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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第三章 王都編 〜今さら呼ばれても〜

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第56話 主従



 扉が開いたのは、日が傾きかけた頃だった。


「傷は派手ですが、急所は外れております。しばらくは痛むでしょうが、命に別状はありません」


 初老の医師がそう告げた瞬間、廊下の空気がほどけた。


 エレナが口を押さえてその場に崩れかけ、ミレイユがその肩を支える。カイルは、ただ、壁についていた手を下ろした。いつからそうしていたのか、指先が白くなっていた。


 血のついた服を、まだ着替えてもいなかった。


「お顔を見ても、よろしいですか」


「眠っておられますので、お静かに」


 医師に促されて、四人は寝室に入った。


 寝台の上で、リディアは静かに目を閉じていた。


 頬に、血の気がない。それでも、胸元のかけ布はゆっくりと上下している。


「リディア様……」


 エレナが枕元に膝をつき、そっとリディアの手を取った。こらえていたものが、ぽろぽろと頬を伝う。


 カイルは、寝台の足元に立ったまま、その寝顔を見つめていた。


 生きている。


 その事実が胸に落ちてくるまで、しばらくかかった。張りつめていたものが、ゆっくりとほどけていく。


 自分が、すぐ傍にいながら。


 ほどけた場所から、別のものがせり上がってきた。


「……申し訳ありません」


 先に口を開いたのは、ミレイユだった。


「私が、三人目を通しました。リディア様をお守りできませんでした」


「お前は、自分の務めを果たした」


 カイルは、リディアから目を離さないまま言った。


「二人を相手に、よく持ちこたえた。責めるつもりはない」


 ミレイユが唇を噛んで、深く頭を下げる。


 それから、カイルはゆっくりと振り返った。


 扉の脇に、ロイドが立っていた。


「……ロイド」


 声は、低く、平らだった。眠るリディアを起こさないように。けれど、その静けさが、かえって部屋の温度を下げた。


「私は、お前をリディアの護衛につけた。だがお前は持ち場を離れた。戻れと言った。囮だとも。行けと何度も命じた。――お前は、一度も従わなかった」


「はい」


 ロイドは、目を逸らさなかった。


「命令に背いたことは、申し訳ありません。どんな罰でも受けます」


「罰で済む話だと思っているのか」


 一歩、近づく。


「お前が離れなければ、あの男はリディアに届かなかった」


「承知しております」


「承知していて、なぜだ」


 ロイドの拳が、わずかに震えた。


「……カイル様が、囲まれていたからです」


「私は、自分の身くらい守れると言ったはずだ」


「存じております。それでも」


 ロイドが、顔を上げた。


「私が命を捧げるのは、カイル様です。お二人に同時に危機があるなら、私はカイル様を守ります。何度同じ場に立っても、同じことをします」


「ロイド」


「私の主人はあなたです、カイル様。リディア様ではありません!」


 声が、部屋に響いた。


「ロイド様」


 エレナが、涙に濡れた顔のまま、鋭く言った。


「ここは、リディア様のお部屋です」


 ロイドが、はっと口をつぐむ。


 カイルの手が、剣の柄に触れていた。自分でも、いつ触れたのか分からなかった。


 そのとき。


「……騒がしいわね」


 かすれた声がした。


 全員が、寝台を振り返った。


 リディアが、うっすらと目を開けていた。エレナに握られた手を、弱々しく握り返している。


「リディア様!」


「……大丈夫よ、エレナ。泣かないで」


 それから、リディアはゆっくりと視線を動かした。カイルの顔を見て、剣の柄に置かれた手を見て、扉の脇のロイドを見る。


「……聞こえていたわ。少しだけ」


 カイルは、柄から手を離した。


「リディア、まだ話しては――」


「カイル」


 静かな声だった。けれど、カイルは言葉を止めた。


「おかしいのは、あなたよ」


「……リディア?」


「あなたは、ロイドが誰に命を捧げたいと言っていたか、聞いていたの?」


 カイルは、言葉に詰まった。


「命令に背いたことは、別の話よ」


 リディアは、一度息を整えた。脇腹の傷が痛むのか、わずかに眉が寄る。


「あなたが私を守ろうとしてくれてるのは、わかるわ。……でも、自分の命をどこで使うかを、ロイドが自分で決めて、何が悪いの?」


 カイルの喉が、小さく動いた。けれど、声にはならなかった。


「あなたは今、ロイドに、お前の命はリディアのために使えって言ってるのよ」


 かすれた声のまま、リディアは小さく首を振った。


「……そんなひどいこと、言わないであげて」


 部屋が、しんと静まり返った。


 扉の脇で、ロイドがゆっくりと顔を上げる。その目が、信じられないものを見るように、寝台のリディアに向けられていた。



お読みいただきありがとうございます!

今夜22:30に、続きの第57話「前金」を更新します。


続きが気になったら、ブックマークで追いかけていただけると嬉しいです。


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