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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第2話 リヴェル領



 馬車が去っていく。


 その音が聞こえなくなるまで、リディアは立っていた。


 静かだった。


 王都では、どこへ行っても人の気配があった。ここには、それがない。


「……さて」


 リディアは、目の前の建物へ視線を向けた。


 領主邸。


 そう呼ばれているらしい。


 けれど、王都で見慣れていた屋敷とは、ずいぶん違っていた。


 古く、貴族の邸宅としては小さなものだった。壁にはところどころ傷があり、庭も手入れされていない。


 リディアが戸口へ近づくと、一人の女性が慌てて出てきた。


「お待ちしておりました、領主様」


 女性は深く頭を下げた。


 三十代ほどだろうか。


 茶色の髪を布でまとめている。服は粗末だが、きちんと洗われている。


「あなたは?」


「ハンナと申します。こちらで下働きをしております」


「そう」


 リディアは頷いた。


「今日から、私のことを手伝ってくださるの?」


「はい。前の代官様から、領主様のお世話をするようにと言われております」


 ハンナの声には、どこか硬さがあった。


 緊張しているのだろうか。


「分かったわ。リディアよ。これからよろしくお願いします」


「……はい」


 ハンナが顔を上げた、そのときだった。


「母ちゃん!」


 遠くから声がした。


 振り向くと、小さな男の子がこちらへ走ってくる。その手には、小石が握られていた。


 焦げ茶の髪を跳ねさせた、痩せた子どもだった。


「ニコ!」


 ハンナの顔色が変わる。


「待って!」


 止めるより早く、石が飛んだ。


「っ……!」


 頬に、固いものが当たった。


 思わず手を当てる。


 痛い。


 けれど、それ以上に驚いた。


「お嬢様!」


 ハンナが駆け寄ってくる。


 そのまま、ニコの前に立った。


「申し訳ありません! 本当に申し訳ありません!」


「母ちゃん!」


「この子は何も分かっていないんです! どうか、どうかこの子だけは……!」


 ハンナは地面に膝をついた。


「私のっ、私の躾が悪いのです! ですからこの子は……!」


 ニコがハンナの服を掴む。


「母ちゃんは悪くない!」


「ニコ、黙って!」


「だって!」


 少年はリディアを睨んだ。


「母ちゃんを連れていくんだろ!」


「……え?」


 リディアは目を瞬いた。


「前の人みたいに、母ちゃんをこき使うんだろ!」


 ハンナの肩が震えた。


 リディアは、二人を見つめた。


 自分を恐れている。


 いや。自分からハンナを守ろうとしている。


「……あなた」


 リディアは、ニコに声をかけた。


「私が、お母さんに何かすると聞いたの?」


「……前の代官だって、最初はそう言った」


 ニコは俯いた。


「でも、母ちゃん、ずっとひどく働いてたっ」


 ハンナが目を閉じる。


 そのとき。


「すみません!」


 別の男が走ってきた。


 若い。二十代半ばくらいだろうか。


 日に焼けた肌に、茶色の髪。ハンナと同じ色をしていた。


 ニコのところまで来ると、その肩を掴んだ。


「ニコ!」


「叔父さん……」


 男はハンナを見て、それからリディアを見る。


「こいつが石を投げたんですよね」


「ええ」


「俺が代わりに罰を受けます」


 即答だった。


「こいつには手を出さないでください」


「ガレス!」


 ハンナが叫ぶ。


 男――ガレスは、ニコとハンナを背にして前に出る。


 まただ。


 この人たちは、自分が傷つけられることより、大切な人を守ろうとしている。


「……どうして?」


「え?」


「どうして、そこまでしてこの子を守るの?」


 ガレスは一瞬、答えに詰まった。


「家族ですから」


 それだけだった。


 リディアは、頬の痛みを指先で確かめる。


 そして、小さく息を吐いた。


「分かったわ」


「……え?」


「今回は、誰も罰しません」


 ハンナが顔を上げる。


「でも、お嬢様……」


「石は痛かったけれど」


 リディアはニコを見る。


「あなたは、お母さんを守りたかったのでしょう?」


 ニコは、答えなかった。


 けれど、少しだけ目を逸らした。


「だったら、もういいわ」


 リディアは立ち上がった。


「ただし、次は石を投げる前に話してちょうだい」


「……はい」


 小さな返事だった。


 リディアはハンナを見る。


「それで、ハンナさん」


「はい」


「前の代官のところでは、どんな仕事をしていたの?」


 ハンナは少し迷ってから答えた。


「掃除や炊事、それから……畑仕事も」


「畑仕事も?」


「はい」


 リディアは領主邸の周囲を見る。


 手入れされていない庭。その向こうに、畑が広がっている。


「では、今日からもお願いできますか?」


「……私で、よろしいのですか?」


「ええ」


 ハンナは驚いたように目を見開いた。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げる。


 その横で、ニコがちらりとリディアを見た。


 まだ警戒している。


 けれど、さっきより少しだけ目つきが柔らかくなっていた。


     *


 その日の夕方。


 リディアは、ハンナとガレスから話を聞いた。


「どうして、この土地にはこんなに人が少ないの?」


 リディアは窓の外を見ながら尋ねた。


「畑もあるようなのに……」


「畑はあります」


 ガレスが答えた。


「でも、うまくいかないんです」


「どうして?」


「春から初夏にかけて、大きな嵐が来ることが多いんです」


「大嵐……」


「川が増水して、畑まで水が入ってくる」


 ガレスは窓の外を見る。


「水が引いたあとも、なかなか乾きません」


「それでは、畑で作っているものは?」


「麦です」


 ガレスの表情が曇った。


「この辺りじゃ、麦が主食ですから」


「今年は?」


「……ほとんど、残りませんでした」


「ほとんど?」


「二年続けて、ひどい氾濫があったんです。今年は特にひどかった」


 リディアは黙って聞いていた。


「それでも、今までは暮らせていたんですか?」


「ぎりぎりですがね」


 ガレスは苦笑した。


「貧しいなりに、何とかやってきました」


「では、何が……?」


「税です」


 声が低くなった。


「ここの代官は、昔から取り立てが厳しいんです」


「なぜ?」


「国境の検問所があるからってんで、税が高い」


「検問所……」


「ありますよ」


 ガレスは、苦い顔で笑った。


「ありますけどね。何の貿易もしてねえ、寂れた小屋みたいなもんです」


「そこから、この村に何か利益は?」


「一文も落ちてきやしません」


「それでも、税は取られる」


「ええ」


 ガレスは俯いた。


「今年は麦も駄目になった。だから、とうとう村を出る奴が出てきました」


「若い人が?」


「ええ」


「今、残っているのは……?」


「働き手を失って、行くあてもない女子どもや老人。それと、村を捨てきれない少数の男だけです」


 リディアは家の中を見回した。


 痩せた子どもと、その隣にいる母親。そして、ガレス。


「……水は?」


「井戸があります」


「それなら――」


「今年の氾濫で、井戸まで浸かりました」


 リディアは言葉を止めた。


「今は?」


「雨水を溜めています」


「雨水……」


「煮沸して飲んでます」


 ガレスは淡々と答えた。


「井戸の水は、もう飲めません。腹を壊します。ひどけりゃ……死ぬ」


 胸の奥が冷たくなった。


「食料は?」


 男は黙った。


「……もう、ほとんどありません」


「冬を越せますか?」


「……分かりません」


 その言葉だけで、答えは十分だった。


 リディアは手元のノートを開き、ペンを走らせる。


 麦、氾濫、水、税、食料、井戸、人。


 一つずつ書き留めていく。


 解決策は、何も浮かばなかった。


 今すぐ何かを変えられるとも思えなかった。


 ただ、知らなければ何も始められない。


「……明日」


 リディアは顔を上げた。


「畑を見せてもらえますか?」


「もちろんです」


「それから、川も」


「分かりました」


 ガレスが頷いた。


     *


 翌朝。


 リディアはガレスと村へ向かった。


 畑には、泥が残っていた。


 ところどころに、枯れた茎が倒れている。


「ここで麦を?」


「ええ」


「今年は、全部?」


「……全部です」


 リディアはしゃがみ込み、土に触れた。


 湿っている。


 少し離れた場所も見て、またノートを開いた。


 ――水はけ。


 ――麦。


 ――氾濫。


 ――土。


「リディア様?」


「はい?」


「何か分かりましたか?」


 リディアは首を横に振った。


「まだ、何も」


 男たちは意外そうな顔をした。


 けれど、リディアはもう一度土を見る。


 遠くには、大河が流れていた。


「でも……」


 視線を上げる。


「もう少し、いろいろ見てみたいです」


 ノートを閉じる。


「この土地のことを、もっと教えてください」


 ガレスは、少し驚いたようにリディアを見た。


 それから、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


 リディアは、もう一度大河を見た。


 何もないと思っていた土地。


 けれど、自分はまだ何も知らない。


  だったら、まずは知るところから始めよう。


 そう思った。


 ただ、一つだけ、はっきりしていることがあった。


 このままでは、この村は冬を越せない。





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リヴェルの物語を漫画でも描いています。


▶ 漫画「あなたが戻ってこなければ皆が死ぬわ」


noteで読む▶︎

https://note\.com/tuitoshivv/n/n068e6c9ab6d6


Xで見る▶︎

https://x\.com/mir49866665/status/2105272228787142722

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