第181話「炉都は武器を褒めない」
長く使った武器には、持ち主が隠した癖まで残ります。
表面を磨いて褒めるより、どこで遅れ、どこから壊れるかを言う職人の方が、次の戦場には必要です。
炉都バルガルドは、山の中へ街を建てたのではなかった。
山そのものを、何世代もかけて炉と道へ変えている。
黒い岩壁を削った大門をくぐると、幅の違う坂道が何層にも分かれ、荷車、歩行者、鉱石運搬用の軌道が交差せず奥へ伸びていた。天井近くには熱気を逃がす排煙路が走り、赤い光を含んだ蒸気が一定間隔で吐き出される。町の中心を流れる水路は冷却用で、澄んだ水が炉の脇を通るたび白い湯気を上げた。
通りを歩く【炉人族】は、人間より頭一つ低い者が多い。肩と腕は厚く、革前掛けの上からでも筋肉の形が分かる。髭を編んだ老人、短髪の女性、額へ保護眼鏡を上げた若者が、会話の途中でも通りすがる武器の音へ耳を向けていた。
剣を鞘へ入れたまま歩いているリィナへも、何人もの視線が集まる。
「ね、なんか、見られてる」
「剣帯の位置を見ているだけです」
セレネが答える。
「右腰が前へ二分ずれています。左脚からの噴射に合わせて、無意識に抜刀角度を変えているのでしょう」
「そんな細かいところまで分かるの?」
「貴方を見ている人なら」
その言葉へ、リィナが一瞬だけセレネを見る。
「レイルも?」
「当然です。先ほどから五回、貴方の剣帯へ視線を向けています」
「数えてたの?」
「はい」
前を歩くレイルが振り返った。
「剣帯だけを見ていたわけじゃない。歩幅と鞘の揺れが昨日より大きい。坂道の角度で重心がずれている可能性がある」
「……そういう答えになると思った」
「何を期待していたんだ?一体」
「別に」
リィナは歩調を速め、レイルの隣へ並ぶ。
「でも、剣だけじゃなく私も見てたなら、半分は許す」
「許される前提の行為だったのか、俺のは」
「女の子を後ろから何回も見て、装備点検ですって言えば全部通ると思わないでよね?」
「後ろから見ていたのは鞘の振れ幅を――」
「もう!!そこを詳しく説明しない!」
ニアがレイルの肩上へ小さな少女型で座り、環状の尾を揺らす。
「レイル、今の言い訳、ナシ寄りのナシっすよ。観察対象の言い方が完全に研究資料扱い。女子にヒドイ!」
「正確に説明しただけだ」
「恋愛は正確さだけだと爆発するって、ニアちゃん学習済みだもんね」
「お前の学習元は誰だよ一体」
ニアは右のリィナ、左後方のセレネを見比べた。
「実地データ豊富ですねぇ~」
「消して!」
「削除してください」
二人の声が揃い、ニアはレイルの首の後ろへ隠れた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
調査隊が案内されたのは、炉都中央層にある【武装査定炉】だった。
ここで行われるのは武器製作ではない。冒険者、兵士、鉱夫が持ち込んだ装備を分解せず調べ、どの程度の負荷まで使えるか、次にどこが壊れるかを記録する。
入口には、華美な看板も名工の称号もなかった。
石壁へ一文だけ刻まれている。
【褒め言葉は命を延ばさない】
「――好きだな、この方針」
ロッテが仕事用の保護眼鏡を額へ上げた。焦げ茶色の髪は後ろで固く結ばれ、旅の間も油染みの落ちない作業外套を着ている。
「学院の査定室にも刻みたいね。性能票へ『美しい』『すごい』『たぶん大丈夫』を書く人が減る」
「最後の言葉を書く者がいるのか」
アルドが尋ねる。
「いるよ。壊れた後に聞くと、全員『まさかここまで使うとは』と言います」
「使う側が悪い場合もありそうだが」
「もちろん。だから今日は、武器と一緒に使い手も査定してもらうよ」
ロッテの視線がレイルへ向く。
「私らは帰還後に七環導杖を直したよね。でも、レイルが朝練で剣を受け、杖を短く持ち、片手で上級術式を作り始めるところまでは設計へ入れてないんだ。壊れたら、私の修理が悪いのか、使い方が無茶なのか、両方かを決めなきゃ」
「両方という結論を先に置いてないか?」
「可能性が高い順だよ」
そんなことを話していると、査定炉の奥から、炉人族の老女が出てきた。
背丈はリィナの肩ほどだが、両腕はレイルの腿ほど太い。白い髪を短く刈り、左目へ三枚重ねの拡大鏡を付けている。ドワーフらしくビール腹。名乗りもせず、彼女は最初にリィナの剣を指した。
「抜きんしゃい」
リィナは長剣を抜き、両手で差し出す。
老女は受け取らない。
「いつから遅くなった?」
「遅くありません」
「剣の話じゃない。お前が気づいた時期だ」
リィナの表情が固まった。
「……大会の前から、少し」
「少しとは」
「切り返しの二手目で、剣先が戻るのが遅い。私が先に身体を回せば合わせられます」
「合わせられていないから、右肩が下がっている」
老女はようやく剣を受け取り、鍔を指で弾いた。澄んだ音が鳴る。その後へ、低い濁りがわずかに残った。
「刃は悪くない。芯も死んでいない。持ち主が速くなりすぎたんじゃ。剣が一手前の速度へ残っている」
リィナは反論しなかった。
レイルは彼女の右肩を見る。旅の初日から、外套を着る時だけ腕を少し後ろへ回していた。痛みではないと思っていたが、剣の遅れを肩で引き戻す癖が積み重なっていたらしい。
(見ていたのに、原因まで届かなかった。朝練で自分の保持ばかり測っていたな、俺は)
「次」
老女が七環導杖を指す。
レイルは壁から外し、両手で渡した。
杖頭には七つの環状機構、長軸内部には属性ごとの導出路が走り、柄の近くへオムニア接続環がある。王核大陸で破損し、学院で何度も修理された跡は、表面を磨いても完全には消えていない。
老女は杖を横へ振った。
「ふむ、重いね」
「長杖としては標準範囲です」
ロッテが答える。
「魔法を撃つだけならな。こいつは柄を詰めて剣を受けているだろう?」
老女がレイルへ杖をぶっきらぼうに投げ返す。
「ニイちゃん、構えな」
受け取ったレイルが近接姿勢へ入る。右手を柄中央、左手を下端。杖頭を相手の目線より少し外し、長軸を斜めに置く。
「剣が来たらどうするね?」
「杖骨へ当て、滑らせて間合いを外します」
「その後は?」
「左手または足裏から小魔法を形成し、退路を作る。相手が止まれば照準を戻す」
「左手は柄を握っているじゃろ?」
「はい。離す」
「離した瞬間、杖頭が落ちる」
「右手だけで支えます」
「上級術式の反動も右手だけで受けるのか」
「足裏で逃がします」
「足は逃げるためにも使う。全部を同時にできると思っているツラしてるね」
老女は杖の下端を蹴った。
レイルは右手で支えたが、杖頭が外側へ流れた。反射的に左手を戻し、掌の形成が消える。
「今のままでは、剣を受ければ魔法が止まり、魔法を撃てば杖が盾にならん。多機能じゃない。順番待ちだ」
「改良できますか?」
「先に、お前が何を一つへつなげたいか決めろ。剣も盾も杖も砲も欲しいと言えば、四つとも半端になる」
レイルは七環導杖を見下ろした。
朝練で近づかれた時、長杖を捨てる選択は何度も考えた。短剣へ持ち替えれば、オムニアと杖の経路が切れる。杖を持ったままでは掌が塞がる。盾を別に持てば、形成できる導出端が一つ減る。
「防御から発射まで、持ち替えずにつなげたい」
老女の目が少し細くなる。
「何を防ぐ?」
「敵の剣です。真正面から止めるのではなく、受け流す。その姿勢で掌か杖先を敵へ向けたいです」
「何を撃つ」
「【未完】で保持した小魔法を、順番に完成させる重層砲。今は四件目が緊急使用だけで、構想は六件以上です」
「まだ撃てないものの武器を作れと?」
「撃てるようになる前に、必要な経路と壊れる場所を知りたい。能力が先に伸びてから作れば、また武器が遅れますから」
老女は初めて、わずかに口元を上げた。
「ふ、褒めんぞ」
「それでいいです」
「なら、明日ここで使い方を見せろ。刃を付ける案を考えているなら、先に自分で付けてこい。失敗した場所から話してやろう」
ロッテが嫌な予感を覚えた顔でレイルを見る。
「自分で、という言葉を都合よく解釈しないでよね」
「仮固定だけだ」
「その言い方をする時は、だいたい火花か故障が出るんだけど」
「今回は刃だ」
「もっと悪いなそれ」
査定はそこで終わらなかった。
アルドの盾は、正面衝撃には耐えるが、守護対象の移動へ合わせるには下端が長すぎると指摘された。フィアの記録板は防水処理が足りず、ノアの魔導衣は補修跡が多すぎて、どこが本来の安全破断部か分からない。セレネの杖は並列術式へ偏り、単独経路が一本焼けても気づきにくい。ミレアの治療具は、本人が眠らない前提で道具配置が組まれている。
「候補だけなら十四箇所あるぞ」
ノアの目が輝いた。
「十四も!!あぁ、もっと具体的にお願いします」
「嬢ちゃん、なんで嬉しそうなんだ」
「全員、持ち主の悪い癖を装備が覚えすぎているってこっちゃ」
老女は最後にそう言った。
「使いやすい武器は、今の癖を助ける。助けすぎれば、次の癖を直せん。旅へ出るなら、便利さより戻れる壊れ方を選ばなくてはいかん――」
工房を出た後も、その言葉はレイルの頭に残った。
夕刻、宿へ向かう坂道で、リィナはいつもより剣帯を気にしていた。右手が何度も柄へ触れ、そのたび離れる。
「痛いのか」
「痛くはない」
「右肩が下がっている」
「聞いてたでしょ。私が剣を引っ張ってるだけ」
「いつから分かっていた」
リィナはすぐには答えなかった。
「王核大陸から帰って、学院の朝練へ戻った頃。前より身体が速く動くのに、剣だけ昔の間合いへ残る感じがした。でも、使えないわけじゃなかったし、これでずっと練習してきたから、それでいいんだと思ってた」
「言えば、調整できたのにな」
「レイルに?」
「ロッテか学院工房へ行ってたよ」
「そうじゃなくて。レイルは、自分の杖が壊れても使えるところを探してた。私まで『剣が遅い』って言ったら、また自分のせいみたいに調べ始めると思った」
「リィナの剣が遅れることは、俺の責任ではないからな」
「分かってる。でも、あんたは責任じゃないものまで拾うでしょ」
返せなかった。
彼女は剣を大事にしていた。幼い頃から朝練で振り、旧坑道で魔物を退け、学院の試合と王核大陸の旅を一緒に越えた剣だ。重さが合わなくなったというだけで、簡単に別の剣へ替えられるはずがない。
「でも、捨てる必要はない」
レイルは少し考えてから続けた。
「芯と茎を残して、外側を鍛え直す方法がある。今の傷も、全部削る必要はない。どこを残すかはリィナが決められる」
「新しい剣にした方が早いって言わないんだ」
「早さだけで決めたら、俺も七環導杖を何度も捨てているさ。壊れた場所を残す意味があるなら、残した方が次の使い方を忘れないしな」
リィナは柄へ触れたまま、少し笑った。
「レイルがそう言うなら、鍛え直してみることにする」
「俺が決めることではないな」
「分かってる。私が決めた。でも、言ってもらえてよかった、ありがとう」
坂道の上から炉の赤い光が差し、彼女の金茶色の瞳へ細く映った。
レイルはその横顔を見て、今日六度目に剣帯へ目を向けた。
今度はセレネに数えられていなければいいと思ったが、少し後ろから紙へ筆を走らせる音が聞こえた。
「今ので六回目です」
「記録するなっての」
「観察結果です」
リィナが笑い、右肩の力を少し抜いた。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
七環導杖が剣を受ければ掌を塞ぎ、魔法を撃てば盾にならない順番待ちの状態だと指摘され、防御から発射までを一動作へつなぐ改良を求めた魔導士。
・リィナ・アルセイル
愛剣が遅れていると気づきながら身体で補正し続け、捨てずに芯と傷を残して鍛え直す道を自分で選んだ剣豪。
・ロッテ・ベルクマン
自分の修理範囲を正直に認め、七環導杖の使い方と設計が同時に遅れている可能性を炉人族へ持ち込んだ魔導技師。
・セレネ・グランツ
リィナの剣帯とレイルの視線を双方から観測し、装備の重心だけでなく幼なじみ同士の距離まで数え続けた術式設計者。
・炉人族の老査定師
武器を褒めず、リィナの右肩とレイルの持ち替え順から、使い手の成長へ装備が追いついていない事実を見抜いた職人。
・アルド・クロイツ/フィア/ノア・エルグラム/ミレア・ノクス
盾、記録板、魔導衣、治療具へそれぞれの悪い癖が残っていると指摘され、装備も役割とともに見直すことになった調査隊員たち。
【今回の能力・設定メモ】
・武装査定炉
現在の性能だけでなく、使用者の癖、次に壊れる場所、中断と帰還の可否を調べる炉都の施設。高価さや見た目を評価項目へ含めない。
・七環導杖の近接課題
長杖のまま剣を受けると両掌が塞がり、片手を離すと杖頭と照準が落ちる。近接追加武装には受け流し、導出端確保、排圧を同じ姿勢へ結ぶ必要がある。
【次回】
レイルは七環導杖へ仮の刃を取り付け、刃があれば剣になるという危険な思い込みを実演で否定されます。
炉都の査定炉は、磨かれた刃より先に右肩の遅れと塞がった掌を見つけました。レビュー、ブックマーク、フォローで、次に火花を散らす短刃導杖の失敗を見届けていただければ幸いです。




