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機械生命体の暇つぶし  作者: マレ・プラネーテス
第一章 観測者
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【第四十話】追加観測

『必要な比較データの取得に成功しています。追加の一次研究工程はございません。お疲れ様でした』


アナウンスが終わると、アリアは作業台から離れ、その背後では解剖槽から解剖液の排出が始まり、使用を終えた作業面が順に洗浄工程へ移っていった。


「ここに三人いるからってやらされたってことないわよね?」


「データとして有効だったなら問題ない」


「……そういうことじゃないのよ」


アリアがマスターに向けた視線を外すと、三人は作業台から離れた。


『作業範囲の安全を確認しました。取得された一次研究データを基に、全自動工程を開始します』


やがて室内では、それまで使用されていなかった作業台も含めて表示面が順に起動し、待機していた個別標本ケースの台座が動き始めた。


作業台の周囲では複数の移送機構が同時に作動し、それぞれの個体がケースから作業面へ移されると、先ほどまで手作業で行われていた固定、外部構造の確認、分離の各工程が複数の作業台でほぼ同時に進み、各作業台では雌雄の違いや個体差を含む情報が随時記録へ追加されていった。


やがて各作業台で最初の個体の処理が終了すると、処理を終えた個体と分離された各部位が回収され、空いた作業台では作業面と周囲の機構の洗浄が始まった。その間にも、次の個別標本ケースがそれぞれの作業台脇へ運ばれ、その場で次の処理を待っていた。


全自動工程が問題なく稼働していることを確認した三人が、その場を離れて前室へ戻ろうとした時、最初に洗浄を終えた作業台では、次の個体を処理する準備が始まっていた。


個体がケースから作業面へ移されようとした時、触れた際のわずかな振動に反応するように複数の脚が動き、固定されるより早く身体を押し出して作業台の端から外へ飛び出した。


『対象個体に予期しない運動を確認。全自動工程を一時停止します』


全自動工程が一時停止した直後、別の作業台でも、作業面へ移されていた個体が同じように脚を動かし、固定される前に作業台の端から外れ、そのまま床面へ逃げ出した。


『対象個体二体の作業範囲外への移動を確認しました。両個体とも完全な覚醒には至っておらず、外部刺激に対する逃避反応による行動の可能性があります。短時間のうちに自発移動が可能になると予測されるため、一次研究を一時中断し、覚醒過程における逃避行動を追加観測対象に設定します』


『取得済みの行動データから、直接捕獲より設置型捕獲具の使用が有効と判断します。設置型捕獲具を使用してください』


アナウンスが終わると、壁際の移送口が開き、内部から小型の搬送台がせり出した。その上には複数の設置型捕獲具が重ねられていた。


「……もっと手っ取り早い方法があると思うんだけど」


『逃避行動の観測を継続し、対象を損傷せず捕獲する方法として、設置型捕獲具が最も適しています』


アリアは小さく息を吐くと、搬送台に重ねられた薄いシート状の捕獲具を一枚手に取り、端から薄い保護シートを剥がして作動可能な状態にした。


アリアに続き、マスターとセバスチャンもそれぞれ捕獲具を手に取り、保護シートを剥がして準備を終えると、三人は作業台の下へ滑り込ませたり、壁際や部屋の隅、設備の隙間など、個体の通り道になりそうな場所へ順に設置していった。


三人はそれぞれ数枚の捕獲具を設置し終えると、個体の動きを待つため、一度入口付近まで戻り始めた。


その途中、一体が勢いよく飛び出し、作業台から少し離れた場所に設置されていた捕獲具へ脚が触れた。個体の動きが止まると、続いて捕獲具の周囲が立ち上がり、個体を包み込むようにカプセル状へ変化した。


『対象個体一体の捕獲を確認しました』


カプセル化された捕獲具は、そのまま小型回収機によって搬送されていった。


「残りは追い立てるか?」


「そうね。その方が早いわ」


アリアは並ぶ作業台へ視線を向けると、もう一度マスターへ視線を戻した。


「私とセバスチャンで両側から回るわ。マスターは、もしこっちに出てきたらお願い」


アリアがセバスチャンへ視線を向けると、二人は室内の左右へ分かれ、床面に設置した捕獲具を踏まないよう位置を確認しながら、作業台の下や設備の陰を順に覗き込んでいった。


そのまま壁際に沿って研究室の奥まで進んだ二人は、反対側ですれ違うと、今度は互いが確認してきた側を辿るように入口へ向かって戻り始めた。


しばらく進んでも残る個体の姿は見つからず、アリアは一台の作業台の前で足を止め、身を低くしてその下を覗き込んだ。


腰のあたりでわずかに布地を引かれる感覚が伝わり、それは少しずつ背中側へ移っていった。

そのたびに布地の数か所が小さく引かれ、何かが引っかかるような感触が繰り返し伝わってきた。


別の作業台の下を確認していたセバスチャンが身を起こし、アリアの背中へ視線を向けた。


「見つけたようですね」


「……これを見つけたって言うのかしら。それより、背中を這い上がってくるの、早く何とかしてほしいんだけど」

「分かりました。少々お待ちを」


セバスチャンは手にしていた捕獲具の保護シートを剥がしながらアリアの方へ近づいていき、その間にも個体は衣服に脚を掛け、少しずつ背中を這い上がっていく。伸ばした触角の先が首元へ触れると、アリアの肩がわずかに動き、それに反応するように個体が翅を広げた。


セバスチャンはその動きを見ると、個体の着地点へ向けて手にしていた捕獲具を素早く滑り込ませ、そこへ個体がちょうど着地して動きを止めると、捕獲具はそのまま個体を包み込み、カプセル化した。


『対象個体二体の捕獲を確認しました。脱出から捕獲までに確認された運動反応、自発移動、人格個体への接触行動を追加観測データとして記録します』


「……最後のは記録しなくてもいいんじゃない?」


『確認された行動は記録対象に含まれます』


「そう」

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