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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第三章 王都編 〜今さら呼ばれても〜

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第57話 前金



 夜更けの廊下で、ロイドは扉の前に立ち尽くしていた。


 叩こうとして上げた手を、もう三度下ろしている。


「……リディア様は、お休みです」


 中から出てきたエレナが、冷ややかに言った。泣き腫らした目が、まだ赤い。


「一言だけで構いません。すぐに失礼します」


 エレナはしばらくロイドを睨んでいたが、やがて小さくため息をつき、扉を開けた。


「エレナ、いいのよ。入ってもらって」


 奥から、かすれた声がした。


 寝台の上で、リディアが枕にもたれていた。昼よりは顔色が戻っている。それでも、かけ布の下で脇腹をかばうように、体をわずかに傾けていた。


 ロイドは寝台の手前で膝をつき、深く頭を垂れた。


「命令に背き、リディア様を危険にさらしました。申し訳ありません」


「……それを言いに来たの?」


「はい」


「さっきは、あんなに大きな声で言ってたのに」


 リディアが、少しだけ笑った。


「私の主人はリディア様ではありません、って」


「……あれは、撤回いたしません」


「知ってるわ」


 ロイドは、顔を上げた。


 リディアは怒っていなかった。ただ、不思議そうにロイドを見ていた。


「ねえ、ロイド。どうして、そこまでカイルなの?」


 しばらく、答えられなかった。


 話すつもりのなかったことだった。けれど、この人には、話しておくべきだと思った。


「……私の家は、子爵家でした」


 ロイドは、膝の上で拳を握った。


「父も母も、見栄ばかり張る人で。気づいたときには、屋敷も領地も、借金で首が回らなくなっていました」


 返す当てのない証文が、毎月のように増えていった。


「両親は、妹を嫁がせることにしました。父より年上の成金の、後妻として。その男が、借金を肩代わりすると言ったのです」


 リディアの手が、かけ布の上で止まった。


「妹は、十三でした」


 部屋が、静まり返った。


「私は家を継ぐ身でしたが、名も誇りも、全部捨てました。頭を下げられるところには、どこへでも下げに行きました。剣も、馬も、売れるものはすべて売りました。それでも、足りませんでした」


 あの頃の自分は、世の中のすべてを恨んでいた。妹を差し出そうとする両親も、門前払いをする親戚も、何もできない自分自身も。


「そのとき、上官だったのがカイル様です」


 ある晩、カイルはロイドを天幕に呼び、一枚の為替を机に置いた。


 借金と、ぴったり同じ額だった。


「前金だ、とおっしゃいました。軍を離れても、私に仕えろ。それで足りなければ、一生かけて返せ、と」


 ロイドは、小さく笑った。


「一生かけても、返せるはずがありません。それでもカイル様は、施しではなく、前金だと言ってくださった。私に、返す道を残してくださったんです」


 あの夜、天幕の灯りの下で、決めた。


 この命も、この先の人生も、全部この人に使う、と。


「家は、弟に継がせました。妹は今、好きな人と婚約して、毎月手紙をくれます」


 ロイドは、まっすぐにリディアを見た。


「ですから、何度同じ場に立っても、私はカイル様を守ります。申し訳ありませんが、それだけは変えられません」


 リディアは、しばらく黙っていた。


 それから、ふっと目を細めた。


「変えなくていいわ」


「……え?」


「あなたの命は、あなたのものよ。誰に使うかは、あなたが決めていいの」


 リディアは、痛むのか、少しだけ顔をしかめてから続けた。


「カイルは、とても優秀な人だけど、どこか不器用なところがあるでしょう? あなたみたいな人が必要だと思うわ。……カイルのこと、お願いね」


 ロイドは、目を瞬いた。


 自分を守らなかった男に、この人は、カイル様を託すと言うのだ。


 胸の奥で、何かが小さく軋んだ。主人を変えるつもりはない。それでも、この人のことを、領主として以上に知った気がした。


 ロイドは、いつもの軽い笑みを、ようやく口の端に浮かべた。


「……それは、言われるまでもありません」


 リディアが笑って、また脇腹を押さえた。エレナに睨まれて、ロイドは慌てて部屋を辞した。


 入れ替わりに、ミレイユが顔を出した。夜の警護の番だった。


「ロイドが、ずいぶん神妙な顔で出ていきましたけど」


「少し、話を聞いていたの」


 リディアは、ミレイユを見上げた。


「ねえ、ミレイユ。あなたも、カイルに仕えているのよね」


「ええ」


「……あなたは、いいの?」


 ミレイユは一瞬きょとんとして、それから察したように苦笑した。


「ロイドとは、方向性が違うというか」


 寝台の脇の椅子に腰を下ろし、剣を膝に立てかける。


「私は、カイル様が守りたいものを守りたい派なんです」


「守りたいもの?」


「今は、リディア様ですね」


 あっさりと言って、ミレイユは肩をすくめた。


「ロイドは、カイル様の背中しか見えていませんから。その分、前は私が見ないと」


 リディアは思わず吹き出し、慌てて脇腹を押さえた。


「笑わせないでください、ミレイユ様」


 エレナにまで叱られて、ミレイユは「すみません」と首をすくめた。


     *


 翌朝、ロイドは練兵場に呼び出された。


 待っていたカイルは、何も言わずに木剣を一本、放ってよこした。


「構えろ」


 それからのことは、よく覚えていない。


 打ち込めば払われ、払えば踏み込まれる。肩を打たれ、脇腹を打たれ、膝をついても、立てと言われた。立てば、また打たれた。


 カイルは、それ以外、一言も口をきかなかった。


 朝の見回りに来た兵たちが、遠巻きに顔をしかめている。ミレイユは腕を組んだまま、止めようともしなかった。


 何度目か分からないほど地面に転がされて、ようやく、木剣の音が止んだ。


 仰向けに倒れたロイドの視界に、カイルの影が落ちる。


「命令違反の罰だ」


「……はい」


 口の中が切れていて、声がうまく出なかった。


 カイルは、しばらくロイドを見下ろしていた。


「明日から、私に付け」


 ロイドは、目を見開いた。


 リディアの護衛ではなく。カイルの、そばに。


「……っ」


 跳ね起きようとして、全身の痛みにうめく。それでも、声だけは張り上げた。


「はいッ!」


 カイルは、黙って手を差し出した。


 その手をつかんで立ち上がると、カイルはもう背を向けて歩き出していた。


「顔、ひどいことになってますよ」


 ミレイユが呆れたように言う。


 ロイドは、腫れた頬のまま笑った。痛くて、たまらなく嬉しかった。


     *


 同じ頃。


 アルヴェニアからの街道を、一頭の馬が駆けていた。


 夜通し、一度も足を止めずに。



本日は2話お付き合いいただき、ありがとうございました!

次回、夜通し駆けてきた一頭の馬が、リヴェルの城門をくぐります。


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