婚約披露パーティーを近日に控え。
「まぁ!このドレスをご覧なさいよ!
宝石まで散りばめられて、なんて見事なしつらえなの!
それを、わたくしの分まで!」
「アンナに贈られた大きな宝石のネックレスも素晴らしい!
それに揃いの宝石でわしのチェーンブローチまで!」
高価な贈り物を持参し足しげく我が邸を訪れるようになったバロバス男爵に、私の両親は「よほど、アンナが気に入ったようだ」と終始ご満悦だ。
その様子を見る限り両親は、見張られているかも知れないけど私のように脅されている様子は無い。
「愛しい婚約者であるアンナ嬢を喜ばせたいとの一心からです。
そのために、義父上と義母上となるお二人にも喜んでいただきたく思いまして。」
「こんなにも愛されているとは幸せ者だなアンナ!」
応接間で贈り物にはしゃぐ能天気な両親を一瞥したバロバス男爵は、テーブルを挟んで向かいに座る私を、口元に笑みを浮かべながらジッと見た。
この人は、私が知るハズが無い情報をどうやって手に入れたのかを探ろうとしている。
邸に出入りする者や私の交友関係なども調べて、私と情報のやり取りをしている者が居ないかを探っているのだろう。
そんなの、どれだけ調べたって何も出てきやしない。
全ては私自身が何度も死を経験し、それまでの過程で知り得た事実なんですもの。
そう私は毎回、アンタのせいで処刑されてるんだから!
「………失礼、少し席を外しますわね。」
男爵の粘着質な視線に耐えられなくなった私は、御手洗いに行こうと席を立つ。
すると当然のように、男爵が連れて来た侍女が見張りとしてなのか、私に付き従った。
特に会話も無く二人で廊下を歩いていると、いきなり侍女に腕を掴まれた。
急な事で何も対応が間に合わず、腕を掴まれた私「え?え?」と思考が停滞した状態で壁に押し付けられるように廊下の隅に追いやられた。
「アンナ様、どうか私の妹をお助け下さい!」
「いっ、妹?」
何を突然言い出すの、と訝しがる私の前で侍女は両手の指を組み泣きそうな表情で私を見た。
「私の妹は、男爵にひどい目に遭わされているんです…
だから私、侍女になって男爵に近付き、その罪を暴いて妹を救い出そうとしたんです。
でも私一人では何も出来なくて…
アンナ様だったら何か力になって頂けるのではないかと……」
「まぁ、そうなのね。
でもそれが事実でも私は何もしてあげられないわよ。」
「なぜですか!?アンナ様は男爵がしている事を知ってらっしゃっいますよね!?
どうやって知ったのです!?」
そういう貴女も知ってるから侍女になりすまして男爵に近付いたんじゃないの?と指摘したい所だけど、そこはあえて何も言わない。
「夢で知ったからとしか答えられないわね。
期待を裏切って悪いのだけれど、私には情報を共有するような仲間がいるとか、そんなの何もないわ。
それに私、知ってるけど詳しいワケでもないし、何かを出来るワケじゃないもの。」
「え…夢で知った?そんな事で…」
「とにかく、私に出来る事は何もないわ。
ほかを当たってちょうだい。」
男爵に私を探るよう言われたのかしら。
私が何をどこまで知ってるかも知りたいのでしょうけど、何も言う気は無いわ。
私が誰かと繋がっているかもと警戒し、その間だけでも男爵の悪事がなりをひそめて、少しでも被害に遭う女性が減るなら、それはいい事だわ。
それに…仮に私にそんな仲間が居たとしても、あなたには絶対に教える気はない。
だって私、知ってるもの。
あなたがバロバス男爵の本当のパートナーである事を。
前の人生で、薬で朦朧とさせた私に贅沢三昧の妻を演じさせたのもエリオ、あなただった。
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「おい、どうなっている!?
なぜ僕の大事な商品を保管していた倉庫が立て続けに見つかるんだ!」
バロバス男爵邸の応接間にて、アンナとの婚約披露パーティーを間近に控えた男爵は自身の裏の稼業が上手く立ち行かなくなった事に憤り、声を荒げた。
応接間の隅でたむろするバロバスの裏稼業の手下達は声を荒げた男爵を「うるせぇな」とばかりに睨む。
「倉庫にしていた建物の所有者、周囲、全てを警戒し厳重な注意を払っていた!
なのにそれらが騎士団に摘発され、商品が全て連れ出された!
もう買い手の決まった商品も居たのに!」
男爵は大声で苛立ちを吐き続け、広い応接間をウロウロと歩き回った。
せわしなく鬱陶しく動き回る男爵に、雇われた手下達は舌打ちする。
「アンナはどうなんだ!
また僕の知らない所で、騎士団に何らかの情報を流していたりするのではないのか!?」
「アンナは見張られている事も気付かずに騎士団の詰め所に便せんを置くような世間知らずの甘ちゃんだよ。
それがアンタにバレてからは怯えてるのか、家から出ないし、あのアホ両親以外の誰とも接触してないよ。」
バロバスの勧めで邸に住み込みでのアンナの専属の侍女となったエリオは日中アンナ達を監視し、深夜には男爵邸に来てこうやって報告をする。
エリオは男爵邸の応接間の長椅子に腰掛け足を組み、まるで女主人であるかのように振る舞った。
「じゃあ、なぜ僕の隠し倉庫が立て続けに見つかる。
下調べや確認に来た様子も無く、確信を持って兵士達が前触れもなく突入して来るんだ。
逃げるヒマも与えられず、その時に倉庫に居た者達は客の貴族も含めて全員捕らえられてしまった。
たまたま僕が席を外した時だったから…僕は捕らえられてないが…客の貴族が僕の名を出せば…。」
不安げに語るバロバス男爵の前で、侍女服姿のエリオは不敵な笑みを浮かべた。
「家族の命を人質に秘密を守らせてんだ、簡単には口を割らないよ。
それより買い手の付いた商品を没収されたんだ、早く新しい代替品を用意しないと信用に関わるわねぇ。
でも…今は街中の警戒が厳しくて新しく女を拐ったり目立つ事は出来ないわ。」
「それなら、近日この邸で行われる婚約披露パーティーに招待した、辺境伯に嫁いだとかいうアンナの姉を代わりにしようと考えている。
おあつらえ向きに、客の要望と同じく美しい顔に不憫なほど大きな傷のある気弱そうな若い女との事だ。」
エリオと話して少し落ち着きを取り戻した男爵は、長椅子に座るエリオの隣に腰掛けた。
エリオは隣の男爵にしなだれると「ふぅん」と無関心にも似た相づちを打つ。
「顔に大きな傷のある気弱な女が、パーティーなんて人の目の集まる場所に本当に現れるのかしらね。」
「招待状にはパーティーには参加しなくてもいいから、妹のアンナにひと言でも祝いの言葉を掛けに来て欲しいとつづったら、意外にもパーティーには参加しますとの返事があったよ。」
「ふぅん…そうなんだ。
仲が悪かった妹のために、わざわざパーティーに参加するだなんて何考えてんだろうねぇ。
まぁ、お陰でコチラの仕事は上手くいきそうだけど。」
「ああ、パーティーが終わり邸を出てから誘拐するつもりだ。
仲が悪かった姉が居なくなれば、疑いの目は妹のアンナに行くだろう。
辺境伯も、押し付けられた傷物の妻が居なくなってせいせいするかもな。」
エリオは少し黙り込んだ。
自分が目張っている中で、アンナが誰かと連絡を取り合ったりしている様子は一切無い。
自分がこうやって離れている間も、部下にアンナを見張らせている。
だが、アンナが騎士団に密告しようとし失敗した後というタイミングで、男爵の裏稼業の拠点が立て続けに見つかっている事が腑に落ちない。
「……婚約披露パーティーねぇ…悲しいわァ。
アンタはとうとう、私以外の女のモノになっちまうのね。」
困った顔を作りフフッと笑いながら隣に座る男爵にエリオがそう告げれば、バロバス男爵はにエリオの頬を優しく撫でる。
「僕が愛するのはエリオだけだよ。
でも僕にはアンナが必要なんだ…僕の罪を被ってくれる愚かな妻が。」
「分かってるよ。最近は巡回の目も厳しいからね。
充分稼いだし、アンナの姉を客に渡したら足を洗うタイミングだね。
アンナの姉が行方不明になったら、仲が悪かったアンナやその家族に皆の目が行くだろうし、あたし達はその間にアンナが首謀者である証拠をたくさん用意して…。
結婚してから頃合いを見て、全てはアンナが裏で手を引いていた事として告発するとしようか。」
「僕はその時、妻の悪行に翻弄された気の小さな夫を上手く演じるよ。」
甘い言葉を男爵と交わしながらも、第三者の存在は確実だと考えたエリオは不安が拭えない。
不安の種は早く無くした方が良い。
消せるなら今のうちに消してしまわなければ。
まずは、その第三者とアンナが繋がっているか、やはり確認する必要があると。
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深夜、皆が寝静まった頃に毎晩エリオは邸をコッソリ抜け出して出掛けて行く。
2時間程して帰って来るのだけれど、エリオがどこに行き誰と会ってるかなんて、すぐに想像がつく。
「男爵から妹を助けてだなんて嘘ぶいて…イヤな女。」
私は数週間後に控えた婚約披露パーティーの事を考えて憂鬱になった。
その日は辺境伯様に嫁いだお姉様と約一年ぶりに顔を合わせる日。
本来ならば、顔の傷が無くなり辺境伯様に愛されてなのか、咲き誇る白いユリの花のように美しくなったお姉様がパーティーに現れたのを見て、悔しさにギリィッと歯噛みする私なのだけれど。
さすがにもう見飽きる位に、そのシーンを経験したので…今さら悔しいも嫉妬も無いのよね。
なんて言うか…会う度に「今回も美しいわねぇ、お姉様」って感じ。
本来の私は、その日から男爵にベタベタと甘えるオネダリ女になる。
姉に対する憤りを話し、その苛立ちを物欲で満たそうとしたり、姉への不満を「あんな人、居なくなればいいのに」などと、何とか出来ないかしら?をほのめかすような物言いをしたり。
そして、甘える方法のひとつとして…私は婚姻前であるのに、男爵と夫婦間の行為をしたりしていた。
「でも、今さら出来るワケ無いでしょ!
あんな最低なヤツと!」
思わず本音を声に出して言ってしまった。
だって今思ったら、あんな男に身を任せるだなんて、よく出来たもんだ!なんて以前の自分に対して思う。
過去の自分に、そこまでするほど姉を恨む執念の凄まじさを感じて引く位だわ。
「とは言えど…結婚したら、やはり初夜はしなきゃ…
イヤだわぁ…」
でも今の人生の私は、男爵に怪しい女として警戒されている。
男爵が、そんな女と夫婦生活を送るつもりがあるのかは疑問だけど、また意識がぼんやりするような薬を使われたりしたくないし、大人しく従順な妻のフリを続けるつもり。
「…あ…エリオ。」
暗い庭先にカンテラの灯火が揺れ、エリオが邸に帰って来たのが見えた。
エリオはカンテラを掲げて私の部屋を確認し、私の部屋に薄明かりが灯っているのに気付いた。
その数分後に私の部屋がノックされ、エリオが紅茶を持ち部屋にやって来た。
「アンナお嬢様、まだ起きてらっしゃったのですね。」
「寝苦しくて起きたのよ。深夜に何の用?」
「お嬢様、聞いて下さい!
誰かの密告により、とうとう男爵の悪行の一部が騎士団によって暴かれたらしいのです!
男爵の拐った女性が助け出されたと!」
嬉々とした表情で語るエリオに対し、私は本当に驚いた顔をした。
だって、今まで何度も何度も繰り返されてきた人生において、男爵の悪行が一部とは言えど私との結婚前に見つかる事なんて無かった。
「…え?密告?…誰が…男爵を…え?誰…?」
あまりにも驚き過ぎて頓狂な顔をする私に、エリオが訝しげな表情を見せた。
エリオは男爵の罪が暴かれたのは、私が何かをしたのじゃないかと探りを入れに来たのだろう。
ところが私が素で驚いた顔をしたので、エリオも予想が外れたような顔をした。
「残念ながら、妹はまだ見つかってないんですけど。」
妹も捕まってるって、その設定まだ生きてるんだ。
でも私はそれどころではなくて、魚みたいに口をパクパクさせながら今までとはまったく違う初めて経験する「今」に動揺している。
何がどうなって?こんな事初めてだわ。
そんな私にエリオはさらに話し掛けてきた。
「知ってます?男爵の集めている子たちって、身体のどこかが欠けてるんですって。
でも私の妹は、どこも欠けてないし、キレイな顔をした普通の子でしたよ。」
知ってるわよ、男爵がただの人身販売より最低最悪な事をしていたってのは。
実際に目にした事は無いけど、私の罪状や処刑前に投げかけられた街の人達の野次で何度も聞いたわ。
それを今の私が知ってるなんて絶対に言わないけど。
「だから私、心配なんです。
妹が男爵の元から助けられた時、ちゃんと五体満足な無事な姿を見られるのかしらって。」
口元に笑みを浮かべて話す内容じゃないわね。
とてもじゃないけど、妹の安否を心配する姉の態度ではないわ。
「エリオ、あなた私に何を言いたいのかしら。」
「男爵の所から助け出された5人の女性達…助け出されたハズなのに行方不明なのですって。なぜでしょうか。
それって簡単に人前に出すには、あんまりな姿に変えられてしまってるって事じゃないかと。
そう言えば、アンナ様のお姉様は、元から傷物でしたわね。」
エリオは私を怒らせたいのだろうか。
感情をむき出しにさせれば、何かポロッと口にするかもとか思っているのかしら。
「そうね、顔に大きな傷があるわ。
男爵様がお気に召すかも知れないわね。
もう、いいでしょ?私、眠いの…お休みなさい。」
私がベッドに横たわると、思った結果が得られなかったエリオは小さな舌打ちをして部屋を出て行った。
…なぜ今、お姉様の話題を出したのかしら。
お姉様に何かするつもり?




