4 二つの願い、ひとつの相手
同じ相手を探していても、理由が同じとは限らない。
ある者は真実を知るために。
ある者は未来を守るために。
重なった依頼は、やがて違いを浮かび上がらせる。
「おいおい。そりゃあ……」
と言う鏡之介の言葉を遮ったのは水絵だ。
「なんですか、それ! 喜代彦さんには、駆け落ちまでしたお咲さんがいるじゃありませんか! 駆け落ちから半年くらいしか経ってないのに、色恋沙汰なんて、お咲さんがかわいそうです!!」
水絵の強い口調に、鏡之介も月之丞も圧倒されていたが、言わずにはいられなかった。
独り身の信之助ならともかく、お咲という妻がいる喜代彦の色恋沙汰は許せない。
すると、月之丞が慌てて、言い募った。
「違います! 兄の色恋沙汰じゃありません! いえ、困っているのは兄なんですが、色恋沙汰は、『浅葱屋』の若旦那さんのほうなんです」
いつものはんなりとした口調ではない早口の言い訳に、月之丞ではなく「月影」の顔が見える。
言われた意味は分かったが、一度かっとなってしまった頭は、簡単には冷めてくれない。困っていると、鏡之介が間に入ってくれた。
「水絵も早とちりだが、月之丞さんも、もうちっとわかりやすく話してほしかったな。俺も、喜代彦さんの色恋沙汰だと思っちまったからな」
「……そうですね、すみません。困り果てていたもので、焦ってしまいました」
月之丞が、ぺこりと頭を下げる。月之丞らしい、おっとりとした口調に戻っていた。
「それで、若旦那がどうしたって?」
鏡之介が促すと、月之丞が少しためらった後、口を開いた。
「実は、若旦那さんに縁談が持ち上がっていまして……」
「ああ、それなら……」
花吉さんから聞いてます、と言いかけた水絵を、鏡之介が目顔で止めた。水絵は、はっとして口を閉じた。花吉から口止めされたわけではないが、ここは知らないふりをしておいたほうがいいだろう。
月之丞は、若旦那――信之助の縁談について話してくれたが、内容は花吉から聞いたものと寸分違わなかった。信之助には想い人がいるが、その名を明かさないというところまで、同じだ。
「そこまでは分かった。けど、どうしてそれが、喜代彦さんの困ったことになるんだ?」
「兄は、この縁談、なんとしても壊さなきゃならないと言ってます。若旦那さんがいなければ、『浅葱屋』は立ちゆかないと」
それを聞いて、水絵は首をかしげた。
「あら、だって、喜代彦さんの板前としての腕は上がってるんでしょう? 番付も小結の上位まで上がったって聞きましたけど?」
その言葉に苦笑したのは、鏡之介だった。
「料理屋の繁盛に要るのは、板前の腕だけじゃねえよ」
水絵はきょとんとしたが、月之丞は深く頷いた。
「さすが、鏡之介先生。全くその通りなんです」
まだよく分からない水絵に、鏡之介が言った。
「つまり、『浅葱屋』には、信之助さんのそろばんの才が欠かせないってことだ」
「速くて、間違いが少ないってことですか?」
「多分、それだけじゃねえ。そうだろ?」
鏡之介にふられて、月之丞は喜代彦が言っていたことをそのまま二人に伝えた。
信之助の才は、そろばんが速いことだけではない。
商売で大切なのは、売値だ。安く付けて儲けが出ないのは論外。だが、高すぎれば客が遠のく。客が出せる値段で、店も儲かる――それを計るのは、難しいが……。
「若旦那さんは、仕入れ値を聞くと、すぐに売値を割り出せるんだそうです。それが絶妙だそうで。しかも……」
もうひとつ大切なのは、どれだけの材料を仕入れるか、だ。仕入れすぎて余らせてしまっても駄目だが、足りなくてもまずい。
「料理屋ですから、客の入りのいい日も悪い日もあります。若旦那さんは、その日、どのくらいのお客が来るか分かるんだそうです。天気とか、祭りや縁日があるかどうかとか……そういうことを考えて仕入れの量を教えてくれるから助かるって、兄は言ってます」
「なるほど、そりゃあ大した才だ」
鏡之介の言葉に、水絵も頷いた。板前の腕だけでは駄目な訳が、水絵にもはっきり分かった。
「だから、若旦那さんに婿入りなんかされちゃ、困るんです! 兄は、私と同じで、小さい頃から芸事一筋。寺子屋に通ったこともありません。幸い、料理のほうはなんとかなったようですが、そろばんなんて、触ったこともないと思います」
月之丞は必死に訴えている。
「兄さん思いなんだな」
鏡之介のつぶやきに、月之丞はきっぱりと答えた。
「二人だけの兄弟です。助け合うのが当然でしょう?」
その言葉は、ひとりっ子の水絵にはうらやましく思えたが、鏡之介はどこか苦しそうな顔をした。
だが、その表情はほんの刹那で、水絵が確かめようとする間もなく、鏡之介は月之丞に尋ねた。
「それで、俺たちに頼みたいことっていうのは? 縁談を壊してほしいってことか?」
すると、月之丞はゆるゆると首を横に振った。
「いえ、縁談を壊すんじゃなくて、若旦那さんには嫁取りをしてもらいたいんです。だから、若旦那さんの想い人を探してもらって、その人との縁を結んでほしいんです」
「探すのはかまわねえが、縁結びのほうは、俺たちの手に余るな。そっちのほうは、ちゃんとした仲人を立ててもらわねえと」
「それは、なんとかします。ですから、誰なのか見つけてください。惚れた人がいるなら、その人と結ばれたほうが、若旦那さんも幸せだと思うので……」
よろしくお願いします……と、深々と頭を下げる月之丞を見て、鏡之介と水絵はまた顔を見合わせてしまった。この日何度目なのか……もう、自分たちにも分からない。
「……まあ、探すだけなら」
「見つけられると約束は出来ませんよ」
二人が引き受けたと分かると、月之丞は心底嬉しそうな顔をした。そして、気持ちに余裕が出たのか、
「そう言えば、お二人の着物、どちらもよくお似合いですね。鳩羽鼠の源氏香の小紋に、灰桜色の万筋。このまま、世話物の舞台に立っても、おかしくない組み合わせです」
などと言い出す。
「世辞なんか言わなくても、ちゃんと探すさ」
鏡之介がそう返すと、月之丞は、
「お世辞じゃありませんよ。本当にそう見えます」
と言い置いて、上機嫌で帰って行った。
そして――。
月之丞の姿が見えなくなると、鏡之介と水絵は、同時に深いため息を吐いた。
探すべき相手は同じでも、その理由は揃っていない。
結ばせたい者と、知りたい者。
そして、まだ語られぬ当人の想い。
どの願いが叶うのか――それは、まだ分からない。




