第190話「魔王の食卓へ正式に」
助けてもらった場所へ戻る時、恩を返すだけでは足りないことがあります。
受け取ったものを覚えたまま、今度は相手が選べる形で差し出す必要があります。
炉都バルガルドを出て4日目、王核大陸の南西へ続く灰色の街道に、巨大な石門が見えてきた。
石門の上には牙をかたどった冠と、中央が閉じていない灰色の環が並んでいる。門の左右には武装したオーク系魔族、四腕族、小角族、獣人が立っていたが、槍先は街道ではなく地面へ向けられていた。
門前へ集まった旅人の列は、種族ごとに分けられていない。
荷車を引く人間商人の後ろに、角の欠けた魔族の家族が並び、その隣では羽毛の生えた亜人が入国札へ自分の食べられない物を書き込んでいる。門衛は武器より先に、水袋と食料の残量を確認していた。
前世で玲司が魔王国の門を書くなら、巨大な槍か、髑髏を積み上げた壁でも置いただろう。
現実の魔王国では、武器を持った門衛が旅人の水筒を覗き込み、
「次の給水所まで足りない。中で補給してから行け」
と注意している。
レイルは少し考えてから、左手で懐の小さな帳面を取り出した。
調査記録ではない。術式帳でもない。
表紙の隅に、自分で小さく【ネタ】とだけ書いた、何の提出義務もない帳面だった。
【魔王国の門番は、剣より先に水を見る】
「何書いてるの?」
リィナが横から覗き込んだ。
「小説のネタ」
「……まだ書いてたんだ」
「まだ、って何だよ」
「だって最近、見てるの報告書か術式帳ばっかりだったから」
言われて、レイルは帳面をめくった。
最後に書いた日付は、思っていたより前だった。
空白の頁が何枚も続いている。
「……書いてはいる。あまり増えてないだけだ」
「一日一頁は?」
「それを十年以上前の俺に言ってくれ」
「十年以上前のレイルにも言ったよ」
「そうだった」
リィナが笑う。
「じゃあ今日は一行書いたから、再開一日目ね」
「基準が甘くないか?」
「書かないよりいいでしょ」
レイルは否定せず、帳面を閉じた。
報告書に書けば、この門は国境設備になる。
大陸記に書けば、牙冠王国の制度になる。
小説なら――ここを通る誰かが、どこへ向かう門なのかまで考えていい。
それは役に立たない。
だからこそ、少しだけ懐かしかった。
かつて強制転移でこの地へ流れ着いた時、レイルたちは空腹と警戒で、門の大きさを見上げる余裕もなかった。
今回は学院と組合、教会、灰環盟約の印を付けた正式調査隊として戻っている。
その違いが、レイルには少し居心地悪く感じられた。
(肩書きが増えれば、話を聞いてもらいやすい。代わりに、こちらの言葉が共同体の決定として受け取られる。......前より慎重でなければならない)
「ねぇレイル、顔、硬いよ?」
隣を歩くリィナが言った。
愛剣は再鍛造のため炉都へ残し、腰には炉人族から借りた訓練用の片刃剣がある。重量は愛剣より200グラムほど軽く、彼女は歩きながら何度も柄へ触れ、抜剣位置を確かめていた。
「俺たちは、前は助けられる側だった。今回は契約書と物資を持っている。だからこそ、出し方を間違えたくないんだ。恩を返すつもりで『これだけしたから次は協力してくれ』と言ったら、結局は別の鎖になる」
「そこまで考えるのはいい。レイルだしね。でも、その後に『だから俺が全部確認する』へ行くのは禁止ね。今回は調査隊で来てるんだから、恩返しの仕方まで一人で決めなくていい」
「分かっている。契約はセレネとクラリス、物資はリオンの一覧を基準にして、最終判断は現地側へ――」
リィナが横から顔を覗き込み、途中でため息をついた。
「ほら、その顔だよ。分かってる人の顔じゃなくて、『自分で全部確認すれば事故率が下がる』って計算してる時の顔」
「顔でそこまで判断するなよ」
「十年見てるんだよ。あんたが自分だけで抱えようとする時、眉間の右だけ先に皺が寄るのまで知ってるんですけど」
リィナはそう言って、レイルの右腕を見た。
吊り帯は外れたが、ミレアからは重い物を持つことと、4件以上の保持を禁じられている。環刃短杖は修理中で、七環導杖も通常の杖形態のみ。今のレイルは、戦闘力の一部を炉都へ置いてきた状態だった。
「それで、腕は本当に痛くないの? 昨日みたいに『安静にしていれば問題ない』から始めたら怒るよ」
「……安静時は問題ない。指先の痺れも消えた。ただ、肩より上へ上げるとまだ奥が引っ張られる感じがある」
「だから!最初からそれを言って。私が知りたいのは『大丈夫と言える条件』じゃなくて、『まだ痛む条件』なんだから」
リィナは言いながら、レイルの右肩へ触れないぎりぎりのところで手を止めた。心配で触りたいのに、触れれば痛むかもしれない。その迷いが指先にそのまま出ている。
「本当に……昨日よりはマシなんだよね?」
「それは本当だ。だから、今日は無理をしない前提なら移動できる」
「うん。その言い方なら信用する」
リィナが右側へ回り、レイルの荷物を半分取ろうとする。
「その袋、私が持つ。今日は右腕を休ませる日でしょ」
「重量は軽いし、自分で持てる。それに中は記録札だから、順番が崩れると確認に時間が――」
「持てるかどうかで決めてないの。持たなくて済むなら持たない。そういう休み方を覚えなさいって、ミレアにも言われたでしょ」
リィナは返事を待たず、袋の紐へ手を掛けた。レイルがわずかに抵抗すると、昔のことを思い出したように目を細める。
「大丈夫。今回は崖から落とさないよ。あの時みたいに三時間探させたりしない」
「だから、あれは一度だけだ」
「十年以上たっても訂正するくらい気にしてるなら、もう十分反省してるね。じゃあ今日は私に預けて」
会話を聞いていたセレネが、反対側から小さく息をついた。
「リィナだけに全部持たせると、今度は彼女の左右重量が偏ります。半分はこちらへ。袋を二つに分ければ、記録順も崩しません」
「俺の荷物を分けるために、そこまで工程を増やす必要は――」
「あります。貴方の身体を治療するより、袋を二つへ整理する方が圧倒的に簡単なんです」
セレネが淡々と言い切ると、リィナも負けじと紐を引いた。
「じゃあ半分ずつ。私が重い方を持つから、セレネは札の順番を見て」
「重量は測って均等化します。恋愛上の意地を荷物運びへ持ち込まないでください」
「意地じゃないってば。……っていうか、レイル。なんで自分の荷物一つで私たちが作戦会議してるのに、そこで困った顔してるの?」
「二人とも、袋一つで競う必要はないと思っている」
「競ってませんから!」
「共同管理!」
二人の返事が重なり、結局レイルの手元には水筒だけが残った。
少女型のニアがレイルの肩上へ現れ、黒銀の猫耳を揺らす。
『はいはい、両側から荷物持たれる主人公ムーブ。本人だけ恋愛判定が未実装で、マジもったいない案件ですねえ』
「ただの荷物の分担だ」
『そういうとこ、今日も安定稼働だね、レイル』
門衛は調査隊の書類を受け取ると、まず人数を数え、次に食事制限を尋ねた。
ノアは血液摂取量と保存方法を細かく記し、ミレアは徹夜後に眠る可能性、ユノは「日本の生魚は好きだが王核大陸の生魚はまだ信用していない」と書いて門衛を困らせた。
カインは石板へ【何でも】と書き、ユノから「絶対あとで嫌いな物出ても黙って食べるやつ」と訂正されている。
門を抜けると、石造りの広場に長い食卓が何列も並んでいた。
昼食時だけではない。街へ入った飢餓者が、所属や支払い能力を問われず最初の一皿を受け取るための場所である。食卓の端には契約板が置かれているが、食べ終わる前に署名を求めてはならないと大きく書かれていた。
広場の中央で、牙飾りの冠を載せた巨体が立ち上がった。
ガズル・ヴァルグ。
オーク系の魔王種であり、【牙冠王】と呼ばれる王。褐色の肌には古い戦傷が走り、太い牙の片方は途中で欠けている。豪奢な王衣ではなく、厚い革と金属板を重ねた実用的な外套をまとい、片手には肉を切り分ける大包丁を持っていた。威圧感のある巨体に似合わず、気を許した相手へ話す時には鼻を鳴らすような「ブヒ」「ブー」が語尾へ混じる。それを恥じる様子はなく、むしろ王冠と同じくらい堂々とした彼自身の話し方だった。
「戻ったか、よく来たブヒ」
低い声は広場の端まで届いた。
「今度は腹が減っているか、ブヒ?」
「移動中の食料は足りています」
レイルが答えると、ガズルは片方の眉を上げた。
「腹が減っているかと聞いたんだブー。足りているかどうかじゃない。腹を空かせた者は、どれだけ平気な顔をしても契約書より皿を先に見る。王の前だからって、そこまで格好をつけるなブヒ」
「……昼食前だから、正直に言えば減っている。でも、先に要件を確認した方が――」
「だから先に食えブヒ。空腹を隠して結んだ約束は、あとで腹の分まで歪む。肉を噛んで、腹が落ち着いて、それでも同じ条件でいいと言えるなら、その時に話せば十分だブー」
大包丁が振られ、焼かれた肉の塊が厚く切り分けられる。
リィナの目が明らかに輝いた。
「正式な外交の席なのに、本当に先に食べていいの? 普通こういうのって、挨拶して、難しい話して、冷めた料理を最後に食べるやつじゃない?」
「空腹の者と契約するなブヒ。腹が減れば判断は食事へ引かれるし、断る力まで弱くなる。腹いっぱい食わせたあとで『それは嫌だ』と言われる方が、王としてはよほど信用できるブー」
リィナの表情が一気に明るくなり、隣のレイルへ小声で言う。
「やっぱり私、この王様好き」
「食事を先に出したから?」
「それも大きい。でも考え方も好き。……食事もかなり大きいけど」
リィナは最初の皿を受け取り、数分後には2皿目へ進んでいた。
ガズルはその食べ方を見て、満足そうに頷く。
「剣の娘、お前、前に会った時よりずいぶん食うようになったブヒ。いいぞ、その皿の減り方は見ていて気持ちがいいブー」
「前より動くようになったから。朝練も増えたし、脚部噴射を使うと本当にお腹減るんだよ」
「良い、良いブヒ。食えない戦士を前へ出す王は、兵より先に頭が飢えている。腹が減るほど動いたなら、その分は遠慮せず食えブー。肉ならまだある」
食卓には、調査隊だけでなく、王の側近、灰環盟約の交渉人、近隣集落の代表も座った。
レイルたちが持参したのは、王核大陸から持ち帰った知識を人間圏で整理した報告書だけではない。
保存食の製法、感染症対策、壊れた継路柱を仮設通信へ使う技術、炉都と人間圏を結ぶ交換部品規格。さらに、以前この国から受けた食料と宿泊に相当する物資を、誰でも使える共同倉庫へ納める契約案を用意していた。
食後、フィアが契約板を開き、セレネが内容を読み上げる。
「人間圏側から提供する保存穀物4,000食分、治療布600巻、初級浄水環20基。使用先は牙冠王個人ではなく、入国食卓および国境避難所。所有権は納入時に現地共同体へ移ります」
「それで、見返りは何だブヒ?」
ガズルが問う。
「白環旧中継核の調査許可、現地案内人2名、調査結果の共同保有です。軍事転用する場合は再契約。人間圏への優先提供義務は付けません」
「恩返しの名を使って、我らの道を買うつもりかブー?」
ガズルの声は責める調子ではない。ただ、言葉の中に隠れた交換を確かめている。
レイルは一度、契約書を見た。
「道を使わせてもらう対価は別に払う。食料は、以前受け取ったものを返すためではない。あの時、俺たちは食べた後に残るか帰るかを選ばせてもらった。だから今回も、受け取った共同体が使い道を選べる形にした」
「それで、借りを返したと思いたいのかブヒ?」
「返し切れるとは思っていない。助けられた事実を帳消しにするつもりもない」
「ならよいブー」
ガズルは契約書を自分で読まず、食卓にいる3人の代表へ回した。
「『王が受ければ国が受けたことになる』という契約は嫌いだブヒ。食卓を使う者、避難所を守る者、倉庫を管理する者が、自分の目で読め。王の牙は便利だが、民の返事まで噛み砕いてやるものじゃないブー」
「署名は王だけではない?」
「我の名は最後だブヒ。王の名前が一番上にあれば、後の者が『嫌だ』と言いにくくなる。そんな署名順で自由を飾るくらいなら、我は最後でいいブー」
クラリスが静かにそのやり取りを見ていた。
白い監査衣の袖口へ手を添え、少し考えてから口を開く。
「飢えている者へ先に食事を与えれば、契約を断って去る者も出ます。それでも構わないのですか」
「いるブヒ。去るために腹を満たす者だっている」
「共同体が負担した食料を持って」
「食った一皿で国が傾くなら、王の倉庫が小さすぎるだけだブー。二皿目から働くか、代価を払うか、誰かへ頼むかは本人が選べばいい。だが最初の一皿だけは鎖にしないブヒ。腹を満たすことと、誰かへ従うことは別だ」
クラリスの青白い瞳が、食卓の向こうへ向いた。
食事を終えた若い魔族の母親が、契約板へ署名せず、幼い子を連れて門の外へ戻ろうとしている。門衛は止めず、保存パンを1つ追加で渡した。
「正しい制度だと、私は思います」
「正しいから勝手に続くわけじゃないブヒ」
ガズルは大包丁を布で拭く。
「毎年、食料が足りるか数えるブヒ。足りなければ王の皿から削るブー。それでも続けようと決める者が、毎年ちゃんと手を動かすから続いている。制度ってのは、放っておけば腹を空かせる生き物だ」
レイルはその言葉を記録した。
完成された善い制度ではなく、毎年負担を選び直して維持する食卓。それは白環の「最適な食事を全員へ同じ時刻、同じ量で与える」提案とは正反対だった。
午後、調査隊は白環中継核が置かれた旧交易塔を遠くから確認した。
塔は国境の岩丘に立ち、7本の細い柱が中央の白い環を囲んでいる。近年、塔の周辺で魔物の移動と魔力吸引が増え、ガズル側も封鎖を検討していた。
正式調査は翌日から。今夜は客人として王宮ではなく、広場に面した宿へ泊まることになった。
部屋割りを確認したフィアが、記録板を読み上げる。
「女性4人部屋、リィナ、セレネ、フィア、ユノ。女性3人部屋、ミレア、ノア、ロッテ。男性4人部屋、レイル、アルド、カイン、護衛担当者1名。クラリスは監査用個室」
「待って」
リィナが手を上げた。
「ところで、レイルの右腕。夜中にまた痛みが出たらどうするの? 同じ部屋にアルドがいるのは知ってるけど、本人が黙ってたら意味ないよね」
「痛みが強ければ俺が起きる。寝返りの音でも気づくと思う」
アルドは真顔で答えたが、リィナはすぐ首を振った。
「問題はそこじゃなくて、レイルが『起こすほどじゃない』って勝手に判定することなの。昨日の朝だって、指が痺れてたのに最初は少しって言ったんだから」
アルドが真顔で答える。
「レイル本人が黙ってた場合、アルドは分かる?」
「正直に言えば、分からない。寝ている間の痛みまで顔で読む自信はないからな、俺は」
「でしょ。だったら私が隣の部屋へ――」
言い終わる前に、セレネが眼鏡を押し上げた。
「ちょっと待ってください。夜間痛の監視なら、私も術式測定環で確認できます。誰か一人が眠らず見張るより、記録を共有した方が確実です」
セレネが入る。
「夜間痛の記録なら、測定環を枕元へ置けば済みます。ですから、リィナが同室へ移る医学的な必要はありません」
「医学的な必要だけで言ってないよ。幼なじみとして心配なの。朝になって『実は痛かった』って聞くくらいなら、近くにいたいだけ」
「その感情は理解します。私も共同研究者として――いえ、それだけではなく、普通に心配しています。ただ、心配だからこそ、本人が眠れる方法を選ぶべきです」
言葉の終わりがいつもより少し柔らかく、リィナは一度だけ目を瞬いた。それでも引く気はないらしい。
「じゃあ聞くけど、夜中に痛くて眠れないってなったら、セレネはどうするの?」
「必要なら手を握ります。測定環より、本人が落ち着くならその方が有効です」
「さらっと何言ってるの!? その『必要なら』の範囲、絶対広いでしょ!」
レイルは2人の間へ入ろうとし、右腕を上げかけて痛みに顔をしかめた。
すぐにリィナとセレネが同時にこちらを見る。
「今、痛んだ?」
「何度くらいですか。さっきより強い?」
「二人とも近い。肩を上げた時だけだ。部屋割りは変えず、測定環を置いて、異常が出たらまずミレアへ通知。それで十分だと思う」
レイルがまとめると、リィナとセレネは顔を見合わせた。譲ったというより、次の条件を探している顔だった。
「じゃあ、ミレアに通知が行ったら私にも教えて。起こさなくていいから、朝に記録だけでも見たい」
「私も同じ条件でお願いします。夜間に駆け込むつもりはありません。翌朝、本人が『問題なかった』だけで済ませないためです」
「……通知先が増えすぎると宿全体が起きそうだが、その条件なら分かった」
ニアが黒銀猫型へ縮み、レイルの頭上で丸くなる。
『じゃ、ニアちゃんが見張る。異常出たら全員へ爆音通知。恋愛的にも公平』
「公平の使い方が違う」
『多数決なら勝てるよ?』
ガズルは少し離れた食卓から一行を眺め、低く笑った。
「ブハハ、前より腹だけじゃなく、抱える問題まで増えたなブヒ。だが妙なもんだブー。前より面倒そうな顔をしているのに、顔つき自体はずっとましだ」
「同行者が増えた分、確認事項も増えたからだと思う」
「違うブヒ。前は選べるものが少なかった。今は誰に頼るか、何を断るか、どこまで任せるかまで自分で選べる。問題が増えたんじゃないブー。選ぶものが増えたんだ。王をやっていると、その違いは嫌でも分かる」
レイルは返事をしなかった。
右にはリィナ、左にはセレネ。正面には、食事を与えた後で選択を返す王がいる。
選択肢が増えることは、危険が増えることでもある。それでも、削って一つにするより、抱えたまま選ぶ方を自分たちは望んでいる。
夕暮れ、旧交易塔の白い環が一度だけ強く光った。
食卓に並んだ皿の水面が揺れ、ガズルの笑みが消える。
「明日の調査予定は全部止めるブヒ。塔へ向かう必要は、もうなくなった」
「中止って、向こうで異常が出たから?」
「違うブー。異常の方が、こっちへ向かっている。……ここからは客扱いをしている時間じゃない。腹を満たしたなら、次は生きて戻る支度をしろ」
門外の見張り塔から、角笛が3度鳴った。
白環中継核へ近づく軍勢がある。それも、国境警備隊では止められない規模だという合図だった。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
助けられた事実を帳消しにせず、食料と技術を現地共同体が使い道を選べる形で差し出し、肩書きを持って戻る責任を確かめた魔導士。
・リィナ・アルセイル
歓迎料理を前回以上に食べ、再鍛造中の愛剣がなくても借り物の重さを確かめながら、レイルの荷物と夜の痛みまで心配した剣豪。
・セレネ・グランツ
支援物資の所有権と軍事転用条件を明文化し、レイルの夜間監視を医学と共同研究の名でリィナと争った術式設計者。
・ガズル・ヴァルグ
飢えた者へ最初の一皿を契約前に渡し、王の署名を最後へ置くことで、食卓を鎖へ変えない【牙冠王】。
・クラリス・オルビス
食事を受け取って去る者まで許す制度を見て、正しい仕組みではなく、負担を選び直す者が制度を支えると知った監査役。
・フィア/アルド/ノア/ミレア/ロッテ/ユノ/カイン/ニア
契約条件、宿の部屋割り、負傷監視、食事制限をそれぞれの立場から確認し、再訪を観光ではなく共同任務へ整えた同行者たち。
【今回の能力・設定メモ】
・ガズルの食卓
入国した飢餓者へ最初の一皿を無条件で提供する。2皿目以降の労働、支払い、支援は別途選択し、最初の食事を所属や服従の対価にしない。
・白環旧交易塔
7本の柱と中央環から成る旧中継設備。近年、周辺の魔力吸引と魔物移動が増加し、外部勢力も戦略資源として狙っている。
【次回】
旧交易塔を巡る交渉の前に、敗者を拾う虎と、自由へ値段を付ける男が同じ食卓へ着きます。
最初の一皿を鎖にせず、返礼の物資にも使い道を選ぶ余地を残したことで、再訪は恩返しではなく新しい契約になりました。レビュー、ブックマーク、フォローで、角笛の先から始まる灰環の交渉と戦いを応援いただければ幸いです。




