり、囁く様な小声でエリオと男爵の2人に告げる。
「アンナは…今まで幾度も、それを受けてきた。
お前たちが犯した罪をなすり付けられた無実のアンナは、お前達の企みによって何度も何度も激しい暴力をその身に受け続けてきた…。
私は…お前たちを許せない…絶対に許さない…」
お姉様の言う事が全く理解出来ない男爵とエリオが「何を言ってる?」と気味が悪そうな顔でお姉様の事を見た。
お姉様の言う事を理解出来るのは私だけだ。
今回の、この世界のお姉様は
私と同じで繰り返した過去の記憶を持っている。
その上で、お姉様をイジメていた私を庇うの?
私はお姉様に優しくしていたワケじゃないわ。
最低限、度を越さないように、それでもどの人生でもお姉様をひどい目に合わせていたわ。
そんな私に、かつて経験した恐怖の日々があるのを知ってるからって、今生ではまだ何事もない私の事を守ってくれるの?なぜ……
「……ひっく…ひん…ひん…」
長い長い時間、誰にも分かって貰えなかった私の不幸な人生を、お姉様だけが分かってくれて、私のために怒り、悲しんでくれてる。
私の苦しみや辛さを分かってくれる人に、やっと会えた。
私は子どもみたいに泣きじゃくりながら、止まらなくなった涙をお姉様の騎士服の胸に吸わせていった。
「泣かないでくれアンナ…これからは私がアンナを守り続けるから…。
もうアンナを怖い目に合わせたりしないから…。」
ある意味、今もかなり怖い目に合ってるんだけど。
私の苦しみを理解してくれているお姉様に言うのもなんだけど、
私、今の青年姿のお姉様の、度を越した優しさが理解出来ない。なんか怖い。
「エリオとか言ったな。女の身で拷問を受ける事に不満があるなら、私がお前を男の身体にしてやる。
男だろうが女だろうが、私はアンナが受けた苦しみをお前たちに味わわせないと気がすまない。」
「オレ達の分もね、団長。
団長ってば、アンナ嬢の事ばっか。溺愛し過ぎ」
メアリ青年が頭の後ろに手を組んで、少し呆れ気味に笑った。
そして、邸内に入って来た兵士に連行されてゆく尋問官を「最期の別れ」と、満面の笑顔で見送った。
尋問官に続き、男爵とエリオも騎士達の手から兵士に引き渡され邸の外へと連行されて行った。
邸内に入って来た兵士は、お姉様と私の両親も拘束した。
他人事の様な顔で連行される男爵たちを見ていた両親は、虚を突かれた様に驚いた顔になり、兵士に抵抗した。
「な、何をする!男爵の悪事など知らん!」
冷めた目で両親を見るお姉様を見上げた私は
「え、どうして!?両親はお馬鹿だったけど、男爵の悪事に加担はしてなかったはずよ!?」
そんな言葉を発しそうな表情を思わず顔に出した。
「アンナには悪いが、私たちの両親も犯罪者だ」
お姉様は私の表情に気付き、私の頭をひと撫でして私に告げる。
そして抵抗する両親に向かって厳しい顔で言った。
「父上と母上、あなた達も両親を亡き者にされ尋問官に全てを奪われたメアリの話を聞いて思う所があったろう。
あなた達も同様に、私の両親の遺産と爵位を不当に受け継いだ、後継者にならざる身内だったのだからな」
お姉様と私、親が違うの?え、血が繋がってない!?
「殺人を犯した罪は無いが、貴族家の爵位を不当に継承し、正式な後継者である私を排除しようとした。
これは我が国では国王を欺いたと死罪に値する重罪だ。覚悟はいいな。」
「我々は、お前…いや、あなたの事を思って!」
「そうよ、我が子の様に愛していたわ!」
私は両親の薄っぺらい言い訳を寒々しく思いながら聞いていた。
何度も同じ人生を経験し、長く両親を見てきた私は、いつからか両親に対する肉親の情らしきものをなくしていたみたい。
いつだったか…気付いてしまったから。
ずっと、自分はお姉様と違って両親に愛されてると思っていたけど、両親にとっては私もお姉様と同じで、お金を引き出せる相手に差し出すための道具だったんだと。
だから両親が処刑されると聞いても私はそんなに動揺しなかった。
━━ああ、2人の実子でお姉様を虐げていた私も処刑なのかしらね、まぁいいわ。
今回は男爵もエリオも捕まったし、それだけでも今までより満足のいく人生だったもの。━━
「では、あの両親の娘でありお姉様の事を虐げてきた私もきっと処刑なのですわね。」
処刑に慣れしてしまってる私は、尋問官による拷問が無かっただけありがたいと処刑を平然と受け入れ、そう答えたのだけれど。
お姉様が焦った顔をして私を強く抱きしめた。
「なぜ!?そんなワケ無いだろ!
もう二度とアンナを処刑なんかさせない!
こんなに…こんなに愛しく思っているのに!!
アンナはずっと私の傍に居るんだ!」
今生一番の動揺。
尋問官に対する恐怖とは次元が違う、全く別の恐怖。
━━ヒィィィィィィ!!!
口では無い別のどこかから、声にならない悲鳴が上がった。




