第18話 砂糖を作る
翌朝。
工房の前には、昨日アレクが持ってきたサトウキビが並べられていた。
「これが、砂糖になるんですか?」
エドが一本を手に取り、じっと眺める。
「ええ。中に甘い汁が入っています」
「……これに?」
バルトも別の一本を持ち上げた。
「見た目は、ただの草みてぇだがな」
「私も、実物を見るのは初めてです」
「お嬢様が?」
「ええ」
リディアは素直に答えた。
「作り方は知っています。でも、実際に作ったことはありません」
エドとバルトが顔を見合わせる。
それから、エドが少し笑った。
「なら、俺たちと同じですね」
「そういうことになりますね」
リディアも笑った。
「では、やってみましょう」
まずは、サトウキビから汁を取り出さなければならない。
エドとバルトは、すぐに水車へ目を向けた。
「前に作った装置を使えそうです」
「回転をそのまま使うんじゃねぇ。こいつを二本の軸に伝えて……」
バルトが木材に簡単な絵を描いていく。
二本の円柱を向かい合わせ、その間にサトウキビを通す。水車が回れば軸も回り、二本の円柱が茎を挟んで潰していく仕組みだ。
「これなら、人間が一日中押すより楽だな」
「水車なら、川がある限り動かせます」
「問題は、どれくらい潰せるかですね」
最初の試作品が作られた。
水車を回すと、軸が回り、円柱も回った。
「入れてみます」
リディアがサトウキビを差し込む。
ぎり、と音がした。
茎が潰れる。
その下に置いた桶へ、液体が落ちた。
「……出た」
エドが目を見開いた。
バルトが桶を覗き込む。
「汁だ」
リディアも身をかがめた。
淡い緑色をした液体だった。
指先に少しだけつけて、舐めてみる。
「……甘い」
「本当に、砂糖になるんですね」
「ふふ。正確には、砂糖になる成分が入った汁です」
「なるほど」
エドはすぐに桶を持ち上げた。
「では、次です」
「ええ」
けれど。
次の工程は、簡単ではなかった。
「このまま煮ればいいんですか?」
「ええ。ただ、その前に不純物を取り除きます」
「どうやって?」
リディアは少し考えた。
「……そこまでは、私も詳しくありません」
「お嬢様でも?」
「知識としては知っています。でも、ここにある道具でどうするかまでは」
エドが頷いた。
「なら、試しましょう」
汁を大きな鍋へ移す。
火にかける。
しばらくすると、表面に泡が浮かび始めた。
「これが不純物か?」
「全部ではありませんが、取り除いたほうがいいと思います」
バルトが木べらで泡をすくう。
何度も繰り返すうちに、汁は少しずつ濃くなっていった。
甘い匂いが、工房いっぱいに広がる。
「……いい匂いですね」
エドが呟く。
「砂糖菓子の匂いとは、少し違います」
「でも、甘い匂いだ」
さらに煮詰めていくと、水分が減り、液体が重くなっていく。
リディアは鍋を覗き込んだ。
「そろそろ、火を弱くしてください」
「このくらいですか?」
「もう少し」
バルトが火を調整する。
やがて、濃い茶色の液体になった。
「ここから……どうする?」
リディアは鍋を見つめた。
「冷まして、結晶を作ります」
「結晶?」
「砂糖を、固体にするんです」
エドが首を傾げる。
「液体から、固体に?」
「ええ」
リディアは説明する。
水分を減らし、砂糖が溶けきれない状態にする。そうすれば、砂糖が少しずつ結晶になる。
「……つまり、鍋の中で砂糖が生まれる?」
「そうです」
「面白ぇな」
バルトが笑った。
鍋を火から下ろす。
そのまま、静かに冷ましていく。
けれど。
待っても、なかなか結晶は現れなかった。
「……できませんね」
「まだ早いんじゃねぇか?」
「そうかもしれません」
さらに待つ。
少しずつ温度が下がっていく。
そして。
「……あ」
エドが声を上げた。
鍋の縁に、小さな粒が見えた。
「これ……」
リディアが近づく。
茶色い液体の中に、細かな粒が浮かんでいる。
「砂糖です」
「これが?」
「ええ」
バルトが指先で一粒を取った。
「舐めてもいいか?」
「もちろん」
バルトが舐める。
しばらく黙ってから、目を丸くした。
「……甘ぇ」
エドも一粒取る。
「本当だ」
リディアも一粒を手に取った。
口に入れる。
甘い。
けれど、いつも知っている砂糖とは違う。
色も濃い。
香りも強い。
それでも。
「……砂糖です」
思わず、笑みがこぼれた。
「砂糖が、できました」
エドとバルトが顔を見合わせる。
「やったな」
「ああ」
けれど、リディアはすぐに鍋へ視線を戻した。
「ただ……」
「まだ何かありますか?」
「ええ」
鍋の中には、砂糖の粒だけではない。
濃い液体も、まだ大量に残っている。
「この液体から、砂糖を分けたいんです」
「それが、昨日言っていた遠心力ですか」
「はい」
リディアは頷いた。
「結晶と液体を、できるだけ分けたいんです」
エドが鍋を覗き込む。
「なるほど……」
バルトは腕を組んだ。
「なら、次はあれだな」
「水車ですか?」
「ああ」
工房の隅には、まだ組み立て途中の装置が置かれている。
回転する軸。その先に取り付ける容器。そして、それを受け止める枠。
「問題は、どこまで回せるかだ」
「速すぎても壊れるでしょうね」
「遅けりゃ分離できねぇ」
「では、そこを考えましょう」
リディアは、二人の職人を見た。
昨日までは、ただの知識だった。
頭の中にあっただけの方法。
それが今、目の前で形になっている。
まだ粗い。
まだ完成していない。
それでも。
確かに、砂糖になった。
リディアは、小さな結晶をもう一度見つめた。
「……次は、もっときれいな砂糖を作りましょう」
エドが笑う。
「やりましょう」
バルトも頷いた。
「こいつぁ、面白くなってきた」
工房の外では、水車が今日も回っている。
川の流れを力に変えて。
リディアは手のひらに残った小さな砂糖の粒を見つめた。
まだ、始まったばかりだ。
けれど。
これが、ケーキになる。
そう思うと、少しだけ胸が弾んだ。




