表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくのことを、誰も覚えていない理由  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第2話:また来た人



 その人は、また同じ場所に立っていた。


 石畳の隙間。

 白い花の前。


 ぼくはしゃがみこんだまま、顔を上げる。


 風の向きも、光の当たり方も、昨日とよく似ていた。


 違うのは――


 その人が、少しだけ埃をかぶっていることくらい。


「はじめまして」


 やっぱり、同じ言葉だった。




 胸の奥が、きゅっと縮む。


 予想していたのに。


 わかっていたのに。


 それでも、少しだけ痛い。


「……うん」


 うなずく。


 何も言えない。


 言ってしまえば、何かが壊れる気がした。


 たとえば――


「昨日も会ったよね」とか。


 そういうこと。




「ここで何してるんだ?」


 同じ質問。


「花、見てる」


 同じ答え。


 そのやり取りが、妙にしっくりくる。


 初めてのはずなのに。


 何度も繰り返しているみたいに。




 その人は、しゃがみこんで、花を見る。


「強いな」


 同じ言葉。


 同じ声。


 同じ、少しだけ優しい調子。


 ぼくは、少しだけ安心してしまう。


 それも、変だと思った。




「名前、あるのか?」


「……あるよ」


 反射的に答えていた。


 その瞬間、自分で驚く。


 ある?


 何の名前?


 誰の?


 言葉だけが先に出て、意味が追いつかない。


「へえ、なんて名前だ?」


 聞かれる。


 当たり前みたいに。


 答えを待たれる。




 口を開く。


 何かを言おうとする。


 でも――


 音が、出ない。




 喉の奥に、何かが引っかかっている。


 言葉にならない。


 形がない。


 探そうとしても、空白しかない。


 さっきまで“ある”と思っていたものが、どこにも見つからない。




「……ない」


 結局、そう言った。


 昨日と同じ答え。


 でも、さっきは“そういうもの”だったのに。


 今は、少しだけ違う。


 **“あった気がするのに思い出せない”**感じ。




「そうか」


 その人は、あっさりと引いた。


 深くは聞かない。


 まるで、最初からそれが正しい答えだと知っているみたいに。




「じゃあ」


 その人は花に視線を落とす。


「名前がないのは、かわいそうだな」


 同じ言葉。


 同じ順番。


 同じ間。


 それなのに。


 少しだけ、違う気がした。




「……それ、昨日も言った」


 気づいたら、口に出ていた。


 小さな声だった。


 でも、確かに言った。




 その人は、一瞬だけ動きを止める。


 ほんの一瞬。


 本当に、一瞬だけ。




「そうか?」


 首をかしげる。


 困ったように、少しだけ笑う。


 その顔は、やっぱり“初めて会った人”のものだった。




「うん」


 ぼくはうなずく。


「言ったよ」


 もう一度言う。


 確認するみたいに。




「……覚えてないな」


 その人は、あっさりと言った。


 悪びれもせずに。


 ただ事実を述べるみたいに。




 その言葉を聞いたとき。


 胸の奥で、何かが沈んだ。




 おかしい。


 これは、おかしい。


 でも。


 どこがどうおかしいのか、うまく言葉にできない。




「でも」


 その人は、花を見る。


「これを見るのは、初めてじゃない気がする」


 ぽつりと、言う。




 ぼくは息を止めた。




「名前は……」


 少しだけ考える。


 昨日と同じように。


 でも、どこか探るみたいに。


「……まだ、なかったな」




 その言葉に、少しだけ安心してしまう自分がいる。


 おかしいのに。


 忘れられているのに。


 それでも――


 何かが、つながっている気がするから。




「じゃあ、つけるか」


 その人は、軽く言う。




 その瞬間。


 胸の奥が、強く揺れた。




 知っている。


 この流れを、知っている。




「……リア」




 やっぱり、同じ名前だった。




 風が吹く。


 白い花が揺れる。


 その名前だけが、やけにくっきりと残る。




「リア」


 その人が呼ぶ。


 花に向かって。




 ぼくは、その音を聞いていた。


 何度も聞いたことがある気がした。


 でも、いつ聞いたのかは思い出せない。




「いい名前だと思う」


 気づけば、また同じことを言っていた。


 同じ言葉。


 同じ調子。




 その人は、やっぱり少し驚いて、それから笑う。


「そうか?」




 全部、同じなのに。


 どこかが、少しずつずれている。




「また来るよ」


 その人が立ち上がる。




 ぼくは、今度はすぐにうなずけなかった。




「……ねえ」


 呼び止める。




 その人が振り返る。


 少しだけ、不思議そうな顔で。




「もし」


 言葉を選ぶ。


 うまく言えない。


 でも、言わないといけない気がした。




「もし、また来たら」


「うん」




「ぼくのことも、覚えてて」




 一瞬、風が止まった気がした。




 その人は、少しだけ困ったように笑う。




「……努力はする」




 軽い調子だった。


 冗談みたいに。




 でも、その言葉を聞いたとき。


 どうしてか、少しだけ――


 泣きそうになった。




 その人は、歩いていく。


 やっぱり振り返らない。




 ぼくは、その背中を見ていた。




 そして、ふと思う。




 あの人は。


 何回くらい、ここに来ているんだろう。




 その考えは、すぐに消えた。




 考えようとしても、うまく続かない。


 途中で、ほどける。




 残るのは、ひとつだけ。




「……リア」




 名前だけが、ちゃんとそこにあった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ