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『追放令嬢、嵐と戦い都市を作ります』 〜知識チートで廃村を国一番の領地にしたら、捨てた王太子が今さら焦りだしました〜ツイトシ(追都市)  作者: カナデ・オン
第一章 生き残り編 〜泥だらけの令嬢〜

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第20話 雨が来る



 冬の間、リヴェルでは皆が工事に勤しみ、女たちは隙を見つけては領主邸の厨房に出入りしていた。


 そうして年を越し、暖かさが戻ってきた頃。


 リディアが厨房を覗くと、以前とは少し違う光景が広がっていた。


「これは……?」


 棚の上に、いくつもの焼き菓子が並んでいる。


「試作品です」


 エレナが答えた。


「これはジャムを織り込んで焼いてみました」


「こっちは?」


「砂糖を少し減らして、乾かした果実を入れてみたんです」


「こっちは?」


「焼き方を変えてみました」


 リディアは皿を一つずつ眺めた。


 どれも、最初に作ったパウンドケーキとは少しずつ違う。


「……もう、私が知らないものばかりですね」


「はい」


 エレナが嬉しそうに笑った。


「皆さん、どんどん考え始めてしまって」


 厨房の奥から声が飛んでくる。


「寝る前に浮かんできちゃうんですよ!」


「私も!料理は得意なんです」


 リディアは思わず笑った。


「ふふ、厨房に私の出番はなさそうですね」


「え?」


「今後ここは、皆さんに任せます」


 女たちが顔を見合わせる。


 そして、すぐに笑った。


「任せてください!」


「もっとおいしいのを作りますから!」


「売れるものを考えましょう!」


 リディアは頷いた。


「お願いします」


 厨房を出る。


 廊下まで、甘い香りが追いかけてきた。


 けれど。


 外へ出た瞬間、その香りは消えた。


 代わりに聞こえてきたのは、低い水音だった。


 川が流れている。


 いつもと同じように。


 けれど、リディアは足を止めた。


「……嵐が来るわ」


 隣を歩いていたカイルが頷く。


「ええ」


「工事は?」


「予定通りです」


 カイルは川のほうへ視線を向けた。


「西側の堤は、補強が進んでいます。排水路も、主要なところは繋がりました」


「全部終わったわけではないんですね」


「まだです」


 カイルは淡々と答えた。


「ですが、去年とは違います」


 二人で工事現場へ向かう。


 川沿いでは、大勢の人間が動いていた。


 石を運ぶ者。


 木材を組む者。


 堤を固める者。


 排水路を確認する者。


 以前なら、それぞれが自分の判断で動いていた。


 今は違う。


「この石はこちらへ!」


「そっちは先に固定してくれ!」


「排水路の深さをもう一度確認!」


 声が飛び交う。


 カイルが一人の作業員に声をかけた。


「西側は?」


「あと少しです!」


「終わったら北側へ回ってくれ」


「分かりました!」


 その様子を見ながら、リディアは川を見つめた。


「ずいぶん変わりましたね」


「人が増えましたから」


「ええ」


 カイルが少し笑った。


「去年なら、これだけの工事をする人手そのものがありませんでした」


 あれから、カイルの采配で周辺の村や街から人手が集まるようになった。


 リディアは周囲を見渡した。


 工事をしているのは、村の男たちだけではない。


 若い者もいる。


 以前は村を出ようとしていた者もいたというのに。


 昨年、麦が取れ、秋にまたジャガイモを植えたことで、村の食糧事情はかなり良くなった。


 今は、食料を作る者、加工をする者、材料を運ぶ者。それぞれが、自分の仕事を持ち始めている。


「……町みたいですね」


 リディアが呟く。


「まだ村ですよ」


「そうですね」


 けれど。


 その言葉に、リディアは少しだけ笑った。


 そのとき。


「お嬢様!」


 遠くから声がした。


 ガレスだった。


「どうしました?」


「空が怪しいです」


 リディアが空を見上げる。


 遠くに黒い雲が広がっている。


 まだ雨は降っていない。


 ぬるい、けれど圧のある風が吹きつけてくる。


 カイルが空を見た。


「……来ますね」


「……ええ」


 リディアの表情が引き締まった。


「工事を急ぎましょう」


「そのつもりです」


 カイルはすぐに作業員たちへ指示を飛ばした。


「嵐が来るぞ!西側を優先!」


 皆がカイルを見る。


 一瞬、場が静まった。


 そして、皆が一斉に動き始める。


「はい!」


「石材は一度そちらへ集めろ!」


「分かりました!」


 人が動く。


 声が響く。


 カイルが指示を出している。


 けれど、その指示の先にあるのは、リディアが決めた工事の方針だ。


 自分が考え、決めたことを、カイルが形にしているのだ。


 そのことが、以前よりはっきりと分かった。


 だからこそ。


 迷ってはいけない。


「カイル」


「はい」


 カイルが振り返る。


「もし、全部を間に合わせられないとしたら」


「……はい」


「どこを優先しますか?」


 カイルはすぐには答えなかった。


 川を見た。


 西側の堤。


 その先に広がる畑。


 まだ完成していない排水路。


 そして、村へ続く道。


「それは、私が決めてしまってよいことではありません」


 リディアが少し驚いて、カイルを見る。


「なぜです?」


「ここは、お嬢様の領地です」


 淡々とした声だった。


「何を守るのか。その優先順位を決めるのは、お嬢様です」


 リディアは川を見つめた。


 考える。


 西側の堤が崩れれば、畑が被害を受ける。


 けれど、すべての人手を堤に回せば、排水路の完成が遅れる。


 排水が間に合わなければ、別の場所で水が溜まる。


「……西側の堤を優先します」


 リディアは言った。


「まず、川からの流入を止めたいです。排水路は、すでに繋がっている場所を先に維持してください。新しく掘るところは、雨が来た後でもできます」


「分かりました」


 カイルは迷わず頷いた。


「では、その判断で動かします」


 すぐに振り返る。


「西側の作業員を増やせ! 排水路は既存部分の確認を優先!」


「はい!」


 人が動き始める。


 リディアは、その背中を見つめた。


「……カイル」


「はい」


「私の判断が、間違っていたら……?」


 カイルが足を止める。


 そして、リディアを見る。


「その時は、私が止めます」


「……」


「右腕ですから」


 あまりにも自然に言うので。


 リディアは、少しだけ目を丸くした。


 それから、ふっと笑う。


「頼もしいですね」


「そのためにおりますので」


 カイルも、ほんの少しだけ笑った。


「ですから、お嬢様は考えてください」


「考える?」


「ええ」


 カイルは川へ視線を戻した。


「私が、動かします」


 その言葉を聞いて。


 リディアの胸の奥にあった不安が、少しだけ軽くなった。


 今まで、自分が全部やらなければと思っていた。


 考えて、決めて、人を集めて、作業を確認して、間違いがないか見て。


 けれど。


 それを一人でやる必要はない。


 自分が考える。


 カイルが動かす。


 そして、必要ならカイルが止める。


 それでいい。


「……分かりました」


 リディアは頷いた。


「では、考えます」


「お願いします」


 そのとき。


「お嬢様!」


 再びガレスの声が飛んだ。


「風が強くなってきました!」


 リディアが空を見上げる。


 黒い雲が、もうすぐそこまで来ている。


 工房では、水車が回っている。


 厨房では、女たちが新しい菓子を試している。


 畑では、作物が育っている。


 そして川では、人々が雨に備えている。


 もう、何か一つを変えれば、それで済む場所ではない。


 いくつもの仕事が重なり合って、リヴェルという場所そのものが動き始めていた。


 だからこそ。


 この雨だけは、越えなければならない。


 リディアは黒い空を見上げた。


「……勝つのよ」


 風が、強く吹いた。





最後までお読みいただきありがとうございました!


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引き続き、次回もお楽しみください。

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