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暖炉の熱気が頬に当たった。リコリスがヴォルクと並んで広間に入った瞬間、周囲の会話が途切れた。
銀色の髪と宝石をまとった姿、淡い睫毛が縁取る透きとおった瞳。ヴェール越しでもはっきりとわかるリコリスの白皙の美貌に視線が吸い寄せられ、束の間とらわれたように動けなくなる群衆。かつて、遠ざけられる前の社交場で何度も見てきた光景だ。
「なんと、美しい……」
男性が呟いたのを皮切りに、その場がざわめきはじめる。
「商会の方? お見かけしたことがないわ」
「鑑定士らしい。噂の……」
その声を受けながら、給仕からシャンパングラスを受け取った。ヴォルクと共に乾杯を待つ。
そぞろな雰囲気のまま軽いスピーチと乾杯が行われ、社交が始まった。
社交場で人に声をかける順番は基本的に身分の高い者が優先される。おそらくこの場で身分が最も高いだろう侯爵夫人に声をかけられ、規格外の美しさを美辞麗句を尽くして褒められ、誰何された。
リコリスは目元を緩め、穏やかに会釈して鑑定士としての名前から口にした。
「リリスと申します。一介の商会の鑑定士でございます。ここにいらっしゃる方々の輝きには到底敵いません」
「あらあら、ご謙遜を。それにしては所作がずいぶんお上手ね。どちらのお家のご出身?」
「田舎の小さな家でございます」
嘘ではなかった。もう存在しない家だが。
夫人がリコリスの首元のサファイアに目を留めた。
「深い紺にサファイアの一粒。それにそのヴェール。ミステリアスな貴方に似合いのお見立てね。ご自分でお選びに?」
「鑑定をしたのは私ですが、選んだのはこちらの者です」
斜め後ろに控えていたヴォルクを示してそう言った。それを受けたヴォルクが口を開く。
「僭越ながらわたくしめが選ばせていただきました。当商会の取り扱いの品でございます」
リコリスのあまりの顔面に霞んでいたが、ヴォルクも上背があり雄々しく十分麗しいとされる見目である。その深い声に女性たちの口からため息が漏れた。
「まあ。こちらの方も素敵。一見していいものとわかる宝石たちだわ。商会の方は感覚が磨かれていらっしゃるのね」
ころころと笑って夫人がそう言うと、周りの女性たちも「素敵ね」「あの石、わたくしも欲しいわ」と囀りだす。
「我が家にも今度いらして。息子になにか仕立てたいの。鑑定士の方とご一緒にね」
「誠にありがたいお話でございます」
ヴォルクが演技がかった調子で恭しく頭を下げるのに合わせて、リコリスも夫人と目を合わせて微笑んだ。
その翌日から、リコリスは何度か貴族の家での商談へ呼ばれるようになった。ヴォルクが隣に立ち、リコリスが宝石や毛皮を見立て、貴族たちは似合いとされたものを購入し、アクセサリーや上着として加工し競うように身を飾った。
ヴォルクの計算通り、商品の品薄と鑑定士の美貌の希少性を理由に値は釣り上がり、商会の売上は目に見えて上がった。ボスもご満悦だ。
同時に、「商会の麗しい鑑定士」という名前が、リコリスの知らない場所にまで届き始めていた。
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とある伯爵家への三度目の訪問の際、侍女を連れた令嬢がリコリスに直接声をかけてきた。これまでにも石を勧めたことがあり、喜び勇んで購入していた。金の巻き毛に蒼い目の貴族然とした令嬢の耳には、アクセサリーに加工したルビーが輝いている。
「鑑定士さん。少しお話してもよろしいかしら?」
「もちろんです」
リコリスはヴェールの下で微笑んだ。初めてのパーティーから、対外的なやりとりの時は必ず顔を覆っている。表向きには、顔の皮膚が弱く晒せない、という説明をしていた。美貌を守るためのヴェールだと納得されると同時に、隠されたものを暴きたいという貴族も多い。
しかし、今回の視線はリコリスの顔にではなく、少し離れた場所で壁に背を預けているヴォルクに向いていた。
「あなたも美しいのだけれど……それより、ヴォルク様のお好みをご存じない? あの方とお近づきになりたいの」
直球の問いかけにリコリスは一瞬まばたいて、それから穏やかに答えた。
「個人情報ですので……」
「つれないわねえ。少しだけ。どんなお花が好きとか、お酒の銘柄とか」
「お力になれず申し訳ございません。仕事仲間ではございますが、そういったことは存じ上げず」
娘はぷっと頬を膨らませた。恋する乙女は不満そうである。
「貴方はあの方とどの程度のお付き合いなのかしら」
「実家は同じ地域でございました。しかし、仕事を共にするようになったのはこの一年と少しのことでして」
実際には幼少のみぎりからそばにいる十数年来の幼馴染であり、人や物の好みも知っているのだが、建前として使っている文章を口にした。
リコリスは鑑定士として働き始めた頃から商会と業務委託契約を結んでいる。そして、貴族の家を訪うからには身分か、それを保証する者が必要だった。実家の領地を追い出されたという経緯を鑑みて、商会の幹部のうち貴族の者の家が身分を保証するという形をとっていた。
貴族への営業をしてきたこの数ヶ月。単なる貴族の家の次男の頃よりも、嘘にならない言葉の選び方、言い募られた時の躱し方が洗練されてきた。慣れってすごい、とリコリスは思う。
何しろ以前は遠ざけられるばかりであったのと、唯一そばにいたヴォルクは長く話す質ではなく会話もぽつぽつとしたものばかりで、最低限以上の話術が育ちようもなかったのだ。
「では、次にいらっしゃるまでに聞き出して、こっそり教えてくださらない? そうしたら、そうね……あなたの首元に輝いている大きな石を買うわ」
娘が首を飾る宝石に手を伸ばす。貴族の娘が異性の肌に触れるのは御法度なので、あくまでアクセサリーに触れられただけだが、距離は近い。
兄に首を絞められたかつての記憶が蘇り、躱すべきだとわかっているのに緊張で身体が強張る。
「……聞き出せるかどうかはわかりませんが、お嬢様のために努力いたします」
ヴェールがあってよかった。なんとか微笑み、そうリコリスが絞り出したときには、ヴォルクの気配が背後にあった。
「帰る時間だ」
「あら、もうおかえりになってしまうの」
娘がヴォルクを見上げた。頬が赤い。ヴォルクは娘を一瞥して、リコリスの方を向いて言った。
「生憎と、次の予定がありまして」
「それは残念。次のご訪問を楽しみにしているわね」
「ええ。是非また」
リコリスは丁寧に頭を下げた。娘は嬉しそうに手を振った。
次が来ることはなかった。
娘が翌週、凍えて死んだのだ。パーティーの帰り道、馬車の暖房が故障し、気づいた御者が扉を開けたときには冷たくなっていたという。




