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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第25話 私の居場所



 アルヴェニア王宮。


「……これを」


 カイルは一枚の書類を、机の上へ置いた。


 アレクシスはそれを手に取り、目を通す。


「辞表?」


「はい」


「急だな」


「急ではありません」


 カイルは静かに答えた。


「リヴェルへ行く前から、考えていました」


「……そうか」


 アレクシスは書類から顔を上げた。


「軍務を辞めるのか」


「はい」


「後悔は?」


「ありません」


 迷いのない返事だった。


 アレクシスは椅子に背を預ける。


「兄上には?」


「まだです」


「そうだろうな」


 しばらく、沈黙が落ちた。


「理由を聞いても?」


「もちろんです」


 カイルは少しだけ考えてから、答えた。


「私はこれまで、必要とされる場所を探してきました」


「……」


「軍に入ったのも、兄が跡を継ぐことになったからです。私に何か役目があるなら、それを果たせるようにと」


 アレクシスは黙って聞いている。


「けれど、リヴェルへ行って分かりました」


「何が?」


「私が、何をしたいのか」


 カイルは窓の外へ目を向けた。


 遠くにある故郷ではない。


 王宮からさらに離れた、小さな領地。


 川と畑と、まだ小さな村。


「私はあそこで、自分の力を振るいたい」


「それだけか?」


 カイルは少しだけ笑った。


「あそこにいたいと思ったのです」


 アレクシスは何も言わなかった。


「……私の居場所が、見つかりました」


 その言葉だけが、静かな部屋に残った。


「リヴェルか」


「はい」


「戻るのか」


「戻ります」


 即答だった。


 アレクシスは、ふっと息を吐いた。


「そうか」


 それ以上、引き留める言葉は出なかった。


 カイルにリヴェルの指揮を依頼したときから、いつかこうなると分かっていたのかもしれない。


「なら、きちんと片をつけてこい」


「はい」


「軍務を辞めるなら、それなりの手続きもある」


「承知しています」


「それから――」


 アレクシスは書類を机に戻した。


「リヴェルへ戻る前に、私のところへ来い」


「何か?」


「商人として、少し頼みたいことがある」


 カイルは一瞬だけ眉を上げた。


「……また何か企んでいるのですか?」


「失礼だな」


「これまでの経験から申し上げています」


「おまえは私を何だと思っている」


「商人らしくない商人です」


「……」


 アレクシスは呆れたように息を吐いた。


「その口の悪さだけは、戻っても直らないな」


「直す必要がありますか?」


「商人としては必要だろう」


「私は商人ではありませんよ。しかしアレクシス様は商人らしく振る舞ってください」


「私は十分そうしている」


「どこがです」


「……」


 いつものやり取りだった。


 けれど。


 今日だけは、少し違っていた。


 カイルはこれから、自分で選んだ場所へ戻る。


 そのことを、アレクシスも理解していた。


     *


 その頃、リヴェルでは。


 リディアは机の上に並べた書類を眺めていた。


 工事の進捗。


 畑の様子。


 人員の配置。


 食料の在庫。


 どれも、問題なく整理されている。


 カイルが残した仕組みが、今もきちんと動いているからだ。


 村人たちも、それぞれの仕事をこなしていて、リヴェルは止まっていない。


 それなのに。


 リディアは、時々手を止めてしまう。


 ――カイルなら、どう考えるだろう。


 その問いが、自然と浮かぶ。


 カイルが隣にいたからこそ、自分は迷わず決められた。


「……」


 リディアは窓の外を見る。


 村があり、畑がある。工事の音が聞こえる。


 ここへ来たばかりの頃とは、何もかも違っていた。


 そして、その変化を見ていると、胸の奥に静かな感情が湧いてくる。


「ここが……私の居場所なのかしら」


 王都にいた頃は、そんなことを考えたこともなかった。


 公爵令嬢として振る舞い、婚約者の隣にいることが、私の役割だった。


 それが自分の居場所なのだと思っていた。


 でも、今は違う。


 自分で考えて。


 自分で決めて。


 この土地で暮らす人たちと一緒に、何かを作っていくことが、楽しいと感じる。


「……そうね」


「ここ、好きだわ」


 リディアは小さく笑った。


 そのときだった。


「お嬢様!」


 廊下から、慌ただしい足音が聞こえた。


 リディアが振り向く。


「どうしました?」


 扉が開く。


 息を切らしたガレスが立っていた。


「それが……」


「何かあったの?」


「いえ、悪い知らせじゃありません」


 ガレスは息を整えながら言った。


「門のところに、馬車が……!」


「誰?」


 ガレスが、少しだけ笑った。


「……カイル様です」


 リディアの目が、大きく見開かれた。


「カイルが……?」


 ガタンッ。


 リディアは、何も考えずに走り出していた。


 門のところに、馬車が止まっていた。


 その前に立っている人影を見た瞬間。


「カイル!」


 そばまで駆け寄ると、カイルがこちらを振り向き、微笑んだ。


 息が切れて、何も言えない。


 カイルはリディアを見つめると、静かに頭を下げた。


「ただいま戻りました」


いつもの落ち着いた、カイルだった。


「……お帰りなさい、カイル」


 聞かなくては。


 カイルに、何を?


「……ずっと、ここにいてくれる?」


「はい。ずっとです」


「……そう」


「はい」


「……あのね、私、リヴェルを強くしたいの」


「はい」


「食べ物をたくさん作って、みんなの家も、もっとボロじゃなくてちゃんとしたいの」


「はい」


「嵐にももう負けたくないの」


「ええ、存じてます」


「……だから、だからリヴェルには、あなたが必要よ。私にも……あなたが必要」


 カイルは静かにリディアを見つめた。


「はい」


 そして、少しだけ笑った。


「私にも、ここが必要です」


リディアは、カイルを見つめた。


送り出す時、何を言えばいいかわからなくて、何も言えなかった。


そのことを、ずっと後悔してた。


きっとこの人は、国に沢山のものを持っている人だ。


力も経験も身分も人もお金も。そんな人だ。


だから、ここは、カイルにとって相応しい場所なのだろうか、と。


ずっと、心のどこかで不安だった。


「カイル……ありがとう」


 戻って来てくれて。


 リヴェルを選んでくれて。


 リディアは、静かに微笑んだ。


 溢れそうになる涙を拭って。


「……お帰りなさい、カイル」


「はい」


その言葉が、静かな門前に残った。




     *




その夜。


屋敷には、久しぶりに二人分の足音が響いていた。


執務室で、カイルは一通の書状を机に置いた。


「戻る前に、アレクシス様から預かりました」


封を切ったリディアの目が、文面をなぞって止まる。


『約束の秋が来る。返して終わりだと思うなよ』


「……どういう意味かしら」


「さあ」


カイルは書状に目を落とした。


「ただ、返済だけを求める方ではありません」


そして、少しだけ口元を緩めた。


「楽しみにしていればいいかと」






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