表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一方的に離縁を言い渡されたので、ほぼ一人で経営を任されていた貿易業からもお暇することにしました  作者: 秋名はる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/26

第25話(完結話) その後の話2

「ウェステリア」


ルーレンスが、静かに名前を呼んだ。


「はい」


「一つ、聞いてもいいかな」


「なんでしょう?」


ルーレンスは、海の方を見たまま、少しの間黙っていた。

それから、ゆっくりとウェステリアの方を向いた。


「あなたは今、幸せだろうか」


予想していなかった問いだった。

しかし、改めて考えてみれば、自分のこれまでの生活には様々な苦難があった。


ようやく生活が落ち着いた私のことを、ルーレンスは今でも心配してくれていたのかも知れない。


ウェステリアは、すぐには答えられなかった。

――幸せ。その言葉を、自分に向けて考えたことが、最近あっただろうか。



仕事は充実していた。仲間がいた。父がいた。

そして——目の前に、この人がいる。


「はい」


ウェステリアは、静かに言った。


「今は、幸せです。自分の足で立っている、という気がしています。それが——これほど、清々しいものだとは、知りませんでした」


ルーレンスは、その言葉を聞いて、目を細めた。


「よかった」


それだけ言って、また海の方を向いた。

暫く二人だけの静かな沈黙が続く。再び、ルーレンスが口を開いた。


「もう一つだけ、これは質問というよりもお願いに近いかも知れないが」


「…?」


「これからも、私が、君の側にいることを、どうか許してもらえないだろうか」


ウェステリアは、ルーレンスを見た。

その顔は真剣そうで、そしてどこか緊張でこわばっているようにも見える。

彼は静かに言葉を紡いだ。


「__私は、ずっとあなたのことが好きでした」

 

ルーレンスは、真っ直ぐにウェステリアを見て言った。


「幼い頃から。戦地にいる間も、ずっと。あなたのことを思い出すたびに、早く戻らなければと思っていた。それが、私が生きて帰ってきた理由の一つでもある」


それはウェステリアにとって初耳のことであった。


「あなたが苦しんでいる時に出会えたことを、複雑に思う気持ちもある。

しかし、それでも——そばにいられたことは、私にとって何よりのことでした」


その横顔は、いつも通りの静かなものだったが、耳の先が、わずかに赤くなっていた。


——ああ、そうか。


ウェステリアは、胸の奥で何かが、ゆっくりとほどけていくのを感じた。


この数ヶ月、ルーレンスがそばにいてくれた。


商会の立て直しの時も、裁判の時も、怖い夜も、疲れた朝も——いつも、少し離れたところで、静かに見ていてくれた。


押しつけがましくなく、しかし確かにそこにいた。


それがどれほど、自分の支えになっていたか。気づいていなかったわけではなかった。ただ、認めることを、どこかで後回しにしていた。


「私も……いたいと思っています」


ウェステリアは、少し間をおいてからゆっくりと言った。


少し間を置いてから、続けた。

 

「あなたのそばに、いたいと思っています。これからも__」


ルーレンスは、海の方を見たままだった。

しかしその口元が、少しだけ動いた。


ずっと考えていたことだった。

エヴァンスと離縁してから、自分はこの後の人生を一人きりで過ごすものと思っていた。


エヴァンスに冷たく離縁を突きつけられて、ウェステリアとしてももうあんな思いはしたくないと、改めて今後のことを考えるのを、嫌煙していたこともある。


しかし、そんな私のそばに、ルーレンスは何も言わず、ただずっと側にいてくれた。


やがて、彼はウェステリアの方を向いた。その顔に、初めて見るような、穏やかな、本当に穏やかな笑みが浮かんでいた。



「ルーレンス」


ウェステリアは、やっと声を出した。


「私も——私も、あなたがそばにいてくれるから、立っていられると思うことが、何度もありました。最初は、気づいていなかった。でも今は、わかります」


ウェステリアは、少し照れながら、しかしまっすぐに答えた。


「私も、あなたが好きです」

 

ルーレンスは、しばらく黙っていた。

それから、深く息を吸って、静かに言った。


ルーレンスは目を見開いたまま暫く固まっていたが、やがてウェステリアの方を向き、肩肘をついて、ウェステリアの手を取る。


「ウェステリア、君を私の人生をかけて幸せにすると誓います。

この私と、ともに歩んでいただけますか。死が二人を分かつまで、ずっと__」


夕日が、丘の上の二人を橙色に照らしていた。

波の音が、穏やかに続いていた。


ウェステリアは、その問いに、今度はためらわずに答えた。


「はい」


夕暮れ時の丘の上に、二人が恥じらうような笑顔が溶けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ