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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第三章 王都編 〜今さら呼ばれても〜

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第55話 襲撃



 その朝、カイルはリディアの供をして、新しくできた市場を見て回っていた。


 城下の東、川沿いの広場には、先月から露店が並ぶようになった。野菜に干し肉、布、木の器。アルヴェニアから来た商人たちが、焼き菓子の甘い匂いに足を止めている。


「思っていたより、ずっと人が多いわね」


「近くの村からも来ているようです。いずれ、屋根のある市場にしてもいいかもしれません」


 少し後ろには、赤い髪を高く結ったミレイユと、水色の髪のロイドが続いている。王都の者が街を嗅ぎ回っていると分かってから、二人にはリディアの護衛を任せていた。


「あ」


 小間物の露店の前で、リディアが足を止めた。


 手に取ったのは、深い藍色の髪紐だった。光にかざすと、絹の糸がかすかに艶を帯びる。


「これ、カイルの髪にすごく映えそう」


 言うが早いか、リディアはもう代金を払っていた。


「リディア様、そのようなお気遣いは」


「いいの。いつも助けてもらってるお礼」


 手のひらに紐を載せて、リディアは少しだけ迷うように、カイルを見上げた。


「……私が結っても、いいかしら?」


「……人前です」


「じゃあ、あとで」


 カイルは返す言葉を見つけられず、視線を逸らした。断る理由は、どこにも見つからなかった。


 悪くない朝だった。


 だからこそ、それに気づくのが一瞬遅れた。


 荷車の陰に、旅装の男が二人。干し肉の店の前に一人。広場の反対側にも、似たような男たちがいる。


 どれも、ありふれた商人の身なりだった。ただ、誰ひとりとして、品物を見ていない。


「ミレイユ、ロイド」


 低く呼ぶと、二人がわずかに顎を引いた。気づいている。


「リディア様、そろそろ城へ――」


 言い終わる前に、広場の端で、樽を積んだ荷車がひっくり返った。


 轟音とともに悲鳴が上がり、転がる樽に人の波が崩れる。その波を割って、外套の男たちが一斉に動いた。袖の下で、刃が光る。


 四人、五人。まっすぐに、カイルへ。


 別の三人が、リディアのほうへ。


 剣を抜きざま、カイルは正面の刃を弾いた。返す一撃で、二人目の腕を斬り払う。


「ミレイユ、ここを頼む!」


 ロイドの声がした。


「リディア様、申し訳ありません!」


 水色の髪がひるがえり、ロイドがこちらへ駆けてくる。カイルの背に回り込んだ男の刃を、間一髪で受け止めた。


「ロイド、戻れ!」


「カイル様の背は、私が守ります!」


 斬り結びながら、カイルは眉をひそめた。


 妙だ。


 これだけの数で囲みながら、誰も踏み込んでこない。間合いの外から刃をちらつかせ、退いては寄せ、寄せては退く。


 殺しに来ている者の動きではない。


 ――足止めだ。


「ロイド、行け! こいつらは囮だ、リディアのところへ!」


「なりません! カイル様が囲まれている限り、私はここを動きません!」


「貴様……!」


 喉の奥から、自分でも聞いたことのない声が出た。


「聞こえないのか! 行けと言っている!」


 ロイドは答えなかった。ただ、カイルの死角に回った男へ、黙って剣を向け続けた。


 男たちの肩越しに、リディアが見えた。


 ミレイユが、二人を相手にしていた。一人の手首を打って刃を落とさせ、もう一人の喉元へ剣の柄を叩き込む。高く結った赤い髪が、鞭のようにしなった。


 その脇を、三人目がすり抜けていく。


 リディアは、林檎売りの女を背にかばっていた。逃げようともせずに。


 心臓が、耳の奥でうるさいほどに鳴った。背中を、冷たいものが這い上がってくる。


 そして、ふいに――音が消えた。


 悲鳴も、刃の音も、何も聞こえない。


 自分を囲む男たちのことなど、もうどうでもよかった。間合いも、構えも、どうでもよかった。


 カイルは、まっすぐに踏み出した。


 目の前の刃を払い、その向こうの男を斬り、なおも前へ。何人斬ったのか、分からない。返り血が頬を打っても、足は止まらなかった。


 あと、数歩。


 その距離で、男がリディアの腹に、何かを押し込んだ。


「リディア様ッ!」


 ミレイユの叫びで、音が戻った。


 リディアの目が、大きく見開かれている。男が腕を引き、もう一度振りかぶる。


 ――駄目だ。


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。


 届かない。間に合わない。


 足もとの石畳が、底なしの穴に変わったようだった。


 その瞬間、黒い馬体が視界を裂いた。


 青毛の馬が人混みを割って飛び込み、鞍の上から剣が振り下ろされる。男は声を上げる間もなく崩れ落ちた。


 濃い緑の髪の騎士が、ノクスの背から飛び降りる。オスヴァルトだった。剣を構えたまま、リディアの前に立ちはだかる。


 同時に、背後の男たちが一斉に身を翻した。追う者もいないのに、迷いなく。もう、ここに用はないとでもいうように。


 カイルは剣を投げ捨て、最後の数歩を駆けた。


 リディアの体が、ゆっくりと傾く。


 伸ばした腕の中に、崩れ落ちてきた。


 脇腹を押さえた指の間から、赤いものがあふれている。淡い色の服が、見る間に染まっていく。


「リディア……リディア!」


 名を呼ぶ声が、自分のものとは思えないほど掠れていた。


 背後に、ロイドの気配があった。


 カイルは、振り返らなかった。


 リディアの唇が、かすかに動く。


「……あとで、って……言った、のに……」


 言葉の続きは、聞こえなかった。


 力の抜けた指から、藍色の紐がこぼれ落ちる。


 血だまりの上で、それは静かに赤く染まっていった。



明日(木曜)は、20:10と22:30の2話更新です。

続きが気になったら、ブックマークで追いかけていただけると嬉しいです。


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