第188話「六つ目を離すな」
自分だけで持てないものを、誰かに作ってもらうことがあります。
最後に受け取る者が責任を負っても、そこまで運んだ手を無かったことにはできません。
中央結節の四本の補助支柱から、術式光が一斉に消えた。
セレネが支柱の補強魔法を外周壁へ移すと、石柱の内部に残った魔力が露出する。隔壁の向こうで岩を食っていた【環喰大百足】は、すぐに反応した。
左右の壁から伸びていた環状反応が、中央へ向きを変える。
巨大な身体が岩盤を押し分け、無数の脚で補助支柱へ食らいついた。支柱表面の術式環が一枚ずつ剥がれ、百足の甲殻へ吸い込まれていく。
「誘導成立。外周結界の維持、十四分三十秒」
セレネが告げる。
「負傷者から地上へ。歩ける者は二列、壁へ手を付けないこと。アルド、昇降路入口。カインは最後尾。ユノ、照明を前から動かしてください?」
「了解。眩しすぎたら言って。今は盛るより足元優先でいくよー」
ユノは剣を抜かず、掌から細い光帯を伸ばした。光は昇降路の床だけをなぞり、崩れた段差と落石を浮かび上がらせる。
フィアは名簿を持ち、通過者の名前へ一人ずつ確認線を引く。
「第一列、重傷二名を含む六名。第二列、軽傷四名と作業員二名。調査隊は最後です」
ミレアとクラリスは担架の左右へ付き、ノアは魔力枯渇した作業員の呼吸を見ながら歩く。アルドは昇降路入口へ盾を置き、百足側から飛んでくる石片を一つずつ外へ弾いた。
レイルは中央結節へ残り、七環導杖の損傷部をロッテへ見せている。
「交換ピンは入りました。ただし、変形固定具は直りませんねこれ」
ロッテは環刃短杖の三日月を半開きの位置で固定した。短刃と杖骨は使える。護拳は一度強い衝撃を受ければ、今度は根元から外れる可能性がある。
「排圧副路の石粉は抜きました。発射時、反動の三割を杖頭、二割を足裏へ。残りは右腕へ来ます」
「五割も残るのか?」
「六層を想定していない試作です。撃たない選択をまだ推奨しますよ私は」
「十二名が昇降路へ入るまで、百足は支柱を食っている。その後、追撃へ切り替えるぞ」
「分かっています。でも、武器を壊せば済む話ではありません。右腕の魔力経路が裂かれれば、聖級も治療魔法も使えなくなる可能性があります」
「わかってる。右腕だけで受けない。足裏と杖頭へ流す。環が外れたら、発射を中止する」
「六件目を受け取った後でも?」
「外れた時点で、保持を順次返す。撃ち切ることを優先しない」
ロッテはレイルの顔を見た。
「......その順番を、本当に守れますか?」
「守る。武器が壊れたら撃たない。六件持った事実を残すために腕を壊すつもりはない」
「記録しました」
フィアが昇降路から声を返した。
「撤回は、皆の前で行ってください」
「分かった」
リィナは中央結節の反対側で、試験剣の峰へ巻かれた応急帯を確かめていた。
白い損傷線の周囲をロッテが薄い鋼帯で固定したが、一時的な補強にすぎない。同じ場所へ横から力を受ければ、刀身は折れる。
レイルが近づくと、彼女は剣を鞘へ入れず、両手で持ったまま振り返った。
「六件目、本当に私の剣へ置くの?」
「ノアが形成する地質魔法の固定環だけだ。魔法を剣へ入れるわけじゃない。刀身を照準板にして、節を開いた瞬間に俺が触れて受け取る」
「受け取った後、私はどうすればいいの?」
「剣を抜いてくれ。甲殻へ残せば、発射の衝撃で折れるからな」
「抜けなかったら?」
「六件目を完成させ、単発で内部へ落とす。五層砲に切り替えるつもりだ」
「私が離れるまで撃たない?」
「ああ、撃たない」
「百足が動いても?」
「リィナを巻き込む射線では撃たない」
彼女はレイルの目を見たまま、少し息を吐いた。
「分かった。私も、切れなかったからって無理に剣を残さないようにする。開かなかったら下がる」
「愛剣ではないからか?」
「違う。試験のおためし剣でも、今の私に必要な剣だから。壊していいわけじゃない。それに、愛剣だったら余計に無茶しそうだから、今のうちに止まり方を覚えるよ」
「俺も同じだな」
「うん。二人とも、壊れた武器を理由にして、前へ行きすぎる」
「今回は、戻るために使おう」
「約束だよ」
リィナは剣を持ったまま、左手の小指だけを伸ばした。
幼い頃の約束と同じ仕草だった。
レイルも小指を掛ける。剣を挟んだ短い距離で、彼女の指は温かい。
「戻ろう」
「一緒に」
指を離すと、リィナはすぐ戦闘のための顔つきへと戻った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
地上への第一列が昇降路の半分を越えた頃、補助支柱の一本が食い尽くされた。
百足の頭部が岩壁を割り、中央結節へ姿を現す。前回リィナが傷を付けた三節目は、白環杭の魔力で半分ほど修復されていた。ただし、完全には閉じていない。甲殻の継ぎ目に沿って細い赤黒い線が残る。
「標的確認。三節目内部、環状集積部まで厚さ二尺七寸」
ニアの解析表示が重なる。
「地質密度、外殻九、内部三。岩杭六層なら貫通可能性六十八%。五層、四十一%」
「追撃不能まで損傷を与える確率は」
「六層七十九%、五層五十五%。ただし坑道崩落リスク、六層二十二%」
「セレネ」
「外周結界を発射方向へ二重化します。地上へ向く昇降路側は三重。崩落した場合、中央結節だけを落とします」
「作業員は?」
フィアが名簿を確認する。
「第一列、地上到達。第二列、残り二十七段。ミレア、クラリス、ノアが同行。あと二分必要です」
「二分、百足を支柱へ留める」
アルドが前へ出た。
白銀の盾を百足の頭部へ向け、中央結節の入口へ線を置く。敵を倒す位置ではない。昇降路へ向けさせないための壁だ。
「レイル、形成を始めろ。二分は俺が持ってやる」
「一人で受けるな。カイン、右脚。ユノは左の照明環を囮へ!」
カインは石板を上げる。
【了解】
ユノが光帯を百足の左側へ集める。
「ムカデちゃん、こっち見て。あんた、光るもの好きでしょ、環食べるくらいだし」
百足の無数の眼が光へ向く。
アルドが盾を打ち鳴らし、頭部を中央へ戻した。顎が振り下ろされる。彼は正面で止めず、盾を斜めにして右へ流す。カインが右脚の関節を剣の腹で押し、百足の重心を外へずらした。
レイルは四枚の小型地質形成環を起動する。
地面から石を無限に作る魔法ではない。足元の砕石を集め、圧縮し、細い杭へ形成する初級術式。四つとも同じ構造へ揃え、結着直前で止める。
一件目は右掌へ硬い粒の感触、二件目は左掌へ下向きの圧力、三件目は七環導杖の杖頭へ重量として置く。四件目だけを、オムニアが視界右上へ出す白環へ結びつけた。
「四件分離」
フィアの声が通信へ届く。
「保持時間、開始。現在〇秒」
百足の脚がアルドの盾を横から打つ。盾の下端が石床を削り、彼の身体が一歩後ろへ滑った。
「守護線、後退一歩。維持」
フィアが記録する。
アルドは敵を追わず、同じ一歩を戻して昇降路の前へ立つ。
「まだだ!」
レイルへ向けた声ではなく、自分の足へ命じるようだった。
セレネは五件目の形成を始める。
同じ砕石、同じ圧縮率、同じ杭径。彼女の得意な並列術式を使えば、より複雑にできる。それをあえてレイルの四件へ揃え、余計な判別条件を削っている。
「第五形成、九割五分。結着前で維持」
ノアも六件目を作る。赤紫色の瞳へ術式光が映り、細い指が空中の形成環を一工程ずつ閉じる。
「第六形成、九割。九割三分。九割七分……ここで止めます。私の通常癖では九十九%まで進みますが、今回は貴方の受け取り位置へ合わせます」
「八割七分で揃えろ」
「理由は」
「リィナの試験剣と同じ重さの比率だ。俺が六件目の感覚を剣へ結びつける」
「術式と剣を同一視しないでください」
「同一視はしない。識別信号にする」
ノアは一瞬考え、形成環を少し開いた。
「八割七分へ戻しました。効率は下がりますが」
「分かりやすさを優先する」
「今の判断は妥当です。悔しいので後で改善します!」
百足が大きく身体を捻った。
光の囮を無視し、昇降路へ頭を向ける。アルドが盾で左顎を受け流すが、右顎が盾の外から伸びた。
カインが間へ入り、長剣を横にして噛み込みを止める。鋼が軋み、彼の靴が石床を滑った。
石板を書く余裕はなくても、カインはレイルへ一度だけ目を向けた。その視線と踏ん張った足が、まだ持つという意思を言葉より明確に伝える。
「第二列、地上到達まで十段!」
フィアの声。
リィナが試験剣を構え、百足の三節目へ向かう。
「行く!」
「噴射は一度だけ。抜刀では使うな」
「分かってる!」
彼女は剣を抜いた状態で左足の【脚圧噴射】を短く使った。身体が百足の外側へ滑り、アルドとカインが作った隙間を抜ける。
軽い試験剣が一手目から速く入る。
以前の重さなら、斬り下ろした刃を手首で引いて二手目へ戻していた。今は引かない。切っ先が甲殻を越える勢いを、右足の踏み込みへ渡す。腰を回し、傷の下から二撃目。刀身の白い損傷線が光る。
止めない。
左足を置き直し、三撃目を同じ継ぎ目へ入れる。
【無終剣・継歩】。
甲殻が指二本分開いた。
「まだ――浅い!」
「四撃目は剣が持たないぞ!」
レイルが叫ぶ。
「あと一回!」
リィナは試験剣を抜かず、柄を両手で押した。切るのではなく、開いた甲殻を梃子のように広げる。刀身が大きく撓み、応急帯の下で峰の傷が伸びた。
「六件目、固定位置へ!」
ノアの形成環が試験剣の鍔へ重なる。
「レイル!」
リィナが呼ぶ。
レイルは四件を保持したまま走り出した。
右足へ五件目を置く予定は捨てている。セレネの形成環は、環刃短杖の破断した三日月へ固定されていた。左足も空けたまま、走行と制動に使える。
百足の脚が横から迫る。
環刃短杖を展開。半開きの三日月環へ脚の爪を当て、外側へ流す。安全破断部が悲鳴を上げるが、まだ外れない。レイルは反動へ逆らわず、爪に押された勢いを前進へ使った。
「第五、受け渡し!」
セレネが叫ぶ。
環刃短杖の三日月へ固定された地質魔法へ、レイルの【未完】が触れる。
結着直前を奪うと、五件目が三日月環へ残った。右掌、左掌、杖頭、視界、三日月の境界はまだ消えず、頭の奥では五つの石が別々の場所へ落ち続けている。
「五件保持! 混線なし!」
フィアの声が遠い。
百足が身体を揺らし、リィナを甲殻ごと振り落とそうとする。
レイルは三節目へ足を掛けた。巨大な魔物の背は、鉱石の斜面のように傾いている。無数の脚が壁を掴むたび、足場が上下した。
「リィナ、剣を抜け!」
「まだ六番が!」
「俺が触れる。剣を抜く準備をしろ!」
レイルは左手を試験剣の鍔へ伸ばした。
ノアの形成環が指先へ触れる。
一瞬、他人の魔法に含まれる癖が流れ込んだ。工程を疑い、誤差を削り、最後まで証明しようとするノアの百二十年分の手つき。自作の四件より、情報が重い。
(全部を読むな。八割七分。地質。杭径同一。六番)
最後の結着だけを奪った瞬間、六件目の重さで視界が白く狭まった。
右手と左手の区別はある。杖頭の重さ、視界の白環、三日月の振動、試験剣の八割七分。六つとも別の場所にいる。
「六件保持!」
フィアの声が響く。
「保持時間、一秒以内で解放!」
百足が頭部を壁へ打ちつけた。
三節目の足場が跳ね、リィナの身体が剣から浮く。レイルは彼女の腰帯を右腕でつかみ、左手を鍔へ残した。六件の負荷を持つまま二人分を支える余裕はない。右肩へ鋭い痛みが走る。
「剣を抜け!」
リィナは柄を捻り、甲殻の開きへ沿って試験剣を引いた。
刀身が抜ける直前、峰の白い傷が弾け、先端側が甲殻の隙間へ折れ残った。それでもリィナは、柄と半分になった刀身を手放さない。
「抜いた!」
「離れろ!」
レイルは彼女を外側へ押す。
カインが百足の脚から跳び、空中のリィナの腕を掴んだ。二人は壁際の足場へ着地する。
射線が空いた。
環刃短杖の短刃を甲殻の隙間へ差し込み、三日月環を外殻へ当てる。盾ではない。発射位置をずらさないための固定具。
「杖接続、維持。排圧副路、限界八割」
ニアの警告。
「三日月環、根元亀裂。発射可能時間、二秒未満」
レイルは両足を百足の節へ置き、足裏の排圧路を開いた。
「未完記録、一番から六番。完成順、前から」
一件目を完成。
砕石の杭が環刃短杖の内側へ生まれる。
二件目が後ろから圧縮し、三件目が杖頭から軸を揃える。
四件目、五件目。
環刃短杖の三日月が外へ開き始め、破断ピンが一本飛んだ。
「武装破断!」
ロッテの声が通信から届く。
約束どおりなら、ここで止める。
五件目まで完成している。六件目はまだ保持中。今撃てば、開いた環から射線が外れ、右腕へ反動が戻る。
レイルは短刃をさらに甲殻へ差し込んだ。環が外れても、杖骨と短刃で軸を固定できるか。
右肩の痛みが増す。
(六件持った証明のために撃つな。武器が壊れたら中止する、と言った)
「六番、単独完成へ変更!」
レイルは六件目を重層砲へ入れず、甲殻内部へ直接落とした。
ノアの地質魔法が、集積部の表面を一度だけ硬化させる。
壊すのではない。逃げ場を塞ぐ。
「一番から五番――連環解放!」
五層の【未完重層岩杭】が短刃の射線を通り、硬化した集積部へ突き刺さった。
威力は六層より落ちる。
それでも、六件目が内部を固めたため、衝撃は周囲へ逃げず中央へ集まった。
環状集積部が内側から割れる。
百足の全身に点灯していた白い環が、一斉に消えた。
巨大な身体が硬直し、壁を掴んでいた脚が次々に外れる。
「落ちる!」
リィナの声。
レイルは環刃短杖を抜こうとしたが、短刃が甲殻へ噛んで動かない。七環導杖との接続を切れば逃げられる。しかし主武装を百足へ残すことになる。
(武器より戻る)
柄の緊急解放環へ指を掛けた瞬間、白銀の盾が下から突き上げられた。
アルドが百足の節へ登り、盾の上端をレイルの足元へ差し込んでいる。
「武器を抜け! 落ちる場所は俺が支える!」
「昇降路は?」
「全員地上だ!」
フィアの通信が重なる。
「未帰還者十二名、治療班、全員地上到達。調査隊残存、レイル、リィナ、カイン、アルド、セレネ、フィア、ユノ、ロッテ。撤退条件へ移行!」
守る対象が地上へ移った。アルドは役目を終えたから来たのではない。次の守護対象をレイルへ変え、線をここまで運んできた。
レイルは両手で柄を引く。アルドが盾で甲殻を押し、カインが反対側から短剣を差し込む。リィナは折れた試験剣の柄を楔へ使い、三人の力を同じ方向へ揃えた。
「一、二――今!」
リィナの声で、短刃が抜ける。
百足の身体が中央結節へ崩れ落ちた。
アルドは盾を傾け、レイルとリィナを壁側へ滑らせる。カインは最後に飛び、ユノの光帯へ足を掛けて着地した。
セレネが外周結界を解除する。
「中央結節を落とします。全員、昇降路へ!」
一行が走り出す。
背後で天井が崩れ、巨大百足の身体と白環杭を石の下へ埋めていく。集積部を失った百足は追ってこない。討伐できたかは分からない。少なくとも、無数の脚が再び動く音は聞こえなかった。
地上へ出る頃には東の空が白み始め、冷たい朝風が坑道の熱と石粉を身体から剥がした。レイルは出口を二歩進んだところで、ようやく膝をつく。
六件目はすでに返している。残っているのは、六つを分けた反動と、発射を五層へ変更した際の経路の捻れだった。右肩から指先まで熱く、左耳ではまだ槌音のような響きが続いている。
「動かないでください」
ミレアがすぐ前へ来る。
銀灰色の長髪へ石粉が付き、眠そうな紫の瞳だけが鋭い。レイルの右腕を膝へ載せ、指先の色と脈を確認する。
「右肩経路に炎症。断裂はありません。左耳の異音は?」
「低い音が一つ。言葉には聞こえない」
「それなら、港の時より混線は少ないです。今日は魔法禁止。少なくとも一日、四件保持も行いません」
「百足の確認が」
「現場責任者と炉人族の討伐班が行います。貴方の任務は終わりました」
レイルは地上へ並ぶ十二人を見る。
全員いる。フィアの名簿にも、十二本の完了線がある。
「分かった。終わる」
ミレアが小さく息を吐く。
「今日は早いですね」
「撃ち方を途中で変えた。六件目を重ねなかった。止めた結果も記録したい」
「それは後です。今は休んでください」
リィナが隣へ座った。
手には、半分から先を失った試験剣がある。刀身は折れたが、柄と鍔は残っている。彼女は破断面を見つめ、悔しそうに唇を噛んだ。
「ごめん」
レイルが言う。
「何が?」
「六件目の固定へ使った。剣の負荷が増えた」
「私が使うって決めた。レイルだけのせいにしないで」
「それでも、折れた」
「折れる場所が分かった。愛剣でやる前に」
リィナは柄を握り直す。
「それに、六つ目を重ねなかったでしょ。武器が壊れたら中止するって約束、守った」
「五層は撃った」
「六件目を別に使って、私が離れるまで待った。完璧じゃないけど、戻った」
「試験剣は戻らなかった」
「部品は全部拾う。炉へ持って帰る。次の剣へ残せるところを探す」
彼女の言葉は、自分へも向けられていた。
環刃短杖も無傷ではない。三日月環は根元から曲がり、短刃には百足の甲殻が食い込んでいる。七環導杖の長軸は接続を保ったが、近接変形は解除できない。
ロッテが二本の壊れた武器を見比べた。
「成功とは言いません」
「分かっている」
「試作は想定どおりに壊れましたが、五層発射の反動値は上限を超えています。リィナの試験剣も、峰の傷から折れた。改良箇所は全部分かりました」
「なら、失敗だけでもない」
「はい。失敗箇所を回収できた、が正確です」
ロッテは曲がった三日月環を工具布へ包んだ。
「次は、六層を撃てる武器を先に作るのではありません。五層で壊れず、壊れる時に射線を外さない構造を作ります」
「保持は?」
ノアが治療区画から戻ってくる。
赤縁眼鏡の片側へひびが入り、淡金色の髪には石粉が付いていた。それでも、最初に見るのはレイルの顔ではなく、ミレアが押さえている右腕だった。
「六件目を一秒未満保持し、即座に用途変更。四件は自作、第五はセレネ、六件目は私。完全な六件安定とは認めません」
「認めなくていい」
「反論しないのですか」
「六件を同時に重ねられなかった。保持はできたが、武器破断で六番を別完成へ変えた。今の結果を六層成功と書けば、次に無理をする」
ノアの口元がゆっくり上がる。
「良い回答です。厳しく否定する箇所が減りました」
「残っているのか」
「当然です。貴方は百足の背へ乗りました。十歩条件を守れていません」
「百足が四十二歩あった」
「対象の大きさで距離条件を再解釈しないでください」
「そこは反省している」
「ほかにも十二件あります」
「多いな」
「一件ずつ説明します。逃げないでください」
「今日は休めと言われている」
「横になったまま聞けます」
「査読が治療より早い」
フィアが淡々と補足する。
「ノアの指摘予定、現在十三件。安全記録として必要です」
「増えてる」
「先ほど一件追加されました」
アルドが盾を地面へ置き、三人の会話を聞きながら笑った。
「全員戻った。なら、説教も聞ける」
「アルドにもあります」
ノアが振り返る。
「隔壁へ腕を入れました」
「盾を入れた」
「腕も付いていました」
「外せない」
「その理屈を査読します」
今度はリィナまで笑い、張りつめていた空気が少し緩んだ。
朝日が山の稜線から差し、鉱区入口の石粉を金色に照らす。
十二人の作業員は治療を受け、炉都へ戻る準備をしている。誰も百足を倒した英雄の話はしなかった。現場責任者は失われる第三鉱区の損害を計算し、フィアは補償と再調査の日付を空欄へ残している。
レイルは担架へ横になったまま、折れた試験剣と曲がった環刃短杖を見た。
六件目を掴んだ瞬間の感覚は、まだ明確に残っている。
それ以上に、武器が壊れた時に六層を諦め、五層と単独一件へ分けた判断を忘れたくなかった。
強く撃てたことより、撃ち方を変えて全員で戻ったことを、次の技術へ残す。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
自作四件へセレネとノアの二件を一秒未満だけ受け取り、環刃短杖の破断後は六層を中止して、五層岩杭と単独六番へ用途を分けた魔導士。
・リィナ・アルセイル
軽量試験剣で環喰大百足の甲殻を三撃と梃子で開き、刀身が折れても射線から離れる約束を守り、壊れた部品を次の剣へ持ち帰った剣豪。
・アルド・クロイツ
十二名の昇降路前へ守護線を置き、全員の地上到達後は百足の背まで線を動かして、落ちるレイルの足場を盾で支えた前衛。
・カイン・ヴェルド
百足の顎を長剣で支え、空中のリィナを受け止め、最後には短刃を抜く力を同じ方向へ揃えた無言の剣士。
・セレネ・グランツ
百足へ補助支柱を食わせて退避時間を作り、第五の地質魔法を環刃短杖へ固定し、発射方向の崩落を外周結界で抑えた術式設計者。
・ノア・エルグラム
第六形成を八割七分へ戻して識別可能にし、六件成功を目的化させず、帰還後には判断を十三件に分けて査読する研究者。
・フィア
十二名全員の地上到達、六件の受け渡し、武器破断後の用途変更を記録し、討伐ではなく帰還条件の完了線を引いた目録官。
・ミレア・ノクス/クラリス・オルビス
負傷者を地上へ運び、帰還後には右腕の炎症と聴覚混線を確認し、永久封鎖ではなく救助に必要な時間だけ坑道を固定した治療担当と監査役。
・ロッテ・ベルクマン/ニア
五層で壊れた三日月環と折れた試験剣を回収し、破断位置、排圧、射線、六件分離を次の改良記録へ残した技術・解析担当。
・ユノ・アステル
勇者候補の光を足元と囮へ細く使い分け、昇降路の負傷者と百足の視線を別方向へ導いた同行者。
【今回の能力・設定メモ】
・六件保持・初回緊急運用
レイルの自作地質魔法四件、セレネ形成一件、ノア形成一件を同型へ揃え、一秒未満だけ保持。安定習得ではなく、他者形成二件の情報負荷と右腕炎症が残った。
・【未完重層岩杭】
武器破断により六層発射を中止し、六番を内部硬化へ単独完成させた後、一番から五番を連環解放。結果として上級入口相当の局所貫通を成立させた。
・環刃短杖と軽量試験剣の損傷
環刃短杖は三日月環が根元から曲がり、変形不能。試験剣は峰の既知損傷から折れた。どちらも壊れ方と部品を回収し、次の改良へ使用する。
【章中間・現在ステータス】
【レイル・アルヴァート】
年齢:十六歳
所属・立場:特殊結着調査隊/エルシア・ヴァントの直弟子
冒険者資格:Bランク
魔法等級:風圧・地質・流動・生命は上級、熱は上級入口
生命魔法:聖級【生命保全圏】は共同監督下限定
固有律:【未完】
保持状況:四件は固定・同型・短時間条件で初回再現、五~六件は仲間の形成補助下で一秒未満の緊急運用
近接技術:短杖、受け流し、足運びは中級域。環刃短杖は試作破損中
状態:右肩から掌の魔力経路炎症、当日魔法禁止
【リィナ・アルセイル】
年齢:十六歳
所属・立場:特殊結着調査隊・攻撃前衛
冒険者資格:Bランク
剣術等級:剣豪
独自流派:【無終剣・継歩】【無終剣・返環】【無終剣・零間】入口
装備:愛剣は再鍛造準備中、八割七分の軽量試験剣は実戦で刀身破断
現在の課題:軽量化後の停止位置、鞘撃ち、脚部噴射との再同期
状態:軽い肩疲労、重傷なし
【アルド・クロイツ】
年齢:十六歳
所属・立場:特殊結着調査隊・守護前衛
冒険者資格:Bランク
固有律:【完遂】
現在の成長:敵の撃破より、守護対象の前へ基準線を置いて動かす戦い方を習得中
装備:盾の下端短縮試作、隔壁戦で表面損傷
【セレネ・グランツ】
所属・立場:特殊結着調査隊・術式設計/並列制御
現在の成長:四件保持の感覚分離、他者形成第五番、崩落方向の外周制御を担当
状態:魔力消耗中、歩行可能
【フィア・レコード】
所属・立場:特殊結着調査隊・目録/安全記録
現在の成長:保持番号、身体位置、音、色を併用した複数記録管理
状態:軽疲労
【ノア・エルグラム】
種族:第二世代半吸血種
所属・立場:客員共同研究員/大術式設計
現在の成長:自身の九十九%形成癖を抑え、他者が識別できる八割七分で第六形成を維持
状態:魔力消耗、眼鏡片側破損
【ミレア・ノクス】
所属・立場:特殊結着調査隊・治療担当
能力:上級生命魔法、聖級生命魔法の共同監督
状態:救助治療後の強い眠気、交代休息予定
【七環導杖・装備状況】
主武装:【七環導杖】
追加武装:【環刃短杖】試作一号
接続:維持
損傷:三日月環根元変形、変形固定具停止、短刃欠け、排圧副路過熱
使用可否:通常杖機能は点検後に限定復旧予定、近接追加武装は修理完了まで使用禁止
【次回】
炉都へ戻った二本の破損武器は、成功を祝う前に、どこから作り直すかを査定されます。
六つ目を握ったまま最大火力へ進まず、壊れた武器に合わせて五層と一件へ分けたことで、十二名と調査隊は地上へ戻れました。レビュー、ブックマーク、フォローで、章後半へ続く二本の再鍛造と守る前衛の成長を応援いただければ幸いです。




