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この国に来てから一年が経った。窓の外は吹雪いている。
リコリスは窓際の机で、布に包まれた宝石を一つずつ光にかざしていた。ルビーが三つ、サファイアが五つ、エメラルドが一つ。昨夜ヴォルクが持ち帰ったものだが、詳細は聞かされないし、出所は訊かないことにしている。そのほうがいいと最初の月で覚えた。
ルビーの一つに研磨の癖があった。刃の当て方に南方の工房の特徴が出ている。正規の流通には乗っていないが、上物には違いない。こういうものの値踏みをするのがリコリスに与えられた役割だった。
廊下を重い足音が来て、戸が開いた。ヴォルクが外套に雪をかぶったまま入ってくる。
「寒い」
「おかえり。外套、払ってから入って」
聞こえなかったように隣へ腰を下ろし、外套から溶けかけの白いものがリコリスの髪にぱらぱら落ちた。
「……ヴォル、濡れる」
返事の代わりにヴォルクは机の上に目をやった。
「どうだ」
「ルビーは二つが上物で、一つは傷の処理が甘いから値を落とす。サファイアは全部使える。エメラルドはきれいだけど、たぶん呪物。持ち主が続けて不審死してる類の。勘だけど」
ヴォルクが薄く笑った。
「お前が言うと洒落にならない」
「……だよね」
悪意なく事実を口にされ、リコリスはエメラルドを布の上に戻した。
国境を越えたあの夜からいくつかの町を通り過ぎ、足がつかないよう馬を調達し、北へ向かった。たどり着いたのは隣国を超えた先の『雪の国』だ。
この国の人間は色素が薄く、元いた国よりはリコリスの外見が目立たないだろうという判断だった。ただ、その美貌は国が変われど目立つものであったので、仕方なく外出するときは皮膚病を患ったことにしてフードを被り、マスクをつけていた。
ヴォルクはこの国に着いて三日目、酒場の喧嘩に割ってはいって場を納め、腕を見込まれて商会の用心棒にスカウトされた。商会というのは表向きだけで、実態は毛皮と宝石の密売を仕切る組織だ。第二王子の身分でありながら、昔から市井に下りてそういう場所にするりと入り込むのを得意としている。今回はこの一年で用心棒から幹部の片腕までになっていた。
リコリスは当初ヴォルクが借りた部屋でひっそりと過ごしていた。故郷で起きたことを考えると、できるだけ人目を避けた方がいいと思ったのだ。
鑑定の仕事は、ヴォルクが商会経由で持ち込んだ品に混ざっていた偽物を見抜いて以来、継続的に依頼されている。リコリスは人前には出ず、部屋で品を見て値をつけ、ヴォルクに伝えるのが最近の日課である。
「明日商会に客が来る。同席しろ」
ヴォルクがようやく脱いだ外套を壁の突起にかけながらそう言った。
「鑑定人の顔を見ないと信用できないそうだ」
リコリスは手を止め瞬いた。商談に顔を出すのは初めてのことだ。ついにこの時が来たかと思いつつ、ヴォルクがそう言うのなら、顔を晒したほうがまだマシな相手なのだろう。
「わかった」
「いつも通りでいい」
ヴォルクはそれだけ言って、窓の外に目をやった。雪が降り続けている。この国の冬は長い。
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翌日の昼、リコリスは商会の応接間にいた。マスクは外してある。一年ぶりに人前で素顔を晒しているので落ち着かない。
幹部のグリシャが上座に座り、ヴォルクはその横に立っている。リコリスは末席だった。商会の大口の取引先が来るらしく、グリシャの機嫌はよかった。
「いい鑑定をしてみせろ。あの男は目が肥えている」
グリシャがリコリスに言った。ヴォルクは黙っている。
扉が開いて取引先が入ってきた。中年の毛皮商で、分厚い外套の下に上等な仕立ての服を着ている。商会との付き合いは長いとグリシャから聞いていた。
男がリコリスを見て、歩みが一瞬止まった。
その反応をリコリスは知っていた。故郷で何度も見た。視線が銀色のさらりとした絹の髪、次にマスクをしていない顔へと移り、それから動けなくなる。
「こちらが我が商会の鑑定士です」
グリシャの声で男は我に返り、席についた。
リコリスは商品を広げた。毛皮が五枚、台の上に並ぶ。一枚ずつ手で撫で、毛並みの流れを確かめ、裏地を返して鞣しの状態を見た。
「銀狐は上物です。黒貂は左肩に虫食いの跡が一箇所、修復は可能ですが値は二割ほど落ちます。白貂はやや保管が甘かったようで、毛先に変色が出始めています。山猫の二枚は問題ありません」
鑑定の間、男の目は毛皮ではなくリコリスに向いていた。
「……素晴らしい目利きだ」
声が柔らかくなっていた。グリシャに向かって言っている体裁だったが、視線はリコリスから離れない。
「是非次も、この方に鑑定をお願いしたい」
グリシャが満足そうに頷いた。
取引先が帰った後、グリシャが笑った。
「驚いたな。がめつい男だっていうのに値引き交渉を忘れて帰った。あの見目は商売になるぞ」
「あまり出さない方がいい」
ヴォルクが短く言った。
「なぜだ。使えるだろう」
「使いすぎると価値が落ちるし、壊れる」
グリシャはヴォルクの言い方が気に入らなかったようだったが、右腕の進言を無視するほどでもなく、渋々引き下がった。
帰り道、リコリスは再びマスクをつけた。雪の中を二人で歩く。
「あの客のひと」
「お前の顔を見に来るだろうな」
「……ごめん」
「何が」
「きっとまた始まる」
ヴォルクは足を止めなかった。
「そうなったらその時だ」
雪が二人の足跡を静かに埋めていく。マスクの下でリコリスは唇を噛んだ。
この国での暮らしは穏やかで、嫌いではなかった。窓の外の白い景色も、宝石を光にかざす時間も、ヴォルクが雪をかぶったまま帰ってくる夜も。
けれどもう知っている。穏やかな日々が、長くは続かないということを。




