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すみません投稿ミスで差し込みます!!

 リコリスが拐われた最初の日、皇帝は来なかった。

 手配された女官が衣装を持って現れ、湯浴みと召し替えを促される。宝石はともかく、皇城に到底ふさわしくない服を着ていたのが目についたようだった。


「あの、突然寝所に呼ばれたりしませんよね……?」

「皇帝陛下の御心のままでございます」


 それを聞いた途端リコリスの綺麗な顔がわかりやすく翳ったので、女官は流石に気の毒だと思ったのか、付け加えて言った。


「……ですが、リリス様にとっては突然のことでしたでしょうし、移動でお疲れでしょう。そのように報告をあげておきます」

「ありがとうございます……」


 いつどうなるかは不明だが、今夜の貞操の危機は免れたようだ。流石に緊張していたのでリコリスは深いため息をつきながら女官に礼を言った。


「あの、貴女のお名前を教えていただけますか」

「アンナと申します」

「アンナさん。湯浴みなのですが、できれば一人で入りたいのです……逃げたりしませんので」


 リコリスは「儚げ」という言葉が人の姿になったらこうなりそうだというわかりやすい風貌だし、実際無力である。アンナの手配で、扉の外に見張りを置くことにはなったが、一人での湯浴みが許された。そもそも持ち物の確認もされているし、危険物は置いていないのだろう。


 湯浴みを済ませ、豪奢な衣装を着つけられて部屋に戻ると、食事が供された。白いパンと、銀の小皿に控えめに盛られた黒い魚卵が並ぶ。湯気を立てるスープのあとから、焼いた鳥肉と川魚の身が一皿ずつ運ばれてくる。最後に注がれた赤い酒は、好まないので口をつけなかった。どれも商会で食べていたものよりずっと上等で、そして、一人で食べ切るには多すぎた。

 もとから少食で、ヴォルクに「もう少し食え」と幾度も皿を寄せられたものだった。あの口調で言われると、しかたなく口に運んだものだけれど。


「すみません……、その、おそらく食べきれません」

「っはい、料理場に明日から量の調整をするよう申し伝えます……!」


 給仕の女官は完食が難しいと申告したリコリスの顔を見て息を呑み、顔を赤らめて足早に出ていった。

 銀のカトラリーで食事を摂り終え暖炉の前に座った。この部屋には窓がなく外の天気はわからない。雪が降っているのか、晴れているのか。ヴォルクが何をしているのか。

 考えても仕方がなかった。


 二日目の夕方、皇帝が離宮へ来訪した。

 扉が開いて、衛兵二人を伴って入ってくる。リコリスは立ち上がって頭を下げた。アンナは壁に控えている。


「座っていろ。楽にせよ」


 皇帝は向かいの椅子に座り、しばらくリコリスを眺めていた。


「なぜ余の誘いを躱そうとした」

「……恐れ多いことでございますので」

「恐れなど感じていないだろう。お前の目にはそういうものが映らない」


 リコリスは黙った。


「時間はある。ここに籠めて置けば諦めもつくだろう。逃げるなど考えるな」


 皇帝はそれだけ言って帰っていった。


---


 同じ頃、ヴォルクは商会の裏部屋で宮廷の見取り図を広げていた。

 グリシャの伝手により手配された古い図面で、増築された部分は載っていない。だが衛兵の配置と交代の時間帯は、出入りする御用聞きから聞き出していた。離宮の位置も大まかにはわかっている。


「今すぐ行かないのか」


 グリシャが酒瓶を持ったまま訊いた。ヴォルクが何も飲んでいないのを見て、もう一つ杯を出す。


「まだ早い」

「殺されたらどうする」

「あの皇帝は美しいものを手に入れたいだけで、殺すつもりはない」


 ヴォルクは図面を畳んだ。グリシャの注いだ酒を一口だけ飲んで、杯を置いた。


「城で騒ぎが起こり始めたら、迎えに行く」

「……何の話だ」

「そのうちわかる」


 グリシャは首を傾げていたが、追及はしなかった。この一年で、ヴォルクが根拠もなく物を言う男ではないことは知っている。


---


 三日目から、皇帝は毎日リコリスの元を訪れるようになった。

 最初は話をするだけだった。リコリスの出自を訊き、好きな食べ物を訊き、宝石の話を訊いた。リコリスは当たり障りのない受け答えをしただけだが、皇帝は満足そうに聞いていた。


「お前は余に興味がなさそうだな」

「そんなことは。陛下のお話は興味深くございます」

「嘘が下手だ」


 皇帝が鼻で笑った。

 この男は自分の対応を不快に思わないのだとリコリスは気づいた。関心のなさすら気に入られている。面白い男だと思われてしまったのだろう。


 四日目、皇帝が銀色の房を指に巻いた。


「絹のようだな」


 さらりとした髪が指の間を滑り落ちるのを見ながらそう呟いた皇帝に、ヴォルクと同じことを言う、とリコリスは思った。だがヴォルクには、銀の絹を自分だけのものにして、所有したいという熱を感じない。違うところを確認して安心していた。

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