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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第4話 じゃがいもを植えた、その先へ



 最後の種芋が土の中に消えた。


 土をかぶせ、畝の形を整える。


 リディアは少し離れたところから、畑を見渡した。


 つい数日前まで、何も植えられていなかった土地だ。


 今は、幾筋もの畝が並んでいる。


「……終わった」


 思わず、そう呟いた。


 隣でガレスが笑った。


「ひとまずは、ですな」


「ええ」


 リディアも笑った。


 けれど、その視線は畑から離れない。


 終わったのではない。


 始まっただけだ。


 土の中に入れた種芋が、本当に芽を出すのか。


 この土地で、ちゃんと芋が育つのか。


 冬を越せるだけの量になるのか。


 まだ何も分からない。


「お嬢様」


 畑仕事をしていた男が、土を払った手で額を拭った。


「これで、本当にあの芋が増えるんですかい?」


「ええ。うまくいけば」


「うまくいけば、ですか」


「……ええ」


 リディアは正直に答えた。


「私も、この土地で育てたことはないもの」


 男は少し驚いた顔をした。


 けれど、すぐに笑う。


「そうですかい」


「だから、様子を見ながらやりましょう」


「へえ」


「芽が出てきたら、強いものを二つほど残して、あとは摘んでしまってください」


「……摘む?」


「ええ」


「せっかく出てきた芽を?」


「ええ」


 男だけではない。近くで聞いていた何人かも、怪訝そうな顔をした。


「なんでまた、そんなことを?」


「芽がたくさん出ると、地上の茎や葉ばかりが増えてしまうことがあるの」


 リディアは畝を見ながら説明した。


「土の中の芋を育てたいでしょう?」


「そりゃあ、そうですが」


「だから、残す芽を選びます」


「……なるほど」


 男は頷いたものの、納得しきれてはいないようだった。


 リディア自身も、完全に自信があるわけではない。


「そのはずよ」


「そのはず?」


「ええ」


 少しだけ困ったように笑った。


「本で読んだことはあるの。でも、実際にやるのは初めてだから」


 男はしばらくリディアを見た。


 それから、ふっと口元を緩めた。


「じゃあ、お嬢様も俺たちと同じですな」


「え?」


「やってみなきゃ分からん」


 リディアは目を瞬いた。


 そして、小さく笑った。


「……そうね」


 その言葉が、妙に嬉しかった。


     *


 その日の夕方。


 リディアは領主邸の机に座り、ノートを開いた。


 今日までに分かったことを書き出していく。


 水。土。麦。食料。ジャガイモ。そして、人。


 村の人たちは思っていたよりずっと働いている。


 何もしていなかったわけではない。


 畝を高くすることも、溝を掘ることも、肥料を入れることも、すでに試している。


 それでも、うまくいかなかった。


 だからこそ、リディアは思った。


 ジャガイモが育つのを、ただ待っているだけではいけない。


 もし育ったとしても、その先がない。


 冬を越したあと、また同じことになる。


「……次を考えないと」


 リディアは立ち上がった。


     *


「みんなにお願いがあります」


 翌朝。


 村の人たちを集めて、リディアは言った。


「ジャガイモは植えました。でも、今度は芽が出るまで待つことになります」


「そうですな」


「その間に、別のことをしましょう」


 何人かが顔を見合わせる。


「別のこと?」


「ええ」


 リディアは地面に木の枝で線を引いた。


「まず、水のことを調べたいの」


「水ですかい?」


「この土地は、雨が降ったときに水がどこへ流れるのか。それを知りたいわ」


 ガレスが腕を組む。


「川から入ってくる水だけじゃありません」


「ええ」


「畑の中でも、低いところに水が溜まる」


「だから、それを記録したいの」


 リディアは村人たちを見回した。


「雨が降ったあと、どこに水が溜まるか。どこから流れてくるか。どこなら水が抜けるか。皆さんの記憶を教えてください」


「昔のことでも?」


「むしろ、昔のことを知りたいわ」


 村人たちが少しずつ話し始める。


「あの木のところまで水が来たことがある」


「いや、あの年はもっと奥まで来た」


「この道は雨のあと、川みたいになります」


「あそこは三日経っても水が残る」


 リディアは一つずつ書き留めていった。


 知らないことばかりだった。


 けれど、この人たちは知っている。


 この土地で何十年も暮らしてきた人たちだけが知っていることがある。


 それを集めれば、何かが見えてくるかもしれない。


 水を見る人。畑を見る人。食料を保存する方法を考える人。これから植える作物の準備をする人。


 リディアは、それぞれに役割を分けていった。


「そんなに色々やるんですかい?」


 誰かが苦笑した。


「ええ」


「芋ができるまで、休みじゃないんですな」


「もちろんよ」


 リディアは首を傾げた。


「芋ができるまで何もせずに待っていたら、芋ができたあとに困るでしょう?」


「……確かに」


「今できることは、今のうちにやりましょう」


 その言葉に、村人たちが動き始めた。


     *


 数日後。


 リディアは、畑の様子を見た帰りに、森の近くまで足を延ばしていた。


 森といっても、手入れされた美しい森ではない。


 ところどころ木が密集し、低い草が生え、細い獣道が走っている。


 食べられるものがあると聞いて、リディアは少し興味を持っていた。


「お嬢様、こっちです」


 ハンナが手招きをした。


「何かあるの?」


「木苺です」


「木苺?」


 ハンナが摘んだ実を見せてくれた。


 小さな赤い実。


 リディアも一つ受け取った。


 口に入れる。


「……酸っぱい」


「でしょう?」


 ハンナが笑った。


「食べられなくはないんですけど、酸っぱいから、あまり採らないんです」


「そうなのね」


 リディアは木を見上げた。


 葉。枝。実。


 特に変わったところはない。


 ――そう思った。


「……あら?」


「どうしました?」


「この枝」


 リディアが指を差した。


 一つの枝だけ、少し離れたところから伸びている。


 そこについている実が、ほかの実より大きい。


「ちょっと、これを」


 ハンナが摘んだ。


「同じ木ですよね?」


「ええ」


 リディアは実を割った。


 香りが違う。


 そして、一口。


「……甘い」


「え?」


 ハンナも食べる。


「……ほんとだ」


 もう一人の女性も手を伸ばした。


「えっ、甘い」


「こっちは酸っぱいのに」


 皆で枝を見上げる。


 同じ木。同じ根。


 なのに、一つの枝だけ。


「お嬢様、これ……どういうことです?」


 リディアは、しばらく黙っていた。


 本の中で見た記述が、頭の中に浮かぶ。


「……枝変わり、かもしれないわ」


「えだ……?」


「枝変わり」


 リディアは枝を見つめた。


「同じ木でも、突然、一部の枝だけ性質が変わることがあるの」


「そんなことが?」


「ええ。……少なくとも、そういうことがあると読んだことがあるわ」


「じゃあ、この甘い実も?」


「可能性はあるわね」


 リディアは慎重に答えた。


「もし本当に枝変わりなら、この枝そのものを増やせるかもしれない」


「増やす?」


「種から育てるのではなく、この枝を使って」


 リディアは枝を見ながら考える。


 取木。枝を傷つけ、まだ木から切り離さないまま土などを使って根を出させる。うまく根が出れば、そのあとで切り離す。


「……試してみましょう」


「これを?」


「ええ」


 ハンナは嬉しそうに木苺を見た。


「甘い木苺が増えたら、いいですね」


「ええ」


 リディアも微笑んだ。


 けれど、ふと森の奥を見る。


 一つ見つかった。


 ならば、ほかにもあるかもしれない。


「ハンナ」


「はい?」


「この森には、ほかにも果実がある?」


「ええ。いくつかありますけど……」


「調べてみたいわ」


「森を?」


「ええ」


 リディアは女性たちを見た。


「同じように、一部だけ性質の違うものがあるかもしれない」


「甘い実が?」


「分からないわ」


 リディアは首を振った。


「甘いとは限らない。でも、今まで価値がないと思われていたものの中に、何か使えるものがあるかもしれないでしょう?」


 女性たちは顔を見合わせた。


「それなら……」


「みんなで探してみます?」


「ええ」


 ハンナが笑った。


「やってみましょう」


「ありがとう」


 リディアは頷いた。


「ただし、一つだけ約束して」


「何でしょう?」


「知らない果実を、勝手に食べないこと」


「……え?」


「毒のあるものもあるでしょうから」


 女性たちの顔から笑みが消えた。


「見つけたら、まず持ってきて」


「形や葉も見ます」


「どこで見つけたかも記録するわ」


「分かりました」


「それから、一緒に調べましょう」


 女性たちは頷いた。


 その日から、村の女性たちは森を見るようになった。


 食べられるものを探す。珍しいものを探す。今まで見過ごしていたものを、一つずつ確かめる。


 リディアはその記録をノートに残した。


 畑では男たちが水の流れを調べている。


 別の場所では、保存できる食料について話し合っている。


 ジャガイモは、まだ土の中だ。


 麦の準備も、これから始めなければならない。


 何も解決してはいない。


 それでも。


 以前とは違う。


 村人たちは、自分たちで考え、自分たちで動き始めていた。


 数日後。


 森から戻ってきた女性たちが、領主邸の前を駆けてくる。


「お嬢様ー!」


 リディアが顔を上げた。


「どうしたの?」


「大変です!」


「何があったの?」


 女性は息を切らしながら、満面の笑みを浮かべた。


「ありましたー!」


「……え?」


 リディアが目を丸くする。


「何が?」


「それが――」


 女性は両手を胸の前で握った。


「すごいものを見つけたんです!」


 リディアは立ち上がった。


 その目が、久しぶりに好奇心で輝いた。


 森には、まだ誰も知らないものが眠っている。

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