求めたものの在処。
ウェルミィがシドゥと並んで見守る中、お義姉様の号令で儀式が始まった。
「始めましょう」
【旧詩篇】の地図が置かれたテーブルを中心に、椅子に腰掛けたヘーゼルとマイラーが向かい合っている。
そして氏族長の『宿命』を持つ人々が周りを囲んでいた。
向かい合う二人の脇に当たる位置に立っているのは、オレイアである。
彼女の正面は、スペースが空いており、おそらくそこにルトリアノが立つのだろう。
「昏睡しているウェルミィ様の魂に精神干渉を行った時の要領で、魂に干渉すれば宜しいのですね?」
「ええ。その上で、ルトリアノとマイラー氏を繋いでちょうだい」
オレイアの問いかけにお義姉様が頷き、輪から一歩外れた位置に立っているリオノーラ夫人に目を向けると、彼女が言葉を引き継ぐ。
「『宿命』の譲渡は〜、最後にオレイアの問いかけによって成立します〜。『女神の天賦は御名の下』と彼女が口になさった後〜、他の氏族長の皆様は『古き使徒に休息を、新たな使徒に祝福を』と唱和していただければ〜、譲渡が成立するそうですわ〜」
その説明に皆が頷いて、お義姉様がヘーゼルを見た。
彼女は緊張した様子でテーブルの上に置かれた地図をひっくり返す。
記された古代魔導文字をヘーゼルが目にすると、間髪入れずにゆらっとルトリアノの亡霊が姿を見せた。
ルトリアノは正面のオレイアに目を向けており、ヘーゼルは地図から目を離さない。
決して交わらない、と言う決意を象徴するかのような二人の態度に、エイデスが同情とも悲しみともつかない色を浮かべた目で、その光景を見つめながら声を掛けた。
「ルトリアノ」
「……」
「これから、お前の身に宿る力を剥ぎ取る。……だからもう、眠れ」
彼に軽く顔を向けたルトリアノは、やはり無言のままだった。
ーーーいい友人だったのでしょうね。
エイデスが過ごした過去の中には、ウェルミィには知る由もない彼の姿があるのだろう。
ルトリアノの所業を知ってなお、かける言葉に一言付け加えてしまうくらいには、エイデスにとっては大切な友人だったのだ。
けれど、誰かのいい友人であれる人間でも、多くの人とそうした関係を築けるわけでも、いい親であれるわけでもない。
まして、状況が変われば人との関係性は簡単に変わってしまうのだ。
そこで、ルトリアノの亡霊が軽く手を上げた。
指を自分の頬に立て下に掻き切るような仕草を見せた後、マイラーの方を指差しながら、こちらを振り向いた。
ーーーやっぱり、そうなのね。
ウェルミィは、マイラーと面会した後にエイデスに伝えられたことを思い出し、ルトリアノの行動の意味を汲んだ。
あるいは、三人目の魔導卿だったかもしれない人。
エイデスと同じ視座で話すことが出来ただろう、数少ない人物の一人。
死してなお、エイデス同様に冴えている。
本当に、活かし方さえ間違えなければ、と、ウェルミィはそう思った。
オレイアが、ルトリアノとマイラーに向けて両手を掲げるのが視界の端に映る。
その瞳から、ゆらりと紫の靄のような魔力が漏れ出し、儀式が始まった。
彼女と目を合わせた青く半透明なルトリアノの全身に、瞳の辺りから細い細い紫の筋が体の線に沿って走り始め、心臓に近づいていく。
不思議な光景だったけれど、これがきっと、〝闇〟の氏族が魔力脈を辿って精神干渉を行う際に起こっている現象なのだろう。
亡霊の魂の座に光が到達すると、渦巻くように滞留し、やがて糸のような一筋が逆にオレイアに向かって伸び始める。
やがて『宿命』の受け取り手であるマイラーの胸元からも、同様の筋が伸び始めた。
これが、オレイアを介してルトリアノとマイラーを繋いでいるのだろう。
「女神の天賦は御名の下……」
オレイアが静かにそう口にすると、『宿命』の氏族長達がそれに唱和した。
『古き使徒に休息を、新たな使徒に祝福を』
思ったよりも、静かな光景だった。
本来なら、ルトリアノのような立場の者から激しい抵抗を受ける筈だけれど、それがないからかもしれない。
そこから徐々に、亡霊の姿が薄れていく。
やがて、紫の光を残してその場からルトリアノが消え去ると、最後に光も揺らめいて空中に溶けた。
「終わりました。おそらく、成功したかと思われますが……」
初めての経験だからだろう、少し自信なさそうにオレイアが手をお腹の前に揃えて口にすると、お義姉様が微笑みながら彼女に近づく。
「大丈夫でしょう。マイラー氏、確認していただけますか?」
「……ああ」
マイラーはテーブルに手を伸ばして、置いてある地図を手に取った。
目を走らせるその姿を、ウェルミィはジッと凝視する。
「読める、な……不思議なもんだ」
文字列に目を走らせていた彼の瞳が地図の一点で止まり、食い入るように見つめる。
そして声を出さずに『そういうことか……』と口元が動いたので、ウェルミィも歩み寄った。
「何か分かったの?」
「ああ。ここに記されてるのは、やっぱり【賢者の石】の材料と製法なんだが……地図に二箇所、不自然に書き加えられた部分がある、一つはここだ」
言われても当然ウェルミィには読めないけれど、彼は地図上の、文章が書き連ねられている東の海を指差した。
「これが製法だ。そして、この下の二文が誰かによって後から加えられている。なのに、今まで読めなかった」
「不自然ですね」
お義姉様が身を屈めて地図を覗き込みながら、顎に右手を添える。
「後から加えられたのなら、編者にしか読めない文字で書かれているのはおかしいですものね……あるいは、【旧詩篇】というこの詩篇そのものに読めないようにする力がある……?」
「分かりませんね。ですが、書き加えたのが誰なのかという署名はあります。それを見ると、この文字そのものの『書き方』が失伝しているだけなのかもしれません」
「誰が書かれたのです?」
マイラーは目を上げ、お義姉様を見て、眩しそうに目を細める。
その表情から、彼がお義姉様にローラ様の面影を重ねているのかと思ったのだけれど。
「記したのは、過去の〝精霊の愛し子〟……記してくれていたのは、完全な【賢者の石】の在処です」




