平民になった朱瞳。
ーーーどうなるかねぇ。
朱色の瞳の男……マイラー・マクスウェルは、牢屋の中で真剣に『この先』について考えていた。
捕まったこと自体は想定外だが、ズミアーノ・オルブランが狙い通りに動いてくれれば、少なくとも殺されることだけはない、と踏んでいる。
ーーーローラ姉ぇ。俺はこれで良かったのか?
マイラーは、この件の発端となった、叔母にあたる女性のことを考える。
父母が住んでいた国が帝国に併呑された時、マイラーはまだこの世にいなかった。
生まれたのは父母がライオネル王国に渡った後で、あの家がなくなった後はもう故郷や実家と呼べる場所はなくなった、と思っている。
マイラーは、6歳になるまでローラ姉ぇの実家に身を寄せていたのだ。
彼女は、不思議な人だった。
どこか達観したような先見の明を持っていて、どう振る舞えば物事がより良い方向に動くかを、理解していた。
そうしてエルネスト伯爵家に嫁ぐことになった彼女は、マイラーに幾つかの示唆を残していったのだ。
『マイラー。今の血統で、朱瞳を持つのは貴方一人……そして貴方はきっと、内海の向こうに戻ることになるでしょう』
『どのような苦難に遭おうと、大切に思う方々を助ける為に尽力すること。それがやがて、貴方自身を救うことになると思います』
マイラーは、ローラ姉ぇの言葉を忘れなかったことが、自分のファインプレイだと思っていた。
そうした会話の中で『やがて必要になるものがある』と彼女は言ったのだ。
『世界の書』に干渉し得る端末……『語り部』。
錬金の理により顕現し、女神に通づる者の意志を媒介する物質……【聖白金】。
そして陽竜草、月魅香、幻想花の三花の祝福を受けた【黒晶石】から花開き、不老長寿を齎す存在へ至る鍵……。
ーーー【賢者の石】。
『探して欲しいのです。どれだけ時間が掛かっても構いません。……やがて、我が子に必要となる時の為に』
『この家も、いずれ不幸に見舞われる可能性があります。きっと、わたくしの知り及んでいることも失われてしまうでしょう。我が子に伝えることが出来るかどうかも分からない。だから、覚えておいて欲しいのです』
結果として、全てローラ姉ぇの言う通りになった。
彼女の父母が没した時にバルザム帝国に戻ったマイラーの家族も、苦労や飢饉の中でこの世を去った。
が、幸運だったのは、大陸側に残っていたが戦乱を生き延びて従姉妹……ラージュ・マクスウェルの一家がマイラーを引き取ってくれたこと。
彼らも平民になっていたが、帝国に渡った後の極貧に比べれば、生活も遥かにマシだった。
だからその恩を返す為に、マイラーは勉学に励み、同時に瞳の力を使って必死にカネを稼いだ。
信用できる人間、出来ない人間を見定め、相手の感情を読み取り機転を利かせれば、それなりに上手く振る舞うことは難しくなかったからだ。
マイラーの師は王都で平民に教育を施している教師で、その伝手で会った古書を所有する貴族に気に入られ、文献の管理を任された。
勉強と仕事がてら様々な文献を漁る内に、【賢者の石】の情報に辿り着いたのだ。
そして、ローラ姉ぇの言葉を思い出した。
赤い石に関する古代現代含む様々な情報を辿る内に、それらしきものが掘り出されるという鉱山が見つかった話を聞いた。
ーーー掘ってみるか。
あの手の仕事は体力的にはキツいが、リターンそのものはデカい。
まだ若かったマイラーは、社会経験がてら雇い主の貴族に暇を貰い、その鉱山に坑夫として潜り込んだ。
想像以上にキツかったが、疲労困憊しながらも運よく大きめの原石を掘り出した。
鉱山の所有主であるロンダリィズ伯爵は豪快な人間で、『【魔銀】以外はくれてやる!』と公言していた為、それはマイラーのものになった。
それはあいにく【賢者の石】ではなく〝希望の朱魔珠〟という宝玉だったが、従姉妹一家への恩返しには十分な報酬を得ることが出来た。
功績と大半のカネはラージュの父親に譲って、一部を元手として得たマイラーは、各地を飛び回る書の商人として動き始めた。
知識を活かし、あらゆる文書を売り買いする商人となったのは、【賢者の石】を探すのに都合が良かったからだ。
それまでは趣味と仕事がてらだったが、本気になったのはラージュが病気になったからだった。
ーーーふざけるなよ……!
医者に不治の病と言われ、マイラーは【賢者の石】探しに本腰を入れた。
すぐ死ぬ訳ではないが、家から出ることも出来ない生活を強いられている彼女の為に。
だがマイラーは、焦り過ぎて必要以上に目立ってしまった。
マイラーが『【賢者の石】に至る『読めない古文書』を手に入れたことを、どこからか嗅ぎつけた遊興国『ベガス』の支配者が、事もあろうにラージュを人質に取りやがったのである。
言葉巧みに『治療法がある』と担当した医者を丸め込んだあの野郎は、ラージュに『治療の同意書』と騙してサインをさせたのだ。
彼女の命を握る、魂を縛る契約魔術の契約書に。
そして、マイラーに接触して来た。
殺意が湧いた。
だが、あいつを殺すとラージュが死ぬ為、手を出すことが出来なかった。
カネに汚い野郎なので、それでどうにかならないかと思ったが……当然その値段は法外で、ラージュの解放に【賢者の石】を求める相手に、マイラーは従うしかなかった。
ーーーそんで、このザマだ。
あの野郎には、『【賢者の石】を探す為にはどんな手段も使う』と言っておいたので、別に今回の動きでラージュに危険が及ぶことはないが、どうにか逃げる必要はあった。
ーーーローラ姉ぇの娘に会えりゃ、その辺りからワンチャンありそうなんだがな……。
【賢者の石】について、何故それが必要で、どうして探す必要があるのか。
ローラ姉ぇに詳しく伝えられたその情報を知っているのはマイラーだけであり、それが最後の切り札だった。
だが、相手は王妃。
この段に至ってはどうにもならないが、出来れば、会わずに済ませたかった。
マイラーは、自分の性格をよく知っている。
ローラ姉ぇに似てるだろうもう一方の従姉妹に会ったら、情が移りそうになるに違いないからだ。
だが、ヘーゼルには手を出すしかなかった。
裏の筋から得た情報でも、グリンデルの直系がヘーゼルとミザリの二人だけなのも運が悪かったし、保険として機能させられるのが、裏でめちゃくちゃ悪名高いオルブラン侯爵だけだったのもいただけない。
考え得る限り最悪に近い状況、だが。
ーーーまだ、最悪じゃねぇ。
マイラーにとって最悪なのは、自分が死んでラージュも殺されることだ。
それだけは、絶対に避ける。
無様な命乞いをすることになっても、自分の握っている情報を餌に、ライオネルの連中に薄汚い交渉をすることになっても。
神ならぬ身のマイラーに、今どういう状況かを知ることは出来ないが。
オルブラン侯爵がマイラーの尋ねた情報を渡せば、イオーラかオルミラージュ侯爵の関係者、どちらかが絶対に自分に会いに来る筈だ。
魂を縛る契約魔術はオルミラージュ侯爵家の研究成果であり、【賢者の石】以外にそれの解呪法を探している人間に、興味は湧くはずである。
その時にどう話を持っていくか、を、マイラーは虎視眈々と考え続けた。




