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宮廷は雪の国で随一の、最も暖かい場所だ。
天井に金箔が張られた広間には暖炉が三面に並び、毛皮の敷かれた玉座に皇帝が座っていた。年は四十ほどだろうか。痩せた顔に、鋭い目をしている。
リコリスとヴォルクは広間の中央で膝をついた。
「顔を見せよ」
皇帝の声は静かだが、拒否を許す調子ではなかった。
言われた通り、リコリスは人前で着け続けてきたフェイスヴェールを外した。銀色の髪が広間の灯りを受けて白く光る。その淡麗な容姿が晒される。
皇帝の目がリコリスの銀の姿に吸い付いた。髪に、瞳に、するりとした鼻に、桜桃のような唇に、視線が張りついて離れない。
「噂以上だな」
まじまじとリコリスを見た後、皇帝は玉座から身を乗り出した。
「名は」
「リリスと申します」
リコリスが鑑定士として使っている通り名を応えた。
「余に仕えよ。鑑定士としてではなく、余に侍れ」
広間が静まり返った。
ヴォルクの気配がリコリスにだけわかる程度に膨れている。
リコリスは慎重に口をひらく。王家、皇族、それに属するものの前で、対応を一歩間違えば首が刎ねられる。
「恐れながら……恩のある商会にて務めがございます」
普段の対応よりも殊更柔らかさを意識するが、皇帝は一笑に付した。
「商会などどうとでもなる。余に仕える栄光を与えると言っているのだ。商会には御用商人の看板を与え、便宜を図ればそれでよかろう」
「なんとありがたいお話ではございますが、この身には過ぎた光栄でございます。平にご容赦を」
「余の言葉が聞こえぬか」
皇帝の声が低くなった。
リコリスは懐柔の方向性を変える。
精一杯世を儚む悲しそうな顔をして、頭を下げた。
「心と、身の回りを整えるお時間をいただけないでしょうか。皇帝である貴方様へ仕える栄誉と引き換えにする、現世に未練があるのです。それに……」
「何が其方を留まらせる? 申してみよ」
皇帝は焦れたように言った。
「……本当のわたくしをお知りになったら、きっと離れておいきになる。それが途轍もなく……怖いのです」
物憂げな表情でリコリスがそう零したのを見て、皇帝は唾を飲み込み、喉が鳴った。どう、この男をそばに置くか。その算段をつけている表情をしている。
「どうか時間を、お願いいたします」
「……長くは許さぬ。せいぜい十日だ」
皇帝が手を振り、その場はそれで退がった。ヴォルクは結局発言を許されず、一言も発することはなかった。
帰り道、雪の中を歩きながらヴォルクが言った。
「逃げるか」
「まだ大丈夫。時間を稼いだし。……煽っちゃったけど」
「あの目は待つ気がない」
「わかってる」
リコリスはマスクをつけ直した。ヴェールではなく、いつもの皮膚病と偽るための日常遣いのマスクだ。
宮廷の華やかさが嘘のように、吐く息が白い。
「でも、ここでの暮らしが好きだから……、少しでも遅らせたい」
その三日後の夜、リコリスは宮廷の武官に連れ去られた。
商会に作られた鑑定部屋へ踏み込まれたときヴォルクは別の現場にいた。グリシャが「十日の猶予をいただいたはず」と言って止めようとしたが、皇帝の勅命を掲げられてはどうにもならなかった。
馬車に放り込まれたリコリスは抵抗しなかった。抵抗すれば縄か鎖を使われそうだったので。
宮廷の奥、離宮と思われる建物の、窓のない部屋に通された。暖炉だけは焚かれていて暖かかった。皇帝の「客人」としての扱いだが、扉には鍵がかかっている。
リコリスは壁に背を預けて座り、深く息を吐いた。
窓のない部屋は、実家の離れと似ている。
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ヴォルクが知らせを受けたのはリコリスが拐われた直後だった。
普段は落ち着いているグリシャが珍しく慌てふためいて、仕事終わりのヴォルクがいた酒場に入ってきて伝令したのである。
「いまさっき、鑑定士が連れて行かれた。宮廷の武官だ」
ヴォルクはそれを聞いて剣呑な目つきで杯を置いた。
「勅命だと言われ、止められなかった。すまん」
「場所はわかるか」
「皇城の奥だろう。だが、相手は皇帝だ。しばらく様子を見た方がいい」
そう言われたヴォルクは瞬間考え、立ち上がった。
「すぐに殴り込みはしないが、見取り図が必要だ」
グリシャは何か言いかけたが、ヴォルクの光のない目を見て口を閉じた。




