商取引は信用が命。
そう言われて、ウェルミィはマイラーが何に驚いていたのかを悟った。
【賢者の石】の材料と製法を記した地図に、完成したそれの在処を付け加えていたからなのだ。
「が、おそらく手にするのは困難だろうな」
「どこにあるのでしょう〜?」
同じくマイラーの近くに寄ってきたリオノーラ夫人が、ふんわりのんびりとした様子で小首を傾げた。
「筆跡とインクの質が違う部分は〜、先日見せていただいた時に、わたくしも把握しておりましたわ〜。インクの感じから〜、現在の各国成立以前の〜、十二氏族期か愛し子の放浪期頃のものかと思われますけれど〜」
「ご明察、だろうな。完全な【賢者の石】の在処は、ここだ」
と、マイラーが指を滑らせた先は、中央大陸北部……現在の帝都の辺り。
「『争いの種は芽吹かぬよう、里の聖域奥深くに。』だそうだ。この里というのは、多分、十二氏族の里のことだろう」
「十二氏族の里は【魔王】の顕現で壊滅した……のよね? お義姉様」
「ええ。その跡地にあるのが、現在のバルザム帝国の帝都ね」
「『聖域』っていうのは、残っているのかしら?」
「『墓守』と呼ばれた帝室の人々が、現在も聖域と呼ぶ場所があるわ」
ウェルミィが頬に手を添えると、真剣な顔をしたお義姉様がエイデスとズミアーノに目を向けた。
「お二方は、その『聖域』に赴いたことがありましたね」
「ああ」
「いつ? 私は知らないけれど」
「お前が昏睡した時だ。帝王陛下に面会する為、転移魔術で跳んだ先が『聖域』だった」
少し離れた場所に立つエイデスが答えて、マイラーを見つめながら言葉を重ねる。
「かつて、十二氏族の里を壊滅させた【魔王】の力が封印されていた場所。そこに、完全な【賢者の石】が眠っているんだな?」
「と、書かれてるな」
マイラーが肩を竦めて立ち上がりながら、ウェルミィに対して笑みを見せた。
「仰る通り、俺は好手を打ったらしい。俺一人ではどうやったってそこに行けないし、入手は不可能だっただろう。結果的に、どうやってもそっちの手を借りる必要があったみたいだからな」
自分に対してなのか、この状況に対してなのか、どこか皮肉を含んだ物言いに対してニッコリと笑みを返す。
「そうね。編者の『宿命』に関してもそうだし、【賢者の石】に関してもそう。……でも、貴方が打った好手が齎した幸運は、まだもう一つあるわよ」
「ほぉ? 何があるのかな?」
ウェルミィは、レオに目を向けた。
マイラーに対してそれを提示するかどうかは、ウェルミィに一任されてはいる。
預けてきたのはエイデスで、面会の後のレオを含めた三人での話し合いで『マイラーを、本当に信頼出来ると思うのなら』と。
「良いわよね?」
「好きにしていい、と伝えただろ」
「一応よ。独断専行をしたら、国王陛下の気分を害するかもしれないじゃない?」
「思ってもない言葉をありがとう」
いつも通りに軽口を叩いてから、ウェルミィはスッと閉じた扇を上げる。
そして、片眉を上げているマイラーの額近くで止めて……〝解呪〟の力を行使した。
ブワッとドレスの裾と、お互いのプラチナブロンドの髪がはためき、すぐに治まる。
「……思った以上に簡単だったわね」
「精霊がざわめいたが、今のは〝解呪〟か? 何を解いた?」
予想以上に手応えを感じず、ウェルミィが拍子抜けしていると、マイラーが訝しそうな表情になったので、軽く説明する。
「貴方に掛けられていた契約魔術を解いたのよ」
すると、彼の瞳が大きく見開かれる。
「何で知って……」
「あら、考えたら分かるじゃない。お試しだったけど、これで契約魔術が〝解呪〟出来ることも分かったわね」
マイラーが置かれた状況に対する、ズミアーノの情報とエイデスの推測。
【賢者の石】を探していることを嗅ぎつけられ、その【賢者の石】による従姉妹が『魂を縛る契約魔術』によって人質に取られた。
だからマイラーは、編者の『宿命』の持ち主を探し出す為にライオネル王国を訪れたのだ。
結果的に契約魔術に造詣が深く、かつ編者の『宿命』を持つルトリアノを見つけ、力の影響を受けて【旧詩篇】を読めるヘーゼルに目をつけて誘拐した。
そしてウェルミィ達と協力の約束を取り付けて、司法取引を行って釈放された。
マイラーは一つも嘘を言っていないけれど、真実を全て語ってもいなかった。
隠し事をするなと言ったはずなのだけれど、もしかしたら、マイラーにとってはどうでもいいことだったのかもしれないとも、思う。
「貴方自身も、依頼主を裏切れないように契約魔術によって縛られていたのでしょう? 普通は黒幕のことを口にしないように、とか、貴方自身の命を奪う、とかになると思うけれど」
ウェルミィが『マイラー自身も依頼主との契約に縛られていないのは、おかしいのでは?』という点の違和感について尋ねると、エイデスは最初否定的ではあった。
その理由として、依頼主を裏切ったと想定される行動をマイラーが取っている、という点を挙げたのだ。
例えば依頼主の手駒を囮にして逃亡したり、どこの誰がそれを目論んでいるかを口にするなどは、普通の契約内容であれば契約違反とされそうなもの。
けれど、マイラーの目的を考えた時、ウェルミィはもっと彼を強固に縛れるものがあると考えた。
「貴方が依頼主と結んだ契約内容は、『一定期間内に貴方が目的を果たさなかった場合、従姉妹が死ぬ』というものだったのではない?」
『魂を縛る契約魔術』はそもそも、内容を自由に設定した上でお互いがサインを書くことで締結され、それを反故にすると命を奪う。
ウェルミィとエイデスなら『エイデス以外に貞操を奪われると死』、『ウェルミィに嘘を吐くと死』の契約魔術で縛られていた。
マイラーの動機を考えると、自分の命だけでなく大切に思う者の命を縛った方が効果がある。
「だから、時間がなかったのでしょう?」
慎重に立ち回るなら、もっとゆっくり時間をかけても良かったのだ。
彼ほど深い古文書の知識があるのなら、希少本なども目利き出来るだろうから、例えばオルミラージュ侯爵家にそうした本を複数回売り込んで信頼を勝ち取りヘーゼルに近づく、などの方法もあった。
そうしなかった理由の合理的な説明として、エイデスも納得したのだ。
マイラーを縛る主体は『自分の命』ではなく、『時間』と『大切な人の命』の方だと。
「一応、『魂を縛る契約魔術』は、内容を満了するかどちらかが命を落とした時に燃え落ちるけれど、この方法で解除すると契約書が燃えないそうよ。だから、多分向こうにはバレないのではないかしら」
その辺りの詳しい理屈は知らないけれど、エイデスやお義姉様、ズミアーノが詳細を詰めて話し合った結果なので、信頼出来るだろう。
実際に他人で試すわけにもいかないし、ウェルミィ達自身には『血統固有魔術に関する国際契約魔術』なども掛かっている為、契約魔術の〝解呪〟を自分たちでは試せなかったけれど、大丈夫な筈である。
「後は【賢者の石】を見つけて、貴女の従姉妹に私が接触して〝解呪〟するだけよ」
「……オルミラージュ侯爵の言ってた、契約魔術を解除できる心当たりってのは、これのことか」
「考えてみれば難しい話ではなかったでしょう? 契約魔術は一種の『呪い』とも言えるし、呪いならこの力で解けるものね」
最初はお義姉様の命を奪う魔導具から、果ては『語り部』の人生の呪縛まで、ウェルミィは解いてきた。
クラーテスお父様が言うには、ルトリアノが自分の命を掛けた、ヘーゼルの顔の傷を消させないようにする呪いですらも、〝解呪〟の前には無力だというのだから。
そして動機とマイラーの置かれた現状について、ルトリアノが儀式の直前に見せた仕草で、ウェルミィは彼自身が契約魔術に縛られていることを確信した。
だから、契約魔術を解くことを決めたのだ。
【賢者の石】を得てマイラーの従姉妹を解放するまで、その制約がなくともこちらを裏切る心配はない、と判断できた。
そして自分の目的を終えたら、恩義を大切にする人物であることも。
マイラーが本性から利己的で悪辣なら、彼に亡霊として引き摺り出されて利用された挙句、『真実』までヘーゼルにバラされたルトリアノが、利するような情報を落とす筈もない。
案の定。
「……感謝するよ。だが、カネを要求されても俺は払えねーぞ」
「別にいらないわよ。従姉妹を助けた後に、私たちの目的を達成するのに協力してくれさえすれば」
マイラーの表情も声も、決して自分が解放されたことを喜んではいなかった。
けれど多分、従姉妹を救い出す算段が僅かながらでも立ったからだろう、しかめっ面の中に一抹の安堵が浮かんでいる。
ウェルミィの言葉に、マイラーは右手を上げて笑みを浮かべると、親指と人差し指を擦り合わせた。
「報酬を先払いして貰う以上は、誠心誠意協力するよ。……商取引は、カネ以上に信用が命だからな」




