側付き侍女の結論。
「ヘーゼル、どうしたの?」
全てを終えてオルミラージュ本邸に戻ったウェルミィは、夜、スフィーアにおやすみのキスをした後に、ヘーゼルと話をしていた。
エイデスがいない昼間は頻繁に話し相手になって貰っているけれど、ヘーゼルの方から珍しく『話がある』と声を掛けられたのだ。
早い方がいいと思って、この時間の私室である。
いつも寝室で話すエイデスには『先に寝てていいわよ』と声を掛けたけれど、『今日の用件で滞った仕事を片付ける』と執務室に行っていた。
ヘーゼルにも入浴を終えてから来るように伝えたところ、侍女服ではなく私服でこの場にいた。
別に寝巻きでも良かったのでそう言ったら、『女主人の部屋に行くのにあり得ないでしょ』と返された。
そういうところは、彼女をここまで鍛え上げた元・侍女長代理のアロンナが持っていた堅苦しさの影響を、しっかり受けているらしい。
「……寄付をしたいの。でも、あたしの名前で出したくないし、喜捨じゃない時はどうやったらいいか分からないから、教えてほしくて」
ヘーゼルが切り出した用件に、ウェルミィはぱちくりと瞬きする。
「寄付?」
「ええ。……ルトリアノの遺した遺産を。それと、この傷跡に掛けられた呪いも解いて欲しいわ」
ーーーなるほどね。
ウェルミィは頬に手を当てて、軽く息を吐く。
遺産については遠い親戚が亡くなって入った、と言われていたもので、『真実』を話した時にヘーゼルはそのことも知ったのだ。
本来、平民として生活するなら一生困らないくらいの財産に、ヘーゼルはそもそも手をつけていない。
オルミラージュの侍女として過ごすなら十分な給金を貰っているし、老後の蓄えだと言っていたけれど、それすらいらない、という決断をしたのだろう。
「別に、おカネに綺麗も汚いもないんだから、持っておいたら? 一応、正当な手続きで受け取ったものでしょう」
「いらないわ」
こちらを真っ直ぐに見つめたまま、ヘーゼルはキッパリと口にした。
けれど、瞳に浮かぶのは嫌悪感ではなく、どちらかと言えば前向きな気持ちのように感じられたので、ウェルミィは問いを重ねる。
「どこに寄付を?」
「……ミザリとウーヲンがいた養護院に。あそこが一番いいと思ったから」
話の内容自体は、納得する話だった。
あの二人には、少々複雑な事情がある。
一歳差で、ミザリは生まれた時から8歳まで、ウーヲンも正確な日時は分からないけれど、おそらく3~5歳頃から同じ養護院にいた。
グリンデル伯爵家と、大公国のハイドラ公爵家からデスターム伯爵家を通して定期的に資金援助を受けていた為、それなりに待遇のいい養護院である。
しかしオルミラージュ侯爵家で再会した時、二人はお互いを数年間共に過ごした相手だと認識していなかった。
幼かったこともあるけれど、ウーヲン側はあの時〝変貌〟の魔術で女性化しており、ミザリ側はその後の扱いによって養護院の記憶自体が曖昧で、性格そのものが変わっていたからだ。
同じ養護院に居た、と二人が知ったのは、ウェルミィ達が大公国から帰国した後なのである。
その頃にはもう恋仲で、特に何が変わるわけでもなかったのだけれど。
ーーーグリンデルの遺産を寄付する先としては、この上ないわよね。
二人は今も、休日などに養護院に赴いているらしく、たまに会って話を振るとそこにいる子達の話を聞かせてくれたりする。
多分、ヘーゼルも同じだろう。
「顔の呪いは? 解くのは簡単だし、今更でもあると思うけれど。その傷跡も治すの?」
「傷はいいわ。あたしが〝傷顔〟になったから、『ヘーゼル』を忘れたくないミザリをこの世に繋ぎ止められたんだもの。でも、呪いは解くの」
目を伏せたり逸らしたりすることなく、ヘーゼルは自分の顔を撫でる。
自らつけたその傷跡自体は、ヘーゼルの呪縛であると同時に、誇りでもあるものだ。
「これはあたしの気分の問題よ。もう、ミザリの目の前にあいつの痕跡を極力出したくないのよ。それが目に見えないものであっても」
ウェルミィは、別にもうそれを止めようとは思わなかった。
そもそも迷いがない時のヘーゼルが、一度こうと決めたら頑固なのは、重々承知している。
「まぁ、いいわよ。オルミラージュ侯爵家の名前で寄付してもいいし、呪いは今解きましょう。その代わり、私から一つ良いかしら」
「何?」
「シドゥと、一度きちんと彼自身の気持ちを聞いて、結婚について話し合いなさいな」
結婚はしたい、と口にしたヘーゼルの恋人の顔を思い浮かべながら、ウェルミィは微笑む。
「しない、って話を散々したと思うけど」
「そうね。でも、やっぱりそれも、過去に囚われた決断でしょう? しがらみを完全に捨てるのなら、一度真剣に考えなさい。一人で生きる力を身につけたいこと以外に、家庭を持つのが怖いという気持ちが、ないわけではないでしょう?」
ヘーゼルが過去から受けた心の傷は、根深い。
それ自体はウェルミィも分かっていた。
「別に、子どもを作れと言っているのではないわ。結婚という形でなくても構わないけれど……シドゥと共に暮らす選択肢を、考えて欲しいの。貴女自身と、彼の為に」
一緒に住むことで、喧嘩もするだろうし、ままならないこともきっとあるだろう。
でも、そうなることがあっても、想い合う相手なら失われるものより得るものの方が多いと、ウェルミィは思う。
シドゥとなら、ヘーゼルが新たな家庭を作ることで心の傷は上塗りされるのではないかと、ウェルミィは思っていた。
「ミザリ以外の過去を捨てるなら、本当に全部捨ててしまいなさいな。グリンデルでの生活が『家庭』の在り方ではないと、貴女はもう分かるでしょう? 私と一緒に、スフィーアを育ててくれている貴女なら」
「……!」
ギュッとスカートの布を握り締めるヘーゼルに、ウェルミィはさらに言葉を重ねた。
「貴女は、愛をもう知っているでしょう。それは、一方的に与えるものでも受け取るものでもないと、今の私は思っているの」
お義姉様との間には、多分ずっと愛があった。
けれど、それは同じ時間を仲良く過ごした、ほんの僅かな幼い期間で育まれたもので、離れて過ごしてる間は一方的に投げ合っているだけだった。
だから愛が伝わってはいても、相手がどう思っているかなんて、分かっていなかったのだ。
何も話さなくても通じ合う関係なんて、幻想。
もし気持ちが重なっていたとしても、それは人同士の関係としては歪なのだ。
「愛は、大切な人との間で共に過ごして育むことで、大きくなるものなのよ」
共に暮らすことだけが、万人の正解ではないだろう。
けれどウェルミィ自身は、エイデスとずっと一緒にいなかったら、きっと与えて貰うばかりで、支え合うことは出来なかった。
彼の繊細さの本当のところなんて、共に過ごさなければ、いつまでも見えないままだっただろう。
義母や義姉、友人のことで、落ち込んでいたり悩んでいたりする彼に気づいて声を掛けることも、きっと出来なかったのだ。
そしてスフィーアを産んで育てなければ、子育ての困難さ、辛さや苦しさを超える嬉しさや楽しさがあることも……知らないままだっただろう。
「全部消したいと思うなら、そうではなかった在り方ですら自分の手で壊すのよ。『間違っていた』と否定出来るくらい、愛を、あるべき形として育んでいって欲しいと、私は思うわ」
だから、とウェルミィは胸元に手を当てる。
「シドゥの気持ちも聞いて、その上で結婚しないのならそれでもいいの。でも私は、ヘーゼルはもう、与えられるばかりではない形で愛を育むことが出来ると思っているわ」
ミザリと共に、この家で侍女として、同じ部屋で過ごした時のように。
シドゥとの間にも、きっと。
「その為に、一度、真剣に彼と話し合うことは必要だと思うの」
今までのヘーゼルなら、とウェルミィは考える。
きっとこういうことを言われたら、少し不満そうにしただろう。
あるいは、自信なさげに目を逸らしただろう。
でも今日は、違った。
「……分かったわ」
「説教臭かったかしら?」
目線を逸らさないまま頷いたヘーゼルに、ふふ、とウェルミィが笑うと、ヘーゼルは首を横に振る。
「おせっかいではあるけどね。どうせ、シドゥから何か聞き出したんでしょう? 直接言えばいいのに」
その悪態が本心ではないことは、ウェルミィには分かっている。
『言えない理由』が自分の態度だと、それが分かるくらいには、ヘーゼルは大人になっていたから。
「本人に言ったら? 『直接言え』って。ヘーゼルのことが本当に大切なら、それで喧嘩になっても許してくれるでしょう」
「……昔、ミィ達の正体を知った時に相談したら、シドゥに同じこと言われたのよね」
「そうなの?」
「『よくも騙しやがって! って言ってこいよ。友達なら許してくれるだろ』って」
「その通りじゃない」
それが友達ではなく恋人であっても、許してくれるだろう。
分かっていても、自分のことになるとままならないのは、皆同じなのだ。
「ありがと、ミィ。頑張るわ、あたし。蓄えもなくなるし、旦那を作るのも悪くないかもしれないもの」
「それでこそヘーゼルよ。じゃ、頭を出して」
ウェルミィは、大人しく頭を差し出したヘーゼルに両手を伸ばして、頭を挟むように手を添えると……〝解呪〟を彼女に対して施した。
次話は17時投稿ですー!
コミカライズ4巻予約開始しておりますー♪
6/5発売です! 宜しくお願い致しますー♪
面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、いいね、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等宜しくお願い致しますー♪
この後書きの下部にスクロールすると、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価出来るようになっておりますー!
また、下のランキングタグから他の作品にも飛べるようになっておりますので、よろしければこちらも宜しくお願い致しますー!




