幕末でゅーぷろせす!ギャルが目覚めたら新選組だった件について
厳つい男たちが、揃って大声を張り上げてた。
「御用改めの心得は!」
「「「「「でゅーぷろせす!!」」」」」
全然ウケないし、えらい場所に来てしまった。
「山崎さん。今日はまた、ずいぶん派手な女装ですね」
目を開けた瞬間、知らない男にそう言われた。
「女装じゃないし。女だし。ていうか、山崎って誰?」
「何を言ってるんです。あなたが山崎さんでしょう」
「いや、違うけど」
男は困ったように笑った。こっちも困っている。
障子の向こうは夕焼けで赤く、男はその光を背負って枕元に正座していた。山野八十八と名乗ってから、朝まで探索していて眠いでしょうけど、そろそろ起きてください、と昨日からの続きを話すみたいに言う。
山野も知らないし、探索した覚えもない。
とりあえず布団から手を出すと、昨日塗ったピンクのネイルはちゃんと残っていた。髪もいつもの長さがあり、部屋の隅にあった小さな鏡を借りれば、映っているのも寝起きで少し盛れていないだけの、いつもの自分だった。
「これ、変装じゃないからね」
「ええ」
山野はにこやかに頷いた。どう見ても信じていないので、それ以上は諦めた。
鏡を返して周りを見れば、木の天井に障子、畳、知らない布団と、昨日友達と飲んで帰った自分の部屋とは何一つ似ていない。しかも自分まで着た覚えのない着物姿なので、さすがに寝ぼけているだけではなさそうだった。
障子を開けると、外まで時代劇だった。土の道を着物姿の人が歩き、向かいには木造の家が並んでいる。車も自転車も見当たらず、代わりに振り返った布団の横には刀が置いてあった。
「ここどこ?」
「壬生です」
「京都?」
「京です」
そこを言い直されても困る。
山野は気にせず支度を始め、着物の帯まで手際よく直してくれた。そこまではありがたかったのだが、最後に刀まで腰へ差そうとしてきたので、さすがに止める。
「それはいらない」
「今夜も御用がありますから」
「御用もいらないんだけど」
聞いてもらえなかった。
結局、ずしりと重い刀を腰へ差され、そのまま廊下へ連れ出された。歩くたびに鞘が太ももへ当たって邪魔でしょうがない。昔の人はよくこんなものを毎日つけていたなと思っていると、向こうから何人かの男が歩いてきた。
先頭の男は、怒っているわけでもなさそうなのに顔が怖かった。
「土方さん、近藤先生がお待ちですよ」
山野が声をかけると、男は「分かってる」と答え、ついでみたいにこっちを見た。
「……山崎。また妙な格好しやがって」
「これ普通なんだけど」
「どこがだ」
土方なら、その名前は知っている。正確には、歴史より先に銀魂が出てきた。
そのうえ近藤までいるらしいとなれば、もう一人もいるはずだ。
「沖田っている?」
「いる。だから何だ」
「うわ、銀魂じゃん」
「何だそれは」
「こっちの話」
土方は怪訝そうな顔をしたものの、それ以上付き合う気はないらしく、さっさと先へ行ってしまった。
土方と近藤と沖田がいて、自分は山崎と呼ばれている。そこまで来たところで、いったん考えるのをやめた。よく分からないものを全部つなげたところで、たぶんろくな答えにならない。
山野について大広間まで行き、襖が開いたところで、今度は別の意味で帰りたくなった。端から端までほとんど男で埋まっているうえ、全員が当たり前みたいに刀を持っている。
「おお、山崎! 遅かったな!」
正面にいた大きな男が豪快に笑った。
「今日はまた見事な女姿だな!」
たぶん近藤だ。
もう訂正するのも面倒だったので聞き流し、山野の隣へ行こうとしたところで、少し離れた場所にいた若い男と目が合った。
「よく似合ってますよ」
「ありがと」
普通に顔がいい。
ここへ来て初めて少し得した気がした直後、土方が「沖田、笑ってる暇があるなら支度を確認しろ」と声を飛ばした。
今のが沖田らしい。
反射的に袖を探し、それから帯へ手をやったところで、ようやく気づいた。
スマホがない。
「……最悪」
「どうしました?」
「何でもない」
写真撮りたかった。
近藤が姿勢を正すと、それまでざわついていた広間まで急に静かになった。
「局中法度!」
そこからは、大勢で何やら難しい言葉を復唱する時間になった。何を言っているのかはほとんど分からなかったが、周りがあまりにも真剣なので、うちも聞こえたところだけ何となく合わせておく。
そして最後に、近藤がひときわ大きな声を張り上げた。
「武士道は!」
「「「「「でゅーぷろせすと見つけたり!!」」」」」
「……何それ」
聞き間違いかと思ったが、周りを見ても誰一人笑っていなかった。
意味を聞く前に土方が立ち上がる。
「行くぞ!」
それを合図に男たちは刀を取り、鉢金を締め、羽織を掴み、あっという間に出動の支度を整えてしまった。
山野まで当然みたいな顔で刀を押しつけてくる。
「ねえ、今のでゅーぷろせすって何?」
「御用改めの心得です」
「それは聞いた」
どうやら、それ以上は教えてくれないらしい。
外へ出る頃には夕焼けもほとんど消え、隊はいくつかに分かれて京の町へ散っていった。山野も別の組へ行ってしまい、なぜかうちは近藤たちについていくことになる。
新撰組の人たちはやたら速かった。着物に草履、腰には刀まであるのに平気で歩き、必要ならそのまま走る。こっちは鞘が脚へ当たるたびに邪魔だと思うし、草履も歩きにくいのに、何軒かを回って中を確かめ、違えばまた次へ移るうちに、どこを歩いているのかも分からなくなってきた。
もう何軒目かも分からなくなった頃、一人の隊士が前から走ってきた。
「近藤先生! 池田屋です。二階で会合しています!」
池田屋なら、さすがに聞いたことがある。
近藤は「間違いないか」と確かめ、隊士が間違いないと答えた。それならすぐ飛び込むのかと思ったのに、誰も動かず、そのまま近くの暗がりへ移動した。
「……行かないの?」
「許可待ちだ」
なんか知らんけど待つっぽい。
向こうには池田屋が見えていた。せっかく教科書か何かで見たことのある場所へ来たのだから一枚くらい撮りたいと思い、袖へ手をやったところで、スマホがないことを思い出した。
「山崎、何やってる」
「何でもない」
仕方なく大人しく待っていると、別の隊士が息を切らしながら走ってきた。
「近藤先生! 奉行から許可が出ました!」
「よし!」
近藤はすぐに立ち上がり、池田屋へ向き直った。刀へ手をかけて鯉口を切り、低い声で言う。
「今宵の虎徹は、血に飢えている」
ついさっきまで暗がりで大人しく許可を待っていた人とは思えないくらい格好よくて、普通にちょっと感動した。
「行くぞ!」
近藤たちが一斉に動いたので、置いていかれるのも怖いうちは慌ててあとを追った。
池田屋へ踏み込んだ途端、それまで静かだった店の中が一気に騒がしくなった。
階段を駆け上がる足音に、下から聞こえる怒鳴り声まで重なる。先頭の近藤が二階へ踏み込み、勢いよく襖を開け放つと、中にいた男たちが一斉にこっちを見た。
次の瞬間には、何人もの手が刀へ伸びる。
「御用改めだ! 手向かいいたす者は、容赦なく斬り捨てる!」
近藤は虎徹の鯉口に親指をかけた。笑っているのに目だけはまるで笑っていなくて、ぞっとするくらい格好いい。
「無礼すまいぞ」
向こうの男たちも負けていなかった。次々と立ち上がって刀へ手をかけ、あちこちで鯉口を切る音がすると、さっきまでとは比べものにならないくらい空気がぴりついた。
次の瞬間には誰かが抜く。そう思った。
「――壬生浪」
志士の一人が近藤を睨んだまま言った。
「令状は?」
「ある!」
あるんだ。
近藤は刀から手を離し、懐から紙を取り出した。
志士の一人が受け取ると、近くにいた二人まで寄ってきて、普通に内容を読み始めた。
新撰組もその間はちゃんと待ってた。
「池田屋、一階及び二階」
「そうだ」
「日時も間違いないな」
「うむ」
志士は内容を確かめ終えると、「承知」と紙を返して元の場所へ戻った。
それを待っていたみたいに、新撰組も志士たちもまた刀へ手をかける。なのに、今度は誰も抜かない。
どうするのかと思って見ていたら、近藤が一歩前へ出て、そのまま目の前の男を蹴った。ものすごくきれいに腹へ入る。
「貴様!」
蹴られた男が怒って刀を抜いた。
「現認! 抜いたぞ!」
近藤が叫び、新撰組も一斉に刀を抜く。
「いや、蹴ったじゃん!」
うちの声は、刀がぶつかる音にきれいに消えた。
そのまま本当にチャンバラが始まった。
最初の一瞬だけ映画みたいだと思ったものの、実際の刀の音は映画よりずっと嫌だった。金属同士がぶつかる音は近すぎるし、怒鳴り声は大きい。人が階段を駆け上がり、障子が破れ、何かが倒れるたびに床まで震える。
うちは邪魔にならなそうな壁際へ寄った。腰に刀はあるけれど、抜いたところで敵より先に自分を斬りそうなので、触らない方が安全だった。
その前を若い隊士が駆け抜け、志士と何度か刀を合わせたあと、ふらりと身体を揺らした。
「藤堂!」
誰かが叫んだので見ると、額から血が流れていた。
「ちょ、大丈夫!?」
「まだやれます!」
「いや無理でしょ!」
本人はまだ戦う気らしいけれど、顔から血を流しながら言われても説得力がない。
うちだって今すぐ逃げたかったが、目の前の人をそのまま放っておくのも嫌だったので、腕を掴んで肩を貸した。
「ほら、こっち」
「本当に大丈夫です!」
「そのセリフ、血止まってから言って」
なるべく人の少なそうな方へ連れていこうとしたところで、今度は志士がこっちへ寄ってきた。それも一人ではなく、向こうで別の隊士と斬り合っていた男まで、うちを見た途端に進路を変える。
「え、なんで!? なんでこっち来んの!?」
藤堂を抱えているので、まともに逃げられない。
そこへ沖田が横から入り、近づいてきた男の刀を受けた。
「山崎さん、その髪じゃそうなりますよ」
「髪!?」
「暗いところで、すごく目立ってます」
「今言う!?」
原因が分かったところで、今から染め直せるわけでもない。
藤堂を近くの隊士へ預けたあとは、とにかく刀の少ない方へ逃げることにした。上から人が来れば下へ行き、下から来れば横へ曲がる。何度か同じところを通った気もするけれど、そんなことを確認している余裕はなかった。
池田屋の中が完全にごちゃごちゃになった頃、一階へ下りた志士の一人が障子の向こうを見て声を上げた。
「中庭へ出ろ!」
何人かの志士が一斉に走り、新撰組もそのあとを追った。
ところが、先頭の隊士は廊下の端まで来たところで急停止した。
「待て! 令状は中庭まで出てない!」
本当に止まった。
中庭へ逃げた志士たちは振り返り、「来られまい!」と少し嬉しそうにしている。
廊下には新撰組、中庭には志士。ついさっきまで本気で斬り合っていたのに、境目を一つ挟んだだけで、みんな急に動かなくなった。
だから何なの!この時間!!
近藤はしばらく中庭を見ていたが、やがて何か思いついたように笑った。
「何だ?」
「まもなく会津が来る。違う令状を持ってるかもしれんぞ!」
それを聞いた途端、中庭にいた志士たちが黙った。
互いの顔を見ながら何やら相談し始め、しばらくすると一人が舌打ちする。
「……戻るぞ!」
「戻るんだ!?」
で、本当に戻ってきた。
新撰組も一斉に刀を構え、そのまま斬り合いが再開した。
もう知らん。
しばらくすると、外からさらに大勢の隊士がなだれ込んできた。その先頭にいたのは土方で、近藤と何か短く話したあと、そのまま斬り合いの中へ入っていく。
これでこっちに構う暇もないだろうと思ったのに、すぐ見つかった。
「山崎! その髪、何とかしろ! さっきからお前だけすぐ分かるんだよ!」
「どうしろっての!」
「知らん! 何とかしろ!」
言うだけ言って行ってしまった。
だからといってどうにかできるわけもなく、壁際へ行けば邪魔だと怒られ、真ん中へ出れば目立つので、あとは誰の視界にも入りませんようにと願いながら逃げ回るしかなかった。
それでも時間が経つにつれ、刀の音は少しずつ減っていった。
最後まで暴れていた男が何人かに押さえ込まれ、ようやく池田屋が静かになる。
壁にもたれて息を吐き、自分の姿を見下ろした。髪はぐちゃぐちゃになり、着物もあちこち汚れている。昨日きれいに塗ったピンクのネイルまで一本欠けていて、それを見た瞬間、今日いちばん帰りたくなった。
近藤たちもさすがに疲れているようだったので、今度こそ終わったらしい。帰れるかどうかは分からないけれど、とりあえず刀が飛んでこないところで座りたい。
「よし、現場保存!」
土方の声が飛んだ。
さっきまで刀を振り回していた隊士たちが、急に足元を気にし始める。
「そこ踏むな! それに触るな!」
「足跡があります!」
「山崎、そのまま動くな!」
「はい」
もう逆らう元気もなかったので、言われた通りその場で止まった。
畳はめくれ、障子は破れ、棚まで倒れている。その真ん中を、ついさっきまで斬り合っていた男たちが、今度は足跡を避けながら真面目な顔で歩いていた。
近藤まで刀を納め、床に残った跡を踏まないよう妙に慎重にこっちへ来る。
「山崎」
近藤は周りを見回してから、ものすごく真面目な顔で言った。
「これが、でゅーぷろせすだ」
うちもつられて周りを見た。
破れた障子に倒れた棚、血のついた畳。その間を、証拠を踏まないよう慎重に歩いている新撰組。
「いや、絶対違うって」
ギャグです。
無茶苦茶なことをやっています。
全部わかってやっています。
何も言わないでください。
デュー・プロセス(due process)
国家が個人に刑罰や不利益処分を与える際、法律に基づいた適正な手続を行わなければならないとする法的原則です。




