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今日は最初のパーティーで真っ先に声をかけてきた侯爵夫人との商談である。
会話をしてから数日と置かず商会へ招待が届き、以来リコリスとヴォルクは月に一度この侯爵邸で宝石や毛皮を見立てている。今回で四度目の訪問だった。通い慣れてきた応接間でリコリスは石を並べる。暖炉の薪がよく爆ぜる、天井の高い部屋だ。
伯爵家の令嬢が亡くなってひと月ほどが経っていた。
「次の夜会にはどれがよろしいかしら」
「お召し物が濃い色でしたら、こちらのガーネットを。映るものによって表情を変える、よい石なのです」
このように、とリコリスが宝石を示す。窓の外の雪明かりにかざせば穏やかに煌めき、暖炉の火を映すとまるで石の中に炎が点ったかのように揺らめいた。
「まあ、素敵ね。暖かい灯を身に纏えるというのは。まだまだ寒いから」
それを見た夫人が、ころころと笑って侍女たちを振り返る。この家との商談の雰囲気はとにかく明るく、さっぱりしていた。見立てた石をその場で決めて、値切りもしない。ヴォルクが斜め後ろで取引の紙面を進めている。そのあいだに夫人はリコリスへ茶を勧め、社交の噂話まで一つ二つ語って聞かせた。それからふと、声を低くした。
「そういえば、伯爵家の馬車の事故のこと……お聞きになって?」
「ええ。……何度か、お会いした方でした」
「若いのに気の毒なこと。慣れてはいるけれど冬はやはり怖いわ。うちでも出かける前には炭の確認を欠かさないよう言いつけたの」
リコリスは目を伏せて頷いた。伯爵家の次女の耳元で揺れていたルビーは、自分の見立てた石だった。
「いやだわ、湿っぽいお話はおしまい。ね、それより残りの石も見せてちょうだい」
夫人が手を打って、卓の上の商談に戻った。
扉が叩かれたのは、商談がほとんど終わった頃だった。
「母上、お客様でしたか。失礼いたしました」
線の細い青年が入ってきて、部屋の客に気づいて足を止めた。夫人の息子で、初めて邸を訪れた日に引き合わされている。宮廷に出仕しておりますと、はにかみながら挨拶をしてくれた青年だ。襟元に祖父の形見だという小さな青い石が光っている。
はじめての訪問の日、夫人に促されて鑑定を行ったところ古い研磨で、小さな傷はあるが磨き直さないほうがいい類のものだった。このままお使いになるのがよろしいと伝えると、大事そうに襟元へ戻していたのを覚えている。
ぎこちない一礼と赤い耳は何度会っても変わらない。おとなしく控えめな青年である。
「リリスさん。……ようこそ」
「ご無沙汰しております。お変わりないでしょうか」
リコリスが会釈を返すと、青年はもう一度、深く頭を下げた。
「この子ったら社交が苦手で。宮廷勤めだというのに口下手ですのよ」
「母上……」
たしなめる声は小さい。夫人は構わず息子の袖を引いて隣に座らせた。青年は商談に口を挟むことなく、母親の隣で静かに茶を飲んでいた。
帰り際、玄関まで見送りに出てきたのは青年のほうだった。雪の積もった車寄せで、馬車の支度が整うのを待つ間に、思い切ったように口をひらく。
「あの……宮廷には、いろいろな方がいらっしゃいます。その、どうか、お気をつけて」
言ってしまってから出過ぎたことだと思ったのか、目を伏せた。リコリスは丁寧に礼を返した。
「ご親切に、ありがとうございます」
馬車が動き出す。窓の外で、青年はまだこちらを見送っていた。
「宮廷で何か噂になっているのかな……」
「調べさせるか」
ヴォルクの返事は短く、雪が窓をかすめて流れていく。座席に深く座り直して、リコリスは小さく息を吐いた。伯爵家の次女の『事故』を人伝に聞くと、お前のせいだと言われるようで気が塞ぐ。
実際にそうなのかもしれない。単なる事故だと割り切ることはもうできなかった。
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数日後の夜、ヴォルクは商会の酒場で御用聞きの男と向かい合っていた。宮廷に菓子や蝋燭を納めている小男で、銀貨を握らせると口が軽くなる。
「例の「麗しの鑑定士」の噂なら、とっくに奥へ届いてまさあ。女官がたが面白がって、話の種にしてるって話で」
「奥とはどこまでだ」
「さあて、そこまでは。ただ、陛下は美しいものに目がないお方ですぜ。珍しい石でも絵でも、聞きつけたら手元へ集めずにいられないと専らの評判で。人も、例外じゃあねえ」
小男は杯を干して、上機嫌で帰っていった。
ヴォルクは残った酒に目を落とした。貴族相手の営業を始めた時から、噂が城へ届くのは時間の問題だと踏んでいた。読みより速い。
「険しい顔だな。何かあったか」
グリシャが隣に座った。
「いや。南へ下る道は冬の間も使えるのか」
「主要な街道なら橇が通る。金さえ積めばどうとでもなるが、なんだ、商売の話か」
「そのうちな」
ヴォルクは酒をあおった。窓の外では、雪がまだ降り続いている。
それから一ヶ月後、商会に勅命が下った。
商会お抱えの「麗しの鑑定士」を連れて参内せよ。
「皇帝陛下じきじきのお召しだ。断れん」
グリシャが渋い顔をした。
ヴォルクは黙ってリコリスを見た。リコリスは諦めたように頷く。
「……行くしかないね」




