第三十四話 深海の生態系
大型生物がなお海底付近を移動し、巻き上げた堆積物が周囲へ広がる中、三機は先ほど電気信号を検出した方向へ進み、濁りの影響が及ばない位置まで離れると、音響探査が海底から大きく露出した一つの岩塊を捉えた。岩塊へ近づいたところで、先ほどと同じ特徴を持つ微弱な電気信号が再び検出された。
三機はそれ以上岩塊へ近づかず、発信源を岩塊付近と仮定すると、距離を保ったまま異なる方向から観測できる位置へ分かれ、その過程で岩塊の下縁に横長の隙間が四か所あるのを捉えた。
「海底の堆積物への影響を抑えつつ、この岩塊を中心に周囲をしばらく定点観測する」
三機は岩塊を囲むように互いに距離を取ると、わずかに堆積物を舞い上げながら海底へ近づいていった。岩肌に付着した扇形のものが水流に揺れる中、三機が次の信号を待ちながら周辺の観測を続けていると、先ほど観測していた大型生物の一匹が、後方に細長い生物の群れを伴い、海底付近で大きな弧を描きながら堆積物を巻き上げ、ゆっくりと観測範囲へ入ってきた。
「どこまで行くつもりかしら」
「このまま通過するなら追う。ここは、その後で戻ればいい」
「私がここに残って、観測を続けてもいいわよ? ここで一度、分かれて動くのもありでしょうし」
その間にも、大型生物は堆積物を巻き上げながら岩塊の方へ進み、舞い上がる粒子を追う群れも後に続いた。
「やはり、あの群れは大型生物が巻き上げた粒子を追っているのでしょうか」
「状況だけ見ればそうだが、それが目的なら、もう少し近くを移動していてもいいはずだ」
大型生物が三機の囲む範囲を行き来するうち、巻き上げられた堆積物はその一帯にも広がり、岩塊の基部へ届きかけたところで、微弱な電気信号がもう一度検出された。
「今のはどっちかしら。あの長い方?」
「今の位置関係では断定できないが、先ほどと同種の反応だ。あの群れではない可能性が高い」
大型生物がそのまま岩塊へ近づくと、尾が巻き上げた堆積物も遅れて岩の基部へ流れ込み、隙間の周囲が薄く濁り始める。そこで再び、先ほどと同じ微弱な反応が検出されたが、大型生物は動きを変えることもなく進み続け、その巨体が岩塊のすぐそばへ差しかかった瞬間、それまでとは比較にならない強い電気反応が周囲へ広がった。
大型生物の尾の動きが一瞬止まり、巨体は進んでいた勢いのまま姿勢を崩すと、ゆっくりと堆積物の上へ滑り込んでいった。少し低い位置を泳いでいた細長い生物の数匹も動きを止め、姿勢を保てず海底へ沈んでいき、残りの個体は一斉に向きを変え、岩塊から距離を取るように周囲へ散っていった。
その直後、大型生物に最も近い隙間から太く長いものが堆積物を押し退けるように飛び出し、海底へ滑り込んでいく巨体の側面へ食らいつくと、そこを支点に体を大きく湾曲させ、巨体へ沿うように密着した。すると、再び強い電気反応が周囲へ広がった。
「確定だな」
「みたいね」
「先ほどまでの微弱な反応は、獲物の位置を探るためのものだったようですね」
「それに比べて、今のは相当強力そうね。……というか、自分まで感電してないかしら、あれ」
「捕食を終えるまでは、このまま観測を続ける。詳しく調べるのは、ラボに戻ってからだ」
隙間から現れた個体は大型生物の側面に噛みついたまま、長い体を捻るたびに、噛みついた箇所の組織を引き剥がし、周囲へ散らしていった。その間、大型生物は海底に横たわったまま尾を小さく震わせ、ときおりその尾が痙攣するように大きく跳ねると、側面に密着した個体から再び強い電気反応が広がり、尾の動きは次第に小さくなっていった。
繰り返されていた強い電気反応が収まると、岩塊から離れていた細長い生物も次第に戻り始め、海底付近に漂う組織片の周囲で、先ほどまでとは明らかに異なる速さで進路を変えながら、次々と食らいついていった。
「何匹か巻き込まれてたけど、あの細いの、あれだけ距離を取っていたのは、これを待っていたからかしら」
「これを待っていたというより、大型生物についていけば、こうして得られるものがある。それで、後をついていくようになったのかもしれません」
岩塊周辺の観測を続ける間にも、巻き上げられた堆積物は海底に沿って周囲へ広がり、次第にその動きを落ち着かせていった。濁りが落ち着き始めた頃、観測範囲の縁に別の生命反応が現れ、海底を伝うようにゆっくりと近づいてきた。音響探査には、複数の脚を順に動かしながら進む形が捉えられ、胴と思われる部分の上方に並ぶ突起物も、移動に合わせて揺れている。近づいていく先は、先ほど強い電気反応を受けて海底へ沈んだまま、なお動きを見せない細長い生物の一匹だった。
「何か、近づいてきたな」
「また変なのが現れたわね。海底を進んでるから向きが分かるけど、漂ってたら上下も前後も分からないわね」
近づいてきた個体は、その細長い生物の傍らで動きを止めた。頭部と思われる胴の先端を体表へ吸い付くように押し当てたまましばらく動かず、やがて先端が離れると、押し当てられていた箇所は丸くえぐり取られていた。
「この三機だけでは、ここ一帯の環境を再現できるだけのサンプルを持ち帰るのは難しいな」
「運搬用UAUを追加投入いたしますか」
「いや、今はこの三機で回収できる分だけで十分だ。運搬用UAUの投入は、帰還後でいい」
「それじゃ、目の前のものから回収するわよ」
そう言うと、アリアの同期するベータ機はゆっくりと動き出し、丸くえぐられていた細長い生物を、捕食中の個体ごと収容すると、海底付近に残る濁りをわずかに乱しながら、そのまま岩塊の方へと進んでいった。




