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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第10章「眠らない聖女」

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第174話「眠ってから、次の旅へ」


 卒業証書を受け取っても、学ぶことは残ります。

 教室の外で失敗し、その記録を持って帰る準備ができた者から、次の道へ送り出されます。

 ヴァルグレン鉱山事故から、季節が一つ巡った。

 中央競技場の崩落跡には新しい支柱が立ち、坑口の常醒装置は全て撤去された。覚醒魔晶粉を配っていた鉱山会社の経営陣は、勤務記録隠蔽と安全義務違反で裁判へ送られた。成環教会中央慈救局は解体され、ベネディクト・オルドレイと協力者たちの審理が続いている。

 死者は十二名。

 数字は減らなかった。


 救出された者の多くは仕事へ戻れず、補償と治療を受けながら別の生活を探している。

 再接着を受けた若い女性坑夫の左手は、三本の指へ僅かな感覚が戻った。握力はまだ弱く、毎週の治療と訓練が必要だった。


 腕を失った少年には、【生体補環】による再生土台が作られた。骨と神経を一度に伸ばさず、数か月ごとに成長段階を確認する。新しい腕が完成する保証はない。本人は治療を続けるか、その都度選べる。

 レイルは、その経過記録へ毎月目を通している。

 大陸記の売上は、勲章、大会、事故報道を受けて二十万部へ近づいた。

 出版社は「奇跡の聖級魔導士」「眠らない聖女と英雄」という題名の特別版を提案したが、レイルとリオンは断った。


 代わりに、第二巻の準備が始まっている。

 表紙の仮題は、まだ白紙。

 本文の最初には、救えなかった十二人と、事故原因、学院の安全認定ミス、鉱山会社の隠蔽、教会の実験が記される予定だった。


「売れる順番なら、奇跡を先に置くべきです」


 卒業式前日の編集会議で、リオンが言った。


「でも、今回は売れる順番で書きません。被害者説明会が終わり、補償の第一回支払いが完了するまで、事故章の予約販売も止めます」

「商人が売らない判断をするんだな」

「売らない時期を選ぶのも商売です。大師匠の名前で被害者の傷を先に商品へしたら、次から誰も取材へ答えてくれません」


 エリオが机の端で名簿を綴じている。

 十三歳の小柄な身体には大きすぎた記録箱も、今は自分で持てる量へ分けていた。


「師匠、避難者名簿の写し、完成したッス。三百四十一名。会社記録にいなかった七人も入ってるッス」

「見せてくれ」

「その前に、弟子入り審査を――」

「一年次を終えろと言っただろ」

「進級判定は合格したッス!」

「なら次は二年次を終えろ」

「条件がどんどん遠ざかるッス!」


 リオンが咳払いする。


「大師匠、後発志願者へ条件を追加するなら、先行志願者である私の審査を先に」

「リオンも弟子ではない」

「授業料は前払い済みです」

「捜索費を勝手に授業料へ変えるな」

「師匠、リオン先輩だけ金で順番を買ってるッス!」

「買えていません!」

「二人とも静かにしてくれ」


 名簿の最終頁には、エリオ自身の字で一文が書かれていた。


【地上へ戻った人数だけでなく、地下へ入った名前も残す】


 レイルはそこを指でなぞる。


「いい記録だ」

「弟子に――」

「弟子の件はまだ認めない」

「師匠、そこだけ判断が速いッス!」


 卒業前夜、レイルはいつもより早く自室へ戻った。

 机の上には、幼い頃から使ってきた保持札、学院の教本、王核大陸の単語帳、大陸記の校正刷り、勲章、Cランク冒険者証が並んでいる。

 翌日には、四年次卒業認定と冒険者ランク査定が発表される。

 以前なら、気になる資料を一つずつ確かめ、夜明けまで眠れなかった。

 今夜は【睡眠時解放手順(スリープ・リリース)】を行う。

 保持対象、ゼロ。

 未完目録、閉鎖。

 ニアの日常吸引、停止。

 中級以上の術式形成、終了。

 フィアへ最終確認を送る。


『保持ゼロ、確認しました』


 通信石からフィアの声が返る。

 セレネからも短い札が届いた。


【明日の式次第は確認済みです。今夜は変更案を作らないでください】


 リィナからは、さらに短かった。


【寝て】


 ニアが少女型の光学投影で机へ腰掛ける。黒銀色の髪、猫耳、環状の尾。銀灰色の瞳が、机の資料を順番に消灯した。


『明日の起床、六時半。二度寝込みで六時です』

「二度寝する前提か」

『最近のレイル、普通の学生っぽく寝るから』

「悪いことみたいに言うな」

『超いいこと。じゃ、おやすみねー』

「おやすみ、ニア」


 灯りが消える。

 夢の中で白い文字が完成を迫ることはなかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 気づいた時、窓の外は明るい。

 扉を叩く音がする。


「レイル! 起きて!! 六時四十五分!」


 リィナの声。

 飛び起きる。


「遅刻か?」

「式は八時! 遅刻じゃないけど、レイルが十五分も寝坊した!」

「二度寝込みなら予定内だ」


 扉を開けると、リィナが正装姿で立っていた。

 赤栗色の髪を高く結び、銀紐と剣術部門の金章を付けている。金茶色の瞳は呆れながらも、口元が笑っていた。


「普通に寝坊できたね」

「普通なら、なぜ見に来た」

「起こしたかったから」

「目覚まし札がある」

「私が起こしたかったの」


 レイルは返事に詰まった。

 そこへセレネが階段を上がってくる。肩甲骨までの淡金髪へ卒業用の青紫色の飾りを留め、規則どおりの制服を一分の乱れもなく着ていた。


「おはようございます。リィナだけ先に入ったのですか」

「起こす係は早い方が勝ち」

「その規則は聞いていません」

「今決めた」

「では明日は私が先に来ます」

「卒業後まで続けるの?」

「調査隊の出発日も必要でしょう」


 二人がレイルの扉前で次の起床当番を争い始める。


「自分で起きる」

「今日寝坊した人が言っても弱い」

「十五分です」

「セレネまで」


 三人で食堂へ向かった。

 卒業式は、中央塔前の大広場で行われた。

 事故で延期された総合魔剣競技会の最終結果も、式に先立って発表される。


 魔法設計部門優勝、セレネ・グランツ。

 剣術個人部門優勝、リィナ・アルセイル。

 魔法個人部門二位、安全終了特別賞、レイル・アルヴァート。

 救助競技首位、アルド、フィア、ノア、ミレア班。

 混成総合決勝は競技結果無効。


 実災害救助の記録を、卒業実地評価へ置き換える。

 学院長は、結果を読み上げた後、長く頭を下げた。


「非常に悲しく、痛ましいことに学院が安全と認定した設備で事故が起きました。犯罪者の工作があったとしても、旧坑道の警告と鉱山会社の記録を十分に検証できなかった責任は消えません。救助に参加した学生の功績を、学院の成功として飾ることもしません。事故報告、被害者への説明、補償、設備再設計までを卒業課程へ含めます」


 拍手はすぐに起きなかった。

 被害者席の一人が立ち、ゆっくり手を叩いた。

 そこから広がった。

 次に、大陸継路組合中央本部の査定官が壇上へ上がる。

 王城謁見時にCランク証を渡した人物だった。


「王国の勲章、大会の賞、学院の卒業認定と、組合の信用資格は別に査定しました」


 レイル、リィナ、アルドの名が呼ばれる。

 三人は前へ出た。


「ヴァルグレン鉱山災害において、三名はCランクとして監督下任務へ入り、大規模崩落、複合魔法災害、多数傷病者、暗殺危険の中で、契約条件、保持制限、撤退判断を守りました。救助後の報告と被害者説明も完了しています」


 査定官は三枚の濃紺証を掲げた。


「本日付で、レイル・アルヴァート、リィナ・アルセイル、アルド・クロイツを正式Bランク冒険者へ認定します」


 学生たちから歓声が上がる。

 レイルは新しい証を受け取った。

 重さはCランク証と変わらない。

 任される責任だけが増える。


「Aランク推薦は保留です」


 査定官が続けた。


「実力は足りています。残るのは、長期指揮、複数班の損耗判断、成人後の契約実績です。急がず実績を積んでください」

「はい」


 三人の声が揃った。

 次に、魔法認定と剣術認定が発表される。


 レイル。

 風圧属性上級、地質属性上級、流動属性上級一式、生命属性上級。

 熱属性は上級入口。

 聖級【生命保全圏】、共同監督下限定認定。

 聖級【生体補環】、共同施術補助認定。単独使用は不可。


 リィナ。

 剣術位階【剣豪】、正式認定。

 【無終剣・零間】は実戦監督下。

 【無終剣・道開き】は未成立。【無終魔法剣・道開き】のみ救助用原型として登録。


 セレネ。

 上級術式設計認定。

 【五路星列】、五案形成・二案完成の安全運用認定。


 アルド。

 上級剣士。

 【完遂転換】の救助運用認定。


 フィア。

 上級記録契約士補。

 【戦況目録】、大規模救助記録方式として採用。


 ミレア。

 上級治療師。

 【覚醒固定】【不眠聖域】の救助運用認定。


 ノアは学院生ではないため卒業認定を受けない。客員研究員席で腕を組み、レイルの聖級条件欄へ「単独不可」が太字で書かれたことへ満足そうに頷いていた。


「最高傑作でも、勝手に使わせません」


 隣のフィアが小声で答える。


「使用時は条件を記録します」

「貴方がいるなら安心です」


 アルドが振り返る。


「二人とも、卒業後も同じ班へ来るのか」

「私は記録担当として志望しています」

「私は客員研究員です。学院の許可と契約が通れば同行します」

「そうか。二人がいるなら助かる」


 ノアとフィアの表情が同時に変わった。

 アルドはそれを見て、今度は気づかないふりをしなかった。


「任務の話だけではないと思う。まだ、どう言えばよいか分からない。待ってほしい」


 フィアは目録帳を閉じる。


「期限は書きませんよ」


 ノアも赤縁眼鏡を押し上げた。


「成人前の貴方へ、将来の契約を要求しません。ただ、逃げて迷子になるのは禁止です」

「それは任務上も守る」

「任務外でもです」

「分かった」


 フィアは閉じたはずの目録帳を、もう一度開いた。


「もう一点あります。学院管理下の血液提供同意書は、本日の卒業をもって失効します」

「更新する」


 アルドが答えた。

 ノアの深紅の瞳が細くなる。


「なぜ即答するのですか。必要量、頻度、任務中止条件をまだ説明していません」

「前にも聞いた」

「所属が変われば条件も変わります。アルド。腕を――」


 ノアは自分の言葉へ気づき、咳払いした。


「今は採血の時間ではありません。更新意思を確認します」

「更新したい。ノアが必要な時に、無理のない量なら提供する」

「曖昧です」


 フィアが筆を走らせる。


「一回八十ミリリットルを上限。連続任務、負傷、睡眠不足、貧血時は中止。本人は毎回撤回可能。直接吸血は禁止。私かミレア、またはニアの監督を入れます」

「私の採血契約を、なぜ貴方が先に完成させるのですか」

「同意条件担当だからです」

「二人で決めてくれ。俺は説明を聞いてから署名する」


 アルドが言うと、ノアとフィアは同時に彼を見た。


「それが正しいです」

「ようやく学びましたね」

「二人に教えられた」


 また二人の表情が同時に揺れた。

 アルドは今度も見なかったふりをせず、少しだけ笑った。


 卒業証書を受け取る前、エルシアがレイルを呼んだ。

 小柄な師匠は灰紫色の長髪を大きな外套へ流し、右目の魔導単眼鏡を上げている。手には、幼少期からの訓練帳があった。


「卒業祝いじゃ。これ返すよ、バカ弟子」

「師匠が持っていたのか」

「途中で燃やすと思って、写しを取ってた」

「燃やしたことはない」

「鍋は三回焦がしたぞえ」

「帳面と関係ないだろ」


 思い出深い、古い記録を受け取る。

 最初の頁には、基礎火弾を十回同じ大きさで出す課題。次の頁には、薬草採取へ鍋を二つ持っていった記録。失敗、怪我、罰、食事、リィナとの朝練。

 何百頁も続いている。――それも全ページにびっしりと書き込まれたものが。


「前世のお前なら、三日で投げたんだろう?」

「たぶん」

「今世では十年以上続いた。上級だの聖級だのより、そっちを忘れな」

「師匠が毎回次の課題を出したからだ」

「出しただけで続くなら、世の中は天才だらけになっちまうわ。素直にバカ弟子の才能じゃ」


 エルシアの琥珀色の瞳が、少しだけ柔らかくなる。


「レイル。卒業おめでとう」


 普段は決して言わない、重大な場面だけの名前呼びだった。

 レイルは一度息を止め、頭を下げた。


「師匠、今まで本当にありがとうございました」


 式の後、学院門の外でユノとカインが待っていた。

 ユノは藍色の髪を旅用の紐で結び、白外套を肩へ掛けている。カインはいつもの軽鎧と長剣、胸元の石板。


「卒業したら、もう一回戦う約束だったよね」


 ユノがリィナへ言う。


「忘れてない」

「今度は観客なしがいい。勇者候補って呼ばれない場所で」

「じゃあ、旅の途中で」


 カインが石板へ書く。


【次は勝つ】


「私も」


 リィナが答える。

 カインはレイルへ別の文字を見せた。


【避難図、まだ持つ】


 外套の内側から、昔レイルが作った避難図の写しを出す。角は擦れ、何度も折り直されていた。


「更新版を渡す」


【自分で直す】


「そうか」


 カインは頷いた。

 ユノがレイルをじっと見る。


「ねえ。前から聞こうと思ってたんだけど、レイルって、たまに変な言葉へ反応するよね」


 レイルの胸が一度強く鳴った。

 ユノは続けず、肩をすくめる。


「今はいいや。私が帰る道の話をする時に聞く」

「……分かった」


 二人は別任務へ向かう。

 カインの石板へ最後の文字が出た。


【また】


 ユノとカインを見送った直後、学院外門の向こうから黄色い声が上がった。


「レイル先生、卒業おめでとうございます!」

「Bランク昇格もおめでとう!」

「聖級魔法の署名をください!」

「握手だけでも!」

「前から好きでした!!」


 学院側が用意した柵の外には、大陸記を抱えた読者が百人以上待っていた。卒業式の日時は公開されていたが、臨時の握手会まで予定された覚えはない。

 リオンは一瞬だけ頭を抱え、次の瞬間には補給箱を机へ変えていた。


「予定外ですが、十分だけ対応します! 一人一冊、握手は三秒。飲食物、薬品、香料は受け取りません!」

「三秒は短いッス!」


 エリオが声を上げる。


「師匠の人気なら五秒必要ッス!」

「手首と出発届の時間を考えてください!」

「では四秒ッス!」

「変な秒数を交渉するな」


 最初の女性読者が本を差し出し、レイルの手を両手で包もうとした。

 右からリィナの手が伸び、本の下側を支える。

 左からセレネが、女性のもう一方の手へ記念栞を渡した。


「握手は片手でお願いします」

「四秒です。私が数える」

「三秒と決まりました」

「エリオが四秒って言った」

「運営責任者はリオンです」

「じゃあ三秒半」

「半秒をどう数えるんだ」


 女性読者は三人を見比べ、目を輝かせた。


「大陸記の続きより先に、どちらを選ぶか知りたいです!」

「募集や投票で決める話じゃないから」


 リィナが答えた。


「すでに二人が返答を待っています。新規受付は行っていません」


 セレネが続ける。

 柵の向こうから歓声が上がった。

 レイルだけが固まる。


「なぜ公表した」

「以前のサイン会でも似たことを聞かれました」

「そこではここまで言っていない」

「今は卒業後ですから」

「何が変わったんだ」

「私たちが遠慮しなくなった」


 リィナが言い切った。

 若い女性たちの列から、さらに黄色い声が飛ぶ。


「リィナ様もセレネ様も頑張って!」

「レイル先生、早く答えて!」

「三人で旅を続けてください!」


 少女型のニアがレイルの肩へ現れ、耳元で笑う。


『人気作家って大変だね。握手より恋愛回答の方が待ち時間長そう』

「余計な集計をするな」


 十分の予定は二十分になった。

 最後の一冊へ署名した頃には、リィナがレイルの右側、セレネが左側を完全に定位置として確保していた。二人は握手のたびに顔を見合わせ、三秒か四秒かで争いながら、女性読者が両手を使う時だけ驚くほど息の合った動きで片方を栞へ誘導した。


 群衆が帰った後も、レイルの両袖には二人の指の跡が残っていた。


「もう読者はいない」

「知ってる」

「私も把握しています」

「なら離してくれ」

「次は出発届の話があるから」

「私も同じ理由です」


 同じ理由には聞こえなかった。

 レイルは諦めて、二人を連れたまま学院門前の机へ向かった。


 学院門の前には、特殊結着調査隊の出発届が用意されていた。

 正式メンバーは、レイル、リィナ、セレネ、アルド、フィア、ノア、ミレア、ニア、ロッテ。

 リオンは補給・契約協力者として同行申請中。

 クラリスは教会監査・救済担当として一部任務へ加わる。

 最初の任務は、王核大陸から届いた灰環盟約の期限付き招待状を受け、双岸継信網の中継点を巡る調査。

 ディルガと四極戦団が、通信路周辺で動いているとの報告もある。


 出発は一週間後。

 帰還予定日、三か月後。

 延長条件、通信時刻、撤退基準まで書く。


 レイルは署名する前に、リィナとセレネを見た。


「二人へ、話しておきたい」


 リィナは腕を組む。


「どっちを選ぶか決めた?」

「それはまだだ」

「じゃあ、何?」

「リィナを帰る場所、セレネを研究の相手みたいに分けて考えていた。そうすれば、どちらも大事だと言ったまま答えを出さずに済むと思っていた」


 セレネの青紫色の瞳が静かに揺れる。


「気づいていたのですか」

「最近やっと。二人とも、それだけじゃない。リィナは俺より先へ行くし、セレネは研究室の外でも隣にいる。役割へ分けて逃げるのはやめる」

「答えは?」


 リィナが重ねる。


「まだ出せない。でも、好意を知らないふりもしない。危険な任務を理由に先送りもしない。旅の途中でも考えて、話す」


 リィナは少し黙った。


「私は待つために止まらないよ」

「ああ」

「先へ行く。選ぶなら追いついて」

「追う」


 セレネも一歩前へ出る。


「私は研究室で返事を待ちません。同じ調査隊へ入ります。食事も旅も、失敗した後の生活も、自分で隣へ取りに行きます」

「分かった」

「それから、次の舞踏では感想を忘れないでください」

「まだ続いていたのか」

「卒業しても忘れません」


 リィナが笑う。


「私の『きれい』も、たまに普通に言って」

「努力する」

「努力が必要なんだ」

「まあ、そこはレイルですから」


 二人は先に学院門を出た。

 呼び止めず、レイルも後を追う。

 門の外で、リィナが右手を差し出した。セレネも左手を差し出す。


「安全確認?」


 リィナが聞く。


「今は違う」


 レイルは両方の手を取った。


「一緒に出るためだ」


 リィナの頬が赤くなる。

 セレネも目を伏せたが、手は離さない。

 ニアが猫型でレイルの肩へ現れる。


『両手ふさがったけど、荷物どうする?』

「今言うな」

『現実的な問題じゃん』


 後ろからリオンが荷物箱を抱えて走ってくる。


「大師匠! 補給申請へ署名が足りません!」


 エリオも名簿を掲げて続いた。


「師匠、弟子入り申請も更新したッス!」


 レイルは両手を握られたまま、学院門の外で足を止める。


「署名できない」

「片手を離してください!」

「どちらを?」


 言った瞬間、リィナとセレネの指へ力が入った。


「それを私たちへ聞くの?」

「自分で決めてください」


 卒業最初の問題は、魔法でも政治でもなかった。

 レイルはしばらく考え、ニアへ頼んだ。


「署名板を浮かせてくれ」

『手を離す選択、回避したね』

「合理的だ」


 リィナとセレネが同時に笑った。

 十分に眠った朝だった。

 帰還予定日のある旅が、一週間後に始まる。

 学院で学んだことは終わらない。

 今度は教室の外で、失敗も、治療も、選べなかった答えも持ったまま歩いていく。


 大魔導士の外界での一歩がこの卒業から始まる――。

【章終了・現在ステータス】


■レイル・アルヴァート


【年齢】


 十六歳。


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 特殊結着調査隊・術式/結着担当。


【冒険者資格】


 正式Bランク。

 得意査定:魔法災害、広域救助、異文化調査、通信経路構築。

 Aランク推薦は、成人後の長期指揮と複数班運用実績を待って保留。


【固有律】


未完(ノット・コンプ)


・通常二件保持が安定。

・三件目は緊急時、監督下、短時間のみ。

・生命、人格、記憶、本人同意のない治療は保持しない。

・集団治療では患者数を件数へせず、合意済み主完成時刻一件のみを保持。

・睡眠前に全件解放する【睡眠時解放手順】を定着。


【魔法認定】


・風圧属性:上級。

 【旋風陣(サイクロン・サークル)】【風圧鎧(エア・アーマー)】。


・地質属性:上級。

 【岩鎧(ガイア・アーマー)】。分割形成を実戦使用。


・流動属性:上級一式。

 【潮壁(タイダル・ウォール)】。


・熱属性:上級入口。

 【爆炎陣(ばくえんじん)】は監督下。


・生命属性:上級。

 【治癒(ヒール)】【骨接(ボーン・メンド)】【生命診断(ヴァイタル・スキャン)】【再生促進(リジェネレート)】条件付き。


・聖級【生命保全圏ライフ・サンクチュアリ】。

 共同監督下限定。半径八メートル、九十秒、完全詠唱、静止、一回、【未完】併用禁止。


・聖級【生体補環バイオ・リストレーション】。

 共同施術補助認定。単独使用不可。切断再接着や再生土台形成には複数術者、生体触媒、血液、栄養、本人同意、長期治療が必要。


【無詠唱】


・基礎、初級:安定。

・中級:【風刃】【石槍】実戦認定。【水流刃】実戦域。【炎槍】条件付き。

・上級、聖級:無詠唱不可。


【現在の課題】


・名声、政治、治療依頼へ、自分で使用範囲と順番を決める。

・Bランクとして他班を含む長期任務を学ぶ。

・リィナとセレネへの答えを、役割分けや危険任務で先送りしない。


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■リィナ・アルセイル


【年齢】


 レイルと同年代。


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 特殊結着調査隊・前衛/救助路確保担当。


【冒険者資格】


 正式Bランク。

 得意査定:高危険度前衛、崩落区域救助、撤退路確保、対人停止判断。


【剣術】


 正式【剣豪】。


・【無終剣・継歩(むしゅうけん・けいほ)】安定。

・【無終剣・返環むしゅうけん・へんかん】安定。

・【無終剣・零間むしゅうけん・れいかん】再現可能。実戦での危険侵入は監督課題。

・【無終剣・道開きむしゅうけん・みちびらき】未成立。勇者光を足場へ変えた横移動を、将来の基礎原理として記録。

・【無終魔法剣・道開きむしゅうまほうけん・みちびらき】原型。レイルとセレネが形成した魔法を剣路へ運ぶ連携技。


【章内成長】


・ユノ戦で、自分より大きな力を全て返さず、一部を足場として使う。

・カイン戦で、声や派手な予備動作がない相手から守る位置を読み、一撃を先に届かせる。

・暗殺者の肩の動きを読み、国王への毒矢を防ぐ。

・相手を斬り倒すだけでなく、瓦礫を残しながら人が通る道を作る。


【現在の課題】


・左脚へ負荷を集中させない。

・【無終剣・道開き】を、レイルの保持魔法と連携する対軍技として成立させる。救助用の【無終魔法剣・道開き】と混同しない。

・レイルの返事を待つために立ち止まらず、自分の進路を選び続ける。


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■セレネ・グランツ


【年齢】


 レイルと同年代。


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 特殊結着調査隊・術式設計/境界管理担当。


【魔法・設計認定】


 上級術式設計者。


・【五路星列(ペンタ・アレイ)】安全運用認定。

・五案形成、二案から三案完成。不要案の安全破棄。

・聖級領域の境界設計、圧力室、避難路、治療格子の補助設計。

・【無終魔法剣】への風圧経路形成。


【章内成長】


・競技得点より観客保護を優先する案を即時完成。

・レイルが三件目を保持する前に、自分の第五案で支柱を受け持つ。

・聖級【生命保全圏】の終了境界を三秒かけて安全に落とす。

・リィナにしかできない勝ち方を認め、本人へ「きれい」と伝える。


【現在の課題】


・五案を全て残そうとしない。

・研究だけでなく、旅、食事、失敗後の生活へ自分から入る。

・リィナとの競争で、互いの役割と成長を奪わない。


----------------------------------------------------


■アルド・クロイツ


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 特殊結着調査隊・護衛/搬送担当。


【冒険者資格】


 正式Bランク。

 得意査定:長時間護衛、重量搬送、救助条件変更、全員帰還判断。


【剣術・固有律】


 上級剣士。

 固有律【完遂】。


・【誤命断ち(ごめいだち)】安定。

・【完遂転換(コンプリート・シフト)】救助運用認定。

・任務目標を最短到達から全員帰還、討伐から撤退へ更新可能。


【現在の課題】


・更新前の目標を残さず、条件衝突を防ぐ。

・方向確認を恥とせず、必要な場所へ確実に着く。

・フィアとノアへの感情を、自分の言葉で形成する。


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■フィア


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 特殊結着調査隊・記録契約/安全条件担当。


【公的認定】


 上級記録契約士補。


【能力】


・【戦況目録(バトル・インデックス)】正式運用。

・患者、負傷、経路、術式、保持、同意、時刻、撤退条件を分離管理。

・推測を確定事項へ書き換えない。

・作戦継続条件からレイルやアルドを外す判断を記録できる。


【現在の課題】


・記録できない感情を、無理に番号へ変えない。

・アルドの未形成な答えへ期限を置かない。

・ミレア、ノア、ニアへ身体・治療・媒体判断を返す。


----------------------------------------------------


■ノア・エルグラム


【年齢・立場】


 百三十歳以上。

 王立結着学院客員研究員。

 特殊結着調査隊・治療術式/白環解析担当。


【能力】


・九十九%治療術式。

・【連結治療格子リンクド・ヒール・グリッド】実戦成立。

・【血界縫合(ブラッド・ステッチ)】血管接続運用。

・聖級【生体補環】の術式主担当。

・複数患者を主完成時刻一件へ接続し、本人同意と安全条件が揃うまで閉じない。

・通常の血液補給は一回八十ミリリットルを上限とし、毎回の説明と同意、採血器、監督者を必須とする。未成年者への直接吸血は行わない。


【現在の課題】


・全患者を自分の目だけで診ようとせず、他の治療班を信用する。

・身体判断をミレアへ、同意条件をフィアへ渡す。

・アルドへ将来の契約を要求しない。


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■ミレア・ノクス


【所属・立場】


 王立結着学院治療生命課程卒業。

 特殊結着調査隊・治療/意識管理担当。

 成環教会中央慈救局の管理から離脱。


【外見・口調】


 銀灰色の長髪、紫の瞳、目元の薄い隈、黒白の実用聖衣。

 日常は眠そうに柔らかく話し、緊急時は欠伸が消える。


【能力】


・【覚醒固定(かくせいこてい)】安定。

・【不眠聖域(ふみんせいいき)】実用化。

・必要な患者だけを短時間起こし、理由と同意を確認する。

・意識維持後の身体限界を別に診断する。


【章内成長】


・起こすこと自体も医療介入として扱う。

・常醒波へ自分の覚醒固定を重ねない。

・「大丈夫」と言い直さず、自分から「立てない、眠る」と仲間へ伝える。

・自分が眠っている間も治療が続く分担を受け入れる。


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■ニア


【形態】


 黒銀色の猫型ホログラムが基本。

 少女型は黒銀髪、猫耳、環状尾、銀灰色の瞳、足元の薄い七環。

 少女型半実体は外部魔力槽使用で約十二分。


【能力】


・複数人の魔力残量、脈拍、術式負荷、経路炎症を表示。

・【未完目録補助】と【戦況目録】を照合。

・治療判断、魔法発動、本人の選択を代行しない。

・救助、負傷、中級以上の訓練前後は【日常循環負荷】を停止。


【現在の課題】


・数値が正常でも本人の疲労を否定しない。

・少女型の活動時間を伸ばすため、吸引量を増やしすぎない。


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■ロッテ・ベルクマン


【所属・立場】


 王立結着学院魔導工学科卒業。

 特殊結着調査隊・魔導具/安全破断担当。


【能力】


・【安全破断式(セーフ・ブレイク)】正式採用。

・装置の壊れる位置を指定し、人体、証拠、通信路へ破損を流さない。

・圧力室、治療媒体、双岸継信網の保守を担当。


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■リオン・ゴルディス


【所属・立場】


 王立結着学院卒業。

 金環商会後継候補。

 特殊結着調査隊・補給契約協力者。

 レイルへの弟子入り志願は未承認。


【能力】


・【即応補給網(ラピッド・サプライ)】実戦運用。

・大会物販倉庫を治療物資へ転用。

・出版、補償、納品、資金経路を同時管理。

・金と支援を、相手の意思を買う権利へ変えない。


【現在の課題】


・事故の悲劇を補償前に商品化しない。

・エリオと競いながら、危険時には年長者として役割を渡す。


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■エリオ・フェーン


【年齢・所属】


 十三歳。

 王立結着学院二年次へ進級。

 記録術師志望。

 レイルへの弟子入り志願は未承認。


【口調】


 レイルを「師匠」、リオンを「リオン先輩」と呼び、語尾は「~ッス」。


【能力】


・初級【紙紋照合(ペーパー・トレース)】。

・紙繊維、インク、糊、付着魔力の差を記憶。

・毒入りインク発見と教会資金経路の証拠保全へ貢献。

・避難者三百四十一名の名簿を完成。


【現在の課題】


・師匠の危険行動を模倣しない。

・英雄の後ろを追うだけでなく、自分の名前で記録を残す。


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■ユノ・アステル


【立場】


 勇者候補。

 帰還不能勇者の記録を追う異邦の剣士。


【外見】


 藍色の髪、旅装、短い白外套、長剣。


【能力・章内実績】


・勇者候補の光を剣と身体へ巡らせる。

・リィナとの三本勝負へ二対一で勝利。

・常醒波と安全結界の流れだけを斬り分け、構造そのものを破壊しない。

・強い光を使えない礼拝室では、通常剣術と判断で外周を守る。


【現在の課題】


・勇者候補の看板だけで評価されない自分の剣を作る。

・自分の帰還調査と、王核大陸へ続く異邦人記録を追う。

・レイルの言葉へ感じた同郷の違和感を、次の帰路調査まで保留。


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■カイン・ヴェルド


【立場】


 ユノの護衛兼同行者。

 帰還不能勇者の記録を追う剣士。


【外見・会話】


 長身、暗褐色から黒に近い短髪、喉の深い古傷、簡素な軽鎧、長剣。

 声を使わず、携帯石板へ短文を書く。石板本文は【】で表記。


【章内実績】


・リィナとの一撃制で半拍差の敗北を認める。

・暗殺者の細針を防ぎ、逃走路を追跡。

・礼拝室でレムナへ降伏の選択を返し、生存捕縛。

・危険支柱を必要な位置だけ切り、搬送路を維持。


【現在の課題】


・ユノの選択を代弁せず、隣を歩く自分の意思を示す。

・リィナとの再戦へ、自分の剣路も更新する。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 十五分の寝坊をリィナに起こされ、Bランクと条件付き聖級を得た直後も読者に囲まれ、両側を確保されたまま次の出発届へ向かった卒業生。


・リィナ・アルセイル

 正式【剣豪】とBランクを得ても足を止めず、女性読者の握手を数えた後でレイルへ「選ぶなら追いついて」と告げた幼なじみ。


・セレネ・グランツ

 握手会で新規の恋愛受付を静かに閉じ、研究室で待たず、食事も旅も失敗後の生活も自分から隣へ取りに行くと伝えた少女。


・アルド・クロイツ

 Bランク認定後、フィアとノアの両方へ任務外の感情もあると認め、卒業後の血液提供契約も説明を聞いてから署名すると答えた護衛役。


・フィア/ノア・エルグラム

 アルドの返答へ期限を置かず、血液提供契約では八十ミリリットルの上限と毎回の撤回権を二人で確認した記録官と研究者。


・ミレア・ノクス

 教会の所有から離れ、眠ることを治療計画へ含めたまま、特殊結着調査隊の治療担当として卒業した聖女。


・エルシア・ヴァント

 十年以上続いた訓練帳を返し、上級や聖級より途中で投げなかった年月を忘れるなと弟子へ伝えた師匠。


・ユノ・アステル/カイン・ヴェルド

 再戦と帰路の約束を残し、【また】の一語で学院門から別任務へ向かった勇者候補と無言の剣士。


・リオン・ゴルディス/エリオ・フェーン

 第二巻の売り時と避難者名簿を整えながら、卒業後も未承認の一番弟子候補を争い続ける二人。


【今回の能力・設定メモ】


・正式Bランク認定

 王核大陸実績だけで即時認定せず、人間圏の組合指揮下で大規模災害、複合魔法事故、報告、被害者説明まで完了した実績を査定した。


・レイルの聖級認定

 【生命保全圏】は共同監督下の一式認定。【生体補環】は共同施術補助認定であり、単独の欠損再生や連続使用は許可されていない。


・大陸記第二巻

 事故を奇跡の美談だけにせず、死者、後遺症、学院責任、企業隠蔽、教会実験、補償過程まで記録する方針。被害者補償前の予約販売は行わない。


【次章】


 卒業した特殊結着調査隊は、灰環盟約の正式招待を受け、双岸継信網の中継点を巡る大陸調査へ出発します。


 十五分の寝坊から始まった卒業の朝、黄色い声援と八十ミリリットルの更新契約を越え、両側の手を持ったまま学院門を出ました。レビュー、ブックマーク、フォローで、帰還予定日のある次の旅と未完成の答えを応援していただければ幸いです。

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