預言者なのか、考古学者なのか。
ヘーゼルの叱咤を受けたウェルミィが目を向けると、お義姉様も何かに気づいたような顔をしていた。
その顔を見て、何故か、ふふ、と笑いが込み上げる。
二人して、忘れていたのだ。
ーーーそうよね。
いつだって、そうだった筈。
何かをする時、お義姉様の為に、あるいはエイデスの為に、他の誰かの為に……ウェルミィは、全霊を傾けて行動していた筈だ。
傍に立つ夫の顔を見上げると、目線が合った。
「ねぇ。貴方が最近、仕事の時以外ずっと近くに居たのって、もしかしてこれが原因だったのかしら?」
スフィーアがあまり手が掛からなくなって来てから、何もない時は、割とお互いに本邸の中で自由に過ごしていたけれど。
思い返してみれば、目覚めた後はエイデスと共に過ごすことが多くなっていた。
てっきりウェルミィの体のことを心配しているのだと思っていたのに、違ったのだろう。
「……大切に思うものを増やすよう伝えたのは、私だからな」
言葉は少ないけれど、きっとウェルミィがそうなった原因にまで気づいていたから、口に出せなかったのだろう。
エイデス本人に『自分のことは心配するな』と言われたって、『大切に思い過ぎるな』と言われたって、そう出来ないことを分かっていたから。
まして『他人のことだけ考えて、自分のことを気にするな』なんて、エイデスは絶対、ウェルミィには言わない。
「ヘーゼルの言動で気づいてしまったことを、手放しで喜べなくもある」
「そうね。……でも、いつも肝心なところで一番欲しいものをくれる、最高の側付き侍女だわ」
ウェルミィが一番言うことを聞くだろうお義姉様も、多分皆に『負い目』があって、同じ状態だった。
だから、他の人に言われないといけなかったのだ。
ーーー今回の件を、『私のこと』だと捉えてしまっている時点で、ダメなのよ。
自分が、エイデスの体が魔人化した原因だと。
ヘーゼルとミザリの古傷を刺激したルトリアノの亡霊の原因を、自分のせいだと思ってしまったように。
でも、違うのだ。
事実は変わらなくても、考え方がそうではダメなのである。
お義姉様の望みを叶えたいから、その為だけに意識を傾ける。
エイデスを人間に戻したいから、その為だけに全霊を傾ける。
それが、ウェルミィという自分だった筈だ。
後悔したいなら、本当に全部解決してから、幾らでもすればいい。
ーーー今じゃないのよ。
そう思うと、頭がスッキリした気がした。
「リオノーラ夫人」
「はい」
「『天に至る鍵』は、【賢者の石】だけではないのよね?」
「おそらくは」
リオノーラ夫人は、素晴らしい知識と慧眼の持ち主だと言われている。
知る限りでも領地の経営手腕だけでなく、特に十二氏族や古代文明などの分野に造詣が深い人だ。
「他の鍵について、何か心当たりはございまして?」
「おそらくは〝時〟の氏族……『世界の書』の領域に至れる方と、聖剣の真の主人が必要でしょう」
と、リオノーラ夫人がレオに目を向けると、彼は軽く片眉を上げた。
聖剣の主としては、ソフォイル卿ではなくレオが必要、という話なのだろう。
「そして、オルミラージュ侯爵夫人が【魔王】の瘴気に囚われた際に下された、最も新しい『神託』の者達が、必要かと思われます」
「『神託』……が、あったの?」
ウェルミィは知らなかったので、エイデスを見る。
「ああ、タイグリム猊下に下されたものだな。あれにも……『語り部』の件の時同様、裏の意味があると?」
「女神が『裏』と考えているかは存じ上げませんが、別の視点から読み解くのは大切かと思いますわ。そして最後に……もしかしたら、オルミラージュ侯爵夫人はお気に召さないかもしれませんが」
と、リオノーラ夫人は手にした筒を軽く振る。
「こうした、読むことの出来ない古文書は、おそらく複数存在しております。それらを全て集めて、内に書かれた記述を知る必要があるかと思いますわ。その為には、編者の力が不可欠です」
「別に編者の力を利用することそのものを、厭うている訳ではありませんわ」
ヘーゼルとミザリのことに関しては、ふざけた真似をしてくれたとは思うけれど。
目的の為に使えるものは、気に食わないものでも全て使う。
女神に〝精霊の愛し子〟の力を天に返すという目的の為に、手段を選ぶ気はないのだ。
「では、この読めない古文書について説明致します。これはおそらく、【旧詩篇】と呼ばれるものです」
聞き覚えはありますか? とリオノーラ夫人が皆の顔を見回し、ヘーゼルのところで目を止めた。
ウェルミィも目を向けると、どうやら何故か心当たりがあるらしく、口が『あ』の形に開いている。
「あたしを誘拐した男が、そんな感じの言葉を口にしておりました」
「では、間違いないでしょう」
「リオノーラ夫人は、どこでそれを知ったのですか?」
「東のフェンジェフ皇国の属国……新婚旅行で赴いた砂漠の国ハムナにて、過去に得ていた情報の一つですわ」
朱瞳の男や古代文明にまつわる物事について、あまりにも博識過ぎはしないか、と、少々不審に思っての問いかけだったけれど。
別に隠すつもりもないのか、リオノーラ夫人はあっさり答えを口にした。
「そんなに前から……?」
「はい」
笑みをたたえたままのリオノーラ夫人に関する話を、ウェルミィはもう一つ思い出した。
『彼女には、名誉欲や金銭欲が一切ない。故に研究論文も公表しておらず、領地の益になるような契約書などにも名前が一切記されていない』
『深淵のような知識や知性を持ち合わせているけれど、動く必要がなければ動かない人なのでしょう』
エイデスやお義姉様は、そう評していたのだ。
そんなリオノーラ夫人は、淡々と話を続ける。
「【旧詩篇】は、古代文明に関係するあり得ない遺物です。古代文明は〝精霊の愛し子〟を筆頭とする十二氏族成立よりも、さらに前の代に存在した文明ですわ」
リオノーラ夫人は、ハムナ王国にある遺跡に刻まれた記述によって、古代文明と愛し子の関わりを知ったという。
「ハムナの王都には、その古代文明の遺物であり、他の多くの遺跡とは一線を画すピラミッドが存在しております。黄金のピラミッドの下部に同じ大きさの黒いピラミッドが付随した、『空中に浮く菱形のピラミッド』です」
精緻極まる魔導陣で龍脈の力を制御し、宙に浮き続けるピラミッドの内部には、『太古の【魔王】の精神体』が封じられていたのだそうだ。
それは、当時はまだアトランテ王太子殿下だったワーワイルズ・アトランテ国王陛下と、その婚約者であったディ・ディオーラ・アトランテ王妃陛下が旅行に赴いた際に遭遇して、滅されたらしい。
お義姉様が、そこで合点がいったように頷いた。
「……もしかして、ウェルミィを助けに来て下さった時に、ワーワイルズ・アトランテ陛下が口を滑らせそうになっておられたのは、その件でしょうか」
「ハムナ王国の聖域にまつわる件で、向こうの王家にとって聞こえのいい話ではないので、詳細は控えさせていただきますけれど。【魔王】退治に協力した際、封印の跡地となったピラミッド内部を調べさせていただき、記述を写し取りましたの」
そこで読み解いた記述の中に、【旧詩篇】の話があったのだと。
「『天に至る鍵』という単語も、その時に出てきたのです。『愛し子が望みし時、【旧詩篇】に記されし天に至る三つの鍵、四人の娘、一天に至る双極を求めよ。我が最愛に所縁の四つの地を巡りて後、封じられし都にて座す』と」
「それが女神に会う方法、ということですのね?」
「そのように捉えられます。その具体的な方法が【旧詩篇】には記されているのでしょう。現時点でわたくしが提供出来る情報と、そこからの推察は、以上になりますわ」
「そう……であれば、この後の質問はただの推測で良いのですけれど」
「はい」
「朱色の瞳の男、マイラーについて。リオノーラ夫人はどう思われまして?」
【旧詩篇】を得ることが、お義姉様の目的を達成することに繋がるというのは分かったので、それについて尋ねてみると。
「もう一人のウェルミィ・オルミラージュ侯爵夫人。そのような印象を受けますわね」
という答えが、返ってきた。
「……それは、大公国の時のような意味ですの?」
隔てた世界からこちらに来た『ウェルミィ・リロウド』のような存在だという話だろうか。
そう思って問いかけたのだけれど、リオノーラ夫人は首を横に振る。
「『何者でもないから、何者にでもなれる方』という意味ですわ。その件に関して、そうですね……わたくしから一つ、ご提案出来ることはございますけれど。お決めになるのは皆様方が宜しいかと思います」
「どんな提案かしら?」
リオノーラ夫人は、レオやお義姉様、そしてエイデスを順に見て……最後に、ヘーゼルに目を止める。
そして、【旧詩篇】の入った筒を軽く掲げた。
「ーーー編者の『宿命』を、彼に与えること。それが皆様の目的を達成する為に、最も早い方法と考えております」




