これが本当の物語。
妹は、虐げられている姉の姿を見るのが好きだった。
妹は自分が甘やかされ慈しまれる優越感に浸る時、姉が両親から罵詈雑言を浴びせられながら暴力を振るわれている姿を見ると、その扱いの差がより一層心地よく感じたからだ。
「魔力」を持つ者は貴重な存在で、「魔法」が使えれば重宝されるのだが「魔力」のコントロールも出来ない上にまともな「魔法」も使えない者は、凶器を振り回す狂人と同じと思われ、自身の制御すらままならない厄介者として扱われる。
姉は強い魔力を持っていたのだが、幼さもあり膨大な魔力を制御し切れず、魔力を暴走させ幼少の頃に顔に大きな傷を負ってしまった。
両親はそんな姉を「嫁ぎ先も無い上に家の恥」だと奴隷のようにぞんざいに扱った。
僅かしか魔力を持たなかった妹は暴走事故を起こす事も無く、姉がぞんざいに扱われる分、両親から可愛がられて育った。
妹は、自分は愛されて当たり前なのだとワガママを言う事すら自分の当然の権利だと思いながら育った。
やがて姉が、両親の借金の肩代わりとして遠方の辺境伯に嫁ぐ事になった際に妹は歓喜した。
辺境伯は「魔力」と「魔法」を研究している変人で、人も動物もその実験材料としてしか扱わないと噂される気味の悪い人物だった。
姉の、より一層の不幸なる運命を予感した妹は笑いが止まらなかった。
婚姻までの数日、自身の将来を悲観し、悲しみに打ちひしがれる姉を見るだけで気分が良かった。
姉が嫁いだ後しばらくして
妹は日々の生活が退屈であると感じた。
虐げられている姉の姿を見られないからだ。
辺境伯に嫁いだ姉の噂は入って来ない。
姉は今、どんな不幸な目にあっているのか…知りたい。
姉が嫁いで約一年後に、妹にも縁談の話が舞い込んだ。
相手はビューロ・バロバス男爵。
若いながらも商売人の顔も持ち、潤沢な資産を持つ男爵は、嫁入り前の娘を持つ貴族達の中でも注目の的だった。
それらを差し置いて、自分がその男爵の婚約者に選ばれた事は、妹の優越感を僅かに満たした。
男爵は、まだ婚姻を結んでない妹とその両親に、多くの高価な品を贈った。
両親と妹は益々増長し、男爵の資産を我が物のように思い、金銭を湯水のように使った。
妹の物欲は満たされていったが、それも「当然」だと貢がれる贅沢に慣れた頃に、姉の事を改めて思い出した。
「幸せな私の今の姿と、不幸な姉の今の姿を見比べたい。
みんなにも見比べて欲しい、みすぼらしい姉と今の私の姿を。
私が幸せで姉が不幸だって事をみんなに見せびらかしたい。」
やがて夫となる男爵は妹の傲慢な願いを承諾し、婚約披露のパーティーに辺境伯夫妻を招待した。
当日━━
きらびやかな衣装に身を包んだ妹は、姉が現れるのを心躍らせながら待った。
気味の悪い辺境伯が、奴隷の様になった姉を連れて来るのじゃないかと期待した。
その時、パーティー会場の来客者の視線が一斉に入り口に向けられた。
そこには、美しく凛々しい黒髪の青年にエスコートされた、美しい姉がいた。
白百合の髪留めに飾られた長い金糸の髪は美しく輝きを放ち、身を包むドレスは白を基調にしたマーメイドドレスで、細い身体のラインに沿って拡がる裾がまるで百合の花のようで、姉の佇まいには華美な妹とは全く違う洗練された美しさがあった。
そして、見た目だけで姉を不幸たらしめる醜い顔の傷痕と、不出来な者の証である魔法制御の首輪が消え失せていた。
黒百合と白百合が寄り添うような辺境伯夫妻の美しさに皆が目を奪われ、羨望の眼差しを向けた。
皆からの羨望の眼差しは、全て自分に向けられると疑わなかった妹は、唇の端を噛み憎々しげに皆の羨望の眼差しを奪った姉を睨んだ。
━━それにしても…奇人で変人だと噂されていた辺境伯様が、こんなにも美しい男だと知らなかったわ━━
姉を憎々しく思う一方、妹は初めて見る姉の夫に興味を引かれた。
見目麗しく、地位も、資産もバロバス男爵よりも遥かに上の男である辺境伯は、姉より自分に相応しい。
そう思った妹はしなを作り、辺境伯に近づいた。
「はじめましてですわね、お義兄様…。
いいえ、わたくしの元婚約者様…
貴方様は、本当はわたくしの婚約者だったのです。
独り身の姉がいるのに妹が先に嫁ぐわけにはいかないと仕方なく姉をお嫁入りさせたのですが…。
わたくし、辺境伯様の事をお慕いしておりました。」
妹は辺境伯の腕に触れようと手を近付けたが、辺境伯に埃を払うかの様に手の甲で払われてしまった。
「私は最初から君になど興味が無い。
魔力も無い道徳心も無い。
その上に羞恥心も無く、自身の婚約者の前で姉の夫に色目を使う。
無い無い尽くしの君に砂粒ひとつほどの興味も無い」
周りからクスクスと嘲笑が聞こえ始める。
皆の見ている前で恥をかかされた妹は、その場に立ち尽くし、笑い者になった屈辱にワナワナと震えた。
妹の婚約披露パーティーの主役である妹の周りには誰も寄って来なかった。
独善的な妹の態度に辟易している者も多く、社交辞令程度のお祝いの声掛けの後、皆が姉の方に向かった。
「旦那様の魔法の研究によって、わたくしは魔力の扱い方を覚え、魔法を学び怪我を治す回復魔法を使えるようになりましたの。」
姉が顔の怪我が消えた理由を、そう話しているのを耳にした妹は、胸の内側をどす黒い憎しみで満たしていった。
婚約披露パーティーが終わり夜が更け、妹は婚約者のバロバス男爵に甘えるようにしなだれかかった。
「ねぇ男爵様、男爵様はわたくしの味方ですわよね?」
「もちろん、僕は可愛い君の虜だからね。」
婚約者となったバロバス男爵は、妹の無理難題を可能な限り叶えてきた。
高価な品をねだっても、男爵は嫌な顔ひとつせず妹のために甲斐甲斐しく貢いだ。
妹は、この男は自分に惚れ込んでいるから言いなりになるのだと思い込んでいた。
「姉は以前の姿の方が姉らしくて、お似合いでしたの。
だから再び、前の姿に戻してあげたいのですわ。」
「可愛い僕の婚約者どの、それをするには、そういう事が上手く出来る者たちを大勢雇わねばならないよ。
さすがに僕でも、そこまで手を回せるほど金銭的な余裕が無いな…いや…。
…今、手掛けている仕事が上手く行けば資金繰りは何とかなるかも知れない…」
「何か、問題でもありますの?
わたくしに出来る事ならば、お手伝いさせて頂きますけど」
妹の頭の中には、姉を何とかして憂さ晴らしをしたい考えしか無かった。
そのための些細な協力ならば惜しまない程に。
「本当かい?では次に手掛ける新しい仕事の責任者に君の名を挙げていいかな。
僕は別の取り引きで責任者となっているから、先方が他の人物をとうるさくて。
仕事はこちらでやるから、名前だけ貸してくれたらいいよ。
お礼に、お小遣いは倍にするから」
仕事はしないで、名前だけ貸せばお金がたくさん入って来るし、姉を非道い目にあわせる事も出来る。
なんて良い話だろうと、妹はすぐに男爵の話に乗った。
「エリオ、例の仕事の書類を持って来てくれ」
男爵に名を呼ばれた男爵家の侍女エリオは書類を手に男爵に近付くと、親しげな雰囲気で男爵と言葉を交わし始めた。
━━この女、男爵に気があるみたいなのよね。
でも、お生憎様ね。男爵は私の事が好きなのよ。━━
フフンと鼻で笑いエリオを見下した妹は、エリオから渡された数枚の書類に目を通さずにサインをした。
「姉の顔には大きな傷をつけて欲しいの。
首には重苦しい魔法制御の首輪を付けて、回復魔法で傷を治したり出来ないよう簡単には外れないようにしてちょうだい。
後は…雇ったならず者達に、姉を好きにしていいと伝えて。」
妹は男爵にそうお願いをし、姉が悲惨な目に遭った報告を楽しみに待つ日々を過ごした。
姉が不幸に遭ったという報告はいつまで経っても妹には届かなかったが、男爵の新しい仕事とやらは上手くいっているらしく、男爵からの貢ぎ物の金品は届き続けた。
妹はきらびやかなドレスや宝石を毎日身にまとう。
自分に貢ぐ男爵の仕事に全く関心の無かった妹は、男爵がどの様に大金を稼いでいるのかを疑問に思う事も無かった。
妹は、自分が身に着ける装飾品がいかに豪華な物であるかで男爵からの好意を測っていた。
だから豪華になればなるほど「愛されている」と思い込み、さらに高価な物をねだった。
「僕が次に取り扱う品はとても高価で、入手するには苦労するけど、これが手に入ったら君が欲しかった物は何でも手に入るよ」
男爵の言葉を真剣に聞いていなかった妹が、その商品が姉の事だと妹が知ったのは、かなり後になっての事だった。
ある日突然、男爵が妹に買い与えた別宅に衛兵たちが大挙して押し寄せて来た。
「これは一体何の騒ぎなの!
わたくしが誰か分かってるんでしょうね!」
けたたましく喚き散らす妹は衛兵達に取り囲まれ、抵抗のため振り回した腕をねじり上げるように掴まれ、後ろ手に拘束された。
「痛い!無礼者!
わたくしの身内には辺境伯様もいるのよ!
わたくしにこんな無礼な真似をして、義兄の辺境伯様が黙ってないんだから!」
「その辺境伯様から、お前にはより厳しい取り調べと罰を与えろとの要望だ。
…先日、ならず者達が辺境伯夫妻の馬車を襲撃した。
夫人を誘拐しようとしたらしい。
ならず者達は辺境伯夫妻の私兵によりすぐ捕らえられ、厳しい尋問がされた。
襲撃の首謀者にお前の名前があがり、依頼内容がつまびらかになった。
奴らへの依頼内容を書いた契約書には、お前のサインがある。
ならず者達の所持品には魔法制御の首輪もあったそうだ。」
衛兵の言葉に対する弁明の余地は与えられなかった。
10人ものならず者達は全員が首謀者に妹の名を挙げ、
頼みの綱である男爵はエリオと共に姿を消していた。
連行され冷たい牢に入れられた妹は、人身売買の罪を問われた。
「拐われたまま、まだ見つかってない者たちの売られた先を吐け。」
「知らないわ!わたくし、本当に知らない…うっ!」
尋問官は妹の顔を容赦なく殴り、暴力を振るった。
初めて受けた暴力と強い憎悪は、いとも簡単に妹の心を折った。
自分が姉に対し「いい気味」だと思っていた境遇は、余りにも過酷で耐え難いものだった。
妹は苦痛に耐えられずに号泣し、何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
「私が聞きたいのは謝罪じゃない。
行方不明になった女達の居場所だ」
「知らない!本当に何も知らないの!」
顔を腫らし泣き叫ぶ妹の目の前に、蝋のような物で綺麗にコーティングされ、指輪等で装飾を施された美術品のような一つの手首が置かれた。
「これは、ある貴族のコレクションルームから押収された品だが…私の娘の手首だ。
もう一度訊くが…手首を斬り落とされた私の娘をどこにやった」
「しっ…知らない…!分からない!」
尋問官により妹は厳しい拷問を受け続け、消えた娘達の売られた先などを訊かれ続けたが、妹は何も答えられなかった。
ただ泣き叫び許しを請い続け、男爵の仕事が人身売買だとは全く知らなかったのだと訴えた。
そう何度も訴え続けても、贅沢三昧の日々を過ごしていた妹の言う事など一向に信じてはもらえなかった。
「お前の邸から押収された商品リストの中に辺境伯夫人の名もあった。
顔に大きな傷痕有り、魔法制御の首輪付きと。
加工可能━━そう記載があった。」
妹は、毎日答えようのない尋問を受け拷問を受け続けた。
やがて兵士や行方不明者の家族などの懸命な捜索により、行方不明となった娘達が数名見つかったのだが、既に亡くなっている者もいた。
生存が確認された者も、五体満足と言える者は居なかった。
そして娘達全員の生死が確認された時、妹の公開処刑が決まった。
断頭台のある広場に馬車で運ばれた妹は馬車から降りると空を仰ぎ、久しぶりに太陽を見た。
衛兵に捕らえられてから一年以上が経過しており、贅沢にあやかっていた両親は既に処刑された後だった。
大勢が見ている前で断頭台に上がる妹に、民衆からの激しい罵詈雑言が浴びせられた。
被害に遭った娘達の身内からは石も投げられた。
それでも、この時の妹の心情は穏やかなものだった。
━━やっと、この苦しみから解放される━━
死の間際に妹は考えた。
わたくしは、何を間違ってしまったのだろう。
姉を蔑ろにしたから神様が罰を与えたの?
そう言えば…男爵様はどうなったの…?
わたくしは…なぜ…こんな運命を……
妹の意識は、そこで途切れた。
▼
▼
「今の私には、もう他人事みたいにしか思えないのだけれど、愚か者過ぎるわね、私。
まぁ…もう過去の失敗を経験した記憶を持って今を繰り返してるから、少しはマシになってる事もあるけれども」
ただ、何度人生を繰り返しても、処刑を免れた事は無い。
男爵の書類にサインをしなかったとしても、そもそも姉をどうにかして欲しいなどと男爵に頼まなくても━━
結果は同じ様になる。
「今回は…男爵が最初から私を警戒しているし、騎士団が拐われた女性を助け出したなんて、初めての状況になってるし…どう動いたらいいのかしら…何が正解?」
私の処刑が確約された未来であり、免れないのはもう諦めているけれど
願わくば━━男爵、貴方いつもエリオと姿を消すけれども、そろそろ罪を暴かれていいんじゃないの?




