5 想い人の正体
探しているものが、遠くにあるとは限らない。
むしろ、あまりに近すぎて、
見えていないだけのこともある。
答えは、思いがけない場所にあった。
しばらくの沈黙の後、鏡之介がぽつりと言った。
「二人とも、兄さん思いなんだな」
「そうですね。わたしはひとりっ子なので、ちょっとうらやましいです」
すると、鏡之介が片眉を上げた。
「誠太郎は弟とは思えねえのか? 『ねえさま』って言って、懐いているように見えるが」
水絵はすぐには答えられなかった。異母弟・誠太郎に対する気持ちは、自分でもよく分からない。
「『ねえさま』と呼ばれるのは嫌じゃありません。ちょっとくすぐったいですけど。新吉や礼次とは違う『情』のようなものも感じます。でも、一緒に育ったわけじゃないので……」
「まあ……そうなのかもしれねえな」
「鏡之介さん、ご兄弟は?」
話の流れで訊いてしまってから「しまった!」と思った。初対面の時「ご家族は?」と訊いて「そんな贅沢なものは持ってない」という答えが返ってきた。
あの時は、人をもの扱いする言い方が気に障ったが、そういう意味ではなかったのだろうと、今では思う。鏡之介にとって家族は「贅沢」と言えるほど大切で、でも今は手に入らないものなのかもしれない。
「あ、いえ、別に……」
答えなくていいです、と水絵が言う前に、鏡之介はふっと微笑んで言った。
「兄と妹がいる。俺に似ず、立派な兄と、賢い妹だ」
「……そうなんですか」
訊きたいことはたくさんあった。「今、どちらにいらっしゃるのですか?」「最後に会ったのは、いつ?」「何をなさっている方なのですか?」けれど、なにひとつ聞くことはできない。それくらい、鏡之介の微笑は、悲しげだった。
黙っていると、鏡之介は不意に口調を変えて言った。
「とにかく、信之助さんの想い人を探さねえと、埒は明かねえな」
「そうですけど……花吉さんと月之丞さんじゃ、考えてることが違いますよね?」
月之丞は、想い人を探しだし信之助との縁を結びたいと考えている。だが、花吉のほうは、「花菱屋」との縁談を進めたい気持ちがある。
「目当てが違っていても、やることは一緒だ。見つけた後どうするかは、二人じゃなくて、信之助さんが決めることだろ。とにかく水絵は……」
「長屋で聞き込みですね」
鏡之介にみなまで言わせず、水絵は続けた。
「それで、鏡之介さんは?」
「俺は、ちっと調べてみたいことがある。とりあえず、続きは明日だ」
鏡之介の「調べてみたいこと」がなんなのか気になったが、訊いても答えてはくれないだろう。水絵はそれ以上は訊かず、
「じゃあ、私は帰ります」
と、眞性寺を後にした。
信之助が水絵の住む長屋に来る目当ては、思いのほか簡単に分かってしまった。
水絵がそれを報告したのは、翌日、寺子たちが帰った後のことだった。
「信之助さん、確かにうちの長屋にしょっちゅう来ていたようですけど、想い人とは関わりはなかったです」
すると、鏡之介が眉をひそめる。その顔には「ちゃんと調べたのか?」と書いてある。
水絵はちょっとむっとして、言葉を続けた。
「仕立物を頼みに来ていただけですよ。わたしが寺子屋にいる時に来ていたので、会ったことはなかったんですけど、おっかさんに仕立てを頼んでいたんです。もう三枚も仕立てたって、おっかさんが言ってました」
昨日、帰ってすぐ、まず母に聞いてみたら、それで事が済んでしまったというわけだ。
「最初に仕立てを頼みに来たのはいつのことだ?」
なんでそんなことを訊くのだろうと思いながら、水絵はいきさつを話した。
最初に、信之助が長屋を訪れたのは、初春の芝居の後。二月頃だという。
「多分、花吉さんの様子を見に来たんでしょうね。でも会うのはためらわれたらしくて、長屋をうろうろしている時に、着物をどこかに引っかけてかぎ裂きが出来てしまったんだそうです。たまたま、おっかさんがそれを目にして、繕ってあげたのがきっかけで……」
「その後、仕立てを頼みに来た?」
「はい」
「今は五月……三か月で三枚……ちっと、多くねえか?」
確かに、多いかもしれないが――。
「でも、あれだけ大きな料理屋の若旦那なんですから……」
言いながら、違うな……と水絵は思った。客の前に出るから、上品なものを身につけるだろうが、だからといってそんなに頻繁に新調するのはおかしい。鏡之介に図星を指されて、気づいていながら目をつぶっていたことを思い知らされる。
「だいいち、月之丞さんが言っていただろう。信之助さんには商いの才がある。無駄遣いは嫌うはずだ。それなのに、そんなにしょっちゅう仕立てを頼むのは……」
「……目当ては、仕立てじゃない……」
水絵は唇をかんだ。分かっていたけど、分かりたくなかったことだ。そんな水絵に、鏡之介は追い打ちをかける。
「水絵が寺子屋にいる時を狙って来ているんだから、目当てはおめえじゃねえ」
「でも、おっかさんには……十七歳になる娘がいるんですよ?」
そんなつもりはないのに、なんだか涙が出てきそうな気がする。
鏡之介は、少しだけ気の毒そうな表情を見せて、だが、きっぱりと言った。
「志津さんは、いくつだ?」
「……三十三歳です」
「信之助さんは三十二歳。一つしか違わねえ……そして、志津さんは、今は独り身、その上、なかなかの器量よしだ」
答えには辿り着いた。
だが、それをどう受け止めるかは、まだ別の話だ。
見えてしまったものから、目を逸らすことはできない。




