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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第10章「眠らない聖女」

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第169話「総合決勝、事故ではない」


 決められた危険なら、終了の鐘まで戦えます。

 鐘を作った側が危険を隠していた時は、勝敗より先に試合そのものを止めなければなりません。

 混成班総合決勝は、ヴァルグレン大会の最後を飾る競技だった。

 中央競技場全体を仮想都市へ組み替え、四学院の選抜班が魔物役、火災、崩落、負傷者、魔導具障害へ同時に対応する。戦闘だけを優先すれば避難得点を失い、救助へ偏れば都市中枢を奪われる。決められた時間内に、何を守り、どこを捨てるかまで問われる。


 王立結着学院班は、レイル、リィナ、セレネ、アルド、フィア、ミレア。

 ノアとロッテは外部技術・治療監督席。

 招待選抜としてユノとカインが中央避難区画の防衛役へ加わる。二人は得点対象外だが、競技用魔物が観客席へ近づいた場合にのみ介入できる。


 国王レグナート四世は上段の王族席にいた。

 隣にはレオハルト・グレイヴ。教会席にはベネディクト。グレモア侯爵をはじめとする貴族、各地の冒険者組合、出版社、他国使節まで並んでいる。


 サイン会の暗殺未遂後とあって、警備の数は三倍に増えていた。

 それでも、競技場地下の旧坑道までは全て調べ切れていない。

 開始前、ロッテがレイルの腕をつかんだ。


「地下安定柱の周期が止まりません。運営は旧設備の自動調整だと言っています」

「ロッテは違うと思うのか」

「自動なら、同じ三つのテンポを繰り返さいないはずさ。誰かが外から段階を上げてるね」

「競技を止める根拠は?」

「今はないね、だけど分解点検には半日かかるよ」


 レイルはフィアへ振り返る。


「異常記録を競技条件へ追加してくれ。地下振動が増えたら、得点に関係なく撤退するぞ」

「増加条件を決めてください」

「振幅が現在値の一・五倍。周期が二拍以下。白環反応が出た場合は即時だ」

「登録しました」


 セレネが術式板を確認する。


「避難経路を通常三本から五本へ増やします。二本は得点へ使えなくなります」

「ああ、それで構わない」


 リィナは長剣を抜き、切っ先を下げた。


「地下から来たら、私が前の障害を止める。レイルは上を見て」

「上か?」

「昨日から王族席を見てる人が多い。地面だけに気を取られないでね」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 開始鐘が鳴った。

 仮想都市へ火柱が上がる。

 競技用の岩獣が東門から入り、北区画では模擬住民の避難が始まった。


 レイルは上級魔術【潮壁(タイダル・ウォール)】を低い出力で展開し、火災区画と避難路を分ける。セレネが【五路星列(ペンタ・アレイ)】で五案を同時形成し、必要な三本だけを地面へ接続した。


「第一案、北避難路。第二案、王族席下の退路。第三案、治療区画。第四、第五は形成状態で待機します」

「第三を保持する」

「まだ完成させません。負傷者が出てから位置を決めます」

「分かった」


 リィナは東門で岩獣の角を長剣の腹へ受けた。

 【返環】で衝撃を地面へ流し、獣の向きを中央広場から外す。アルドが横へ入り、白銀鎧の肩で押し返した。


「討伐より誘導だ。南の捕縛区画へ送る」

「道を開く!」


 競技は予定どおり進んでいた。

 最初の三分までは。

 足元から、低い音が一つ響く。

 次に二つ。

 三拍目は、地鳴りとなって競技場全体を持ち上げた。

 石床が波打つ。

 仮設建物が根元から傾き、観客席の照明柱が一斉に消える。

 フィアの目録札へ赤い文字が走った。


【地下振幅:基準二・一倍】

【白環反応:検出】


「競技を中止します!」


 フィアが終了鐘の術式を叩く。

 鐘は鳴らなかった。

 代わりに、競技場外周の安全結界が白く閉じる。観客を守るための膜が、外へ出られない壁へ変わった。


「結界の向きが逆です!」


 セレネが叫ぶ。


「内側から開けられません。誰かが閉鎖権限を上書きしています!」

「ロッテ!」

「競技盤に反応がありません! 制御信号は旧坑道から来ています!」


 地面が裂けた。

 東門の競技用岩獣が穴へ落ち、地下から灰白色の光が噴き上がる。光を浴びた観客が一斉に目を見開いた。倒れかけた者まで意識だけを取り戻し、痛みを感じない顔で立ち上がろうとする。

 ミレアの眠そうな表情が消えた。


「常醒波です。全員、無理に立たせないでください。眠れないだけで、身体は治っていません」


 国王席の後方で、給仕服の女が袖を上げた。

 レムナ。

 髪色も顔の輪郭も昨夜から変えている。全身に薄い偽装魔法をまとい、王核大陸式の黒い矢尻を小型弩へつがえていた。


 観客の視線は地下へ向いている。

 弩の弦が鳴る音は、地鳴りに消えた。

 リィナは音を聞いていなかった。

 カインとの試合で見た、狙う場所を見ない肩の動き。

 顔を追わず、左肩へ視線を絞る。そこだけが不自然に下がった。


 リィナは地面を蹴る。

 王族席とレムナの間へ、長剣を差し込んだ。

 黒い矢尻が刃へ当たり、火花を散らす。

 毒液が空中へ飛ぶ。

 セレネの第四案が即座に完成し、薄い風膜が王族席を包んだ。


「暗殺者!」


 近衛が動く。

 レムナは観客席下へ飛び降りた。

 アルドが追おうとするが、階段が崩れ、十数人が落下しかける。


「アルド、階段へ!」


 フィアの声。

 アルドはレムナから目を離し、崩れる手すりへ身体を滑り込ませた。白銀鎧へ人の重みが重なる。


「こちらは支える! 追跡を頼む!」


 カインが石板をユノへ投げる。


【暗殺者、任せろ】


 長剣を抜き、レムナの後を追う。

 ユノは王族席へ走りながら剣へ光を集めた。


「結界そのものは斬らない! 閉じてる流れだけ切る!」


 勇者候補の一閃が、安全結界の外周を走る。白い膜へ細い亀裂が入り、外気が戻った。完全には開かない。だが、圧力が逃げ、観客の呼吸が少し楽になる。

 国王レグナート四世は近衛に囲まれながら、席を立たなかった。


「余を先に運ぶな。下段の子供と負傷者から出すのだ」

「陛下、次の狙撃が――」

「狙われる場所が分かっているなら、盾は置ける。崩落する席の下へ盾を置く方が先決だ」


 レオハルトが歯を食いしばり、命令を切り替える。


「王族席防壁を二枚残し、近衛半数を下段へ。政策院術師は結界解除へ回れ!」


 競技場中央で、レイルは二件を保持していた。

 第一、北避難路。

 第二、治療区画を守る潮壁。

 地下の亀裂を止めるため、三件目が必要になる。

 白い文字が視界へ浮かぶ。


【第三件:東側地盤固定】


「レイル、持たないでください!」


 セレネが先に叫んだ。


「私の第五案で支えます。完成まで十八秒!」

「十八秒、それだと東側が持たない」

「十二秒へ縮めます。リィナ、支柱までの道を開いて!」


 リィナは王族席から飛び降り、東側へ走る。さっき弾いた矢尻の毒が長剣へ残っている。刃を地面へこすり、汚染部分を折らずに外側へ流した。


「道は私が開く!」


 崩れた建材を斬り、支柱へ至る直線を作る。

 レイルは三件目を取らず、上級【岩鎧(ガイア・アーマー)】の形成へ切り替えた。厚い壁を一枚作る余裕はない。落ちる石へ薄い岩殻をまとわせ、砕ける速度を落とす。


「【岩鎧】、対象分割。落下材十一!」


 中級無詠唱より遅い。完全詠唱が必要になる。

 ニアが猫型で肩へ乗り、残量を表示した。


『形成率七十。右手経路に炎症なし。あと五秒』


 セレネの第五案とレイルの岩殻が同時に支柱へ届く。

 東側観客席の落下が止まった。

 直後、地下から二度目の衝撃が上がる。

 競技場中央が陥没した。

 模擬都市、治療区画、観客席の一部が、旧坑道へ向かって落ちていく。

 常醒波がさらに強くなる。

 悲鳴を上げながら、誰も気を失えない。

 骨を折った人間が立とうとし、出血した選手が痛みを感じないまま剣を握り直す。


「座らせて!」


 ミレアの声が競技場を切った。


「意識がある人ほど、自分で動こうとします! 周囲の人が身体を支えてください。歩けるかどうかは治療班が決めます!」


 彼女は倒れた少女の前へ膝をつき、白い手袋を外す。脈を取り、瞳孔を確かめ、肩へ手を置いた。


「聞こえますか。眠れませんが、目を閉じていてください。動くと骨がずれます」

「痛く、ないです」

「痛くない今の方が危険です。私の声だけ聞いてください」


 競技得点板が火花を上げ、最後に全ての数字を消した。

 勝敗はなくなった。

 地下からは、実際の坑夫たちの救難鐘が聞こえ始めている。

 競技は終わった。

 街全体が事故現場へ変わった。

 ロッテが探査盤を見て、顔色を失う。


「最深部まで連鎖しています。旧坑道だけじゃない。稼働中の鉱区が六つ、通信断。取り残された人数は……少なく見積もっても三百人です」


 レイルは二件の保持札を握り直した。


「フィア、競技記録を閉じてくれ」

「閉じました」

「救助記録を新しく作る」

「第一番から始めます」


 リィナが隣へ立つ。

 長剣の刃は一部が黒く汚れている。それでも、金茶色の瞳は前を見ていた。


「次、どこを開く?」

「地下治療区画への道。全員で戻れる幅が必要だ」

「分かった」


 セレネが五枚の術式板を並べる。


「私は経路を作ります。レイル、持つのは二件まで。増やす時は私とフィアへ言ってください」

「わかった。約束する」


 アルドが観客を支えたまま声を上げる。


「南階段、固定完了! 次の指示を!」


 ノアは地上治療所から叫び返す。


「負傷者をこちらへ! 常醒波を受けた者へ強い治癒をかけないでください。内部反応を調べます!」


 ユノは結界の亀裂を広げながら、藍色の髪を振り払った。


「カインが戻るまで、外周は私が受け持つよ。でもいくら勇者候補だからって、一人で全部は無理。手が空いてる術師、こっちに来て!」


 大会のために集まった四学院、冒険者、騎士、治療師、技師が動き始める。

 号令を待つ者はいなかった。

 それぞれが自分の役を引き受け、同じ地下へ向き直った。


 一方、教会席から、ベネディクトの姿だけが消えていた。

【今回の登場人物】


・リィナ・アルセイル

 カイン戦で覚えた肩の動きから暗殺者の狙撃を見抜き、国王へ届く毒矢を長剣で弾いた剣士。


・レイル・アルヴァート

 三件目の保持へ手を伸ばさず、セレネの術式と自分の上級【岩鎧】を合わせて観客席の崩落を止めた学院生。


・セレネ・グランツ

 王族席を風膜で守り、避難路と支柱固定を五案から選び、レイルへ保持数を増やさせなかった設計術師。


・アルド・クロイツ

 暗殺者の追跡を仲間へ任せ、崩れる階段と十数人の観客を白銀鎧で支えた護衛科生。


・フィア

 競技中止条件を事前登録し、得点記録を閉じた直後から三百人規模の救助目録を第一番で作り始めた記録担当。


・ミレア・ノクス

 痛みを失った負傷者ほど動かさず、眠れない少女へ目を閉じたまま身体を休ませるよう伝えた治療師。


・ユノ・アステル

 外へ逃げる結界の流れだけを斬り、勇者候補の看板へ頼らず周囲の術師へ助力を求めた藍髪の剣士。


・カイン・ヴェルド

 ユノへ石板を預けて暗殺者を追い、声を使わず地下通路へ入った護衛剣士。


・ロッテ・ベルクマン

 大会設備外から旧安定柱が操作され、六鉱区三百人以上が通信断となった事実を最初に確定した技師。


・レムナ・ヴェスパ

 王核大陸式の矢尻で国王暗殺を狙い、リィナに弾かれた後、競技場地下へ逃走した暗殺者。


・ベネディクト・オルドレイ

 常醒波と崩落が始まる前後に教会席から姿を消し、事故現場の地下へ計画を進めた中央慈救局長。


【今回の能力・設定メモ】


・【岩鎧(ガイア・アーマー)】分割形成

 対象一人へ厚い岩殻を作る代わりに、複数の落下材へ薄い殻をまとわせ、砕ける速度と破片の飛散を抑える上級地質魔法の応用。


・【常醒波(じょうせいは)

 意識の喪失と眠気を妨げる白環系干渉。疲労、出血、骨折を治さず、痛みだけが鈍るため、負傷者が自分で損傷を悪化させやすい。


【次回】


 競技場の地下で、眠れないまま働かされてきた鉱山都市の本当の被害が姿を現します。


 得点板が消えた瞬間、競技用の役割は三百人を帰す救助班へ書き換わりました。レビュー、ブックマーク、フォローで、眠れない鉱山へ降りる一行の灯りを支えていただければ幸いです。

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