第35話 汽車の窓の人
「先生の絵の女の人は、みんな、どこか同じ顔をしているんです」
冥婚の依頼に来た弟子は、絵具の染みの残る手を膝の上で重ねて、そう言った。
美人画の水原溪堂といえば、私でも名前を知っている。その老絵師が、七十八で亡くなった。生涯独身。描いた美人画は千を超えるのに、モデルを雇ったことが一度もない。画壇の七不思議だったという。
弟子は、画室の隅の色褪せた座布団を目で示した。
「あそこが、誰かの席みたいで。私たちは誰も、座ったことがありません」
画室での祝言は、絵に囲まれて挙げた。
衝立の美人画。軸の美人画。描きかけの美人画。年恰好も装いも違うのに、弟子の言う通りだった。目元の伏せ方が、みんな、同じだ。
千枚の絵は、千人の女ではない。
一人の女の、千通りだ。
弟子は一言断って、あの色褪せた座布団を私の隣に敷いた。
「先生が、喜びますから」
誰も座れなかった席が、今夜だけ、祝言の席になった。
三三九度。末期の水。
耳を澄ます。
『——彼女の墓に、彼女はいない』
彼女。
千枚の絵の、あの目元の人だろうか。
墓にいない、とは。
遺品の行李から、古い写生帖が出た。
若い女の顔が、頁ごとに繰り返し描いてある。笑った顔。俯いた顔。振り向いた顔。日付は五十年前から始まって、二十年あまり、同じ若さの同じ顔が続く。
会えない人を、記憶だけで描き続けた帳面だ。記憶の中の人は、齢を取らない。
ところが、終わりに近い一頁で、突然、女は齢を取っていた。
汽車の窓枠ごしの、中年の女の顔。窓の外のホームに立って、荷を抱えて、こちらに気づかぬ横顔。日付は二十八年前。頁の隅に、鉛筆の走り書きがあった。
『北の駅にて。生きておられた。声はかけず』
五十年前に死んだはずの人が、二十二年後に、北の駅で生きていた。
窓枠の線だけが、震えていない。見間違いではないと、線が言い張っている。
弟子に女の素性を訊いても、首を振るだけだった。ただ、先生は酔うと一度だけ、こう言ったそうだ。
「俺の惚れた人は、死人の花嫁の家の人でな」
背筋を、冷たいものが通った。
死人の花嫁の家。うちだ。
家に帰って、祖母に写生帖を見せた。
祖母は最初の頁を見て、煙管を取り落とした。
「……ちかだ」
「え」
「あたしの妹の、ちかだよ。恋をして家を出て、三月で死んだ——お前に何度も話した、あの大叔母だ」
恋の相手は、絵描きの卵だったという。掟を破った女がどうなるか、宵坂の女は皆、ちかの話で覚えるのだ。祖母も、母も、私も。
その、ちかさんの墓に、ちかさんはいない。
その女が、どこで暮らしたかはまだ分からない。立会人に頼んで、まず寺の埋葬の綴りを検めてもらった。五十年前のちかさんの埋葬の記録は、なかった。
石屋の古帳面には、建立の施主として本家の先々代の名前。そして注文の日付は、在所に死の報せが届いたという日より、十日も前だった。
死ぬより前から、墓が誂えてある。
記録だけで決めつければ、こちらも紙に騙される。
寺と役所へ願いを出し、翌朝、祖母立ち会いのもとで墓を開いた。石の下から出た木箱には、土を吸った経帷子と、重しの丸石が三つ。人の骨は、指の節ひとつ入っていなかった。検めた医師が空箱の木札へ判を捺し、祖母はその音を目を閉じて聞いた。
空の墓だった。
五十年間、掟の見せしめに使われてきた墓は、最初から空だった。
ちかさんが死んだと、誰が確かめたのか。
祖母は報せの文しか見ていない。墓を建てたのは先々代だ。夫を亡くして家業へ戻った祖母に、妹は恋のために死んだと告げた人でもあった。
「あたしは、それを汐へ話した。お前にも」
祖母の煙管が、膝から転がった。拾って渡すと、火皿は冷たかった。
「死んだことにされて、戻れなかったのかね。それとも、戻らなかったのか」
私は答えられない。遠い駅で笑った顔だけが、頁の中にあった。
「お祖母ちゃん。……ちかさん、この歳までは、確かに生きてた」
私は、汽車の窓の頁を開いて見せた。
祖母は、老眼鏡を掛け直して、長いこと、その横顔を見ていた。
「……あの莫迦。生きてたなら、文のひとつも寄越しゃいいものを」
「文を出せば、居所が知れます。知れたら、今度こそ」
「……ああ。そうだね。そうだった」
祖母は写生帖を膝に置いて、煙管に火も付けずに、ぽつりと言った。
「——笑ってるじゃないか、こいつ」
汽車の窓の外のちかさんは、荷を抱えて、確かに少し、笑っていた。
死んだことにされた人が、遠くの空の下で、生きて、笑って、荷物を抱えていた。
救いと呼ぶには遠すぎる。けれど呪いと呼ぶには、あの横顔は、あんまり達者だ。
絵師は声をかけなかった。かければ、彼女の「死んだこと」が壊れて、また誰かの手が伸びる。だから窓越しの一目を、千枚に描いて生きた。
彼女の墓に、彼女はいない。
最期のひと言は、告発で、そして、のろけだった。俺の惚れた人は、あんな墓には入っていない。生きて、笑って、荷物を抱えていた。
弔い直しの日、祖母は空の墓に写生帖の一枚を納めて、こう言った。
「まず、捜すよ。文の一つも寄越せって、こっちから書いてやる。……返事をするかは、あの子の勝手だ」
数日後、紗雪さんが遊びに来た。
縁側で茶を出すと、この頃の癖で、若葉寮の嘱託医の話を始めた。曰く、口うるさい。曰く、慈善市の勘定に細かい。曰く、この前は寄進の花を全部薬代に替えてしまった、無粋にもほどがある。
「紗雪さん。その先生の話、今日で三度目です」
「あら。数えていて?」
「帳面の家ですので」
紗雪さんは扇を開いて、口元を隠して、それから、観念したように閉じた。
「春着を、誂えることにしましたの」
言葉の意味が、胸に届くまで、一拍あった。
「紅の、春着を」
次の春着は、紅にせよ。
紗雪さんは袖の端を引いた。「黒い袖だと、お医者様に顔色まで悪く見えると言われるの。失礼な方でしょう」。その声は、少し浮いていた。
「お似合いになります」
「当然でしてよ」
言い返す声が、少しだけ濡れていた。
「紅は、強い色ですから。負けないお方にしか、お勧めいたしません」
「あなた、呉服屋ですの。冥婚屋ですの」
「今日は、友人です」
扇がまた開いた。隠しきれなかった分が、目尻に出ていた。
帰る前、紗雪さんは袖をもう一度見た。赤い布を当てる日を、目で測っているようだった。
私の「今は、まだ」は——いつまで、まだ、なのだろう。




