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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第三章 王都編 〜今さら呼ばれても〜

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第51話 からくり



 工場に一歩入ると、むっとするほどの熱気と、甘い匂いに包まれた。


 壁際では、水車の力を受けた軸がいくつも回っている。運び込まれた根が砕かれ、大鍋で煮詰められ、その先では円い器が低い唸りを上げて回っていた。器の縁から、細かな粒がさらさらとこぼれ落ちてくる。


「これが……砂糖、ですか」


「甜菜という根から取っています。煮詰めた汁を、回転の力で結晶と蜜に分けるのです」


 カイルは器の脇に積まれた砂糖をひとつまみ取ると、セドリックの手のひらに乗せた。


 白に近い、淡い色の粒だった。南方から船で運ばれてくる砂糖は、どれも茶色くくすんでいて、糖蜜の癖の強い香りがしたものだ。


 おそるおそる、口に含んでみる。


 くせのない、澄んだ甘さが舌の上で溶けた。


「……こんな機械、見たことがありません」


 王都の職人街にさえ、こんなものはない。


「職人を、他国から呼んだのですか?」


「ええ。技師と職人は、呼びました」


 カイルは、あっさりと頷いた。


「ですが、発案も大まかな設計も、すべてリディア様です。砂糖を作ると言い出して、この根を探し当てたのも。彼らは優秀ですが、こんな仕組みを思いつく者などいません。初めて図面を見せられたときは、皆あっけに取られていましたよ」


 セドリックは、回り続ける器を黙って見つめた。


 あの姉が、と思う。


 屋敷にいた頃の姉が知っていたのは、本に書いてあることだけだったはずだ。知っているのと、作れるのとは違う。


「……街に入る前の、あの道は?」


「セメントといいます。石灰と粘土を焼いて砕き、水で練って固めたものです。石を切り出して敷くより早く、どこまでも平らに延ばせます」


 淀みなく答えてから、カイルは付け加えた。


「隣の領地が持て余していた資源から、リディア様が考え出されたものです。おかげで隣領もすっかり潤って、今では領主殿がリディア様の信奉者ですよ」


 セドリックは、口をつぐむしかなかった。


「……ですが、これほどの工場を動かすには、指揮をとる者が要るでしょう。それは、ヴァレンシュタイン殿が」


「ええ。指揮は、私が執っています」


 カイルは、あっさりと認めた。


「リディア様の構想についていける者は、そう多くありませんから。私が適任でしょう」


 それから、何でもないことのように続ける。


「ですが、指揮など瑣末なことです。何を作り、どこへ向かうのかを決める者がいなければ、どれほど兵を揃えても一歩も動けません」


     *


 工場の奥には、何枚もの図面が壁に貼られていた。


 軸の太さに、器の大きさ、水の流れ。細かな数字の横に、几帳面な書き込みが並んでいる。


 その文字に、セドリックは足を止めた。


 右へわずかに上がっていく、少し癖のある字。


 見覚えがあった。


 幼い頃、算術の課題が解けずにべそをかいていた自分に、姉が書いてくれた手本と同じ字だ。あのとき姉は何も言わずに隣に座って、分かるまで付き合ってくれた。


 そんなことがあったのを、今の今まで忘れていた。


 セドリックは、図面から目をそらした。


 積み上げられた砂糖の向こうでは、焼き上がった菓子が次々と箱に詰められていく。木箱に押された焼き印にも、見覚えがあった。王都の菓子店に、朝から行列ができていた菓子だ。


 ――リヴェル産。


 箱を詰める女たちの手は、休みなく動いている。


「うちの子もね、来年からここで働きたいって言うのよ」


「いいじゃない。私なんて、一度は村を出たのに、結局戻ってきちゃったもの」


「戻ってきてよかったでしょう?」


「そりゃあね」


 女たちは顔を見合わせて、くすくすと笑った。


「……もともと、豊かな土地だったのでしょう」


 ようやく口から出てきたのは、そんな言葉だった。


「川があって、土もいい。そういう土地なら……」


「豊か、ですか」


 荷を運んでいた男が、足を止めた。日に焼けた、茶色い髪の男だった。


「リディア様が来る前のリヴェルは、毎年のように川があふれて、畑が流されてましたよ。若い連中はみんな出ていって、残ってたのは年寄りと、行き場のない者だけだ」


 男は、肩に担いだ袋を揺すり上げた。


「廃村寸前ってやつです」


 平民が、公爵家の者の言葉を遮るなど。


 そう言い返すこともできたはずだった。けれど、言葉が出てこない。


 元の土地が良かったわけではない。だとしたら、なぜ。


 壁の図面の文字が、頭をよぎる。


 ふと、王都の貧民街のことを思い出した。跡取りとして実務を覚えろと、父から任された一画だ。共有の井戸を汚されないよう見張り番を立てようとして、その手当さえ工面できずにいる。


 井戸ひとつ、自分は守れていない。


 なのに、あの姉が。何もない廃村から。


 それを振り払うように、セドリックは隣のカイルを見上げた。


 アルヴェニア侯爵家の名を持つ将。その背後には、アレクシス殿下がいる。


 ――そうだ。そういうことだ。


「……そうですか。でも、それなら」


 口が、勝手に動いていた。


「アレクシス殿下に、ヴァレンシュタイン殿。これほどの方々がついてくださったんです。姉上は……運が良かっただけ、ですよね」


 工場の中で、軸の回る音だけが続いていた。


 荷を担いだ男が、黙ってこちらを見ている。菓子を詰めていた女たちの手も、いつの間にか止まっていた。


 隣のカイルは、何も言わない。


 誰も、笑わなかった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回、セドリックは、姉が嵐の晩に何をしていたのかを知ることになります。


『ツイトシ』は毎日20:10に更新しています。

続きが気になったら、ブックマークで追いかけていただけると嬉しいです。


   *


【お知らせ】

今夜21:30に、短編を投稿します。


『塾帰り、ニタァと笑う祠の妖に取り憑かれた。不気味で仕方なかったその笑顔が、いつの間にか世界でいちばん可愛く見えている』


塾帰りの夜道、うっかり覗いた祠から出てきたのは、ニタァと笑う得体の知れない女でした。

現代が舞台の、ちょっと笑えて、少しだけ胸に残るお話です。


作者ページから読めますので、よろしければこちらも覗いてみてください。


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――遺された手帳には、三百十二回分の、私の死が綴られていた。
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