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毛皮商はその後も足繁く商会に通った。鑑定の依頼が急に増えた。品の質はまちまちで、明らかに数を揃えるために無理をしている。用件のない面会はヴォルクが断っていたから、男は品物を持ち込むことでしかリコリスの前に座る口実を作れなかった。
鑑定の最中に男が口を開くようになったのは、三度目あたりからだった。
「ご出身はどちらですか」
「隣国です」
リコリスは毛皮の裏地を返しながらあらかじめ準備していた嘘を答えた。それ以上のことは訊かれても明かせることがない。
「失礼ですが、どうしてこのような場所に。あなたのような方がいるところではない」
「選んだ仕事で、やり甲斐がございます」
「私の店で働きませんか。もっとふさわしい環境を用意できます」
リコリスは手を止めずに「ありがたいお話ですが、ここでの仕事を気に入っておりますので」と返した。断りの定型句だった。男は引き下がったが、次の鑑定でまた同じことを言った。言い方は毎回少しずつ丁寧になり、声は毎回少しずつ熱を帯びていった。
リコリスは知っていた。この熱がどこに行き着くのかを。
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三ヶ月もしないうちに、男の商売が傾いた。
倉庫が火事で焼け、取引先に偽物を掴まされ、借金に追われて姿を消したそうだ。
商会の経営する酒場で、ヴォルクは酒を飲みながらその報告を聞いていた。リコリスはいつも通り、借りている部屋で留守番をさせている。
「厄介だが、いい客だったのにな」
グリシャが杯を傾けながら舌打ちした。酒場のカウンターに並ぶ組織の人間たちも惜しそうにしている。大口だったのは確かだ。
「ところで、あの客が入れ込んでいた鑑定士は連れてこないのか。綺麗だと聞いたが」
隣の席の男が酔った声で言った。
「人見知りでな」
ヴォルクはいつもの返事をして酒をあおった。酒精の影響をほとんど受けない体質なので、こういう場面では便利だ。その場にいる者たちはその言い方で引き下がる。それ以上訊くなという空気があった。
ヴォルクはリコリスが顔を出すことで何が起きるかを知っている。あの毛皮商も、リコリスに惚れ込み、足繁く通って話しかけ、手を握ろうとしなければまだ商売を続けていられただろう。
ヴォルクはこの地で、できるだけ長くリコリスに落ち着いた生活を送らせたかった。
それまでのリコリスの人生は波乱に満ちており、関わり合った人間はことごとく破滅し、国王から民衆に至るまで、祖国のほぼ全員から死を願われた。
共に逃げてこの国へ移動するときも、スピードを優先し、ほぼ休みのない過酷な旅路を辿ることになった。ヴォルクの合理的な優先順位の判断でそうしたのだが、鍛えているこの身とは異なり、リコリスは移動の連続する日々を送るうちに消耗していった。
リコリスの精神と身体を回復させることは、移動を急ぐことの次の優先順位に据えてあった。なので、この一年は休養を徹底させていたのである。
これまでに起きたことを鑑みるに、「関わる人間を制限すれば少なくとも被害を遅らせることができる」という読みをしていた。当たっていたようだ。
「そういえば、上から貴族のパーティーに出席しろとの話が来ている。まあ、営業だな」
グリシャが杯を卓に置いて思い出したように言った。
「鑑定士も連れてこいとの名指しだ。あの毛皮商の件で噂が貴族の耳に届いたらしい」
「外に出さないと言ったはずだが?」
「三ヶ月前に聞いた。俺ではなくボスの意向だ。断れんぞ」
酒場の喧騒の中で、ヴォルクはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。
「……マスクはつけさせる」
「パーティーでマスクか?」
「宝石で飾らせる。あの美貌の価値をさらに釣り上げる」
獰猛な笑みを浮かべてそう言った。
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パーティーの夜、リコリスは鏡の前に立っていた。
ヴォルクが用意した衣装は深い紺色の上等な仕立てで、首元にはサファイアの一粒だけが銀の細い鎖で下がっている。石はひとつ。衣装の色に合わせて選んだのだろう。それだけで十分だとヴォルクは判断したらしい。商会の扱っている商品だった。
「宣伝だ。身につけろ」
マスクの代わりに、薄い金鎖と小さな宝石を編み込んだフェイスヴェールが用意されていた。鼻から下を覆う踊り子のそれに似た造りだが最高級の絹を惜しみなく使った逸品で、動くたびにしゃらしゃらと音が鳴る。隠しながらも飾って見せる方に方針を変えたのだ。
「……これ?」
「顔は半分隠れるが瞳と髪は見える。そのほうが想像力を掻き立てる」
行くぞ、とヴォルクが言うのに頷いて、パーティー会場へ向かった。




