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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第19話 甘いもの




 数日後。


 工房では、朝から水車の音が響いていた。


 昨日までとは、少し違う。


 水車の回転は途切れず、その力を受けて工房の中ではいくつもの軸が回っている。


「……止まりませんね」


 リディアが装置を眺める。


「止める必要がありませんから」


 エドが答えた。


「水車が回っている間は、こいつも回ります」


 バルトが遠心分離機の様子を確認する。


 容器は一定の速度で回り続けている。


「昨日は試しに回しただけでしたが、今日は連続で動かしています」


「壊れませんか?」


「そこは何度も調整しました」


 バルトが得意げに笑った。


「壊れたら直す」


「……それでいいんですか?」


「壊れねぇものなんて、作ったことねぇからな」


 エドも頷く。


「それに、これなら一度に少しずつですが、次々と分けられます」


 リディアは装置の横に積まれた砂糖を見る。


 まだ完全な白ではない。少し茶色がかっている。


 けれど、粒は細かく揃ってきていた。


「これなら、かなり作れそうですね」


「ええ」


 エドが答える。


「人間が一つずつ分ける必要がなくなりましたから」


「川が流れている限り、回し続けられる」


 バルトが言う。


「つまり……」


 リディアは砂糖を見つめた。


「砂糖を作ることそのものが、特別な作業ではなくなる?」


「そういうことです」


 リディアは小さく笑った。


「すごいですね」


「まだ始まったばかりですよ」


 エドが笑う。


「原料をもっと持ってこられるなら、もっと作れます」


「では、次は使い道ですね」


 リディアは砂糖を一握り、手のひらに乗せた。


「ジャムを作りましょう」


     ◇


 厨房では、朝から甘い匂いが漂っていた。


 鍋の中では、先日採れたベリーが煮られている。


 砂糖を加えると、ベリーの酸味に甘さが重なっていく。


「こんなに砂糖を入れるんですね」


 ハンナが驚いたように言った。


「保存性を高めるためです」


 リディアが答える。


「それに、味も変わります」


 やがて、赤紫色のジャムができあがった。


 パンに少しだけ塗る。


「ニコ、食べてみますか?」


「いいの?」


「ええ」


 ニコが一口食べる。


 次の瞬間、目を丸くした。


「……甘い!」


「そんなに?」


「うん! すごく甘い!」


 ハンナも一口食べる。


「……本当ですね」


 エレナも食べてみる。


「これは……」


 しばらく黙ってから、笑った。


「おいしいです」


 リディアも頷いた。


「これなら、売ることもできそうですね」


「はい」


 エレナが瓶を見つめる。


「……では、次はあれですね。」


 そう言ってエレナはリディアを見る。


「ええ、やっぱりアレよね。」


 2人で頷きあう。


「どうしました?」


「「ケーキよ!」」


 2人の声が明るく重なった。


「ケーキを作りましょう!」


     ※


 厨房の台に材料を一つずつ並べていく。


 並べ終わったところで。


 リディアはそれを睨むようにして腕を組んだ。


「……」


「どうされました?」


 エレナが不思議そうに尋ねる。


「いえ……」


 リディアは材料を見つめた。


「材料は分かっているんだけど……作ったことがないのよ」


「え?」


「ケーキは食べたことがあります。でも、最初から最後まで、自分で作ったことはありません」


 リディアは小さくため息をついた。


「知っていることと、作れることは違うのね」


 すると。


「そうだったんですね」


 エレナが笑った。


「それなら、任せてください!」


「エレナが?」


「はい。一応、子爵家の出身ですから」


 エレナは胸を張った。


「家ではお菓子も普通にありましたし、パウンドケーキくらいなら、私が作れます」


「まあ!」


 リディアの顔が明るくなる。


「すごいわ、エレナ!」


「ふふふ」


 エレナは少し得意そうに笑った。


 そして、厨房にいる女たちを振り返る。


「では、皆さん」


「はい?」


「私がお教えしますので、しっかり覚えてくださいね!」


「はい!」


 ハンナが笑った。


「料理なら任せてください」


 他の女たちも頷く。


「私も」


「私も覚えたい!」


「お菓子なんて作ったことないけど、料理なら毎日してるもの」


 エレナが頷いた。


「それなら大丈夫です」


 材料を並べる。


「まず、小麦粉」


「はい」


「砂糖」


「はい」


「卵」


「はい」


「バター」


「これですね」


 エレナが手本を見せる。


 女たちは、その手元をじっと見つめていた。


「混ぜ方は、こうです」


「なるほど」


「焼くときは窯の温度を――」


「そこは私が見ます」


 ハンナが言った。


「いつものパンと同じように、窯の様子を見てみます」


「お願いします」


 生地を型に流し込む。


 窯へ入れる。


 女たちは、じっとその様子を見守った。


「膨らむかな?」


「分からないね」


「でも、いい匂いがしてきた」


 甘い香りが、厨房いっぱいに広がる。


 やがて。


「できました!」


 エレナが窯から取り出した。


 表面はきつね色で、中央がふっくらと盛り上がっている。


「これが……ケーキ?」


 ハンナが呟いた。


「はい」


 エレナが切り分ける。


 一切れずつ、女たちの前に置く。


「どうぞ」


「……食べていいの?」


「もちろんです」


 ハンナが恐る恐る口に入れた。


 その瞬間。


 目が見開かれた。


「……甘い」


 隣の女も一口食べる。


「……何、これ」


 別の女も食べる。


「こんなおいしいもの……食べたことない」


 誰も、すぐには次の言葉を出せなかった。


 ふわりとした生地。


 バターの香り。


 そして、はっきりとした甘さ。


 村で食べてきたパンとは、まるで違う。


 ハンナがもう一口食べた。


「こんなものが……あるんですね」


 エレナが微笑む。


「貴族の家では、珍しいものではありません」


「これが……普通に?」


「ええ」


 女たちは顔を見合わせる。


「知らなかった……」


「こんな食べ物があるなんて」


「砂糖って、すごいね」


 リディアは、そんな彼女たちを静かに見ていた。


 リディアやエレナにとっては、普通に食べていたものだ。


 けれど。


 この人たちにとっては、今日初めて知った味なのだ。


「……おいしいです」


 ハンナが笑った。


「はい」


 エレナも頷く。


「だったら、覚えましょう」


「え?」


「作れるようになれば、いつでも食べられます」


 女たちが見る。


「こ、これを、母や旦那にも食べさせてあげられるんですか?」


「じいちゃんにも、子供たちにも?」


「ええ!もちろんよ」


 女たちの顔が明るくなっていく。


「では、もう一度やってみましょう!」


「今度は私が混ぜる!」


「私は窯を見る!」


「ベリーを入れたらどうなるかな?」


「それなら、ジャムを中に入れてみたい」


 次々と声が上がった。


 リディアは思わず笑った。


「もう、次のことを考えているんですね」


「だって、作り方が分かったんですもの」


 ハンナが笑う。


「料理と同じですよ」


 その言葉に、リディアは頷いた。


 そうなのだ。


 彼女たちは料理ができないのではない。


 知らなかっただけだ。


 一度知ってしまえば、自分たちの手で試して、失敗して、工夫していける。


「エレナ」


「はい?」


「これからも、いろいろ教えてあげてください」


「もちろんです」


 エレナは笑った。


「私が知っているものなら、何でも」


 その横では、もう次の材料が並び始めていた。


 ベリーやジャム、乾かした果実などが並ぶ。


「これを入れたら、どうなるかな?」


「やってみようよ」


「じゃあ、次は砂糖を少し減らして――」


 リディアは、その様子を眺めた。


 砂糖を作る方法を見つけた。


 ケーキを作れるようになった。


 これから先、どんな菓子が生まれるのか。


 それはもう、リディアにも分からない。


 一つ分かるのは。


 今日、ここにいる女たちが初めて知ったこの甘さを、きっと忘れないということだった。

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