かつては姉だった人と、その妹。
ついに婚約披露パーティーの日になってしまった。
本来の私にとって、今日という日を迎えた事は最高の幸せだったのだろうけど、未来を知っている私にとってはもう、処刑台に上がる日までのカウントダウンが始まる日と思えなくもない。
だから、とっても憂鬱だわ。
同じ未来を繰り返す内に、私自身が自分の意思で姉をどうにかしてほしいなんて男爵に頼む事も、男爵のお金を使って贅沢三昧な日々を送る選択をしなくても、しっかりと罪を挙げ連ねられて結局は処刑になるのだから。
憂鬱そうな表情を隠しもせず、侍女のエリオの前で私は大きな溜め息をついた。
少し離れた場所に居た婚約者のバロバス男爵が私の所へやって来た。
背後のエリオが男爵に何か合図を送ったのかも知れない。
「アンナ嬢、とてもキレイですよ。
僕が贈ったドレスが良く似合う」
「それはどーも」
今世では、男爵も私を最初から自分の障害になりかねない人物だと警戒している。
だから私が何らかの行動を起こす事が無いようにと侍女のエリオに私を監視させている。
男爵は、のちに罪を被せるために私を必要としているから、私を手放さないために両親に金品を貢ぎまくって私が婚約破棄を出来ないようにした。
今や、私よりもきらびやかな装飾品を身に着けた両親がパーティーに呼んだ他家に対し、目に余るような傲慢な態度を取っている。
なんて愚かな人たちなの…そう思えるのは今の私だからこそで、本来の私の在り方をかえりみたら私にも確実にあの人たちの血が流れていると分かるのよね…。
「君の姉上とお会いするのは初めてだ、楽しみだよ」
物語の結末で、姉が不幸にならない事は分かっている。
でも今の私は、男爵が姉に向ける悪意そのものに嫌悪しかない。
例え未遂に終わっても、男爵は裁かれる事無く逃げてしまえるのだから…私に罪をなすりつけて。
張り付けたような作り笑いを浮かべた私は、もうじき姉夫妻が現れる大扉の方に目を向けた。
もう何度も見たけれど、黒い衣装に身を包んだ黒髪の辺境伯様にエスコートされる白いドレスのお姉様。
対極の姿で寄り添い合う黒百合と白百合のようなお二人に、会場はいつも感嘆の溜め息が溢れる。
本来の私が目を奪われ、激しく嫉妬するほどに。
「辺境伯ご夫妻様、ご到着です!
あ、困ります!ちょっと待って下さい…!待っ!」
会場入り口の大扉辺りで何か揉めている。
当然のように会場にいるたくさんの人の目がそちらに集まった。
「辺境伯ご夫妻到着って言ったわよね…何の騒ぎ?」
いつもは、会場内に入ってから二人に感嘆と称賛の声が上がるのに入り口付近で…?
それと…困ります??何が?誰が?
今までには無い初めての状況に混乱し過ぎたのか私は呆然と立ち尽くしてしまい、すぐには動けなかった。
何事かと、パーティーホストの男爵と両親が慌てて大扉に向かったのを見て、やっと私は我に返り、エリオを従えてそちらに向かった。
「辺境伯夫妻が到着した報せの後に何の騒ぎだ!」
衆人環視の中、閉まっていた会場の大扉が改めて開けられた。
開いた扉の中央には、侍女の衣装を身に着けた黒髪の美しい女性がいた。
━━いや…誰?????━━
初めて見る女性、初めて経験するパターン、当たり前の様に何度も同じシーンを経験し続けてきた私には、この状況がまったく理解出来ない。
その侍女らしき女性が、会場に向けて一礼し、声をあげた。
「白百合の騎士団の皆様、ご到着です」
会場から「きゃぁ~」と黄色い悲鳴が上がる。
会場の若い女性達はご存知な様子だけれど…
私は白百合の騎士団なんて、今までの人生では聞いた事が無かったし、今生でも聞いた覚えが無い。
今までと違い過ぎる「今」に私は混乱してオロオロし、頬に手を当てて首を傾げたり両親や男爵を見たりと落ち着きなく動き回った。
大きく口を開けたように開いた大扉の中央に立つ美しい黒髪の女性、その両脇から白い騎士服に身を包んだ若い騎士が5人、姿を現した。
女性達の黄色悲鳴のトーンと声量がさらに上がる。
初めて見る白百合の騎士団とやらの騎士団員達は「これは女性が憧れるのが分かるわ」って程に、皆が見目麗しい若者だった。
確かに…確かにカッコいいわ!でも…今はそれより…
本来存在しなかった、美青年騎士団の存在が意味不明過ぎてなんか怖い!
オロオロしていた私が更にオロオロし、身振り手振りが加わって、まるで挙動不審者のようになった。
あちらこちらに泳ぐ私の視線が順に、両親、男爵、エリオへと向く。
ポカンとした両親と違い、男爵とエリオは、騎士団員達の顔を見て憎々しげに、そして青ざめた表情をしていた。
━━…?どういう事…?あ…!━
私は、エリオが以前に「男爵の悪行の拠点のひとつが騎士団によって暴かれた」と話していた事を思い出した。
私はそれが、自分が以前に男爵の悪事をコッソリ密告しようとした騎士の詰め所の常駐騎士かなんかだと思っていたのだけれど。
もしかして…男爵の悪事のひとつを暴いて囚われていた女性達を助け出したのって、この白百合の騎士団の事だったの?
それにしても初耳よ、白百合の騎士団なんて!
侍女服を着た、黒髪の美しい女性の後ろから一人の青年が前に進み出てきた。
白い騎士服に豪華な白いマントを羽織り、騎士団長のエンブレムを携えた金の長い髪の長身の美青年は
額から左目の下にかけ、見覚えのある大きな傷があった。
「おっ…お姉様ッ!!!!???」
思わず絶叫に近い大声を出してしまった。
嘘でしょう!?
でも、他人の空似と言うにはあまりにも似過ぎ…
それにしてもカッコ良すぎない?
顔の傷さえ、カッコいいって…ええ?
「アンナ!やはり君は分かってくれたか!」
パァっと明るい顔をして私に駆け寄った騎士は、私の身体をギュッと抱き締めた。
顔はお姉様だけど、身長は高いし無駄なく筋肉が付いてるし、身体は完全に男性のものだ。
私は今、お姉様そっくりな美青年に抱き締められていて…そっくりと言うか、これもう、お姉様でしょ?
お姉様が男性に?私を抱き締める?
意味不明過ぎて怖い!
お姉様らしきお兄様に抱き締められたまま「ヒァァア!」と空気が漏れ出る様な、かすれた悲鳴をあげた私を見た両親が「はあ!?なんだと!?そんな馬鹿な!」と目を丸くし、不躾なほどジロジロと元お姉様?を見た。
お父様も、理解が及ばないのだろうけれど、どう見てもお姉様にしか見えない騎士の青年を「お姉様」として見る事にした様子。
「お前は本当にクラリスなのか?なぜそんな姿に…
いや、本当にクラリスならば言いたい事がある。
先日、経済的な援助を願うと伝えたはずだが何の音沙汰も無かった。
それはどういう事だ。」
抱き締めた私を解放した元お姉様は、婚約者のもとには行かすまいとするかの様に、今度は私の肩を抱いた。
私としては、大嫌いな男爵の隣に行けない理由が出来てホッとしてる部分もあるんだけれど、私を大嫌いなはずのお姉様が、ベタベタと私にくっつく理由が分からなくて怖い。
これ、本当にお姉様??お姉様そっくりな男性でしょ?ええ?
「ああ、あの手紙ですか。
差出人の名前を見た瞬間に、見るまでもないと破り捨てて暖炉に放り投げましたが。なにか?」
シレッと笑顔で答えた青年に、お父様がカッと怒りに顔を赤くした。
「クラリスの分際で、なんだ!その態度は!!」
お父様は大きく腕を振り上げ、青年の顔に向けて腕を振り下ろした。
お姉様が実家の邸に居た頃は何度も見た光景、お父様がお姉様の頬を激しくぶつ……!
青年の顔に向けて振り下ろされたお父様の手は、逆に青年の左手の甲で簡単に遮られ、青年は私の肩を抱いていた右手でお父様の左頬を思い切り平手打ちした。
「ブッ!!」
お父様はひん曲がった唇からヨダレの粒を飛ばして大きくのけ反り、ヨロヨロと青年から離れて床にペタンと座り込んだ。
自分の身に何が起こったか理解するのに時間を要したのか、間を置いてからぶたれた頬に手を当て「ああああッ!い、痛い…!」と情けない声をあげた。
「日常的に何度も振るってきた暴力を初めて自分が受けて驚きました?痛いですか?
それを私は毎日毎日受けていたんですけどね」
お母様に駆け寄られ、ヒイヒイ声をあげながら泣く父を見て私は固まった。
私だって…かつてはお父様と同じように、お姉様を虐げる行為をしてきた。
花瓶の水をかけたり、物を投げつけた事もあった。
今生では、そこまでひどい行為はしていないつもりだけど…私も殴りたいほどお姉様に恨まれているに違いない。
だから━━
「アンナ!驚かせてごめんね」
私を抱き締める、この青年が本当にお姉様ならば、なおさらその意図が分からなくて怖い!
「ま、待て!待ってくれ!
僕は、騎士団の君たちをパーティーには招待していない!
いきなり乱入してきて騒ぎを起こし、僕の婚約者にベタベタと触れて…!何なんだ!なぜなんだ!」
お父様との一連のやり取りを傍観していた男爵が、やっと声をあげた。
驚きを隠せない男爵に寄り添うように、侍女のエリオが隣に立つ。
「そうだ!無礼者の若造どもが!
さっさと帰れ!」
そう声をあげたパーティーへの招待客の一人を見て私は「ひっ…!」と詰まった声をあげ足が震え出し、その場に倒れそうになった。
青年は私の身体を片腕で抱いた状態で支える。
男爵が呼んだパーティーへの招待客の一人━━
その男の顔は忘れはしない。
忘れられるワケが無い。
狭く冷たい尋問室で私の目の前に女性の手首で出来たオブジェを置き
「娘の居場所を吐け」
と身に覚えの無い罪を白状させるために、私に容赦なく暴力を振るった尋問官。
その人だった。




