↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/46

第3話 冬を越すために



 リディアは毎日、村を歩いていた。


 畑を見て、土を触り、川を見る。村人たちの話を聞き、聞いたことをノートに書いた。


 分かったことは、想像していたよりもずっと厳しかった。


 麦は、ほとんど残っていない。村の備蓄も僅かだった。


 このままでは、冬を越せない。


「去年も、一昨年も、こんな感じだったんです」


 隣でガレスが言った。


「川が増水すると、畑がやられる。水が引いても土はぐちゃぐちゃだ。何か植えたって、まともに育たねえ」


「……それでも、畑を作ろうとはしたのでしょう?」


「もちろんです」


 ガレスは苦笑した。


「高畝を作ったこともある。溝も掘った。肥やしも入れた。それでも駄目だった」


 リディアは黙って土を見る。


 村人たちは、何も知らなかったわけではない。何もしてこなかったわけでもない。


 それでも、この土地では、今までのやり方ではどうにもならなかった。


 そのときだった。


 リディアの頭に、ふと一つの作物が浮かんだ。


「……あれなら」


「え?」


「……あれなら、なんとかなるかもしれない」


 リディアは顔を上げた。


「じゃがいも」


「じゃが……いも?」


 ガレスが聞き返す。


「ええ。アルヴェニア王国の北東部。山岳地帯の一部で栽培されている作物よ」


「隣国の?」


「そう」


 リディアは畑を見る。


「嵐は、もう過ぎたわ。今なら、畑を使うことはできる」


 けれど、とリディアは続けた。


「問題は、冬までに間に合う作物がないことよ」


「ええ。麦はもう間に合いません」


 ガレスは苦い顔をした。


「豆も駄目だ。この土地じゃ、うまく育たねえ」


「そう……」


 リディアは畑を見る。


「だから、じゃがいもなの」


「でも、そんな作物……」


「ええ。この辺りでは、ほとんど知られていないわ」


 リディアは続けた。


「アルヴェニアでも、普通は食べないそうよ」


「じゃあ、なんで……」


「麦が育たない山岳地帯でだけ、昔から作られているの」


 リディアは少し考えた。


「土の中にできるものを食べる習慣そのものが、この辺りにはないものね」


「土の中に……?」


「そう」


 リディアは土を握った。


「この土地で必ず育つとは言えないわ」


「じゃあ……」


「でも、今から植えて冬に間に合う可能性があるものを、私は他に知らない」


 リディアは川を見る。


「だから、試す価値はあると思う」


「育つかもしれねえ、と?」


「ええ」


 リディアは頷いた。


「だから、まずは試したいの」


 問題は――その種芋が、この村には一つもないことだった。


「……隣国まで行く必要があるのか」


 ガレスが呟いた。


「ええ。でも幸いここは国境にある。そう遠くない。」


 リディアは頷いた。


「町でこれを換金して、その足でアルヴェニアへ。北東部の山岳地帯まで行ってもらわなくてはいけない」


 ガレスはしばらく黙っていた。


 やがて、畑の向こうで作業をしている男たちを見る。


「あいつらがいなきゃ、俺もとっくに村を出てます」


「……あの人たち?」


「ええ。村を捨てきれずに残ってる奴らです」


 少し間を置いて、ガレスは続けた。


「一人じゃ、どうにもならねえことばかりですからね。あいつらがいるから、何とかやれてる」


 リディアは男たちを見る。


「信頼しているのね」


「……まあ」


 ガレスは照れくさそうに顔を逸らした。


「俺が知ってる中じゃ、信用できる奴らです」


 リディアは、その言葉を覚えていた。


     *


 その日の午後。


 リディアは、ガレスが連れてきた男たちの中から一人を呼んだ。


 男が不思議そうに近づいてくる。


「何でしょう、領主様」


 リディアは小さな布包みを取り出した。


 包みを開くと、中には母の形見の宝石があった。


 男の顔が強張った。


「これを町で換金して」


「……俺が?」


「ええ」


 リディアは宝石を差し出した。


 男は受け取らず、戸惑ったようにリディアを見る。


「まず町で換金したら、そのままアルヴェニアへ向かって」


「アルヴェニア……?」


「北東部の山岳地帯よ」


 リディアは紙を取り出した。


「ここに行き先を書いてあるわ」


 もう一枚。


「こちらには、探している作物の特徴と、現地で尋ねることを書いたわ」


 男は紙を見る。


「字は……読めるかしら?」


「へえ。簡単なもんなら」


「よかった」


 リディアは男に紙と宝石を渡した。


「できるだけ急いで」


 男は、宝石を見つめた。


「……ですが」


「何かしら?」


「俺、領主様とはほとんど話したこともねえですよ」


「そうね」


「それなのに、こんな大事なもんを……」


 男は宝石を握ることすら躊躇していた。


「こんな貧民に、こんな宝物を持たせて……持って逃げると思わないんですかい?」


 周囲の空気が止まった。


 リディアは男を見た。


「そうかもしれないわね」


 男が目を見開く。


「……へ?」


「あなたが戻ってこない可能性は、あると思うわ」


 あまりにも淡々と言われて、男は言葉を失った。


 リディアは続けた。


「でも、あなたが戻らなければ、皆が死ぬわ」


 男の表情が変わる。


「この村には、もう食べるものがほとんどない」


 リディアは静かに言った。


「そして、冬まで時間がない」


「……」


「だから私は、あなたが戻ってくる方に賭ける」


 男はしばらく黙っていた。


 やがて、宝石を強く握った。


「……分かりました」


「お願いするわ」


 男は頷いた。


「行ってきます」


 今度こそ、男は走り出した。


 町へ向かい、そこで宝石を換金する。それから国境を越え、アルヴェニアへ。さらに北東の山岳地帯へ向かう。


 誰も知らない作物を探し、それを大量に買い付け、村まで運び戻る。


 簡単な仕事ではない。


 本当に手に入るのか。


 本当に買えるのか。


 本当に、間に合うのか。


 誰にも分からなかった。


     *


「……で、俺たちは何をすりゃいいんです?」


 残った男たちが、リディアを見る。


「畑を作りましょう」


「芋がねえのに?」


「ええ」


 リディアは畑を指差した。


「届いてから始めていたら、間に合わないかもしれないもの」


 村人たちは顔を見合わせた。


「できるだけ高く畝を作ってください」


「高く?」


「ええ。水が溜まりにくいように」


「でも、芋がどんなもんかも、俺たちは知らねえですよ」


「私も、この土地で育てたことはないわ」


 リディアは正直に答えた。


「だからこそ、できる準備を先にしておきたいの」


 村人たちは半信半疑ながら動き始めた。


 鍬を入れ、土を起こし、畝を作る。


 一日では終わらない。


 二日。


 三日。


 畑は少しずつ形を変えていった。


 リディアも手伝った。


 鍬を握る。土は思っていたより重い。


「……お嬢様」


 男の一人が慌てて声をかけた。


「そんなことまで、お嬢様がなさらなくてもっ!」


 リディアは鍬を握ったまま、男を見る。


「ふふ、私は王都で何もさせてもらえなかったのよ」


 男が黙る。


「だから、やりたいの」


 リディアは土を見る。


 そして消え入りそうな声で呟いた。


「私は‥‥やれるはずなのよ」


 そして、もう一度鍬を入れた。


 男は何も言えず、ただ見つめていた。


     *


 そして四日目。


 男は帰ってこなかった。


 五日目も、まだ帰ってこない。


 村人たちは、畑を作りながら何度も道の先を見た。


「今日には戻るんじゃねえか?」


「そうだといいな」


 六日目。


 昼を過ぎても、姿は見えない。


 食料は減っていく。


 朝のパンは、さらに薄くなり、


 鍋の中のスープも、ほとんど水だった。


 ニコは何も言わなかった。


 七日目。


「……遅すぎねえか?」


 誰かが言った。


「隣国まで行ってるんだ。時間はかかるだろ」


「でも、もう七日だぞ」


 誰も答えなかった。


 畑はできてきた。


 けれど、植えるものがない。


 このまま男が帰ってこなければ、今までの作業も意味がなくなる。


 そして何より――


 冬が近づいている。


「……まさか」


 誰かが呟いた。


「あいつ、裏切ったんじゃねえか?」


 ハンナが顔を上げた。


「そんな……」


「でも、あれだけの宝だ」


「やめてよ!」


「せっかくお嬢様が、あんな大事なものまで……」


「そんなことねえ!」


 ガレスの声が響いた。


「あいつはそんな奴じゃねえ!」


 男たちも黙った。


 ガレス自身も、分かっていた。


 自分があの男を信用すると言った。


 だからこそ、引き下がれない。


「……戻ってくる」


 ガレスが言う。


「絶対に戻ってくる」


 けれど、その声には不安が滲んでいた。


 リディアは何も言わなかった。


 ただ、道の先を見ていた。


 夕方になっても、帰ってこない。


 日が落ちる。


 村人たちは一人、また一人と家へ戻っていく。


「……今日は、もう無理か」


 誰かが呟いた。


 リディアも、空を見上げた。


 明日になれば、さらに一日が過ぎる。


 その一日が、冬を越せるかどうかを分けるかもしれない。


 そして――


 八日目の朝。


 誰も、あまり話さなかった。


 畑へ向かう足取りも重い。


 そのときだった。


 遠くから、何かが聞こえた。


 最初は風の音かと思った。


「――すまねええええ!」


 全員が振り向いた。


 道の向こうから、一人の男が走ってくる。


 泥だらけだった。


 髪は乱れ、息は切れている。


 その後ろには――荷馬車。


 しかも、一台ではない。


「お前……!」


 ガレスが駆け出した。


「すまねえ!」


 男は叫んだ。


「遅くなった!」


「こんな貧民が宝なんぞ持ってったもんだから、町で換金するだけでも散々疑われてな!」


「それから国境を越えて、山まで行ってよ!」


「ようやく見つけたと思ったら、今度はそんな大量に売れるほど持ってねえって言われるし!」


 男は荷馬車を指差した。


「それでも何とか集めてもらったんだ!」


「そしたら今度は、この量をどうやって運ぶんだって話になってな!」


「馬車を手配するやら、荷を積むやら……!」


 男は大きく息を吸った。


「時間がかかっちまった!」


 一瞬、誰も言葉が出なかった。


 次の瞬間。


「この野郎!」


 誰かが男の背中を叩いた。


「ハラハラさせやがって!」


「お前、帰ってこねえかと思ったぞ!」


「誰が逃げるか!」


 笑い声が起こった。


 泣いている者もいた。


 ガレスも男の肩を強く叩いた。


「遅えんだよ!」


「悪かったって!」


 村に、久しぶりの笑い声が響いた。


 リディアは、その光景を少し離れたところから見ていた。


 そして、ようやく笑った。


「……おかえりなさい」


 男が振り返る。


「……へえ」


 照れくさそうに頭を掻いた。


「ただいま、領主様」


⸻


 ひとしきり喜んだあと。


 リディアは荷馬車へ近づいた。


「それで……」


 男が頷く。


 荷台に積まれていたのは、見たこともないほど大量の芋だった。


 村人たちが恐る恐る近づいてくる。


「これが……じゃがいも?」


「へえ」


 男が一つ持ち上げる。


「これだそうです」


 村人の一人が、芋をじっと見つめた。


「……これが、土の中に?」


「はい」


「土の中のものを?」


 男が頷く。


「食べられるそうです」


 村人たちは顔を見合わせた。


「……本当に?」


 誰もすぐには手を伸ばさなかった。


 食べ物だと言われても、土の中にできるものを食べるということ自体が、彼らには初めてだった。


 リディアは一つ手に取った。


 記憶にあるものと、よく似ている。


「……よかった」


 思わず、声が漏れた。


「少し、茹でてみましょう」


⸻


 火を起こし、鍋に水を張って芋を入れる。しばらくすると、湯気が立ち上った。


 リディアが一つ取り出し、半分に割る。


 白い中身が現れる。


 村人たちが覗き込む。


「……土の中のもの……」


「本当に、食べるのか?」


 ガレスが半信半疑で呟く。


 リディアは芋を見た。


 そして、迷わず一口食べた。


「大丈夫よ」


 村人たちが息を呑む。


 リディアはゆっくり噛んで、それから笑った。


「おいしいわよ」


 ガレスが目を瞬く。


「……本当に?」


「ええ」


 リディアはもう一口食べる。


「ほら」


 ガレスが恐る恐る芋を手に取った。


 一口食べ、しばらく黙っている。


「……うまい」


 別の男も食べる。


「うまい……」


「こんなものが……」


「腹にたまるぞ」


 村人たちの表情が変わった。


 何日も、僅かなパンと水のようなスープしか口にしていない。畑仕事で体力も削られている。


 そこへ、温かく、腹にたまる食べ物が現れた。


 誰もが芋を見つめていた。


 そのとき。


 ニコが、バケツに残った芋へそっと手を伸ばした。


 ペシッ。


「痛っ!」


 ハンナがニコの手を叩いた。


「ニコ! これは食べちゃ駄目でしょう!」


「だって……」


 ニコは腹を押さえた。


「もう何日も、ろくに食べれてないよ」


 ハンナの顔が曇る。


 誰もが分かっていた。


 この芋は、これから植えるものでもある。


 食べれば今日を生きられる。


 けれど、食べ過ぎれば未来がなくなる。


 そのとき、


「ハンナ」


 リディアが言った。


「いいのよ」


「でも……」


「村の人数と、冬の期間に必要な量を計算しましょう」


 リディアは積まれた芋を見る。


「種芋として使うものと、それが育つまで食いつなぐものに分けるの」


 ハンナが目を見開いた。


「……これを、私たちが食べてもいいんですか?」


「もちろんよ」


 リディアは答えた。


「食べなければ、死んでしまうでしょう?」


 誰も何も言わなかった。


 やがて、


「……ありがとうございます」


 誰かが呟いた。


「ありがとうございます、領主様」


 一人、また一人と頭を下げる。


 ほんの僅かだった。


 けれど、そこには確かに光があった。


 冬を越せるかもしれない。


 そう思えるだけの光が。


 リディアは、そんな村人たちを見回した。


 そして、袖をまくる。


「さあ」


 全員が顔を上げる。


「まだ安心するのは早いわ」


「この芋は、これから植えるのよ」


 リディアは、まだ何も植えられていない畑を指差した。


「食べる分をきちんと分けたら、残りは全部、畑へ!」


「冬は待ってくれないわ」


「急ぎましょう!」


 村人たちは顔を見合わせた。


 そして、今度は誰からともなく動き始めた。


 畑へ。


 土へ。


 まだ何も生えていない畝へ。


 冬を越すための、最初の一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。