第三條 論労苦既畢之事――お仕事で、参ります。
このお話には、実在した人も、実際にあった出来事も出てきます。
ただし、そのあいだで誰が何を考え、何を話し、何を約束したのか。
そこまで史実に尋ねるのは、少し酷だと思います。
ですので、そのあたりは物語としてお読みください。
父が戻った紀州へ、俺も一度帰ることになりそうや。
まだ日は決まってへんけど、ようやく俺にも話が来た。父に会えると思うと、やっぱり落ち着かん。長いこと離れていた家が今どうなっとるのかも気になるし、帰ったからといって、何もかも前と同じにはならんやろう。
それでも、父には会える。
それに、紀州へ行くなら、センセの顔も見られるかもしれん。
前は、まだ決まってへんことを先に書くのはどうかと思うて、結局やめた。
でも、今なら少しくらい先の話をしてもええやろう。
俺は硯を引き寄せ、筆を取った。
◇ ◇ ◇
【小二郎】
父のことで、俺も一度国元へ戻ることになりそうや。
まだ日までは決まってへんけど、前よりは話が進んだ。今度はセンセに書いてもええくらいにはな。
そっちも和歌山におるんやろ。
日が合えば、久しぶりに顔を見に行く。
前に書いた、誰も引かんかったら最後は戦になるんかいう話も気にはなっとるけど、急がんでええ。三浦様から預かった仕事が増えとるなら、そっちを先に片づけ。
ただし、仕事の紙を机へ置いたまま、俺への返事を先に書くんはやめとき。
今度会うたとき、また阿国から聞いた失敗が増えとっても知らんからな。
◇ ◇ ◇
机の端に小二郎の手紙を置いた。
お父上だけでなく、小二郎まで和歌山へ戻ってくるかもしれない。
それがうれしくて、さっきから何度も読み返している。
もちろん、何度読んだところで書いてあることは変わらない。でも、読み終えて畳んだはずなのに、少しするとまた開きたくなってしまう。
手紙というのは、なかなか困ったものだと思う。
今度はいつ読もうか、なんて考える必要もないのに、気づけばもう次を読んでいるのだから。
「阿国。これ、もう少し明るいところへ置ける?」
「どちらをですか」
「こっちの書類」
阿国は文机を見たあと、私を見た。
「お返事は、よろしいのですか」
「先に仕事をしろって書いてあるから」
「ようお分かりで」
何だか小二郎に言われたときよりも、少しだけ腹が立つ。
でも、ここで何か言い返したら、また余計なことまで言われそうだったので、私は手紙を畳んで脇へ寄せた。
代わりに、三浦様から預かっている書付を手前へ引く。
あの日から、外国語の仕事は途切れていなかった。
初めは英語の書付を読んで、内容を確かめればよかった。それが二枚になり、三枚になり、フランス語まで混ざるようになった頃、三浦様から新しい仕事を言い渡された。
読める者が一人しかいないのは困るから、ほかの者にも教えろ、とのことだった。
それは、もっともだと思う。
私一人しか読めないのでは、私がいなくなっただけで仕事が止まってしまう。できる人を増やした方がいいし、教えることで私の仕事も少しは減るかもしれない。
そう思って、引き受けた。
――――ところが、これがなかなか難しかった。
自分で読めるのだから、教えることも何とかなるだろうと思っていたのだけれど、どうやら私は少し甘く考えていたらしい。
先日も、一つの単語について意味を尋ねられたので、その文ではこういう意味になります、と説明した。
ただ、別の文では少し意味が変わることもあるので、念のため付け足したら、どうして変わるのかと聞かれた。
それなら例を出した方が分かりやすいだろうと思って、一つ作ってみたのだけれど、どうにも伝わっていない。
もう一つ例を出して、二つを比べてもらおうとしたところで、今度は条件が違うことが気になった。だったら、条件を揃えた三つ目もあった方がいい。
そうやって説明を足しているうちに、存在しない商船が二隻でき、それぞれに荷主がつき、とうとう港まで必要になってしまった。
「……一平太様」
「何でしょう」
「初めの言葉へ戻っていただいても?」
言われて、机の上の紙を見直した。
まだ一語だった。
たった一つの言葉を説明するのに、港まで作る必要はなかったらしい。
相手のために分かりやすくしているつもりだったので、ちょっと申し訳なくなった。
それからは、なるべく簡単に話すようにした。
ところが、今度は昨日説明したことを、今日また尋ねられるようになった。
もちろん、一度聞いただけで全部覚えられるとは思っていないし、分からなければ何度でも聞いてもらって構わない。
私だって、こちらへ来てから阿国に何度同じことを尋ねたか分からないのだから、人のことは言えない。
ただ、毎回私が最初から説明していると、なかなか先へ進まない。それに、私がいないときにも、自分で調べられるようになってもらわないと困る。
――――辞書が欲しい。
分からない言葉があったとき、自分で引いて確かめられるものがあれば、教わる方もずっと楽になるはずだ。
そんなことを考えているうちに、小二郎へ教えていた頃のことを思い出した。
あの子は私の説明が長くなると、途中で止めた。
結局何の話なんや、と聞き返して、自分の言葉に直して確かめる。分かればそのまま先へ進むし、違えば私がもう一度説明する。
あの頃は、なかなか飲み込みが早い子だと思っていた。
もちろん、それも間違いではないのだけれど、今になって考えると、小二郎は私の説明をどこで止めればいいのか、ちゃんと分かっていたのだと思う。
私が上手に教えていたわけではなかったらしい。
教育者としては、ちょっと悔しい。
でも、小二郎と話していると楽しかった理由が、少し分かった気もした。
あの子は分からないことがあれば遠慮なく聞き返すし、私も思いついたことをそのまま話せる。たまに言い合いにもなったけれど、一つのことを二人であれこれ考えている時間が、私は結構好きだった。
今度会えたら、またそんな話ができるだろうか。
そう思うと、つい机の端に置いた手紙の方を見てしまう。
……いけない。
先に仕事をしろと書かれていたばかりだった。
私はもう一度書付へ向き直ったけれど、やっぱり辞書くらいは欲しい。
それなら、小二郎に聞いてみてもいいかもしれない。
私は新しい紙を取り出した。
◇ ◇ ◇
【成瀬】
お父上とお兄様のこと、改めておめでとうございます。
それから、あなたも国元へ戻れるかもしれないとのこと、とてもうれしく思います。
日が合えば、ぜひ会いましょう。
前に尋ねられた、誰も引かなければ戦になるのかという話は、忘れていません。ただ、今度はあなたに言われる前に仕事を片づけたいので、もう少し待ってください。
実は、三浦様から外国語の書付を読むだけでなく、ほかの方にも教えるよう言われました。
それで、辞書が欲しいです。
あなたに教えていた頃は、もう少し上手くできていた気がするのですが、どうやらあなたが途中で止めてくれていただけだったようです。
先日は、一つの言葉を説明しているうちに、存在しない船と荷主と港まで作ってしまいました。
これでは、教わる方も大変でしょう。
江戸なら、英語を日本語で確かめられる、もう少し使いやすい辞書はありませんか。
フランス語もあれば助かりますが、まずは英語だけでも十分です。
わざわざ探し回っていただく必要はありません。ただ、見かけたり、そういうものを扱う方をご存じだったりしたら、教えてください。
それにしても、あなたが和歌山へ戻るかもしれないと聞いて、今から少し楽しみになっています。
日が決まったら、知らせてくださいね。
◇ ◇ ◇
その手紙を出してから数日後、三浦様に呼ばれた。
外国語の書付を預かることにも少し慣れてきたので、今度は何枚増えるのだろうと考えながら伺った。
ところが、机の上には紙が積まれていなかった。
よかった。今日は少し楽かもしれない。
そんなことを考えたのが、よくなかったのだと思う。
「一平太、加太へ行け」
今度は、紙ではなく私の方が移動するらしい。
以前に見た英国船の測量に関わる書付について、現地で確かめることがあるという。
英語が読めて、関係する書付にも目を通している私が行った方が早い、とのことだった。
言われてみれば、そのとおりだと思う。
実際に書付を読んでいるのだから、事情はある程度分かっている。向こうでまた最初から説明するより、私が行った方が早いのだろう。
その辺りは納得できる。
できるのだけれど、今は少し困る。
「いつまででしょうか」
「分からん」
そこは決まっていないらしい。
仕事が終わるまで、ということなのだろうけれど、せめて何日くらいかは知りたかった。
小二郎が戻ってくるかもしれないのに、私がいつ帰れるのか分からないのでは、予定の立てようがない。
せっかく会いましょうと返事を書いたばかりなのに。
そう思ったけれど、だからといって断れる仕事ではなかったので、私は承知しましたと答えた。
帰って阿国へ話すと、その日のうちに旅支度が始まった。
衣類が畳まれ、必要なものが次々と揃えられていく。阿国が手際よく準備を進めている横で、私は文机に置いた小二郎の手紙をもう一度見た。
日が合えば、久しぶりに顔を見に行く。
そう書いてくれたのがうれしかった。
会えたら何を話そうかと、実はもう少し考えていたのだけれど。
「小二郎も、そろそろ戻るかもしれないのに」
思わず口にすると、阿国の手が一度だけ止まった。
「左様でございますね」
それ以上は何も言わず、また衣を畳み始める。
私も手紙を見たまま、しばらく黙っていた。
日が合えば会おうと書いただけで、まだ本当に会えると決まったわけではない。それは分かっているし、仕事がある以上、仕方がないことも分かっている。
でも、もう少しくらい都合よくいってくれてもいいのに。
せっかく、あちらから会いに来ると言ってくれたのだから。
小二郎に会いたくないわけではないし、仕事を断りたいわけでもない。ただ、どちらも大事にしたいだけなのに、なかなかうまくいかない。
私は小二郎に加太へ向かうことを書き送り、翌朝、阿国とともに和歌山を離れた。
◇ ◇ ◇
加太へ来てからも、小二郎とは何度か短い便りを交わした。
こちらから書けるのは、滞在がもう少し続きそうなことや、体調に問題はないこと、それから英語の書付が相変わらず増えていることくらいだった。
小二郎から国元へ戻る日が決まったと知らせが届いたときには、うれしくて、すぐに日を数えてみた。
もしかしたら、それまでに仕事が終わるかもしれない。
そう思っていたのだけれど、なかなか帰る話が出てこない。
毎日、今日こそ何か決まるだろうかと考えているうちに、とうとう小二郎が和歌山へ戻る日になってしまった。
結局、私は加太から帰れなかった。
◇ ◇ ◇
【小二郎】
国元へ戻った。
父にも会えた。
家の中が前と同じかと言われたら、よう分からん。前と同じところもあるし、前とは違う顔をする人もおる。
帰れたら全部元どおりになるいうもんでもないんやな。
それで、センセはまだ加太なんやろ。
前の便りで仕事やとは聞いとったけど、俺が戻る頃には和歌山へ帰っとるかと思ってた。
紀州まで戻ってきたのに、会えへんとは思わんかったわ。
せやけど仕事なら仕方ない。センセが謝ることでもないから、変なところで責任を引き受けんでええ。
俺も、また江戸へ出ることになると思う。
向こうへ戻ったら、前に書いとった辞書のことは少し見てみる。
英吉利のものなら何かあるやろ。
仏蘭西の方まで俺に分かるかは知らんけど、聞くだけならできる。
それから、英語を教えるのに船を増やすな。
二隻から始まったらしいけど、センセが説明するたびに増えるなら、そのうち港の方が足らんようになる。
今度会うたとき、その話も聞く。
◇ ◇ ◇
【成瀬】
会えなくて、残念でした。
あなたが戻る日も、私の仕事がいつ終わるのかも、思うようには決められませんから、仕方がないことだとは分かっています。
それでも、もう少しうまく日が合ってくれてもよかったのに、とは思っていますけれど。
それより、お父上に会えたことは本当によかったです。
帰れたら全部元どおりになるわけではない、というところは少し気になりました。聞いてもよいことなら、また教えてください。
こちらでは、前に書付で見ていた英国の船を、今度は実際に見ることになりました。
詳しいことは書けませんが、思っていたよりずっと大きくて、少し驚きました。
寸法はちゃんと書いてありましたから、大きいこと自体は知っていたのです。でも、実際に人が乗っていて、帆が風を受けているところを見ると、紙に書いてあった数字とは何だか違うものに見えました。
もちろん、数字が間違っていたわけではないのですけれど。
辞書のことも、ありがとうございます。
江戸で何か見つかったら教えてください。英語だけでも助かります。
フランス語は、なければしばらく私が説明します。
その結果、また架空の港が増えるかもしれません。
できれば、その前に見つけてくださいね。
手紙を出した日の夕方、仕事が一段落したので、少し海を見に出た。
英国の船は、沖にいた。
近くで見たときには、あんなに大きくて少し怖いくらいだったのに、ここからだと船体も帆柱も小さく見える。
私はしばらく、その船を眺めていた。
初めて実物を見たときは、あまりの大きさに驚いた。書付に寸法が載っていたから、どのくらいの船なのかは分かっていたはずなのに、目の前にすると全然違った。
今は、同じ船があんなに小さく見える。
場所が変わっただけなのに、随分と印象も変わるものだと思う。
そのうち、また小二郎のことを考えていた。
今頃、何をしているのだろう。
お父上に会えたのだから、きっと話したいこともたくさんあるだろうし、久しぶりに戻った家で、忙しくしているのかもしれない。
もし私も和歌山にいたら、そんな話を聞けただろうか。
そう考えて、少しだけ寂しくなった。
別に、会えないと決まっているわけではない。
今回は日が合わなかっただけで、手紙ならこれからも書けるし、また機会があれば顔を合わせることだってできる。
そんなことは、ちゃんと分かっている。
ただ、今度会えたら何を話そうかと、少し楽しみにしていたのだ。
小二郎は、辞書を探してくれると書いていた。
船を増やすな、とも。
思い出すと、ちょっと笑ってしまう。
あの子は相変わらず、人の話をよく覚えている。忘れてくれてもいいところまで、きちんと覚えているのだから困ったものだ。
次に会えたら、その辺りも少し文句を言ってやろう。
私はもう一度沖の船を眺めてから、宿へ戻った。
机の上には、明日までに目を通さなければならない英文が残っている。
読めると言ったことは、後悔していない。
あの日、三浦様の机で英語の書付を見つけたとしても、きっと私はまた同じことをするだろう。
ただ、そのせいでこんなに忙しくなるとは思っていなかった。
できれば次は、小二郎が戻ってくる日くらい、少し早く帰らせてほしい。
今回は、国際法のお話はちょっとお休みです。
文久元年(1861年)、イギリス海軍のワード中佐が率いる測量艦アクティオン号(HMS Actaeon)など4隻の艦隊が、日本沿岸の測量を行うために来航しました。
この測量には、伊能図をめぐる話など、なかなか面白いエピソードもあるのですが、今回は詳しい話は割愛します。
そんな史実の片隅に、成瀬もいたということで。笑




