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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第11章「大陸巡行――帰れない勇者」

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第187話「鉱脈を食う百足」

 試作品は、壊れる場所を確かめるために作られます。

 人が残る場所で壊れた時は、試験を続けるかより先に、誰をどちらへ逃がすか決めなければなりません。

 炉都北東の第三鉱区から緊急鐘が届いたのは、市場から戻った日の深夜だった。

 宿の窓を震わせる三度の低音。休止、崩落、魔物発生を示す順番で鳴り、間を置かず二度繰り返される。

 レイルは寝台から起き、枕元へ置いていた七環導杖(セプテム・ロッド)へ手を伸ばした。環刃短杖(リング・エッジ)の試作一号は、四層射撃後の熱検査を終えたばかりで、柄部へ接続されたままになっている。

 隣室から扉が開く音が続いた。


「全員、装備を着けながら一階へ集合。走るのは階段を下りてからです」


 フィアの声が廊下を通る。

 レイルは黒灰色の外套を肩へ掛け、留め具を一つ飛ばしかけて戻した。胸元のオムニアへ魔力を通すと、少女型のニアが欠けることなく投影される。黒銀色の猫耳は眠そうに伏せていたが、緊急鐘を聞いた瞬間、瞳の表示が切り替わった。


「第三鉱区、環状魔力反応急減。坑内通信、三系統中二系統停止。残存信号、作業員四十八名、地上確認三十一名」

「未帰還は十七名」

「暫定。重複記録の可能性あり」

「現地で名簿を照合するにゃ」


 階下へ下りると、リィナはすでに試験剣を腰へ差し、髪を高く結び終えていた。赤栗色の髪の先が寝癖で少し外へ跳ねている。右手は柄へ触れていたが、昨日決めたとおり、脚部噴射を使う抜刀は封じたままだ。


「愛剣は?」

「まだ炉の中だよ。試験剣で行くわ」

「実戦使用はまだ許可されていないぞ?」

「鉱山へ剣なしで行く方が危ないでしょ。もちろん噴射抜刀と鞘撃ちは使わない。止める位置を一手ごとに確認するし」

「一人で前へ出ないことも追加する」

「レイルも、だよ?」

「俺は後衛だ」

環刃短杖(リング・ロッド)を持ってる人が言っても説得力ない」

「近づかれた場合の武装だ」

「近づかれる場所へ自分から行かない、も追加ね」


 互いに条件を足し合っているところへ、セレネが淡青色の外套を着けながら来た。眼鏡の奥の青紫色の瞳は眠気より計算へ集中している。


「両方、記録します。レイルは環刃短杖で四層上限まで、四件保持は移動中三件まで。リィナは噴射抜刀、鞘撃ち、【零間】を禁止。軽量剣は一連撃ごとに停止位置を確認」

「【返環】はどう?」


 リィナが尋ねる。


「使用可能です。ただし、返した力へ試験剣の軽さを足さないように注意してください」

「やってみないと分からないなあ」

「分からないから、最初は半分くらいの力です」


 リィナは不満そうに鼻を鳴らしたが、頷いた。

 アルドは白銀鎧の胸当てを締め、盾の下端へ仮の短縮金具を付けている。ノアは赤縁眼鏡を掛けながら、焦げ跡と補修布の多い魔導衣へ術式筒を差し込んだ。フィアは未帰還者名簿、ミレアは治療具、ロッテは交換部品と工具箱を抱える。

 クラリスは宿の入口で、白い外套の襟を留めた。


「鉱区からの要請は、討伐ですか。救助ですか」

「第一要請は救助と坑道封鎖です」


 フィアが答える。


「魔物の正体が不明なため、討伐は現場責任者の判断待ちです」

「承知しました。完成術式を使う場合も、退避する方の同意を優先します」


 勇者候補ユノ・アステルは椅子へ片足を掛け、靴紐を締め直していた。


「夜中の鉱山って、雰囲気からしてナシなんだけど。帰還杭の反応が同じ場所へ出てるなら行くしかないかあ......」


 カインが石板へ書く。

【十七人】


「分かってる。愚痴ってから行く方が速いの、私は」


【いつも】


「言い方まじブルーなんですけど」


 第三鉱区までは、炉都の鉱石軌道を使って半刻だった。

 鉄輪の運搬車が暗い山腹を上り、車輪の下で火花が短く散る。空は雲に覆われ、炉都の赤い明かりが背後へ小さくなるほど、前方の山は黒く沈んだ。

 鉱区入口には、煤で顔を汚した作業員が集まっていた。負傷者は七名。腕を折った者、肩へ落石を受けた者、魔力経路を空にされて立てない者が、毛布の上へ横たえられている。


 ミレアとクラリスがすぐ治療区画へ向かう。

 現場責任者の炉人族(ドワーフ)は、右腕へ包帯を巻きながら坑道図を広げた。


「未帰還は十二名まで確認できた。最初の数字に、別坑から戻った五名が混じっていた」


 フィアが名簿へ訂正線を引く。


「未帰還十二名。最終確認地点は?」

「第六採掘層が八名、冷却路が四名。通信環を何かが食っている。最初は小型の術喰虫だと思った。だが、見た者は”壁が歩いた”と言っている」

「環状術式を食う生物なら、潮流柱へ混入した白環杭を追って来た可能性があります」


 セレネが坑道図へ指を置く。


「第六層の奥に、旧白環輸送路の封鎖跡があります。そこから魔力を吸って成長したのでしょう」

「外殻は?」


 リィナが聞く。


「鉱鋼の支柱を噛み切った。斬った者のつるはしが折れた」

「坑道を崩さず倒す必要があるな」


 レイルは図面の支柱位置を確認する。


「大型魔法は使えない。熱も不可。地質魔法で壁を動かす場合、残っている作業員の位置が分かるまで最小限。まず二班で救助するぞ」

「レイル、前衛を分けるか?」


 アルドが問う。


「リィナとカインが第六層。アルドはノア、フィア、ロッテと冷却路へ。ユノとセレネは中央結節で照明と通信を維持。俺は第六層へ行く」

「貴方は後衛だと言ったばかりでしょう」


 ノアが即座に反論する。


「第六層の環状反応を解析できる者が必要だ。ニアと七環導杖(セプテムロッド)の接続もある」

「それは前へ出る理由ではありません。中央結節から遠隔解析できます」

「二系統の通信が食われている。遠隔表示が切れた時、現地で白環命令を止める者がいない」

「四件保持を昨日習得したばかりの貴方が、未確認の大型魔物の近くへ入る方が危険です」


 ノアの声は強いが、怒鳴ってはいない。理由を一つずつ積み、レイルの反論先を狭めていく。


「俺一人では行かない。リィナとカインの後ろ、十歩を維持する。環刃短杖は四層まで。保持は通常二件、緊急でも三件。魔物との直接接触は避ける」

「最後の条件を守れる根拠は?」

「昨日の試験で、剣を流した後に射線を作れた。接触して戦うためではなく、接触された時に離れるために使う」


 リィナが口を挟む。


「私が十歩より先へ行かせない。カインもいる。レイルが前へ出たら、私が外套をつかむから」


 カインが石板へ書く。

【任せろ】

 ノアは二人を見た後、眼鏡を押し上げた。


「不満は残ります。ただ、現場解析が必要な点は認めます。条件を追加してください。通信が切れた場合、前進せず三十秒待つ。作業員を発見しても、単独で追わない。環刃短杖が一箇所でも破断したら、四層射撃を中止」

「受け入れた」

「それから、生還後に私の査読を受ける」

「報告書の?」

「判断のです。厳しく否定しますよ?ふふ」


 ノアの口元が僅かに上がった。


「そこを楽しみにするな」

「誤解です。改善の機会を歓迎しています」

「同じことだろ」


 第六採掘層へ続く坑道は、人が二人並べる程度の幅しかなかった。

 天井には光石が等間隔で埋め込まれていたが、半数は中の術式環を食われ、灰色の殻だけになっている。ニアが少女型の両手へ小さな照明環を出し、先頭のリィナとカインを照らした。


 リィナの試験剣は抜かれている。切っ先を低く保ち、壁へ当てないよう歩幅を狭めている。カインは長剣を鞘へ入れたまま、壁の傷と床の振動を見ていた。

 レイルは二人から九歩後ろ。七環導杖は通常形態で持ち、環刃短杖は折り畳んでいる。


「壁に、円形の噛み跡」


 リィナが足を止めた。

 支柱へ埋め込まれた通信環が、周囲の石ごと抉られている。噛み跡は人の胸ほどあり、内側へ細かな歯の線が何重にも残っていた。

 ニアが近づき、表示を拡大する。


「魔力残留、白環系三割、地質七割。外殻が食った鉱石を取り込んでる。サイズ推定……更新。全長、最低二十歩」

「壁が歩いた、は誇張じゃないな」


 レイルが囁く。

 カインが石板を上げる。

【下】

 次の瞬間、床の奥から鈍い振動が伝わった。

 一度。二度。間隔が縮まり、右壁の鉱脈へひびが走る。


「下がって!」


 リィナが叫ぶ。

 壁が内側から破裂した。

 黒灰色の岩片とともに、巨大な顎が坑道へ突き出す。左右へ開く牙はつるはしほど太く、その後ろに環状の口器が何重にも並んでいた。長い身体は鉱石の甲殻に覆われ、節ごとに白く濁った魔法環を埋め込んでいる。


 レイルの固有律【未完(ノット・コンプ)】で止められるとしても、一度に扱えるのは攻撃や術式の一部だけだ。巨大な身体全体を止めることはできない。

 【環喰大百足(リング・イーター)】。

 頭部だけで坑道の幅を塞ぎ、無数の脚が壁と天井へ爪を立てる。


 リィナは左へ踏み、試験剣を顎の付け根へ振った。軽い刀身が狙いより先へ入りかける。彼女は手首で止めず、足を一歩追加して身体ごと軌道へ追いつかせた。刃は甲殻を浅く削り、火花を散らす。


 カインは反対側から鞘を顎の内側へ差し込み、閉じる力を逸らした。

 巨大百足が首を振る。

 狭い坑道で避ける場所は少ない。リィナは剣を抜き戻し、レイル側へ飛ばされる岩片を峰で払う。カインは一歩も退かず、長剣を抜いて脚の関節へ細い一撃を入れた。


「外殻正面、切断困難。節間に低密度部あり!」


 ニアの声が解析へ変わる。


「右顎の後方、三節目。白環反応強」

「支柱が近い。風圧で首を左へ向ける」


 レイルは右手へ【風弾】を形成し、結着(フィナライズ)直前で一件保持。左手へ二件目を作る。

 百足の顎がカインの剣を噛もうと閉じた。リィナが柄頭で下顎を打ち、僅かな隙間を作る。


「今!」

未完記録(ノットコンプレコード)、一、二――完成!」


 二発の風弾をずらして右顎へ当てる。

 一発目が頭部を押し、二発目が同じ位置へ重なって向きを変えた。百足の顎が左壁へ食い込み、支柱から外れる。


 リィナが三節目へ踏み込む。

 試験剣の切っ先は軽い。先へ出すぎる分を、彼女は止めずに次の足へつないだ。斬り下ろしから腰を返し、同じ傷へ斜め上から二撃目を入れる。甲殻へ白い筋が走った。


「くっ、硬いよ!」

「大丈夫だ、切れている。もう一手で節へ届く!」


 レイルが言う。


「レイル、十歩で!」


 リィナは振り返らず叱った。

 風弾を撃つため、レイルは七歩まで近づいていた。


「戻るぞ」


 言った直後、足元の石が沈んだ。

 百足の本体は正面だけではなかった。坑道の床下を回り込み、別の節がレイルの背後で持ち上がる。無数の脚が石を掴み、尾に近い部分が退路を塞いだ。

 通信環が一斉に暗くなる。


「中央通信、切断(ディスコネクション)!」


 ニアの表示へ警告が走る。

 条件どおりなら、前進せず三十秒待つ。だが、前後を百足の身体に挟まれ、待つだけでは距離を詰められる。


「リィナ、カイン、前の頭部を止めろ。俺は尾側を流して中央へ戻る」

「一人で接触しないって言ったよね!」

「接触されている。倒すんじゃない。射線を作ってから離れるだけだ」


 レイルは七環導杖の柄を捻る。

 長軸が縮み、折り畳まれていた短刃と三日月環が開く。環刃短杖の近接形態。杖頭との接続は残り、オムニアの表示が刃、環、排圧路へ重なった。

 尾節の脚が横から振られる。

 レイルは正面で止めず、短刃を爪の内側へ当て、三日月環へ滑らせる。金属質の爪が環を擦り、腕へ重い衝撃が入った。アルドの二割より強い。

 安全破断ピンが一本鳴る。


「破断一。四層射撃中止条件!」


 ニアが警告する。


「撃たない。――流すだけだ」


 環の外側が開き、爪を右へ逃がす。レイルは足裏へ微風を噴かし、尾節の下を抜けた。

 その時、岩壁の奥から人の声がした。


「こっちだ! 四人いる!」


 崩れた支路の向こうに、作業員の灯りが見える。百足の尾が支路入口を塞ぎ、さらに奥には小さな白環杭が露出していた。


「未帰還者四名を確認」


 フィアの通信は切れている。ニアが局所記録へ人数を入れる。


「約束どおり、単独で追わない」


 レイルは自分へ言い聞かせる。


「リィナ!」

「聞こえてる!」


 前方で試験剣が甲殻を打つ音が続く。リィナは三節目の傷を広げながら、レイル側へ戻る道を作ろうとしている。カインが頭部の顎を鞘と剣で交互に支え、一度も作業支柱へ向けさせない。

 百足の全身がうねった。

 壁の白環杭から魔力を吸い、甲殻の濁った輪が次々に点灯する。食われた通信環、照明環、支柱補強術式の断片が、節ごとに別の形で起動した。


「魔法環、無差別再生。天井補強が百足の外殻へ接続!」


 ニアが叫ぶ。

 天井の石が軋み、坑道全体が百足の動きへ引かれる。


「ここで戦い続ければ崩れる」


 レイルは尾節と支路の位置を見る。


「作業員四名を先に出す。リィナ、前の頭部を十歩押し戻せるか?」

「試験剣で十歩は無理。三歩くらいならなんとか」

「三歩でいい。カイン、右壁の支柱を一本だけ切れそうか?」


 カインの石板が上がる。

【位置】

 レイルは杖頭の光で、尾節の下にある古い支柱を示す。


「あれを倒して、百足の身体と壁の間へ楔にする。坑道を支えている主柱ではない」


 カインは一度、天井と支柱を見比べる。

【十秒】


「頼んだ」


 リィナが前の頭部へ踏み込む。

 試験剣の軽さを利用し、甲殻の傷へ連続三撃を入れる。一撃ごとに止めるのではなく、最初の斬り下ろしを二撃目の踏み込みへつなぎ、三撃目で傷を横へ開く。【無終剣・継歩(むしゅうけん・けいほ)】。軽い刃が先へ出る分を、足の速さで追い続ける。


 百足が痛みで頭を引いた。

 三歩。


「カイィィィン!」


 無言の剣士が支柱へ長剣を振る。太い柱を一撃で切るのではない。左右へ斜めの切れ目を入れ、中央を鞘で押す。支柱は計算された方向へ倒れ、尾節と壁の間へ食い込んだ。


 十秒。

 身体を挟まれた百足の動きが止まる。


「作業員、出ろ!」


 レイルは支路へ向かって叫んだ。

 四人が互いの肩を支えながら走る。最後の一人は脚を傷め、速度が遅い。

 レイルは一歩迎えに出かけ、止まった。

 単独で追わない条件。


「リィナ、最後の一人を頼む!」

「分かった!」


 リィナが百足の頭部から離れ、支路へ走る。レイルが行くより遅れる。それでも、彼女へ任せた。

 百足の尾が楔を押し、支柱へひびが入る。


「固定、あと五秒」


 ニアが数える。

 リィナは負傷者へ肩を貸し、三人の後を追う。カインが最後尾へ回り、崩れた石を剣の腹で外へ弾く。


「中央結節まで戻る!」


 レイルは環刃短杖を通常形態へ戻そうとした。

 しかし、安全破断した三日月環が途中で引っかかり、長軸が完全には伸びない。


「変形不良。接続は維持。近接形態のまま退避可能」

「分かった」


 百足が支柱を砕いた。

 尾節が自由になり、無数の脚で坑道を蹴る。前方の頭部も傷を負ったまま向きを変え、挟まれた調査隊を中央から押し潰そうと両側から迫った。

 リィナが負傷者を先へ押し出し、振り返る。


「レイル、走って!」

「全員が曲がり角を越えてからだ」

「また最後に残るつもり?」

「尾側へ二件の風弾を置く。時間を稼ぐだけだ」

「私も残る!」

「試験剣で支え続ければ、刃が先に壊れるぞ」

「レイルの武器も壊れてるじゃない!」

「だから二人とも撃ったら走るぞ」


 言い争っている時間はない。

 レイルは右手と左手へ風弾を形成する。二件保持。環刃短杖の射線を尾側へ向ける。

 リィナは前の頭部へ試験剣を構え、カインが中央で両方を見る。


「一番、二番――完成!」


 尾側へ二発の風圧が重なり、百足の身体を壁へ押す。

 同時にリィナが頭部の傷へ剣を差し込み、切るのではなく下から持ち上げた。軽い刀身が大きく撓み、峰へ白い線が走る。


「抜いて!」


 レイルが叫ぶ。

 リィナは刃を引き、頭部を一歩だけ遅らせる。


「走れ!」


 三人は中央結節へ向かった。

 背後で、百足の身体が坑道を削る音が追ってくる。天井から石片が降り、曲がり角の支柱が一本ずつ砕けた。

 前方にセレネの灯りが見える。


「こちらへ! 結節門を閉じます!」


 最後の作業員が門を越え、リィナ、カイン、レイルが続く。セレネが四重の土環を起動し、厚い隔壁を下ろした。

 隔壁が閉じる直前、巨大な顎が隙間へ入る。

 アルドが盾を両手で構え、落ちる隔壁と顎の間へ踏み込んだ。


「閉じろ!」

「腕が挟まる!」


 ノアが叫ぶ。


「先に顎を出す!」


 アルドは盾を斜めにし、顎を隔壁の外側へ滑らせた。守る線を動かさず、敵の力だけを外へ逃がす。セレネが残りの隔壁を落とし、岩と鋼の扉が百足を向こう側へ閉じ込めた。

 重い衝撃が一度、二度、隔壁を揺らす。

 やがて、音が止んだ。


 中央結節には、第六層の八名と冷却路から救出された四名、合計十二名が揃っていた。

 フィアは一人ずつ名前を読み、顔と負傷を照合する。


「未帰還者十二名、全員確認。死亡者なし。重傷二、軽傷七」


 ミレアが負傷者の前へ膝をつき、【生命診断(ヴァイタル・スキャン)】の淡い光を広げた。


「重傷者二名、呼吸は安定。脚部圧迫一名、魔力枯渇一名。ここで治療を始めます。百足が戻る場合は、患者を動かす前に教えてください」


 クラリスは隔壁へ白い固定環を置いたが、完全封鎖までは行わない。


「この扉を永久に閉じれば、奥の冷却水路も失われます。今は十五分の退避時間だけ固定します」

「十分です」


 現場責任者が答えた。


「全員を地上へ上げる」


 隔壁の向こうでは、やがて衝突音とは違う低い振動が始まった。百足は扉を叩かず岩を食い、左右の壁へ身体を回り込ませて隔壁そのものを避けようとしている。

 ニアの表示へ、巨大な環状反応が中央結節を囲むように広がる。


「本体、推定全長を更新。四十二歩以上。頭部と尾ではなく、途中の身体を両側から見ていた可能性」

「一匹で、結節を囲んでいるのか」


 レイルが問う。


「はい。さらに白環杭を三本取り込み。外殻修復開始」


 隔壁の上へ、細いひびが走った。

 ロッテはレイルの環刃短杖を一目見て、顔を険しくする。


「三日月環の破断一、伸縮固定具の噛み込み、排圧副路に石粉。四層射撃は禁止です」

「修理には」

「地上なら半刻。ここでは交換ピンだけで十分ほど。ただし、隔壁が持ちません」


 リィナの試験剣も、峰に白い筋が残っている。

 老査定師の言葉が現実になった。使い手より先に壊れる場所は分かった。だが、まだ地上へ戻っていない。

 レイルは坑道図とニアの反応を重ねる。

 百足は白環杭と環状術式を食う。正面から外殻を壊しても、周囲の支柱や通信環を食えば修復する。狙うべきは外殻ではない。節ごとに吸収した魔力を集める中央の環状器官。


「三節目の傷を広げれば、内部の白環集積部へ届く」


 リィナが言う。


「試験剣は、もう一度同じ受け方をすれば峰から割れる」

「一撃で開く」

「その後は止められない」

「止めなくていい。レイルが撃ってくれるんでしょ?」

「環刃短杖は四層禁止だぞ」


 ロッテが強く言う。


「修理前に撃てば、反動が手首へ戻ります」

「四層では外殻を抜けない。必要なのは()()射撃」


 レイルが口にすると、全員の視線が集まった。

 ノアの赤紫色の瞳が鋭くなる。


「貴方は四件を昨日初めて再現しました」

「分かっている」

「六件保持は理論上の次段階で、まだ訓練すらしていません。しかも武器は破損中です」

「環刃短杖で撃つとは言っていない。七環導杖本体の地質経路を使う。環刃短杖は接続したまま、盾環を固定具として百足へ近づく」

「近づく時点で問題です、無茶がすぎます」

「中央環へ岩杭を直接通すには、曲がり角からの射線では支柱へ当たる。リィナが節間を開き、俺が近距離から撃つ」

「六件、誰が分離するんですか?」

「四件は今の感覚分離。五件目を右足、六件目を左足へ置く」


 ミレアが首を横へ振る。


「両足へ保持負荷を置いた状態で、百足の背へ乗るのですか。歩行と制動へ使う経路が減ります」

「足裏噴射は使わない。アルドが盾で進路を作り、カインが反対側を支える」

「人を配置すれば成立する説明をしているだけですよ、貴方は!」


 ノアの声が低くなる。


「レイル・アルヴァート。貴方は今、六件保持を成功させたいのですか。それとも十二名を地上へ戻したいのですか」


 胸へ刺さる問いだった。

 隔壁のひびが広がる。時間がない時ほど、試したい技術と必要な救助を混ぜれば、判断の順番を失う。

 レイルは一度、目を閉じた。


(六件目を掴みたい気持ちが、救助の理由へ混じっていた。ノアに問われなければ、そのまま進んでいたかもしれない)


「そうだな。目的は地上へ戻すことだ。六件保持は、そのための案の一つだ。別案があるなら選ぶ」

「あります」


 セレネが坑道図へ新しい線を描く。


「中央結節の四本の補助支柱を一時的に切り離し、外周へ地質結界を移します。百足が支柱の術式を食べる間、負傷者を地上へ上げる時間ができます」

「食わせるのか」

「はい。ただし、結節の天井は十五分しか持ちません。全員退避後、この区画を崩して百足を埋めます」


 現場責任者が苦い顔をする。


「第三鉱区の主脈を失う」

「人命を優先するなら」

「優先する。だが、百足は白環杭を食って掘り出すかもしれん」

「埋めるだけでは止まらない」


 レイルはセレネの線を見る。


「退避時間を作る案として使う。その十五分で、六件以外の撃ち方を組み直す」

「まだ撃つ気ですか」


 ノアが問う。


「地上へ上げる間に百足が追えば、狭い昇降路で全員が潰される。ここで足を止める必要はある。ただし、六件を俺一人で新しく保持する案は捨てる」

「では?」

「四件を俺が保持。五件目と六件目は、セレネとノアが通常維持する。発射直前に二件だけ【未完(ノット・コンプ)】へ移す。保持時間は一秒未満だ」


 ノアが眼鏡の奥で計算する。


「他者形成魔法への干渉は、自作より情報量が多い。二件同時の受け渡しは危険です!」

「同じ地質魔法、同じ形成図へ揃える。セレネは五番、ノアは六番。フィアが完成順を固定する。俺は四件を分離したまま、最後の二件を別の場所へ受ける」

「場所は?」


 レイルは環刃短杖の三日月環と、試験剣を見た。


「五件目を環刃短杖の破断環。六件目をリィナの剣へ一時的に預ける」

「私の剣に?」

「魔法を保持させるんじゃない。ノアの形成環を刀身へ固定し、俺が触れた瞬間だけ最後の結着を奪う。リィナが節を開いた位置で受け取る」


 リィナは白い筋の入った試験剣を見る。


「剣が壊れたら?」

「六件目は作らない。五層で撃つ」

「それで百足が止まらなかったら?」

「全員が地上へ出るまで、アルドとカインが第二線を作る。俺たちは倒すことを完了条件にしない。追えない傷を一つ残せればいい」


 アルドが盾を持ち上げた。


「守る者は、地上へ向かう十二名と治療班。俺は昇降路の前へ立つ」


 フィアが記録する。


「終了条件を確認します。未帰還者十二名と調査隊全員が地上へ到達。百足討伐は任務外。追撃不能、または区画封鎖が成立すれば撤退」

「それでいく」


 レイルは答えた。

 隔壁の向こうで、岩を食う音が近づく。

 六件目を掴むためではない。十二人を帰すために、必要なら六件まで使う。

 順番を言葉にしたことで、胸の中の焦りが少しだけ形を持った。


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 環刃短杖の破断条件を守って四層射撃を中止し、単独の六件保持案をノアに否定された後、十二名の退避を目的へ戻して仲間から二件を受け取る案へ組み直した魔導士。


・リィナ・アルセイル

 軽量試験剣で環喰大百足の節間を三度斬り、単独で負傷者を追わない条件を守って仲間を迎え、峰へ白い損傷を残した剣豪。


・カイン・ヴェルド

 顎を鞘と剣で逸らし、指定された補助支柱だけを十秒で倒して、作業員が通る隙間を作った無言の剣士。


・アルド・クロイツ

 中央結節の隔壁へ噛み込んだ大顎を盾で外側へ流し、治療班と十二名の前へ次の守護線を置いた前衛。


・ノア・エルグラム

 六件成功を目的化しかけたレイルへ救助目的を問い直し、他者形成二件の受け渡しにも厳しい成立条件を求めた研究者。


・セレネ・グランツ

 補助支柱の術式を百足へ食わせる十五分の退避案を作り、討伐より先に全員を地上へ運ぶ時間を確保した術式設計者。


・フィア/ミレア/クラリス/ロッテ/ニア

 未帰還者の全員確認、負傷診断、時限固定、破損武装の使用停止、百足の全長更新を分担した記録・治療・監査・技術・解析担当。


【今回の能力・設定メモ】


・【環喰大百足(リング・イーター)

 鉱石と環状術式を食い、通信、照明、支柱補強、白環杭の魔力を外殻へ取り込む大型魔物。正面装甲を壊しても周囲の術式を食べて修復する。


・環刃短杖の破断

 尾節の爪を流した際に安全破断ピンが一本作動し、変形固定具も噛み込んだ。接続は残るが、修理前の四層発射は禁止された。


【次回】


 十二名の退避が始まる中、レイルは自分の四件へ仲間の二件を一秒未満だけ受け取り、壊れかけた二本の武器が開く一箇所へ六層を通します。


 討伐より十二名の帰還を先に記録したことで、六件目は強さの証明ではなく追撃を止める一手へ変わりました。レビュー、ブックマーク、フォローで、次に六つの未完が一箇所へ通る瞬間を見届けていただければ幸いです。


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