ウーヲンの憂鬱。【前編】
―――シドゥがヘーゼルにプロポーズする、数日前。
ウーヲンが、ミザリへの指輪を作ってくれる工房から外に出ると、ちょっとじめっとした薄曇りの空模様だった。
それを見上げて、一緒に工房を出たシドゥがポツリと呟く。
「雨でも降るかな……」
「どうだろうな。風は乾いてるからな」
鳥も鳴いているし、もう少し風の肌触りは湿っているだろうし、雲の流れも雨の形をしていない。
ウーヲンが答えると、シドゥは「ならいいか」と歩き出した。
オルミラージュ本邸に用があったので、そのまま彼と連れ立って歩き出す。
指輪に嵌める石は、ちゃんと最初に渡した【賢者の石】の試作品で、他にも幾つか試作品はあるので、指輪が出来るまでミザリには別のものを渡してあった。
「付き合ってくれてありがとう」
ツテを紹介して、わざわざ付き合ってくれた礼を述べると、シドゥは軽く答える。
「いや、俺もちょうど良かったからな」
―――いい奴だよな。
今回付き合ってくれたのもそうだが、ウーヲンは、シドゥが不機嫌そうな様子になっているのを見たことがなかった。
彼もどちらかというと口数が多いタイプではないのだが、ウーヲンのように口下手なわけでも、感情を殺すタイプでもないのに、である。
今も、特に何があるわけでもないのだが、鼻歌でも歌い出しそうな陽の雰囲気を纏っている。
落ち着きがないわけではなく、ヘーゼル、ミザリを含めた四人の中では誰よりも冷静だ。
彼の恋人であるヘーゼルは、感情がすぐに顔にも口にも出るタイプで、シドゥが割とギャンギャン言われていることもある。
ウーヲンの目から見て、『流石にそれは理不尽じゃ?』と思うようなことで責められても、特に気にしもしないし引き摺らない。
マイペースというには空気も読めるが、人には乱されない、そんな感じに見えていた。
正直、羨ましいと思う。
シドゥはヘーゼルだけでなく、新しいことをするのに尻込みしがちなヘーゼルだけでなく、ウーヲンやミザリを気にかけて『何かやろう』と積極的に声を掛けてくれるし、顔も広い。
きっと彼は、色んなことに自然に興味が持てる人物なのだろう。
シドゥは、道すがらの雑談に、こんなことを言い出した。
「一つ気になってるんだが」
「何?」
「あの石ってのは、どっかから掘り出した鉱物なのか? お前、庭師だろ?」
言われて、ウーヲンは少し考えた。
詳細な内容を語っていいのかどうか、判断がつかなかったのだ。
シドゥが信用できるかどうかはあまり関係のない話だが、シドゥは察したのか、すぐに言葉を重ねる。
「ただの雑談だから、喋れないことなら良いんだが」
「いや、話せることもある。あれは、鉱石じゃない。どっちかというと植物の種で、それを育てることで作れるんだ」
それも厳密には違うのだが、植物の世話をするように作るものではあるのだ。
必要な材料は、幾つかある。
一つは、陽竜草を乾燥させて砕いた粉末、【復活の雫】。
これは、帝国でその草から、聖女の治癒魔術に匹敵する即効性を持つ治癒薬【生命の雫】を作り出した子爵が発見したもので、【賢者の石】を作り出す際の肥料になる。
もう一つが月魅香。
その種と共に、【黒晶石】のカケラを埋めて、育てると黒い月魅香が咲くのだ。
この花がつける実が、黒色と呼ばれる状態の【賢者の石】の最初の状態である。
しばらく粉末につけて天日干しすると白色に変化する。
その段階で、一日一滴ずつ大公国〝水〟の公爵の血統であるらしい|自分の血(強調点)を与えていくと、徐々に黄色に変化するのだ。
ここまででは、まだ【賢者の石】としての効能はない。
そこから赤色に至るには、別の血が必要らしく、そこまでで研究は止まった。
「出来るなら、爺さんの為にも開花させたかったんだけど、無理らしい」
王妃殿下からその理由を聞かされて、ウーヲンは気が重かった。
自分が聞いたことを、イングレイ爺さんに話さないといけないからだ。
正体を知った時に態度を改めようと思ったのだが、爺さんが嫌がったのでそのまま昔の『薬草畑の爺さん』として接している為、緊張はしないが。
「完成を一番望んでたのは、あの人だろうから……今から報告に行くんだよ」
【賢者の石】は、未完成の今のままでも、ミザリには効果がある。
でも、あの石の完成そのものが爺さんの悲願だったのだ。
「何だ、先代様と作ってたのか? そりゃ作れないなら残念だな」
シドゥは石が完成するかどうかより、そっちの方が気になったらしい。
物より人、というその意識が彼らしくもあり、ウーヲンは苦笑した。
「当たり前だろ。学もないのに、俺一人で作り方なんか分かるわけない」
「言われてみりゃ、そうか」
「王妃殿下に最初に打ち明けたのも、イングレイ爺さんに話をしに行くように言われたからだしな」
理由は【黒晶石】が材料の一つだからだ。
あれは危ないものである為、禁輸品に指定されていて、国内で掘り出される分は、全部王家が管理している。
その上で、『罪人の魔力を封じる為にしか使ってはいけない』とされているらしい。
だから研究に使用するには承認が必要で、事情を告げた上で王妃殿下の名前で申請して貰ったのだ。
「爺さんが気落ちしないといいな、と、思ってる」
ウーヲンは、爺さんが作りたかった理由を『真理の探究の為』と聞いていたが……何となく、別の理由がありそうな気がしていた。
しかしシドゥは、こう口にした。
「大丈夫だろ」
「何でそう言えるんだ?」
「あ? だって、先代様は幸せそうだろ?」
あっけらかんとそう口にした彼は、さらに言葉を重ねる。
「たまに具合がいい時は庭に出て、奥方様やスフィーア様とお茶してるし、たまにお前と会う時も嬉しそうだし、最近は御当主様が車椅子押して散歩とかしてたぞ」
「……」
「先代様が嫌われてる話とか、聞いたこともないしな。別にもう仕事もしてないのに、色んなところからの来客も多い。【賢者の石】作るのも、ウーヲンと楽しいことしたかっただけなんじゃないのか?」
言われて、ウーヲンは自分になかった視点に驚いて、シドゥの顔をまじまじと見つめてしまう。
「どうした?」
「いや……そうか、と思って」
別に【賢者の石】なくても幸せそうだから、気落ちしないんじゃないか。
ウーヲンは、そんな視点から物を考えたことがなかったので、目から鱗だった。
言われてみれば。
イングレイ爺さんは確かに、この話を最初聞いた時、『老後の最後の楽しみかもしれん、付き合ってくれんか』と言っていたのだ。
『土いじりに関して、儂の弟子と言えるのはウーヲンとミザリだけじゃからの』とも。
「先代様、それやってる時楽しそうじゃなかったか?」
シドゥにそう言われて思い返してみても、確かに、いつも笑顔だった。
―――爺さんは、俺と遊びたかったのか?
話があってからイングレイ爺さんに会いに行く機会は当然増えたし、それにミザリがついて来ることも多かった。
あの子も、薬草がオルミラージュの侍女だった頃から好きで、よく身分を隠してた頃の爺さんと話をしていたのだ。
そこから薬草茶みたいなのを配合する方向に興味が向いて、会いに行く時に持って行っては爺さんに味見させていた。
『うむ、美味い』と美味しいのを出された時は、ほっこりしてたし。
ウーヲンからしても苦過ぎる茶を出された時も『これは不味いの。体に良さそうじゃ』と、そう言って笑っていた。
「……じゃあ、大丈夫、か……?」
「多分な」
シドゥの返事に、少しだけ気分が晴れる。
それも多分、ウーヲンが報告を憂鬱に思っていると感じたから、口にした話だったのだろう。
「話して、一緒に残念がれよ。そんで、次に何するか話でもしたら、先代様は喜ぶと思うぜ」
「そうするよ。……ありがとう」
例を述べながら、ウーヲンはもう一つ、イングレイ爺さんの言葉を思い出していた。
『新たなことをやる時は、失敗して当然じゃ。そこから次を考えること自体が楽しいものよ』
―――そうかもな。
植物を相手に、失敗して、次じゃあどうしようか、何しようかと悩むのは確かに楽しい。
が、人間相手だとどうしても相手のことが気になり、尻込みして中々上手く行かないのだ。
しかし根底は同じなのだと、ウーヲンは深く心に刻む。
人間関係についてはすぐに後ろ向きになってしまう自分が、きっと忘れがちなことだから。
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