第17話 砂糖の原料
数日後。
「持ってきた」
工事現場で技師と話していたリディアは、聞き慣れた声に振り返った。
「アレク様?」
アレクはいつものように、気軽な商人の格好をしている。けれど、その手には何やら細長い木箱が抱えられていた。
「それは……?」
「おまえが欲しいと言っていたものだ」
「まあ」
リディアの目が輝く。
「もう見つかったのですか?」
「探すと言っただろう」
アレクは木箱を作業台の上に置いた。
「開けてみろ」
リディアが蓋を開ける。
中には、切りそろえられたサトウキビが何本も並んでいた。
「……これが?」
「サトウキビだ。南のほうで手に入った」
リディアは一本を手に取った。
見覚えのある形だった。
「本当に……」
「どうした?」
「いえ。ちゃんと見つかるものなのだな、と」
「おまえが欲しいと言ったものだ。見つけるくらいはする」
あまりにも当然のように言うので、リディアは思わず笑った。
「ありがとうございます」
「礼はいい。それより、これで砂糖は作れるのか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
アレクの眉がわずかに上がる。
「知っているのではなかったか?」
「方法は知っています。でも、実際に作ったことはありません」
「……またそれか」
呆れたような声。けれど、その口元には笑みが浮かんでいる。
「まあいい。やってみればいいだろう」
「はい」
リディアはサトウキビを見つめた。
「ただ、リヴェルで育てるのは難しいと思います」
「冬があるからか」
「はい。でも、原料として持ち込めるなら話は別です」
「なるほど」
アレクは頷いた。
「まずは外から持ってくる。それで試してみればいい」
「はい」
リディアはサトウキビを作業台に置いた。
「まずは、汁を取り出す必要があります」
「絞るのか?」
「そうです」
「なら、水車が使えるな」
リディアが目を瞬いた。
「水車で?」
「あの機械を作った連中なら、考えられるだろう」
アレクは工事現場の奥を見た。
そこでは、エドとバルトが何やら言い合っている。
「……あの二人なら、確かに考えてくれそうです」
「だろう」
アレクがわずかに笑う。
そのとき、少し離れた場所からカイルが歩いてきた。
「アレクシス様」
「カイル」
カイルの視線が木箱に移る。
「もう手に入れたのですか」
「頼まれたものだからな」
「ありがとうございます」
リディアが頭を下げる。
カイルは木箱の中を確認した。
「サトウキビ……ですか」
「そうだ」
「どこから?」
「南のほうだ。少し遠かったが、商人仲間に当たった」
カイルが頷く。
「なるほど」
そして、リディアの目が木箱に向いているのを確認してから、声を落とした。
「……殿下」
「なんだ?」
「商人として振る舞うのであれば、もう少し商人らしくしてください」
「しているつもりだが」
「どこがです」
「商品を仕入れてきた」
「そういう意味ではありません」
アレクがわずかに眉を寄せる。
「では?」
「もう少し、相手に対して丁寧に――」
「私は普通に話している」
「王族としては、でしょう」
「……」
アレクが黙った。
リディアは二人を交互に見た。
「お二人は仲がいいのですね」
「……そう見えるか?」
アレクが尋ねる。
「はい」
「そうか」
アレクは少しだけ笑った。
「長い付き合いだからな」
カイルは小さく息を吐いた。
「では、私は技師たちを呼んできます」
「頼む」
カイルが離れていく。
リディアはもう一度、サトウキビを手に取った。
「これを絞って……」
「そうだ」
「それから煮詰めて」
「ああ」
「結晶を作って……」
「うん」
「分ける」
「……そこが難しいんだろう?」
「はい」
リディアは頷いた。
「そこを、どうするか考えないといけません」
*
「つまり、汁の中から砂糖の結晶だけを取り出したい、と」
エドが腕を組んだ。
「そうです」
リディアは紙に簡単な図を書いた。
「最初に汁を取ります。それを煮詰めていくと、砂糖の結晶ができる……はずです」
「はず?」
バルトが笑った。
「お嬢様は本当に、知ってるんだか知らねぇんだか分からんな」
「すみません」
「いや、面白ぇ」
バルトはサトウキビを手に取った。
「これを潰して汁を取るなら、ローラーを使えばいい」
エドが頷く。
「水車の動力も使えます」
「ただし、砂糖の結晶を分けるとなると別だ」
エドが紙に円を描いた。
「前にお嬢様が言っていた、回転を使う方法ですか?」
「はい」
「遠心力を利用する」
「そうです」
エドはしばらく図を眺めた。
「……仕組みとしては、考えられそうです」
リディアの顔が明るくなった。
「本当ですか?」
「ただ、作ってみなければ分かりません」
「そうですよね」
エドは円の中心に線を引いた。
「速く回す必要があるなら、軸の強度が問題になります。容器も、回転の偏りが出ないようにしなければならない」
バルトも頷いた。
「回してみて、ぶれるようなら作り直しゃいい」
「簡単に言いますね」
「簡単じゃねぇから面白いんだろ」
バルトが笑う。
リディアも思わず笑った。
「では……まず、考えてみましょう」
「ええ」
「作ってみなければ分からない」
「そういうことです」
リディアは紙に、回転や軸、容器、強度について書き込んだ。そして、その横に小さく「試作」と書いた。
ただ甘いものが欲しかっただけだった。
ジャムをもっと保存したい。ケーキを作ってみたい。そんな小さな思いつきだった。
けれど。
また一つ。
リヴェルに、今までなかった仕事が生まれようとしている。
*
夕方。
アレクが帰ろうとしているところへ、リディアが駆け寄った。
「アレク様」
「どうした?」
「サトウキビ、本当にありがとうございました」
「礼はいい」
「でも、とても助かりました」
「そうか。それならよかった」
アレクは振り返った。
「砂糖ができたら、俺にも食べさせてくれ」
「もちろんです」
「約束だ」
「はい」
アレクは満足そうに頷いた。
「では、また来る」
「はい。またお願いします」
「ああ」
アレクが歩き出す。
その背中を見ながら、リディアは小さく呟いた。
「今度は、砂糖を作らなくちゃ」
遠くで、水車の音が響いている。
リディアは工房のほうを振り返った。
あの人たちなら、きっと考えてくれる。
――でも。
ちゃんと砂糖になるかは、まだ分からない。
「……まずは、やってみましょう」
リヴェルではまた一つ。
新しい仕事が始まろうとしていた。




