濯ぐ手向けの花束を。【後編】
ガワメイダ伯爵が家に引っ込むと、レオは少し思案する。
―――しかし、絵空事、か。
確かに、最低限の下敷きもなく、『証明書には、複数の女性による議論の話が書かれていた』と言われても、意味は分からないだろう。
十二氏族やそれ以前の歴史……特に〝精霊の愛し子〟に関する話は、広く知られているという訳ではないのだ。
各国の王族に伝わっている貴族の起源に関わる話も、秘されたものであったり極一部であったり、分かっていないことも未だに多い。
実際にレオも、リオノーラ夫人や『語り部』に従っていたイズィースの話を聞くまでは、『宿命』などについても知らなかった。
しかし書かれた女性の一人が〝精霊の愛し子〟であるとするのなら、貴族の成り立ちの原初である為、女性の議論で成立するのは何らおかしい話ではない。
十二氏族は〝精霊の愛し子〟を長に戴く集団であり、氏族長という要職に聖女もいれば魔女もいて、特に魔女は刑務に関わっていたことが分かっているのだ。
―――逆に、今の俺たちにとっては重要なことが書かれている可能性が高そうだな。
マイラーが、契約書の内容を読めば詳しいことも分かるだろう。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。最後にもう一つ、私からというわけではない用件を伝えさせて欲しい」
「はい、何でしょう?」
戻ってきたガワメイダ伯爵から証明書を受け取ったレオは、そこで手を上げた。
すると随行させていた飛竜便の吊り箱のドアを侍従が開き、三人の人物が姿を見せる。
彼らを見て、ガワメイダ伯爵が目を見開いた。
現れたのは、彼が保護している元・ガワメイダ伯爵夫人であるワィン。
そしてローレラルと、彼女の夫であるラウドンだった。
「ローレラル……」
「お、お父様」
降り立ってぎこちない態度を取る彼女の背中に、ラウドンがそっと手を添える。
すると、何かを飲むように喉を動かした後に、ローレラルが深く頭を下げた。
「わたくしのせいで、長年に渡りご心労とご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ありません……」
薄紫の長い髪が地面につくくらいに腰を曲げる彼女を、ガワメイダ伯爵は呆然とした表情で、食い入るように見ている。
「謝罪とご挨拶が遅くなりましたことも、重ねて、お詫び申し上げます」
「二人は、貴方の身を心配して見舞いに来たそうだよ。飛竜便は置いていくので、後は自分たちで話し合うといい」
レオが口添えすると、ガワメイダ伯爵はまだ呆然とした顔をこちらに向けるので、レオは軽く片目を閉じた。
「貴方が父上に、自らの命を掛けて二人の助命を嘆願したことは伝えてある。なぜ見捨てるような態度を取ったのかもね」
「陛下……」
「もう、演技をする必要はないよ」
すると、ガワメイダ伯爵は手で目元を覆った。
「ローレラル……」
「は、はい……」
「私は、そのように、君に頭を下げられる立場ではない……夫であり、親でありながら、何も、気付くことが出来なかった……私の方こそ、本当なら、君たちに、詫びねばならない……」
そう言葉を詰まらせるガワメイダ伯爵に、ローレラルはラウドンの顔を見上げた後に、おずおずと前に出てきたので、レオは場所を譲った。
「お父様。お父様に、詫びることなどありません。全て、わたくしとお母様の愚かしさが招いたことでございます。……どれだけ償っても足りないのは、わたくしたちの方です」
顔を上げたローレラルは、そのまま言葉を重ねた。
「合わせる顔がないと思っていたのですが、直接話をするべきだと、夫とオルミラージュ侯爵夫人が仰られましたので」
そう呟く彼女の態度は、緊張に満ちていた。
「お許しいただかなくとも構いません。ただ、倒れられたと聞いて、心配で……だから、謝罪に参りました」
「合わせる顔がないと思っていたのは、私の方だ」
顔から手を離したガワメイダ伯爵は、目を真っ赤にしていた。
「私は、君たちを見捨てるような真似しか、出来なかったのだ……すまない、すまない……」
「でも、こうして生きております。自らのやったことの意味も、深く理解致しました。ですから、もう、そのようにお痩せになるほど気に病まれずとも、大丈夫です。そんな資格は、本当はないのかもしれませんが……」
ローレラルは、目を細めて微笑みを浮かべると、ガワメイダ伯爵の右手を包み込むように握る。
「わたくしは、今、幸せですわ。慎ましく生きることも覚えました。『貴族の勤めを果たせ』というお父様の教えの意味を、間違うことも、もうございません」
「ローレ、ラル……」
涙を流し始めたガワメイダ伯爵に小さく首を横に振ると、ローレラルは彼の手を離し、こちらを振り向いてまた深々と頭を下げる。
「国王陛下。身に余るご厚意を賜りましたこと、感謝致します」
「私からも……重ね重ね、申し訳ございませんでした」
「そんな大層なことではないよ。ガワメイダ伯爵が迷惑をかけた相手を探して全員に賠償をしたことも、ローレラル達が自らに出来る範囲で善行を積んで来たことも、報告は受けている。国からこれ以上、あなた方の罪に対して何かを求めることはない」
そうして、レオはラウドンに目を向ける。
「後は頼んだ」
「ええ、恙無く」
深く関わりを持つようになってから、10年。
胡散臭さは相変わらずだが、結局一度も国の不利益になるようなこともせずにウェルミィに仕えている男は、優雅に頭を下げる。
そんな家族に見送られて、レオは愛騎と共に領主邸を後にした。
本日、ノベル版8巻が発売されました♪
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